4-8 こう見えて肉食なんです
それからたまに屋敷にクリシュナが遊びに来たり、逆にこちらがクリシュナの元に遊びに行ったりした。クリシュナは今現在人間と住んでいた。住んでいた家は屋敷程ではなかったが、一般家庭に比較するとかなりの豪邸だった。どうもこの人間がお金持ちらしい。クリシュナに戸籍を譲った人間「クリシュナ・エゼキエル」は既に亡くなっている。クリシュナが現在お世話になっているのは、その人間の息子だった。その息子も既に大人で28歳、名前はラジェーシュ・エゼキエルと言って、IBSというテレビ局のニュースキャスター兼企画部長、らしい。
IBSの深夜のニュース番組「マハラジャ・ナイト24」の大ファンだったミナは大喜びした。インドで人気のある報道番組「マハラジャ・ナイト24」。鋭い切り口の司会者とすぐに茶化してしまうアシスタントの掛け合いが人気だ。ラジェーシュがそのアナウンサーだったのだ。
「サインくださぁい!」
シュバッと手帳を差し出すと、それを快く受け取ってサインしてくれた。帰ってきた手帳を見つめて溜息を零し、後生大事と言った風に胸に抱く。
「宝物にします!」
「あはは、大袈裟ですよ」
父親が若くして死んでしまった為に、ラジェーシュを育てたのはクリシュナだった。そのせいか優しい笑い方や柔和な語り口が良く似ている。ラジェーシュには子供がいた。4歳の男の子で名前はジャイサル。猫っ毛のくせっ毛、黒いまん丸の目がクリクリして可愛らしい。少し人見知りするようで、クリシュナにしがみついてこちらをチラチラと覗いている。クリシュナの事は「おじいちゃん」と呼んでいて、一応戸籍上はしっかり「おじいちゃん」なわけだが、赤の他人だし化け物だし見た目も若いので、ミナには違和感だ。小さな男の子がいる事は聞いていたので、バッグをゴソゴソと漁って必殺兵器を取り出すと、目の色を変えて寄ってきた。
「はーい、あげる」
「ナーガマンのチョコ!」
「フィギュアがついてるよ」
「やった! パパもらった!」
キャッキャと喜んでラジェーシュに報告して、それにラジェーシュも笑って頭を撫でる。
「ほらお姉ちゃんにお礼言いなさい」
促されてまたこちらにやってきて「ありがとう!」と満面笑顔で礼を言ってくれた。ジャイサルはすぐに箱を開けてチョコレートを食べながらフィギュアで遊びだす。その様子を眺めながらポツリと言った。
「いいな、いいな。人間っていいな」
小さな子供を見ると、余計にそう思う。ヴァンパイアは妊娠も出産も出来ないからだ。幸せそうな家庭を見ていると心底羨ましいが、微笑ましくて幸せをおすそ分けしてもらったようで嬉しい。
そうしてジャイサルやラジェーシュ達とも交流を深めつつ、クリシュナとも仲良くなってきたある日、ヴィンセントからお使いを頼まれた。小さな小包だが、それをクリシュナに渡すように、との事だった。時間は夕方だったが、ヴィンセントが連絡を入れておいたので、大学の研究室に行くように言われた。お使いと言えどもクリシュナの元に行くのだと思うと気合も入る。普段のTシャツにデニムと言う格好は勿論却下して、持っていた中で一番可愛いワンピースを着て行った。
クリシュナの大学に行くのは初めてだ。部外者が入ってもいいのか、と思いつつ入ってみる。クリシュナの勤める大学は学部が多く、世界でも最大規模、通信もやっているので大学生の人口自体は世界一だ。これは迷子になること請け合いだと考えて、入り口付近にいた守衛に大学のパンフレットを貰い、それを頼りに校内を彷徨った。やっと見つけた「社会医学研究室」。普段はウイルス感染や、公害なんかの環境衛生について研究しているらしい。医学系らしい清潔感のある真っ白な廊下に真っ白なドア。中からは院生だろうか、何人も声が聞こえてくる。
少し緊張しながらドアをノックすると、足音が近づいてきてドアが開かれた。ドアを開けたのは院生と思われる若い女性だった。
「すみません、エゼキエル先生いらっしゃいますか? 頼まれて御届け物を……」
そう言いながら小包の入った紙袋を掲げてみた。何故かその女性は少し機嫌を悪くしたようだったが、
「先生はオフィスに戻られました。真っ直ぐ行って突き当り」
と廊下の右側を指差して教えてくれた。礼を言って廊下を歩き、言われた部屋の前。ドアのプレートには「DR.Crisna・Ezekiel」と書いてあった。ドアをノックするとすぐにクリシュナが開けてくれた。やはりヴィンセントが連絡してくれていたようだ。
部屋に招かれてソファに腰かけると、ボーンチャイナの白いカップに入った血清が差し出された。
「流石医学の先生。食料には困りませんね」
「そうですね。実はそれを狙ってたって言うのもあるんです」
お茶(?)を一口口につけて、すぐにお使いという使命を果たす。ヴィンセントに頼まれた包みを差し出すと「待ってたんだよ」と喜んでそれを受け取った。中身が何かは気になったが、聞くのは失礼な気がして黙ってお茶を飲んでいた。クリシュナはその場で包みを開け始めたので、やっぱり気になって聞いた。
「なんですか?」
「ホラ僕、普段は仕事で忙しいから、暇してるヴィンセントに頼んでおいたんです」
ヴィンセントを使い走りに出来るのはクリシュナ位のものだ。ふと腕時計を見たクリシュナはミナに視線を移してにっこり笑った。
「ねぇミナさん、今日これから予定ありますか?」
あるはずがない。無職だしまともに友人もいない。首を横に振ると、クリシュナがピラリと何かを差し出した。
「ヴィンセントに頼んでおいたの、ミュージカルのチケットだったんです。どうしても見たいのがあって。で、2枚入ってたから、ミナさんと一緒に見に行けって事だろうな、と思って。どうですか?」
まさかデートのお誘いを受けるとは思わず、千切れんばかりに首を縦に振った。
(可愛い服着てきて良かった! ヴィンセントさんありがとー!! 一生ついていきます!!)
心底ヴィンセントに感謝して、帰ったら肩でも揉んでやろうと考えた(凝らないという前提は無視)。
ミュージカルを見に行って、それを散々に満喫してカフェに立ち寄った。
「面白かったです! あたしミュージカル見るの初めてで!」
興奮した。
「本当ですか? 僕も楽しかったです。あれ見て見たかったんだぁ。ミナさんも楽しめたならよかったです」
「楽しめました激しく! あのラストのダンスがうゃーって! どぁーって!」
「ゴージャスで圧倒されましたよね」
感覚で物を言うミナの通訳にクリシュナが立ってくれて、自分でもそうそうそれそれと納得する。
「すいませんあたしさっきからバカ丸出しですけど興奮してるせいですから!」
「いいですよー」
にこにこと微笑んで相変わらず落ち着きがあるクリシュナを見ていると、ミナも自然と落ち着きを取り戻した。
「クリシュナさん」
「はーい?」
「クリシュナさんだったらあの4人ではどの人がタイプでした?」
ミュージカルの内容は、4人の女性が一人の男を巡って誘惑合戦を繰り広げるラブコメだ。
「ていうかどういう人がタイプですか?」
「あぁそれ聞きたかったんですか」
「あー! もう……うん、です」
バレて焦ったが即諦めた。クリシュナは愉快そうに笑う。
「じゃぁミナさん」
「じゃぁって!」
「あぁ失言です」
「どっちが失言ですか!」
「“じゃぁ”ってとこです」
「うっそ!」
どきんと心臓が跳ねた。
「うそです」
跳ねた心臓は着地に失敗して潰れた。
「もー! 返して下さい高揚感!」
「あはは」
クリシュナの様子を見て突然、覚悟を決めた。
「もしかしてあたしがクリシュナさんラヴってるってバレバレですか」
「そうですね」
肯定に顔が赤くなって、頬を両手で挟んだ。そしてすぐに顔の前で両手を握った。
「好きです! 彼女にしてください!」
「脈絡……」
「まだ若いですよピチピチですよ巨乳好きですか」
「巨乳は好きですけど」
「あたしの事は好きじゃない?」
「好きと言えば好きですけど」
「やったー!」
バンザイだ。
「いやちょ、違います」
ガッカリして下した手をテーブルにぶつけた。口を尖らせる。
「もーじゃぁなんですかぁ」
「……あの僕このテンションについていけないんですけど」
「じゃぁあたしがクリシュナさんについていきます」
「あ、それちょっとグッときました」
「ほーんとにー!? それはもう恋ですね!」
「えっ、そう……いや違いますよ」
ミナの暴走についていけないクリシュナは困惑するばかりだ。
「うーん」
唸りながらミナも腕を組む。
「あっ大事な事忘れてました。彼女いるんですか?」
「その確認遅くないですか。まぁいませんけど」
「じゃぁとりあえずあたしを彼女にしてみましょうか」
ねっ、と迫る。日本人が慎ましいと聞いた、あの情報はガセネタだったのかとクリシュナは目が回りそうになる。
「あたし、クリシュナさんのお願い事なら何でも聞きますよ」
ちょっとぐらつく。
「ヴィンセントさん喜ぶんじゃないかなぁ」
もうちょっとぐらつく。
「どうですか?」
「う、うーん」
まだ悩んでいるようだったので、作戦を変更した。
「いえごめんなさい。迷惑ですよね。帰りましょっか。今日は楽しかったですありがとうございました」
「えっ」
クリシュナに笑って席を立った。
「今の話は忘れてください。じゃぁまた」
そう言って背を向けた、その時。
「待ってください」
(ぃよっしゃキタ――――!)
思わずニヤケそうになるのを頑張って堪えて、振り返る。
「はい」
至って平静を装って。
「えと、とりあえず、なら」
「え?」
クリシュナは少し逡巡したように視線を泳がせる。
「彼女、とりあえず……なりますか?」
ガッツポーズしたい衝動を抑えて、にっこり笑う。
「いえ。すいません本当に。忘れてください。そんな無理させたくはありませんから」
「無理じゃないです! 恋とかって程じゃないけど、まぁ好きは好きです」
「そのお気持ちだけで十分です。これからも友達でいてくださいね。じゃぁおやすみなさい」
言うだけ言って、走って立ち去り、そのまま屋敷まで走って帰った。
後日、クリシュナから呼び出された。出会った場所、インド門の前。クリシュナは意を決したように言った。
「好きです。僕の彼女になって下さい」
小躍りしたい気分に駆られたが、ここもまだ耐える。
「あの、先日の話なら忘れて……」
「違います!」
声を張ったクリシュナがミナの両肩を包んで、真っ直ぐ見つめて言った。
「この前から、ミナさんの事が頭から離れなくて、僕も好きなんだってわかって、だから」
「本当ですか?」
本当です、とクリシュナは頷く。
今度こそ飛び上がって喜んだ。飛び上がったはずみにクリシュナに飛びついた。
「嬉しい! 本当に本当ですか?」
「本当に本当ですよ。好きです」
(ぃよっしゃぁぁぁぁ! やったぁぁぁぁ!)
抱き着いた腕、クリシュナからは見えない背中で、今度こそガッツポーズをした。
登場人物紹介
【ラジェーシュ・エゼキエル】
クリシュナが育てた少年。現在は三十路。
IBSというテレビ局のアナウンサー兼企画部長をしている。「マハラジャ・ナイト24」の名物司会で、ミナはラジェーシュの大ファン。クリシュナの教育が功を奏して、親切でめちゃくちゃいい人。
【ジャイサル・エゼキエル】
ラジェーシュの息子。戸籍上はクリシュナの孫と言う事になる。4歳。
人見知りが激しいが、慣れたらめっちゃ甘えん坊。可愛い。
【クリシュナ・エゼキエル(故人)】
クリシュナに戸籍を譲った人。色々あって彼が幼少の頃にクリシュナが育てた。
なんだかんだでクリシュナはエゼキエル家の人間を三代にわたって面倒見ている。




