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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
4 インド編
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4-7 あなたが私の王子様


 しばらく経過した頃、屋敷の電話が鳴った。当然屋敷の電話は以前の持ち主の物をそのまま利用させていただいて、番号だけ変えた。日本の物とは鳴る間隔の違う呼び出し音に、少し違和感を覚えながら受話器を取った。

「もしもし」

「あの、連絡先が書いてあったんですけど」

 電話の相手は若い男性の声だった。当然連絡が来る心当たりはある。

「もっ、もしかしてアウディの?」

「そうです」

「うわー! ごめんなさい! 弁償します、本当ごめんなさい!」

 相手の肯定を聞いて、電話口だというのに思い切り頭を下げて謝罪する。どうもこの癖が抜けなくて、しまいにはバイバイと手を振って電話を切る始末だ。男性の車は今修理に出していて、代車に乗っているようだ。修理工場から既に見積もりは来ているので、その代金とわずかばかりの慰謝料を渡すことにした。

 地下に入る。一室を金庫にしているのは、この屋敷の前の持ち主からだ。人が何人か入れそうな大きさの巨大な金庫には、インドの通貨ルピーの紙幣であるガンディ・シリーズがみっちり詰まっている。スレシュの口座はヴィンセントが解約した。ヴィンセントは唯一昼間にも起きられるし、変身することもできるので、スレシュに化けて銀行へ行ったのだ。そうして現金化された財産の管理はミナとヴィンセントで行っているが、時々ヴィンセントが無駄遣いをするので、著しく資産が減っていることがある。今回は車の修理代と慰謝料なので、大して金は必要ない。とりあえず350万ルピー(約500万)だけ取り出して封筒に入れた。



 人が多すぎるというのも困ったもので、待ち合わせのインド門の前は夜だというのに観光客が溢れかえっている。インド門の隣に建つ超高級ホテル「タージマハル・ホテル」も観光名所の一つだし、このあたりの地域では人が最も集まる場所だ。インド門の表、向かって左側が待ち合わせ場所。ミナの目印は赤いストールと赤いワンピース。相手の目印は白髪と白衣、だそうだ。

(声若かった気がするけど、白髪って事はそうでもないのか。)

 そう考えてみると、若い人がアウディなんて高級車に乗っているのも、なんだか腹立たしいものだ。白衣と言う事は医者なのだろうと考えて、脳内で財前教授を思い浮かべた。待ち合わせの時間は相手の仕事が終わるという午後7時。ちなみに時間はとっくに過ぎている。

(残業……いや、急患かな。だとしたら大変だ。頑張れドクター。あたしは待ってるから気にしないで)

 既にミナの脳内では医者と決定づけられている。なにやら事故が起きてその医者にしか救えない重傷患者が運び込まれ、急遽呼び戻された医者が執刀し、前人未踏の施術を行い、見事患者を救う―――――という医療ドラマ風の妄想を全開にして、勝手に心の中で応援し拳を握った、その時。

「ミス・ナガクラ?」

 聞き覚えのある声で、名前を呼ばれた。名前を呼ばれた方、右側に顔を向けると、白衣の白髪の男性が傍に立っていた。てっきりおじさん若しくはおじいちゃんだと思っていたので、ミナはその男性を見て相当驚いた。白髪、というのはウソではなかったが、わかりやすく言っただけだったのだろう。実際はプラチナブロンドで、白衣を着たその男性はミナと同年代くらいに見えた。メガネをかけて、エメラルドのような緑眼に白い肌、どう考えてもインド人ではない。何よりミナはその男性の素敵な容姿に、一瞬で目を奪われて見惚れてしまった。

 だが、ミナがぼうっとしていたせいで、男性は不安になったようで少し狼狽し始めた。

「あれ、すみません。人違いしたかな」

「え、あ、いえ! 永倉です! こちらこそすみません!」

 慌てて謝罪したせいか少し大声になって恥ずかしかったが、男性はミナと知って安心したような表情を浮かべて笑った。

(かっこいい!)

 早々にノックアウトされたミナだったが、どう考えてもそう言った状況ではない。とりあえず場所を移すことになって、近所にあるイギリスブランドのホテルのカフェに入ることにした。



(上に部屋とってあるんだ、とか言われたらどうしよう! いやでも、それはそれでちょっとな)

 やはり妄想を全開にしてカフェのテーブルにつく。ウェイトレスがやってきたが、どちらも注文は断った。

「あの、ウチの連れが車ぶつけちゃって、本当にゴメンなさい。これ、受け取ってください」

 深々と頭を下げて、お金の入った紙袋を差し出した。男性は「いえいえ」と笑ってそれを受け取った。男性が中身を確認せずに隣の椅子に紙袋を置いたことに安心して、事故当時の状況を説明した。

「まさか今を時めく新人女優が現れると思ってなくて、興奮しちゃって。ごめんなさい」

「あはは、ディーピカのせいですよそれは」

 もっとこう、怒られることを覚悟していたが、お金を受け取って満足したのか、男性からは特に怒っている様子は見受けられなかった。

(この人やーさーしーい! イケメンだしなぁ、これでサヨナラって言うのもちょっと勿体ないなぁ)

 目印用だったので、さすがに白衣は脱いでしまった。プラチナブロンドの髪、シルバーフレームのメガネの奥の優しげな緑眼、見た目年齢の割に落ち着いた口調。

(めっちゃタイプ! 何かしら理由つけてまた会えないかな)

 実はミナ、処女の分際でこういうことに関しては肉食だ。ちなみにミナの武器はF65の巨乳だ。

「あのぉ~」

 赤いワンピースの胸元、胸を強調させて前かがみにすり寄る。

「クリシュナさんはお仕事何されてるんですか?」

「えー? あんまり言いたくないんですよ、信憑性疑われるから」

「疑いませんよぉ」

 少し迷ったようだが、事故被害男性、クリシュナは教えてくれた。

「この近くの大学で、准教授をしてます」

「え、ウソすごい。何のですか?」

「公衆衛生学です」

「へぇー!」

 感心して、心中ラッキーと思いつつも考えた。

(インテリか! しまった、お色気作戦は下品に見えたかも!)

 心の中で舌打ちして、お色気デカメロン作戦は中止した。

「えぇ、でもお若いのに本当にすごいですね」

「あぁ、それよく言われるんですけど、僕そんなに若くもないんですよ」

「え? おいくつですか?」

「引きません?」

「引きませんよ」

 引かないから早く、と心の中でせっつくと、またしても仕方なくと言った感じだったが答えてくれた。

「実は、46歳です」

「えぇ! 見えない! どんなアンチエイジングしてるんですか!?」

 どう見ても見た目は20代半ばだ。

「まぁ、独り身でお金は余ってますから、強いて言うなら金に物を言わせたアンチエイジングです」

「そうですか……世の女性が若さの秘訣を聞きに集まって来そうですね」

「実際よく聞かれますよ、あはは」

 話しながらテーブルの下で小さくガッツポーズをしてみる。

(ヨッシャ独身! マジ46には見えないな。あたし的にはどうでもいいけど!)

 そう考えてニヤニヤしそうになる口元を何とか制御していると、クリシュナが尋ねた。


「ミス・ナガクラはお仕事は何を?」

「ミナでいいですよ」

「あ、ミナさん」

「仕事は……えっと、秘書? みたいなことを」

「へぇ、あなたもお若いのに、しっかりしてらっしゃいますね」 

 それを聞いて疑問が浮かぶ。

(ていうかあたしはいくつに見えてんだろ)

 ミナの実年齢はアラサーだが、見た目は20歳で止まっている。更に外人からは東洋人は幼く見えるので、街のオッサン達からは「お嬢ちゃん」呼ばわりされることが多い。

「あの、あたしいくつに見えます? 正直」

 クリシュナは少し逡巡したように宙を仰いで、またミナに視線が戻ってきた。

「正直に第一印象を言っていいですか?」

「どうぞどうぞ」

「15くらいかと思ってました」

 思わず吹き出した。15では相手にされるはずがない。

「ま、まぁ日系ですからね。実際は32です」

 少しだけサバ読んだ(上に)。

「あー日系なんですか。本当に東洋人は若く見えますね。ミナさんこそすごいアンチエイジングですね」

「あたしも金に物を言わせたアンチエイジングです。独身なので」

 しっかり独身アピールをすることは忘れない。


 気が付くと夜の10時に差し掛かろうとしていた。腕時計から顔を上げたクリシュナが申し訳なさそうに立ち上がった。

「すみません、遅くなって。ミナさんはここまでどうやって?」

「徒歩です」

「ご自宅は近いんですか?」

「いえ、ナリマン・ポイントのスラムを抜けたところで」

「えぇ!? 危ないですよ! 送って行きます!」

(ぃよっしゃ! ナイス紳士!)

 またしてもテーブルの下で小さくガッツポーズをしてみる。一般女性なら危険極まりないエリアを通過するわけだが、ミナはヴァンパイアなので恐ろしいことなど何もない。しかし、このチャンスをみすみす逃す理由がないので、素直に送ってもらう事になった。



 今現在クリシュナが使用している車はBMWだった。

「欧州車好きですね?」

「元があちらの生まれなので」

 話しながら納得していると、ふと疑問がわく。見た目も白人だしクリシュナ自身もそう言ったが、では何故インド人の名前なのか。疑問をそのまま質問してみると、母親は欧州人だった為見た目は母親から遺伝し、父親がインド人で名前を賜った、とのことだった。どうやらハーフらしい。

(ふーん、てこと46歳ならイギリスかどっかかなぁ)

 と考えながら取り留めのない話をしていると、元々車ならそう遠くもない距離だ。すぐに屋敷に到着した。

「すっごいお屋敷ですね」

 屋敷に感心していたようで、そう呟きながら魅入っている。屋敷の敷地は500坪以上はある。巨大なアラベスク模様の黒塗りの鉄門扉は、BMWが近づきミナが声をかけると「お帰りなさいませ、ミナ様」と警備員レヴィの声がした直後に自動で開かれる。玄関までの庭はロータリーの様になっていて、2車線程の広さの円の内側にはカラーや紫陽花の咲く花壇と小さな池、池の中には睡蓮と池の縁には水芭蕉が咲いている。ロータリーの円の外側には薔薇や牡丹などの華美な花が植えられている。

 この屋敷の元の持ち主スレシュの時から庭は美しかった。綺麗な物が好きらしいマフィアは人身売買を商売にしていて、誘拐した少年少女も美形揃いで、その資料を破棄する際に感心したやら呆れたやら、複雑な気分で掃除をしたことを思いだした。屋敷は4階建てのムガル調建築で、玄関ポーチの柱などにはミラーワークが施されているほどの凝りようだ。玄関前で車が止まるころには、シャンティがお出迎えをしていた。

「お嬢様?」

 尋ねるクリシュナに手を振って苦笑した。

「いえいえ、ここは主の屋敷で、あたしは住まわせてもらってるだけです」

「へぇ、そうなんですか。でもいいですねぇ。こんな素敵なお屋敷」

 感嘆の声を漏らして屋敷に感動するクリシュナを見て、閃いた。

「良かったらお茶どうです? ぶつけた本人にも謝罪させたいですし」

「えっ、いいですよ」

「遠慮しないでください、さぁさぁ」

 さっさと車から降りて運転席側に回り、ドアを開けてクリシュナを引きずり出した。時間は22時だし、クリシュナが翌日仕事があるのはわかっているので、そう長く引き留めはしないと話すと、やはり仕方なしと言った感じだが笑って応えた。


 迎えたシャンティにお茶の用意とクライドを呼んでくるように言いつけて、クリシュナを連れてリビングに入った。リビングではヴィンセントとメリッサがテレビを見ながら談笑していた。ミナに気付くと二人揃ってこちらに向いたのだが、ふと、その表情が硬直した。隣でクリシュナもピタリと立ち止まり、「あれ?」と声を上げた。

「あらっ? アイザック?」

 メリッサの反応に一拍おいて、ヴィンセントが言った。

「……兄様」

 聞き間違いかと思いやはり立ち尽くすと、隣にいたクリシュナが勢いよく二人に歩き出し、ヴィンセントの肩をバシバシと叩く。

「ヴィンセント! メリッサも久しぶり! お前インド来てたの!?」

「あぁ、少し前に……兄様、そろそろやめてくれないか」

「あっごめん」

 ずっとバシバシと満面笑顔で叩いていたが、ヴィンセントは鬱陶しそうにして肩を撫でる。落ち着いたのかソファに腰かけたクリシュナに、メリッサが尋ねた。

「本当に久しぶりね。今どこにいるの? 本当はあなたの所に行こうと思っていたのよ」

 最初は「ヴィンセントの知人」のいるデリーに行く予定だった。が、連絡が取れなかった為ムンバイにやって来たのだ。

「ごめんごめん、独立運動とか色々あって引っ越してさぁ。アメリカに手紙送ったけど、ヴィンセントだって連絡つかなかったから」

「アメリカの家は第2次世界大戦で爆撃されてな……」

「本当かい!? あはは」

 なんだか色々と歴史が錯綜する話が聞こえたが、この場でミナは置き去りだ。ようやく気付いたメリッサが手招きをしたので、ソファに座った。

「あの、もしかして?」

 尋ねるとヴィンセントが紹介してくれた。

「生前の、私の兄だ」

「マジですか」

「マジなんですよ。アンチエイジングの秘密はミナさんも同じだったみたいですね」

「あっ! そうですね」

 ヴィンセントの兄と言う事は、恐らく同族なのだろう。納得した頃にシャンティがお茶を持ってやってきて、ちょうどクライドもやって来た。クライドにクリシュナが事故被害男性だと話すと、何故かにこっと笑った。

「そっかぁ。ソーリーソーリー」

(軽っ!)

 元々当て逃げしようとしたくらいだ。そもそも生前は強盗殺人犯だったらしいクライド、事故程度の事は悪事とは思わないらしい。少しハラハラしてクリシュナを見ると、意外にも笑っていた。

「あーいいですよ別に。あの事故がなかったらヴィンセントにも会えなかったかもしれないし。ミナさんがお茶に誘ってくれてよかったぁ」

 同族である以上は、シャンティの淹れてくれたお茶は用無しになってしまったわけなのだが。そう言ったクリシュナは、牡丹が花開く様な優美なスマイルを向けてくれるので、ミナは人知れずノックアウトされた。

「クリシュナさんがヴィンセントさんのお兄様だったなんて……」

 うっとりと両手を組んでそう溢すと、クリシュナも少し愉快そうに笑った。

「本当、運命感じますよね」

(運命!)

 ミナの心臓に、どこからか放たれた矢が深々と突き刺さった。

(高級車に乗った王子様! この人があたしの王子様なんだ! 間違いない!)

 以前聞いたことがあった。ヴィンセントは生前欧州のどこかの国王をしていた。人遣いや金遣いが荒く、やたら浪費癖があって高級志向なのはそのせいもあるようだが、その兄と言う事は、元々国王になるはずだったのはクリシュナだ。今仲良さげにしているのを見ると、兄弟間で王位を争った訳ではなさそうだ。とすると、クリシュナが王位継承権を放棄したか、早世してしまったという事なのだろうと考えた。


 萌える王子様は相変わらず嬉しそうにヴィンセントやメリッサと談笑している。結局クライドと遅れてやって来たボニーも会話に混ざって、色々と兄弟の昔話を聞きだし始めた。

「ヴィンセントも今はこんなつれないですけど、昔はそりゃぁ可愛かったんですよ。お兄ちゃん子で」

「なにそれ想像つかなーい!」

「兄様、やめてくれ」

 ボニーを筆頭に話を聞いて大笑いして、ヴィンセントは居心地が悪そうにクリシュナの口を塞ごうとする。

「僕も再会した時はビックリしましたよ。生き別れた時ヴィンセントはまだ子供だったし。こんな野獣みたいに目をギラギラさせた子じゃありませんでしたからねぇ」

「つーかヴィンセントの子ども時代が想像できないんだけど」

(確かに)

 聞きながらクライドの言葉に同意して頷く。それを聞いて更に愉快そうにしたクリシュナに危機感を覚えたのか、ヴィンセントがクリシュナを睨みつける。対してクリシュナは悪戯っぽく笑う。

「なーにー、言われたくないの?」

「当たり前だ」

「かっわいくないなぁ。昔は「兄様!」っていつも後ついてきたのに」

「やめろ!」

「昔は素直で、処刑される魔女を見て泣いたりしたのに」

「やめろと言っているじゃないか! 燃やすぞ!」

「あはは、そんなに怒ることないだろ」

 予想外過ぎるヴィンセントのブラコンにやはり笑った。

 これほど仲のいい兄弟が生き別れて、死後吸血鬼として再会した。一旦別離したものの、ひょんなことで再び再会を果たす。

(兄弟の絆? これが、この兄弟の運命なのかなぁ)

 そう思うと羨ましい、再び家族に会えたなら。ヴィンセントとクリシュナを見ていると、そんな儚い願望が脳裏にチラついた。既に火葬された北都の遺骨は墓石の下に眠っている。土葬が慣例だった昔の時代だからこそ、彼らは再会する機会もあったのだろう。

 自分の境遇を残念には思う。だけどヴィンセントとクリシュナが再会を喜ぶ姿を見ると、見ているミナも心の中に温かい泉が湧き出たような思いがする。

(全然関係ないんだけど。なんか、救われたな)

 そう思って、クライドが起こした事故、下心満載のお茶のお誘いが招いた不思議な運命に、感謝した。


登場人物紹介

【クリシュナ・エゼキエル】

本名はアイザック・ドラクレスティ

大学で公衆衛生学を研究している。564年前に吸血鬼化したヴィンセントの兄。

生前、ヴィンセントが就任する前に一時期国王をやっていたこともある。

現実主義者、紳士で真摯で超優しい。弟とは大違い。

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