4-5 たとえ何者でもあたしはあの人達が好きなんだ
キーパーチームが取り込んだお衣裳を衣裳部屋に運ぶ。階段を上ると、護衛のスニルとレヴィが立っていた。
「シャンティ、その衣裳はヴィンセント様達の物か?」
「そうだ。まだ、どなたかお休みなのか?」
「あぁ。ボニー様とクライド様、それとミナ様がまだお休みだ」
「そうか。じゃぁまた後で来る」
背を向けて階段を降りようとすると、スニルに肩を掴まれ呼び止められる。
「なんだ? トイレか?」
「バカ、違う。なぁ、この前の事件のことだけど」
あぁ、とシャンティは曖昧に相槌を打つ。
「それがなんだ? ミナ様たちは関係ないって言った。だからもういいんだ」
「いや、そうじゃねぇ」
首を横に振って、スニルは真顔でシャンティを引き寄せた。
「じゃぁなんのことだよ?」
「あの方達は只者じゃねぇとは思ってたが……テロリストに5人でケンカ吹っ掛けるなんざ人間業じゃねぇよ」
眉根を寄せて呟くスニル。何か迷っているような、そんな顔をしている。
「確かにそうだけどよ、最初からミナ様たち強かったろ? なんか訓練してたって言ってたじゃねーか」
「そうだけど、ありえねぇだろ」
「スニル、お前何が言いてぇんだ?」
何が言いたいのかわからず問い質すと、スニルはレヴィと顔を見合わせて、レヴィが言い難そうに言った。
「俺、見ちまったんだよ」
「見たって何を?」
スニルはぐっと喉を詰まらせる。
「俺、あの時ヴィンセント様たちをお出迎えしたんだけど、ミナ様とメリッサ様は血まみれで穴だらけの服装だった」
「そうだな。あたしも見た。それが?」
「なのに……ヴィンセント様は、汚れ一つなかった」
「は? ヴィンセント様が現場にいなかっただけだろ?」
少し苛立ちながら尋ねかえしたものの、どう考えてもその推論には無理があることは自分でわかった。そう言われてみると、どう考えてもおかしいことはシャンティにもわかる。同じ場所にいて、同じ事件に遭遇したのに、みんなはボロボロでヴィンセントだけ汚れの一つもついていないなんておかしい。それに、とレヴィが続けた。
「ヴィンセント様はあの場にいたはずだ。ミナ様に無茶をし過ぎだと延々と説教されてたし、あんなの現場にいた人間にしかわからない。それに普通はあんな無茶苦茶な説教、いくらミナ様でもマトモな人間なら聞いてらんねぇよ」
そこまで行って、一旦言葉を切って、レヴィは続けた。
「迫撃砲くらい避けろなんて、人間相手に言うセリフじゃねぇよ。て事はミナ様は当たったって事だろ。じゃぁなんでミナ様は無傷なんだ? おかしいだろ?」
あの日のミナの姿を思い出した。肩や腰が焼け焦げて、穴が開いてボロボロ。焼け焦げた周辺や上半身は血塗れだった。あんなに服がボロボロになっているのに、ミナが無傷だなんておかしい。おかしいと思うが、そう思いたくはなかった。なにかきっと別の事情があるのだと考えていたが、それを見透かしたようにスニルがいった。
「あの方達は人間じゃねぇ」
「はっ? お前何バカなこと言ってんだ? そんなの勘違いに決まってるだろ?」
「俺だってそう思ったよ! 思い込みだって思いたかったさ! でも、じゃぁ、なんで二人とも無傷なんだ? 機動隊が突入して3分もせずに戻って来たのは何故だ?」
「それは……」
言葉に詰まっていると、レヴィが声を潜めた。
「それに、それだけじゃない。この事は誰にも言うなよ」
「なんだよ?」
「コックのアニルの奴が、黒い冷凍庫を開けたって……」
「なんだと!? 禁止事項だぞ!? そんなことしたら!」
「わかってる! でもやっちまったモンはしょうがねぇだろ。とにかく聞けよ。冷凍庫の中には、パック詰めにされた「あるモノ」が大量に入ってたって」
「「あるモノ」ってなんだ?」
「アニルが解凍してみたら、血だったってよ」
「血?」
「お前だっておかしいと思ってたろ? あの方達は一切食事を召し上がらない。いつもミナ様が深夜に黒い冷凍庫を開けに来る。あの方達の飯は黒い冷凍庫の中身。つまりは、血だ」
「そんな、馬鹿な……」
あまりにも荒唐無稽すぎて、二人の言う事を信じる気にはなれない。だが、不審な点は多くあった。シャンティが動揺して言葉を詰まらせていた、その時だった。
「おはよう」
越えに驚いて振り向くと、背後にボニーとクライドが立っていた。引き攣った顔に無理やり笑顔を張り付ける。
「お、おはようございます。クライド様、ボニー様」
二人は無表情でシャンティ達を見下ろしている。聞かれていたら、禁を犯したと知れたら、殺される。二人の視線に背筋が凍る。
「無駄話してる暇があんなら仕事しろよ。メリッサ様に怒られんぞ」
クライドはそう言うとボニーを連れ、シャンティ達の横をすり抜けて階段を下りて行った。ボニーとクライドが階下に下りて行ったのを見計らってシャンティがスニルとレヴィに向き直る。
「スニル、レヴィ、今の話は聞かなかったことにする。お前らも忘れろ」
「でも、俺ら、このままバケモンに飼われてて、大丈夫なのかよ?」
「無用な詮索をするなって決まりだったろ」
「あぁ、でもよ」
「もし、あの方達がバケモンだとしても、あたし達は誠心誠意仕えるって決めた筈だろ?」
「……」
沈黙した二人を見て、シャンティは少し声を落ち着けて諭すように言った。
「あたし達はあの方達に出会うまで、人の皮を被ったクズだった。何れはゴミみてぇに死ぬ運命だったんだ。あの方達はあたし達を人間にしてくれた恩人なんだ。お前等はあの方達が憎いのか? 恐ろしいのか?」
「俺だって、いや、俺だけじゃない、みんなあの方達には感謝してる。でもよ」
「男がウダウダぬかすんじゃねぇ。恩を感じてるなら恩に報いるのが道理だろ? あの方達が何者でも、例え化け物でも、あの方達が恩人であること、あたし達を大事にしてくれることもすべて事実。どんだけ小っちぇえ脳みそで考え巡らしても、その事実は変わらねぇよ。あの方達に命捧げるってんなら、あたしは本望だ」
「シャンティ……そう、だよな。悪かった。もう忘れるよ」
「ありがとう。仕事に戻るよ。あたしこそ、ごめんな」
そう言ってシャンティは階段を上って行き、二人は元通りに階段の前に直った。
階段の踊り場でその話を、というか初めから吸血鬼のスーパー聴力で聞いていたボニー&クライド。
「スニルとレヴィの不安もわからなくはねぇな。安心したところをガブリってな。ま、俺ら人間じゃねぇから、喰うつもりなら小細工しねえで、とっくに喰ってるけどな」
「シャンティは純粋と言うか青いと言うか。でも、あたし好きだな。シャンティのおかげで収まったみたいだし」
「ヴィンセントに報告した方がいいか?」
「一応ね。でも、冷凍庫の件は伏せとこう」
「だな。つーかもうあいつらにバレるのも、時間の問題かもしんねーな」
「だね」
というわけで二人は顛末をヴィンセントに話し、話を聞いたヴィンセントはぼふっとソファに背を預けた。
「例えば、話したとして、私達が化け物であることを恐れて、昼間に私達が殺される可能性もなくはない。脱走した者が教会や寺院に悪魔祓いを頼まない保証はない」
「でも、シャンティがいるから大丈夫だよ!」
「シャンティは、な」
「じゃぁさ、とりあえず話して、裏切ろうとした奴は殺しちまえばいいんじゃねぇの? どっちにしても、バレるのは時間の問題だぜ?」
「そうだよ! 裏切ったら殺すよって言っとけば誰も怖がって裏切らないよ」
「フン。馬鹿を言うな。恐怖での支配には限界がある。かえって反発を生むだけだ。しかし、時間の問題と言うのも確かだな。とりあえず、この一件は預かっておく。メリッサやミナにも話をすべきだろうからな」
「あぁ、それもそうだな」
ミナが目覚め部屋を出ると「おはようございます。ミナ様」と、護衛の二人に声をかけられる。どこか、遠慮気味に。少し不思議に思ったが、いつも通りに挨拶を返す。
「おはようございます」
「ミナ様、怪我大丈夫か? 相当派手にやられてたじゃねーか」
「あ、大丈夫。いや、えと、なんのことかな? 何ともないし!」
テロの事を言われたのだと気付いて、慌てて取り繕ったものの、彼らは神妙な顔になった。
「そっか。それならよかったよ。もうミナ様で最後だから俺たちは下がるぜ」
そう言うと二人は足早に階段を下りて行ってしまった。変な顔をしたままだったので、どうやら疑惑は拭い去れなかったらしい。少し失敗したと思いながらミナも階段を下りた。
「おはようございます」
広間に下りていくとボニーとクライドとヴィンセントがソファに座っていた。
「おはよ」
「はよ」
「……」
ヴィンセントが無視なのは今に始まったことではないが、この二人のテンションの低さは異常だ。
「あの、どうかしました?」
「そんな事より、お前もこっちに座れ。話がある。使用人は下がれ」
これほど綺麗に無視されるといっそ清々しい。
ヴィンセントの言葉通り使用人たちは一礼して広間から立ち去っていく。ソファに腰かけようとしたら、メリッサも帰ってきてみんなでソファに座った。
「実は、使用人たちが私達が人間ではないと感づき始めたようだ。放っておいてもいずれは露呈するだろう」
それを聞いて、護衛二人の微妙な表情の意味を理解できた。想像には難くない。例の事件の事で疑惑を持たれたのだろう。
「事実を話すべきかどうか考えているんだが、メリッサ、お前はどう思う?」
「そうねぇ。その話を聞いて忠誠が揺るがないと断言できるのはシャンティ位ね。シャンティは絶対的な忠誠を持っているし。でも、他のメンバーはどうかしらね。黙ってた方がまだマシな気もするわ」
「そうか。ミナ、お前はどう思う?」
「私は……話して良いと思います。勿論、リスクもあると思いますけど、彼らを信じたいです」
「一応聞くが、北都は?」
と言われたので、慌てて北都と交代した。
「僕は直接会ったことがないから何とも言えないけど、どっちかっていうと黙ってた方がいいかなって思う。隠したままだと不安だろうけど、話したからって不安がなくなるわけじゃないでしょ。むしろ余計怖くなるかもよ」
「ふぅ、困ったな、意見が分かれてしまったな。どうしたものか……」
ミナも精神テレビ画面を見ながら頭を捻り、皆でうーんと頭を悩ませていると北都が口を開く。
「その話のネタ元ってどこ?」
「レヴィとスニルとシャンティの会話をボニーとクライドが盗み聞きしたらしい」
「うーん、じゃぁさ。その3人に話してみるってのは? シャンティは問題ないんだよね。でも、その二人の出方によっては判断できるんじゃない?」
生きていれば今年13歳になる北都は、あちこち放浪して色々なものを見ている間に、大分賢い子どもになっていた。
時計の針が10時を回った頃、吸血鬼組は全員ヴィンセントの部屋に集合し、レヴィとスニルとシャンティに招集をかけた。3人はミナ達が揃っていることに驚き、同時に何かを諦めたような顔をした。3人をソファに座るようにヴィンセントが促すと、少し怯えたような面持ちで腰かける。
「なぜ、お前たちが呼ばれたのか分かっているとは思う。この際だからはっきりさせておこうと思ってな」
「ヴィンセント様達が何者か、という事についてでしょうか?」
「そうだ。夕方、お前たち3人の立ち話をボニーとクライドが聞いていたらしくてな。あぁ、聞く気がなくても私達はとても耳がいい。部屋からでも廊下の会話位十分聞こえてくる」
「左様でございますか……申し訳ございません」
「謝る必要はない。では、本題に入るが」
いつも通り、さっさとヴィンセントは核心を話す。
「私達は全員吸血鬼だ」
ヴィンセントのその言葉を聞いた瞬間、3人に驚愕と恐怖の色が現れ、ぽつりとレヴィが呟いた。
「やはり……私の勘違いではなかったのですね……」
「そう言う事だ。私達は人外の力を持ち、不老不死。人の生き血を吸う化け物だ」
アルカードさんがニヤッと笑って牙を見せると3人は絶句してしまった。
「私達を恐ろしいと思うのは当然のことだ。化け物と寝食を共にして無事でいられる保証はない、その内餌にされるかもしれない、そう思っても詮無きことだ。だが、私達は化け物だ。人間のような計略や打算などは持ち合わせていない。殺す気ならとっくに全員殺している。それに、私達には現時点で、この国でお前たちほど信用のおける人間はいない。私達の墓守にふさわしい人間だと思うからこそ傍に置いている。仮に、お前たちの誰かが私達を裏切っても、私達はお前たちを殺すことはできないだろう」
その言葉は意外だったようで、胸元でギュッと手を握ったシャンティが尋ねた。
「何故でしょうか?」
「ミナが怒るからな。特にシャンティは。ミナは怒ると面倒くさい。以前ミナにマフィアどもを殺すのを邪魔され、腹が立ってミナを刺してちょっとした騒動になったことがあった。見ず知らずの害悪であるマフィアに対してでも殺戮を嫌がるほどだ。お前たちが死ぬとなれば、ミナは黙ってはいないだろうし最悪反旗を翻すことも考えられる。それでは私が困るのでな。私達はお前たちを捕食目的で連れて来たわけではないし、殺す気もない。ただ単に、使用人として信頼し、雇用しているに過ぎない。それは理解できたか?」
3人は顔を見合わせてわかりました、と頷いた。
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
シャンティが僅かに進み出た。
「なんだ」
「私達がヴィンセント様達の墓守にふさわしいと言うのは一体どういう意味でしょうか?」
「あぁ。私達吸血鬼は昼に眠り夜に活動し、寝ている間は棺で眠る。私達は昼間はとても無防備な状態になる。その私達の眠る棺を安心して任せられる程、全幅の信頼を寄せている墓守という事だ」
「ですが、ヴィンセント様はお昼でもお見かけすることがございますが」
「私は別格だ。100回や200回殺されたくらいでは死なない」
「さ、左様でございますか……。あ、あともう一つ質問をお許しいただけますか?」
「なんだ」
シャンティは一つ息をのみこんで意を決したように口を開く。
「スレシュファミリーの人間たちはどうなさったのですか?」
ヴィンセントはあぁ、とおざなりに呟いた。
「あいつらに攻撃を仕掛けた時、そもそも殺す気ではなかったからな。運悪く死んだ者もいたかもしれないが、ほとんどが生きて逃亡しただろう。それもこれも、ミナがスレシュと取引したからだ。それがなければ今回も皆殺しにして強奪する気だった」
それを聞いたシャンティは目をパチパチさせている。
「こ、今回もという事は前回もあるという事でしょうか?」
「そうだな。インドに来る前はラオス、カンボジア、バングラデシュ、タイ、ベトナムにいた。その前は日本、その前はアメリカ、その前はフランス、と、まぁ50年から100年単位で500年間やってきたことだ」
とうとう3人とも目をパチパチし始める。
「ヴィンセント様、500年も生きていらっしゃるんですか!?」
「そうだな」
兎に角3人はびっくりして口までパクパクし始める。
「ハァ。まぁそういうことだ。もう質問はないな。というか私は疲れたからもう話は終わりだ」
暴君は質問攻めに余程疲れたのか、深い溜息を吐きながら話を強制終了した。
「僕たちは確かに化け物だけど、君たちに危害を加えるつもりは一切ない。証拠があるわけじゃないから、信じて欲しいとしか言えないけど。とりあえずさ、僕たちしばらくはこの事を皆に公表する気はないんだ。少なくともヴィンセントからゴーサインが出るまではね。だから、それまで口外しないでいてくれる?」
話し疲れたヴィンセントに変わって北都がフォローに入る。北都の話を聞いた3人は「勿論です!」と大きく首を縦に振った。
「ありがとう。じゃぁ、もう下がっていいよ。お休み」
「はい。では失礼いたします。お休みなさいませ」
3人は深々と頭を下げ、退室していった。3人を見送った後、誰ともなく真ん中に集まる。
「あとはあの子たちがどう動くか、ね」
「でも、見る限り3人とも問題なさそうな感じはしたよ?」
「今は、ってことだろ。後々はわかんねーよ」
「そうだね。とりあえずあの3人は僕たちにはいちばん近い使用人だから、それとなく監視できるでしょ」
と4人で話し合っていたら、ヴィンセントが咳ばらいをした。
「どうでもいいが、お前らさっさと私の部屋から出ていけ」
「はーい……」
そうして4人も部屋を出たのだが、先に部屋を出た使用人3人組は、スニルの部屋に集まって話し合っていた。ふと、スニルがおかしなことに気付いた。
「さっきさぁ、ミナ様「僕たち」って言ったよな?」
言われて二人も思い出そうと宙を仰ぐ。
「そういえばミナ様、ヴィンセント様の事呼び捨てにしてたな……」
「してたな」
「んで、どことなく知的だったよな……」
「なんかな」
「アレ、ミナ様か……?」
「え、えぇぇぇ……」
顔を見合わせる3人。あーでもないこーでもないと議論したものの、ミナの中で何が起こっているのか、結局この3人にはわからずじまいだった。
登場人物紹介
【スニル】
16歳。屋敷内の警備係。強盗団時代はシャンティの右腕だった。
教養はないが、状況判断能力は高い方。結構気遣い屋さんでいつも誰かしらのことを気にかけている。
【レヴィ】
18歳。屋敷内の警備係その2。強盗団時代はブッコミ隊長。
普段からあまり頭は使わない。ひそかにシャンティに惚れているが、この手のことにチキンでいつまで経っても言い出せなくて悩んでいる。




