4-4 ヴィンセントさんはツンデレ
なんとか説教地獄から解放されて部屋に向かうと、廊下でシャンティに遭遇した。
「ミナ様!? 何その格好!!」
シャンティは驚いて駆け寄ってくる。
「なんだよこれ!? 焦げてるし! 穴だらけだし! ていうかこれ血か!?」
「え? いやぁ、ははは」
「笑ってごまかせるレベルじゃねーだろ! 怪我は!?」
「あ、もう治ったから。ヘーキヘーキ」
「あ! まさか、さっきまでニュースで中継やってた事件と関係あるのか?」
「い!? え? さ、さぁ、知らないよ」
「ミナ様、嘘つくんならもっとうまくやれよ」
「いや、ははは。本当に、知らないよー」
「ウソつくんじゃねーよ」
「本当だって! ていうか、事件とか知らないし! 出かけてたし! じゃ、私着替えるから!」
「あ、ちょっと!」
シャンティから逃げるように部屋に駆け込む。ドアを閉めて自分を見てみると、服は穴だらけで破けてボロボロ。腰と肩のあたりは焦げてるし、肩から胸にかけて、腰から膝まで血まみれだった。これを見て何もないと思う人がいたら異常どころか病気だ。
しゅる、ぱさ。静かな部屋に衣擦れの音が響く。
(中継か。私達はカメラには映らないから、さぞ不思議現象だっただろうな)
もし報道の人が屋上で気づいてカメラを向けていたら、「見えるのに映ってない!? なんでや!」と、きっと今頃大騒ぎだ。どうか、大騒ぎになったとしてもこっちまで波及してきませんようにと祈る。残念ながら、その願いは速攻砕けた。
着替えて部屋を出ると、部屋の前にシャンティが立っていた。
「う、シャンティ。どうかしましたか」
「どうかします。ちょっとこっち来な」
言われるままにリビングまで着いて行くと、リビングではヴィンセントや、クメリッサたちがテレビを見ていた。テレビでは案の定、例の事件の報道特集をやっている。渋々ヴィンセントの隣に腰かけて、テレビに目を向ける。
「はい、現場から中継でした。というわけで、この事件を解決に導いたという男女6人組は忽然と姿を消したようで一切素性もわからないという事です」
「人質の皆さんも、報道陣の一部も目撃しているにも拘らず、映像には一切映っていませんからねぇ。これは一体どういうことでしょうね」
「被害に遭われた方たちの中には彼らを天使、もしくは悪魔と呼ぶ人もいました。銃も効かず空を飛ぶ、とても不思議な人達だったと」
「確かに不思議ですね。目撃されているのに、店内のカメラにも報道のカメラにも一切映っていない。でも、実際に犯人の数名は死亡し、捕えられて、人質たちを解放している。なんだと思います?」
「なんでしょうねぇ? もしかしたら本当に神の使いかもしれませんね?」
「まさか! そんなことないでしょう。突然屋上に現れて、飛んで逃げたように見えた、と言う話ですが、目撃したのはヘリの操縦士一人だけですし、いくらなんでも荒唐無稽ですよー」
テレビをみながら「あっちゃぁ」と思っていると、聞こえよがしにシャンティが溜息を吐いた。
「これは、皆様方の仕業でしょうか?」
「知らん」
シャンティの問いにヴィンセントが即答する。
「ですが、先ほどテレビで言っていました。小さな男の子が、「茶色くて長い髪のお姉ちゃんが助けてくれた」と。ミナ様のことではありませんか?」
「えっ!? さ、さぁ? そんな人どこにだっているじゃん」
「インド人はヘナ染めが主流です。ミナ様のように明るい茶色になることはありません」
「へ、へぇー? じゃぁ外国人じゃない?」
「皆様方も外国人でいらっしゃいますよね?」
「いやっ、そうだけど! 違うし! 知らないし! ねぇ?」
助けを求めるようにみんなを見回すと、知らないよ、と声を揃える。それを見たシャンティは悲しげに顔を曇らせて、目を伏せた。
「そうですか、申し訳ありません。……私、6年前に起きた同時多発テロで家族を失って、犯人はイスラム過激組織だったものですから、ずっと恨んでいました。ですから、今回の事件で……救われた気が致しました。もし、皆様のお知り合いの方でしたら、お礼をお伝えください。失礼いたしました」
シャンティはそう言うとリビングから出て行ってしまった。出ていくシャンティを見送ると、ヴィンセントが呼ぶので後を着いてバルコニーに出た。
「シャンティ、テロで家族を失ったんだって前に聞きました」
「ムンバイ同時多発テロだな。複数のイスラム過激派組織が10か所ほどで爆破して人質をとって、確か170人くらい亡くなったはずだ。ちなみに私達が泊まってたタージマハル・ホテルも事件現場だ」
「そんな、ひどい」
「突然家族を殺されて、社会から放り出されて、自分たちから幸福を奪った犯人を恨んで恨んで、だがどうしようもなくて、辛かっただろう」
「救われた、って言ってましたね……でも、本当に良かったんですかね。それはシャンティにとって本当に良い事だったんですか?」
「直接の仇に復讐した訳でもないし、シャンティ自身が仇を討ったわけでもない。だから、シャンティが気負うようなことは何もない。多分、今回のことで、少しだけ家族の弔いになったと思ったんだろう」
「シャンティが苦しまないなら、よかったです」
呟くように言うと、ヴィンセントは少し微笑んだ。
「だが、覚えておけ。別にテロでなくとも、こんなことはどこでもよくあることだ」
「どういうことですか?」
思わぬセリフに意味が分からずヴィンセントを見上げて首をかしげると、ヴィンセントは少し悲しそうに表情を曇らせた。
「他人が理不尽に他人のシアワセを奪う事は日常茶飯事だということだ。裏切り、詐欺、暴力、殺人、色んなことで弱者は強者に淘汰される。世界は残酷なのだ」
「わかってまする。でも、誰にもそんな権利ないはずです」
「ない。が、それが現実。これは政治だとかそう言う問題ではない。もっと根源的な、人間が人間である所以ともいえる。理不尽でなければ、人間はここまで発展してないだろうからな」
「確かに、そうかもしれないけど……でもやっぱり、苦しいです」
呟くように言って俯いてしまったミナに、ヴィンセントは優しく髪を撫でる。訴えるような眼をヴィンセントに向けると、ヴィンセントは再び口を開いた。
「私たちは不老不死。きっとこれからも今日みたいな事や北都の時のようなことは何度でも起きるだろう。だが、その時に誰かの苦しみまで背負って泣いていてはダメだ」
「それは、わかってますけど……」
「世界中の理不尽は存在して当然の事だ。だからお前にはどうしようもない。起きたことは取り消せない。過ぎた時間は取り戻せない。だがこれからミナにしかできないことはある。自分にできることを考えて実行した方が建設的だろう?」
ヴィンセントにそう諭されて、少しだけわかってきた。いつまでも辛かったことを辛いと嘆いていても仕方がない。嫌なことや辛いことを乗り越える努力をするべきだ。急激な変化と苦痛にいつまでも足踏みしていたら、それこそ、それに囚われてしまう。思考と努力を停止させてはいけない。ふぅと息をついて、ヴィンセントが少し微笑みながら言った。
「だからお前は笑っていろ」
「え?」
「いつも通りに能天気に笑っていろ。そうすれば周りもつられる」
「えぇー! なんですかそれ!」
憤慨して文句を言うと、ヴィンセントは可笑しそうに肩を揺らした。
「その調子でバカ面を晒せ」
ヴィンセントは失礼な捨て台詞を残して、バルコニーから出て行った。少しの間憤慨していたが、気付けばしんみりした気分はなくなっていた。
(あ、もしかして、元気づけてくれたのかな……)
そう思うと嬉しい半面、わかりにくい優しさが可笑しい。
(ほーんと、ヴィンセントさんはツンデレなんだから)
思い出すと笑えて来て、一人でクスクスと笑った。




