4-3 そこは沈黙シリーズでいきましょうよ
ジュゥゥゥゥゥ……。焦げる音と焦げる匂いが立ち込める。
「熱ッ! 痛ッ!」
痛みに飛び起きると、暗幕のようなカーテンの隙間から西日が真っすぐ差して肩を焼いていた。
「うー痛いよぉ……なんで私ベッドで寝てんだっけ……」
と寝起きの頭を振り絞って思い出すと、シャンティが休みだと言うので朝方までお喋りして遊んで帰って来たのだ。結構楽しかったので、お喋りの内容、シャンティの恋バナなんかをムフムフ思い出しながらベッドに横になっていたら、朝になって強制寝落ちしてしまったのだった。
「う、イタタ……」
日の光が天敵の吸血鬼。普通の怪我ならすぐに治るのに、日焼けだけは中々治らない。着替えようと思ってもこれでは困る。そう言えば何年か前に見た映画で吸血鬼が日焼け止め塗って、日中に姿を現すシーンがあったのを思い出した。
(あれ、効くのかな?)
手の甲に塗って試してみて、塗布した左手を恐る恐る日光に当てる。
シュッ。
「熱! あ、でもちょっと弱まった! SPF高いのならイケるかな!?」
下着姿で実験にいそしんでいたら突然部屋のドアが開き、呆れ顔でボニーが入って来た。
「ボニーさん大発見! 日焼け止めで日光弱くなりますよ!」
「ウソ!? マジ!?」
「マジ! 今ね実験してたんですよ! 昨夜ベッドで寝ちゃって。ほら、肩焼かれたんですよ」
日焼けして修復中の肩をボニーに見せると、ボニーは急にニヤニヤしだす。
「ボニーさん?」
「ミナ、あんたまだ処女でしょ」
「ぬえっ!?」
「なんでわかったのかって?」
正解である。
「ヤダもー別に聞きたくないです! ていうか人に言わないでくださいよ!」
「どーせヴィンセントには筒抜けじゃん」
「イヤァァァァ! そうだった……最悪だ……」
「ヴィンセントに手ほどきしてもらえば?」
「しませんよ! するわけないでしょ! 500歳越えのオッサンなんかあり得ない!」
「あっはっはっは! それもヴィンセントが聞いてるよー」
と言われて顔を青ざめさせたところで、「早く着替えな」と言ってボニーは日焼け止めを面白そうに塗り出した。割と寝起きから最悪だ。何とか傷が修復して、着替えてボニーにドンマイと励まされながらサルーンへ降りていくと、ソファにヴィンセントの頭が見えた瞬間に逃げ出したくなったが、ボニーにがっちり掴まれて連行される。そして案の定。
「オッサンで悪かったな」
「……すいません」
この後がとても怖いので、ここはご機嫌取りだ。と言ってもご機嫌を取れそうなネタがない。ふと思いついて、基本引きこもりのヴィンセントを外に連れ出してみようと思った。
というわけで、実験の続きと称して日焼け止めを買いにヴィンセントを付き合わせることにした。
「なんかヴィンセントさんと二人ってすっごい久しぶりですね。というか、よく買い物付き合う気になりましたね? いつも嫌がるのに」
「たまにはな」
さっきは怒らせたと思ったが、今日はよくわからないが機嫌はすこぶるいいようだ。
ヴィンセントと二人で歩くのは本当に久しぶりでなんだか懐かしい。相変わらずサクサク歩く後姿を一生懸命追いかける。そんな自分を客観的に見て、ヴィンセントに犬と言われたことを思い出して「確かに!」と納得してしまった。自分はきっと一生、どんどん歩いて行ってしまうヴィンセントを息を切らせて追いかけるんだろうな、と思ったらなんだか可笑しくなってきた。
そうこうしているうちに目的のデパートに着いた、が、デパート周辺にはものすごい人だかりができていた。上空にはヘリまで旋回している。
「ん? 今日何かあるんですかね?」
「……いや、違う」
「え?」
「硝煙と血の匂いがする」
「え!? ちょ、おじさん! なんかあったんですか!?」
隣にいたおじさんの胸ぐらを捕まえて尋ねてみた。
「あぁ、30分くらい前にテロリストが人質を取って立て籠もっちまったんだよ」
「な、テロリスト……?」
「あぁ、どうせイスラム国のパクリ奴らだよ。最近は大人しくしてたってのに……奴ら、目的の為なら手段を選ばんからね。何人犠牲になるかわからんよ」
「そんな、ひどい……」
「奴らは奴らで必死なんだろうがね……時にお嬢さん、苦しいんだが」
「あ、ごめんなさい」
おじさんを離してあげると咳込み始めて、一応背中をさすってあげてからヴィンセントに向き直った。
「ヴィンセントさん! やっつけましょうよ! テロリストなんて、私、許せません!」
「そうは言っても、地上は警察が包囲しているし、上空はヘリも飛んでいるから潜入は難しいぞ」
ミナは背が低くて見えないが、デパートの周辺を見回してみる。
「ヴィンセントさん、あそこのオフィスビルから屋上に飛び移れそうじゃないですか? 見る限りあのビルにはスナイパーもいないですよ」
「そうか」
「そうかってなんですか! ヴィンセントさんは行かないんですか?」
「帰る。というか何故お前は行く気満々なのだ」
「ダメですよ! 一緒に行きますよ!」
「知ったことか。というかダメだ。行くな」
ヴィンセントは興味なさげな上にミナの首根っこを掴んで行かせまいとする。それを見てだんだん腹が立ってくる。
「もう! じゃぁいいです! 一人で行きます! ヴィンセントさんは尻尾撒いて逃げればいいですよ! 離してくださいよもう!」
ヴィンセントにそう叫んで、もがいて手が離れたすきにビルに走り出した。
「おい! こら待て!」
ヴィンセントの静止の声は無視して、影から屋上に飛び上がった。
ビルの屋上に着き、デパートの様子を観察する。上空には警察のヘリが2機。報道関係が3機。全力で走れば肉眼で捉えられる前に移動できる。距離は約20メートル、高低差約5メートル。大丈夫だ、行ける。ビルの端から助走をつけて走り出し、バッとビルから飛び立つ。20メートルの跳躍はさすがに滞空時間が長く、誰かに見られやしないかと不安になったが、今はそれどころではない。着地したら即座に入り口に全力で走り、デパートに侵入する。入り口周辺には人影なし。大丈夫そうだ。どうでもいいが、この事件の情報を何も知らないで入ってきてしまった。誰か捕まえて情報を聞き出そう。
階段を下りていくと、踊り場で顔を隠した男にばったり出くわしてしまう。
「てめぇ! なにしてやがる!」
「きゃぁ! お願い、殺さないで!」
男がミナに銃を向けながら左腕を掴んだ。チャーンス! 開いた右手で銃を奪い、男を蹴倒した。
「お兄さん。今どういう状況か、私に教えて?」
壁にもたれかかる男の頭に銃を突きつけ尋ねる。
「テメェ!」
「静かにしないと撃っちゃうよ? 人質はどこ? 仲間は何人?」
「く……誰が言うか」
「あっそ。じゃぁいいや」
男を気絶させて無線を拝借し、銃を壊してその場に放り投げた。もっと気が弱そうな人いないものか。気が強い人間は黙秘を貫きそうだ。せめて銃の使い方くらい勉強しておくべきだった。脅迫もできやしない。
人質といえば映画なら一か所に集める。例えば1階のエントランス、エスカレーター前、イベントホール。警備室に行ければカメラ見えるから楽なんだが、おそらくそうはいかない。敵の動向はインカムがあるから、ある程度は探れるが。自爆も辞さないようなテロなら、頭を潰してしまわないと人質の命が危ない。ボスを含めたメインメンバーは人質と一緒にいるか、別室で指令を出してるかだろう。いずれにしても、敵の配置を探るなら警備室を奪還した方が早い。できれば電気系統も破壊したいところだ。暗い方が有利。人質がいなければ楽なんだが仕方ない。
キョロキョロとあたりを見回して、従業員通路を探す。周りより少し暗い通路の前に男が二人「ここから先は入るなよ」と言わんばかりに立っている。銃声が響いたら侵入に気付かれてしまうので、正面からの攻撃は出来ない。背後に回る事も出来ない。それなら遠ざけてしまえばいい。右から男達に近づいて、子供のマネキンを一体持って、近くのテナントのショーウィンドーの上に隠れる。右側の通路にマネキンを放り投げると、男の一人はすぐさまその通路に走って行った。残ったもう一人が気を取られている隙に、上から飛び掛かり気絶させ、そのまま男を引きずって、銃を奪い適当な部屋に押し込む。通路の陰に隠れて、戻ってきた男も気絶させて同じ部屋に押し込んだ。
さて、この通路の先には何があるのか。案内板を見ると、一階に警備室、地下1階に電気制御室があった。ここは4階だ、厳しい。しかし、わざわざこの通路の前に人を立たせていたということは、このフロアか下の階かわからないけど、何かある。誰か作戦を立てられる人連れて来ればよかった。どう考えてもさっさと帰ってしまったヴィンセントが憎い。今更後悔しても仕方がない。引き返すこともできないし、腹を括って奥へ歩き出す。
廊下の角を曲がったところで、男達数名と出くわしてしまった。
「居たぞ! あいつだ! 撃て!」
一人が叫んだ瞬間、銃弾が霰あられの様に飛んできた。
「うわっ!」
慌てて廊下の壁に身を隠す。なぜ侵入に気付かれたのだろうか。ミナの姿はカメラには映らないはずなのに。男達のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「死んだか?」
「いや、血痕がない。避けたみたいだ」
「アリ達から銃を奪っているかもしれん。気をつけろ」
その会話を聞いて気付いた。ミナが男達を倒すのが映っていたようだ。ミナは映らなくても、男達が倒れるのは映っていて、何かが起きたと気付いたようだ。しまった、完全にしくじった。侵入がバレたとなれば人質が危い。
(いや、でもこの際一気に攻めて…イヤイヤ! 考えろ考えろ)
「動くな」
考え過ぎで敵の接近に気付かなかった。仕方がないのですっと立ち上がると、男達は銃を構えなおす。
「動くな。動くと撃つぞ!」
「撃ちたきゃ撃てば?」
男たちの目を真っ直ぐ見据えて言うと、そいつらは少し狼狽える。
「何をもたもたしてるの? 銃は脅しの道具じゃないよ。人殺しの道具だよ」
男達に近づき、ゆっくりと銃身に手を伸ばす。
「今も人質たちをこれで脅してるの? ――臆病者」
ニヤッと笑って銃を掴む。その瞬間男達は「撃て!」と合図が下りると一斉に発砲した。カラン、カラン。薬莢が落ちる音が響く。
「女の子にこんなことして、ヒドイなぁ。痛いじゃない」
無傷で笑うミナに男達は動揺を隠せない。
「な、なんだ、お前……」
「コレは人殺しの道具だけど、コレじゃ私は殺せないよ」
バキバキ、と握った銃が音を立てて砕ける。
「私はヒトじゃないから」
一人を残して全員を気絶させ、その一人の首を掴んで締め上げる。
「人質は何人でどこにいるの? アンタ達は何人でどこにいるの? 何が目的?」
「ぐ……は、人質は、50人くらい。1階、のエントランス。仲間は、うっ、あと25人。人質の周りと、警備室、後は見回りだ」
「で、目的は?」
「指導者の解放と、金だ」
「そう、ありがとう」
その男の首を絞める手により力を込めて気絶させると、ポイと放り投げる。思ったより大人数だ。だとすると、先に人質を奪還した方が確実だ。が、ミナ一人では攻撃してる間に人質を殺害される可能性が高い。どうしたもんか。最低でも警備室には2人はいるだろう。今の様子を見ていたなら人質の周りを固める可能性は高い。最高23人をほぼ同時に仕留めなければならない。
(いや、無理でしょ……)
できれば10人くらいにしておきたい。ここは、派手に暴れてミナの討伐に来るように仕向けるしかない。この男達がこの通路から現れたという事は、この先も従業員エリアに潜伏している可能性が高い。男たちの所持していた銃を全部壊して、通路の先へ歩を進めた。
階段を下りて3階の通路を進んでいくと、ヒソヒソと話声がする。
「来たぞ。一気にやれ」
どうやら待ち伏せしてくれてるようだ。こりゃ好都合。廊下の角を曲がると、一斉に銃弾を浴びる。ちょっと痛いのを我慢しながら、ずんずんと男達に歩み寄っていく。迎撃に来たのは4人。あと21人。どんどんと男達に歩を進めると、硝煙を割って砲弾が飛び込んできた。咄嗟に避けると後ろの壁が轟音と共に崩壊した。よく見ると柱の陰には迫撃チームの二人組。その手にはパンツァーファウスト3。
(テロリストってそんなのどこから仕入れてくるんだろう……)
さすがの吸血鬼でもあれに当たれば体に穴が開いてしまう。これは、さっさと勝負を決めた方がよさそうだ。
男達が何か合図を交わして、一人がミナの方に走ってくる。なぜ、銃があるのに肉弾戦かわからなかったが、殴りかかる男の腕を避けた瞬間、手に握られている物に戦慄が走った。
(マズい! 手榴弾だ!)
咄嗟に身を翻して直撃を避けた瞬間、爆音とともにグレネードの爆風に飛ばされた。
「ぐッ……」
体に強い痛みが走る。見ると右の腰から太ももにかけて5センチほど抉られている。
「うっ!」
痛みをこらえて立ち上がった。
(私は吸血鬼なんだ。足一本失くしたって戦える!)
廊下にはさっきの男の四肢や内臓とおびただしい血が撒き散らされて、ミナも返り血を浴びていた。ここまでして仕えなければいけない神なんて願い下げだ。「聖戦」と銘打って人を戦いに導くような、命を投げ打つような生き方をさせて、他人の命を軽んじる神なんてクソくらえだ。再び轟音が聞こえて、またパンツァーファウストが火を噴く。片足で避けるのもままならず、今度は左腕を吹っ飛ばされ、廊下に倒れこんだ。
(これって、もしかしてピンチかな……)
砲弾は即座に装填され、ミナに照準を向ける。まずい、逃げられない。咆哮と共に放たれる砲弾。それはまるでスローモーションのように一直線にミナに向かってくる。来たるべき衝撃に備え目を瞑った瞬間、激しい轟音が鳴り響いた。
(あ、れ? 痛くない?)
恐る恐る目を開けると、ミナの前に立ちはだかる男がいた。
「ミナ、今のお前の行動は勇気とは言わない。無謀と言うんだ」
砲撃を片手で防御したヴィンセントは振り返りミナを抱き上げると、メリッサのに預ける。
「メリッサ、こいつを守ってやれ」
「ええ、もちろん。ミナちゃん、こんなに大怪我して。無理しちゃダメじゃない」
見ると、ヴィンセントとメリッサがミナの周りを取り囲んでいた。
「ごめんなさい……。それより、どうしてここに?」
「またお前が暴走するからだ。情報も何も知らないで一人で乗り込むとは愚かの極みだな」
この状況に至ってようやく、ヴィンセントの言う事を尤もだと飲み込んだ。
「でも、早く助けてあげたくて……すいません」
「全く。お前はベトナムの時から成長しないな」
全くである。ヴィンセントがそう言葉を発した瞬間、ふっと電気が消えてあたりが真っ暗になった。
「くそっ! 停電か!?」
「おい! 灯ィ持って来い!」
テロリストたちが慌ただしく声を掛け合う。
「さっさと片付けて帰るぞ」
「ええ。ミナちゃんのお返しをたっぷりしてあげなきゃね」
ヴィンセントは、トン、と床を蹴ると一気に男達の前に迫り、瞬時に人から肉塊へと変貌させる。
「あぁ! ちょっと! 殺しちゃだめですよ! ちゃんと警察に引き渡さなきゃ!」
「首謀者や他の奴らはそうする。だが、こいつらはダメだ」
「……どうしてですか?」
「ミナちゃんにこんな大怪我させて、赦せるわけないでしょう?」
「私のせい……」
自分のせいで人が死ぬのだと落ち込もうとした時、ヴィンセントが顎を持ち上げて顔をあげさせた。
「違う。自業自得だ。人質も既に何人か殺されている。こいつらはお前を殺す気だったし、そのために死ぬつもりでもあった。闘争の契約の必然だ。命の償いは命でしか代価を払う事は許されない。それ以外に等価なものなど存在しない」
命は命を持ってしか償えない。そう言えば殺人犯のニュースなどを見た時「こいつ絶対死刑だよね」と思っていた。確かに命程尊く、かけがえのない物など命しかない。死には死を。契約の対価は等価交換。闘争の契約、闘争の本質という言葉の意味を、ベトナムにいた時はわからなかったがようやく理解した。
メリッサはミナを支えたまま、残骸になった男の前に膝をつける。
「ミナちゃん、血を飲んで」
「え!? やです!」
「飲んだ方が回復が早まるわよ?」
「そうかもしれないけど……こんな奴らの血なんか飲みたくないです!」
「もう……しょうがないわねぇ。ヴィンセント」
「本当にしょうがない甘ったれだな。ミナ、私の血を飲め」
「すいません……」
ヴィンセントに血を貰うと、傷口がうずきだす。かけた骨が再構築されて、あっという間に肉と皮膚で覆い元通りになる。
「うそ!? もう治っちゃった!」
「誰の血を飲んだと思っている。当然だ」
「そ、うですね。ありがとうございます」
メリッサの腕から降りて、手足をブンブン振り回す。完全に治っている。改めて血はすごい。
「前もそうだったが、お前が普段からちゃんと血を飲んでいれば、さっさと回復できるんだぞ」
「そーいえば……でしたね。すいません」
「それじゃ、ミナちゃんも復活したことだし行きましょ」
回復した足を踏みしめながら、真っ暗な廊下を進む。さっきので6人倒したから、残りは19人。余力のない状態で、こちらに討伐を派遣する事は出来なかったのか、襲われることなく1階まで下りてくることができた。従業員通路を抜けて、ショッピングスペースに足を踏み入れると、ふわっと香りが漂う。エントランスに近づくと暗闇の中に仄かに灯りが見える。どうやら懐中電灯やアロマキャンドルで明り取りをしているようだ。キャンドルはただのキャンドルではないようで、充満した匂いに軽く眩暈を覚える。
「うっ……」
「ミナちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、です。でも、この匂い……」
「お店の商品だと思うけど、恐らくサンダルウッドね。儀式なんかに使われる香よ」
「道理で、気持ち悪いはずですね。ひどい匂い」
「ええ。本当に。窓割っちゃいましょ」
メリッサは近くにあったマネキンやワゴンをポイポイ投げてガラスを割り始める。
「これで少しはマシになったかしら」
これでテロリストと警察を刺激したと思われる。
案の定エントランスに近づくと一斉射撃を浴びた。しかも外では警察の動きが慌ただしくなる。もしかしたら突入する気なのかもしれない。犯人たちは人質を取り囲むように配置している。人数は9人。他の10人は見回りか警備室。この人数なら何とかなりそうだ。
「私は上から奴らの背後に回る。お前らはそのまま行け」
「はい」
命令を下すとヴィンセントは音もなく飛び上がって、犯人たちの後ろに回り滞空する。体に浴びた銃弾をパタパタ払いながら近づくと、犯人の男が声を荒げる。
「なんだテメェら! サツか!」
「違うよ。ただの通りすがり」
「女にやられるなんざ、俺の兵隊も地に落ちたな」
自嘲するように男は笑ってみせる。その男の周りには人質だったと思われる人の亡骸が、いくつか横たわっていた。
「落ちるのは地獄の間違いだよ。それが嫌なら人質を解放して」
「テメエらがどんな手を使ったか知らねぇが、たった2人で勝てるかよ!」
男の声と同時に銃弾が雨のように降り注いできた。それと同時に奥にいた3人がドサッと崩れ落ちる。同時に左右にいた2人も血をまき散らしながら倒れる。銃撃をものともせず歩み寄るミナたちに、犯人たちは怯えながらも銃を乱射する。至近距離まで近づいて、銃を握りつぶすと銃が暴発してしまった。
「いった……今度は親指が……」
吹っ飛んでしまったが、まぁ大したことではない。銃が暴発したせいで、男は目をやられたのか絶叫してのた打ち回っている。こいつはもういいか、と顔を上げると、他の3人もメリッサとヴィンセントが倒していた。
「せーあつ完了!」
「よっ! お疲れ!」
ニコニコしながらボニーとクライドが走り寄ってきた。
「あれ!? 二人も来てたんですか!?」
「来てたよー。誰が電気ブッ壊したと思ってんの?」
「あぁ! そっか。今までどこに?」
「人質に紛れてた!」
「あぁ、なるほどー。お疲れ様でした」
「お前ら、なごむのは早い。まだ終わっていないぞ」
ヴィンセントが手に着いた血をピッと払いながら歩いてくる。
「ミナ、お前はナイフとこいつらを縛れる物を探して持って来い。お前らは犯人たちを全員ここまでもってこい。急げよ」
「わかりました」
返事と同時に全員で走り出す。キッチン雑貨店でナイフを数本と紳士服売り場でネクタイを探して持って来た。
「地下と、1階で殺った奴はこれで全員だぜ」
「3階と4階も多分これで全員よ」
「あ! 部屋に押し込んじゃったのが2人いたんですけど!」
「大丈夫よ。引きずった跡があったから、ちゃんと見つけたわ」
「良かった! えっと、1.2.3…32。途中で25人って聞いたから多分このくらいですよね」
「では、こいつらを縛れ。それが終わったら人質の拘束を解いてやれ」
「わかりました」
犯人たちの手足をネクタイで縛っていく。既に死んでしまっている人たちはそのまま放置した。
「よし、ミナ、人質の拘束を解いてやれ。後は人質たちに任せて、すぐに帰る」
「はい」
一番手前にいた親子の下に歩み寄ると、ヒッと声を上げて縮こまっている。
「大丈夫ですよ。ロープ切りますから、手を出してください」
笑顔で話しかけるとホッとしたような表情を浮かべて手を差し出してきた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
手と足のロープを切ると、涙を流しながら何度もお礼を言う若い母親。
「お礼なんていりません。それよりもお願いがあるんです。これで、他の人たちの拘束を解いてあげてください。解いた方にも、ナイフを渡して手伝ってもらってください」
そうお願いすると、その母親はわかりました、とナイフを受け取り、近くの人のロープを切り始めた。
「人質のみなさーん! 今から拘束を解きますから、拘束が外れたら全員で表に逃げてください! バラバラに出ると犯人と間違えられて警察に撃たれるかもしれないから、くれぐれも全員で! いいですねー?」
そう呼びかけるとうなずいたり返事をしたり、兎に角わかってくれた。
「ねぇおねえちゃん」
急にワンピースの裾を引かれて呼び止められる。見ると、最初に拘束を解いた子供だった。
「なぁに? どこか怪我したの?」
「ううん。たすけてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。怪我がなくてよかった」
「おねえちゃんたち、けいさつ? ヒーロー?」
「ううん。ただの通りすがり」
「ミナーずらかるよー」
「はーい! じゃぁ、私達はもういかなくちゃ。さようなら、元気でね」
「ありがとう。さようなら」
1階から屋上まで一気に駆け上がる。
「警察が突入したと同時に脱出だ。いいな」
「じゃぁ私はヴィンセント、お願いね」
とメリッサがヴィンセントの腕に抱きつく。
「ラジャー! じゃぁあたしミナにつかまるー!」
「俺も―」
なぜかボニーとクライドがミナの腕に抱きつく。
「え、うそ」
間もなく人質が全員逃げだし、警察が突入した。
「行くぞ」
「えぇぇぇ!」
「ヴィンセントさん、早いです……」
ヘリや警察に追跡されないように、ヴィンセントは猛スピードで飛んで行って、それを二人をぶら下げて追いかけるミナはヘトヘトで屋敷にたどり着いた。庭に下り立って玄関を開けると12時を回っているというのに、使用人がお出迎えをしてくれた。
「おかえりなさいま……皆様その格好! どうなさったんですか!?」
迎えてくれたレヴィがミナたちの穴だらけの格好を見て、大層驚いて大声を炸裂させる。
「なんでもないから静かにしろ。風呂の用意は?」
「え!? は、できております。すぐに湯浴みなさいますか?」
「あぁ」
「かしこまりました。ではすぐにお支度いたします」
みんなでヘヘッと笑いながらお互いの格好を見回す。
「みんなボロボロだねー。あたしとクライドはまだましだけど」
「ミナちゃんに至ってはもうギリギリね。血まみれだし」
「本当ですね……爆破されちゃったせいだと思うけど……」
「また爆破されたのかよ! 懲りねーなー!」
「そんなこと言われても私のせいじゃないです!」
クライドに笑われて思わず反抗すると、まさかの敵が現れた。
「自業自得だろう」
「えぇ!? あんな痛い思いしたのに!?」
ヴィンセントが腕組みして見下ろしている。
「大体一人で乗り込むなどと、バカにも程がある。人質がいるのに一人でどうにかできるわけがないだろう」
「でも、ヴィンセントさん帰るっていうから……」
「こいつらを呼びに、だ。そんなこともわからんのか。普通何の情報もなしに乗り込まないぞ。情報収集と準備くらいするものだ」
「すいません……」
「お前は私の下僕だし死なせはしないが、こちらの身にもなれ。正義感が強いのはお前の長所だが、暴走しては守る者も守れない」
「すいません……」
「大体お前は何回撃たれれば気が済むんだ。それも…くどくどくどくど・・・」
「すいません……」
説教が始まってしまった。ここはエントランスだと言うのに立ちっぱなしでお説教だ。と思っていると、天の助け。尾で迎えしてくれたレヴィが戻ってきた。
「失礼いたします。お風呂のご用意が整いましたが……」
「後にしろ」
「かしこまりました……」
それから小一時間説教された。
登場人物紹介
【隣にいたおじさん】
デパートに孫の好きなヒーローのフィギュアを買いに来ていた。結局買い物することはできずに、帰ってから孫に泣かれた。
【テロリスト】
イスラム原理主義のテロリスト「暁」の方々。数年前に逮捕された指導者さんとお金目当てで犯行に及んだ。
この人たちが信奉しているのは指導者であって厳密にはアッラーではない。アッラーではなくアッラーの力を誤訳して信奉している。
【人質の皆さん】
従業員や運悪くお買い物に来ていた方々。最初に人質の半数は解放されたものの、交渉の為に10名殺害されてしまった。
【人質親子】
デパートで催されていたヒーローショーを見に来て巻き込まれた。この事件の後、男の子はミナ達に憧れ、警察官を目指す。




