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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
4 インド編
31/140

4-2 スラム育ちの君の強さ

「――てことが日本であって、私はここに来たわけ」

「そーなんだ。ミナ様も大変だったんだなぁ」

 うんうんと相槌をうちながら聞いてくれていた少女は、インドに来てすぐに出会った。

「でも、いいなぁ」

 少女は羨ましそうに頬杖をつき口を尖らせる。

「アタシの仇テロリストだよぉ? 復讐とか絶対できないし」

 幼い頃に発生したムンバイ同時多発テロに巻き込まれ、少女は家族を失った。だからミナ達に出会うまで、仲間とスラムで過ごしていた。

「どの組織かもわかんないしさぁ」

 宗教派閥や貧富の差が激しいインドにはテロ組織が多く、一般に認知されている組織だけで10を超える。実際件の同時多発テロ事件でも、把握しているだけで6つもの組織が結託したのだ。

「もしわかったら私達が仇討っていい?」

「えーいいよ、悪いもん」

「悪くないよぉ。シャンティの仇はあたしの仇!」

「ヤダ、ミナ様超嬉しい事言ってくれる」

 笑うシャンティは可愛いと思う。シャンティの笑顔が好きだ。彼女が喜んでいる顔を見たくて、つい調子のいいことを言ったり、冗談を言ったりしてしまう。

 艶やかな黒髪のポニーテール、伽羅色の肌、鼻筋の通った高い鼻、美しい輪郭を描いた唇、二重のぱっちりした黒く大きな瞳。インド人(主に男性)はやたら彫りの深い人が多いが、女は美人がかなり多い。シャンティは彫刻のように綺麗で、実際二人で街を歩くと、シャンティを見た男が振り返る、振り返る。

 昔はそんな事は全くなかったと言った。スラムで野良犬の様に暮らしていたから。今はミナ達と共に暮らし、屋敷の使用人として安定した生活を手に入れた。給与も支払っているし、休みもある。好きなことにお金を使って、好きなところへ行ける。そんな当たり前の事が、彼女たちには出来なかった。世界一広大で、世界一の人口を擁し、世界一困窮を極めると言われるインドのスラム。ドブ川で生まれ育った者は、一生涯自力ではドブ川から出る事は出来ない。それが聖賢国と呼ばれるインドの、知られざる現実だ。だから、彼女が今笑顔でいてくれることが、これほど嬉しい。



 初めてシャンティ達と出会った時の事を思い出した。インドにやってきてしばらく経った頃、急にヴィンセントが「今日は暇だから、スラムを散歩する」と言い出した。正直な話、心底気乗りしなかった。ムンバイのスラムは一般的なスラムの定義とは比較にならない程広大で、困窮を極めている。そこを身なりのいい金持ちが散歩するというのだ。蜜に群がる蜂のように、物乞いが押し寄せてくることは請け合いだ。それだけならいいのだが、それにヴィンセントがキレて暴走しないか、そちらの方が心配だった。当然文句を垂れる。

「黙れ。行くぞ」

「じゃぁ、私はお留守番してるわね」

 にこやかに手を振るメリッサに力なく手を振って、引きずられるようにヴィンセントに着いて行った。

 スラムに入ると、予想していた通りに物乞いが殺到する。

(まるで銀幕スターだ。違うか)

 物乞いは圧倒的に子どもの数が多い。子どもの方が成功率が高いという親の目論見からだろう。

「ごめんね、何も持ってないの」

 断りを入れながら見渡すと、あることに気付いた。物乞いの子どもたちに、障碍がある子どもが多い。怪我をして包帯を巻いている子、目の見えない子、手足のない子。確かにこういう国だと社会的に役に立たないという理由で、障碍があると言うだけで社会から疎外されるという事はあるだろう。

(それにしても、多すぎる。これは一体どういう事だろう?)

 不思議に思ってヴィンセントに尋ねてみた。

「あぁ、聞いたことがある。物乞いの成功率を高めるために、憐れみを受けるために、親が子どもを傷つけるのだ」

 衝撃的だった。インドは急激な近代化の為に、貧富の差が激しい国だとは知っていた。でも、これほどの現状が存在するなんて全く思っていなかった。生きるために、我が子を傷つけなければならない。そこまでしないと生きられない程の、社会の底辺などと言う言葉では収まらない、生き地獄。このスラムにはこの世の苦しみが凝縮されていた。

「ヴィンセントさん、どうしてスラムに来たいなんて言ったんですか……?」

「別に。帰るぞ」

「えぇぇぇ!? 本当に何しに来たんですか!?」

 無視だ。仕方がないので、さっさと踵を返して来た道を戻るヴィンセントの後を、何とか物乞いをかわしながら追いかけた。屋敷に帰ると「あら、もう帰ってきたの?」と言いながらメリッサが迎えてくれた。

「お散歩楽しかった?」

「いえ、全然楽しくなかったです……私がお留守番したかった……」

「ふふ、何事もお勉強よ」

 確かに、勉強にはなった。


 時計の針が12時を回った頃、またしても急に「スラムに出かけるぞ」と言い出した。

(なんだろう本当に。付き合う方の身にもなってくれ)

 と思いつつ、今度はボニーとクライドも強制連行された。

「いってらっしゃい」

 またしてもお留守番をゲットしたのはメリッサだった。渋々3人もヴィンセントに着いていく。

 スラムに入ると、夕方よりは物乞いの数は少なかった。夜中で明かりもないからみんな寝ているのだろうと考えて、少し安心した。奥まで入っていくと、ただでさえ暗いのに一層暗くなっていく。しばらく歩いていくと、突然、数名の男に行く手を塞がれて、後ろにも回り込まれた。

(これは、あれか。追い剥ぎか)

 4人でぼーっと突っ立っていると、男たちの後ろからリーダー格と思われる人が歩み寄ってくる。

「大人しく金を渡して命が助かるのと、抵抗して死んだ上に金もとられるのはどっちがいい?」

 歩み寄ってきたリーダーと思われる人物を見て驚いた。15歳くらいの年齢で、伽羅色の肌に、長い黒髪をポニーテールにした少女――少年強盗団のリーダー、それがシャンティだった。


 驚いている魅霞を尻目に、ヴィンセントは無表情で「金も命もやる気はない」と言いながら指をゴキンと鳴らす。

(アカンアカン! この人に戦わせたら死人が出る! リアルに!)

 このスラムを見てしまうと、いくら強盗と言えど情状酌量の余地はある。しかもスラムの中に死体を転がせるわけにはいかない。

「ヴィンセントさん落ち着いて! この人達ただの追いはぎですよ!」

「では、お前がやれ」

「へ?」

 突然の命令にキョトンとアホ面を晒したところで、強盗達が襲いかかってきた。咄嗟にナイフの軌道を逸らせて、腕を引き、鳩尾に肘を食い込ませる。

「その調子だ。さっさと片付けろ。クライド、お前は後ろの奴らをやれ。殺すなよ」

「え? あぁ。わかった」

 返事をしたクライドは後ろに回り、ヴィンセントは壁に寄りかかって傍観し始めた。ボニーはヴィンセントの足元で体育座りをして、格闘観戦を楽しむ腹積もりのようだ。

「全くもう!」

 渋々強盗に立ち向かう。

「オネーチャンなかなかやるようだけど。この人数に勝てるかな?」

「楽勝よ!」

 強盗はナイフ片手に襲い掛かってくる。

(みんなナイフか。銃も買えない貧乏チンピラ)

 ただでさえ可哀想なのに、ミナ達化け物にケンカを売るなんて不幸極まりない。突き付けられたナイフを避けて、肩を叩いて脱臼させる。顎を殴って失神させ、足を払い転倒したところに腹部に蹴りを入れる。戦闘は5分程度であっけなく終了した。

「さて、残っているのはあなただけだよ」

 どうする? と視線を投げかけると、シャンティは悔しそうに汗を垂らす。その場から逃げないところを見ると、仲間を見捨てる気はないようだ。

「ミナ、お前は修行が足りないな。この程度の奴らに時間をかけ過ぎだ」

 いつの間にかヴィンセントが背後で腕組みをして見下ろしていた。

(自分は見てただけのくせに)

 心の中でそう毒づいていたのがバレたらしく、拳骨をされた。


 シャンティはじりじりと後ずさりをする。それでも逃げないのは本当に大したものだ。シャンティの様子を無表情で眺めていたヴィンセントが口を開く。

「お前に聞きたいことがある」

 シャンティは少し驚きつつも警戒を崩さない。

「な、なんだよ」

「お前と、ここに転がっている仲間は全員孤児か?」

「それがなんだってんだよ」

 馬鹿にされたと思ったのかシャンティの顔には怒りが現れてくる。ヴィンセントはそんなシャンティの様子を眺めながらも気に留める様子はない。

「そうか。お前たちはどこかの組織に所属しているのか? それとも、ただ単につるんでいるだけか?」

「誰にも飼われる気はねぇよ」

 眉を顰めながらも、シャンティは素直に答える。ヴィンセントは相変わらず無表情だったが、少し満足したように言った。

「そうか。ならばちょうどよかった。お前たちは今日から私の家で私に仕えろ」

「は?」

「え?」

 何を言い出すんだ、とシャンティを含めヴィンセント以外全員が同じリアクションをした。

「何言ってんだテメェ? 誰にも飼われる気はないっつったろ?」

 言った。それを言った直後に仕えろと言うのはおかしい。

「お前の意見は聞いていない。さっさと仲間を起こして私についてこい」

 そう言うと放心状態のミナ達を置き去りにして、サクサク歩いて行ってしまった。

「え、おい!」

「ちょ! ヴィンセントさん!」

 シャンティと二人で顔を見合わせて、はぁ、と小さく溜息を吐き、傍に転がっている男達を助け起こす。

「あの人、言い出したら聞かないから、とりあえず手当もしたいし、一緒に来てくれない?」

 シャンティは、「なんなんだよ……」とブツブツ言いながら、仲間の一人を抱えて立ち上がった。ミナとクライド達で2、3人ずつ伸びてしまった人たちを抱えながら歩く。この際手ぶらで帰って行ったヴィンセントが憎い。


「アンタら、その馬鹿力なんなの? 妙に強いし、何者だ?」

 両脇に男を抱えながら歩くミナの隣で、シャンティは不思議そうにジロジロ見渡す。

「え? な、なんだろう? 修行の成果かな? ハハハ」

 適当に笑ってごまかした。しばらく歩くと屋敷が見えてきた。一息吐いて門を開けようとすると、シャンティが激しく狼狽えだす。

「お、お前ら、スレシュファミリーか?」

「違うよ?」

「じゃぁなんでここに……」

「譲ってもらったの」

「は? じゃぁファミリーの連中は?」

「追い出しちゃったから、もう私達しかいないよ」

 シャンティはただでさえ大きな瞳を、更に目一杯開いた。

「はぁぁぁ!? ど、どういうことだよ!」

「まぁまぁ、詳しい話は中でね」

 興奮するシャンティを宥めて、家の門をくぐった。


 エントランスを抜けて広間に入り、未だ気を失っている人たちをソファに横たえる。シャンティと気が付いた少年は、「おぉー」と言いながら室内を見渡している。

「遅い」

 ヴィンセントが文句を言いながら階段を下りて来た。遅いと言うなら手伝えと思ったが、ヴィンセントは広間に下りてくるとソファにドカッと腰を下ろす。

「ミナ、そいつらの手当てをしてやれ」

「はい」

 殆どの人にはたいして外傷はない。擦り傷をこしらえた人達に消毒をして絆創膏を貼っていく。問題はミナが脱臼させてしまった少年。

「うぅ……イテテ」

「ご、ごめん。どうしよう。どうやったら治るのかな……」

「ちょっと、どきな」

 急にシャンティが間に入ってくる。シャンティはその少年の腕を持って、ゴキンと無理やり押し込んだ。

「ギャァァ! 痛ェ! もっと優しくできねぇのかよ!」

「治っただけ良かったろ」

 シャンティはそのままソファに腰かけてしまった。

「あ、ありがとう」

「別に」

 肩が治った少年には氷嚢を持たせて肩を冷やしてもらった。

「ヴィンセントさん、終わりました」

 気絶していた他の少年も全員気が付いて起きてきた。

「うお! なんだここ? あ、お前ら!」

「すっげぇ屋敷……」

 ざわつく少年たち。その様子だけを見ていたら、ただの少年そのものだ。

「黙れ」

 ヴィンセントが低い声でそう言うと、水を打ったように静かになった。しん、と静まったのを確かめヴィンセントが口を開いた。

「先ほど寝ていた奴もいたから、もう一度言う。お前達は今から私の屋敷で私達に使用人として仕えろ」

 その言葉を聞いた少年達はまたざわざわしだす。

「仕事内容は通常の使用人と同じだ。衣食住の保証はしてやるからしっかり働け。仕事の割り振りはミナに任せる」

「えぇ? わ、わかりました」

 急に仕事を振られて戸惑いながらも承諾すると、ヴィンセントはそのまま本を読みだした。さすがにズッコケかけた。

「え? 説明それだけ!?」

「なんだ。他にまだ何かあるのか?」

「山盛りですよ! なんでわざわざ彼女たちを連れて来たのか、とか聞きたいことは山ほど」

「そうだよ! お前何考えてんだ!」

 いつのまにか、そうだそうだの大合唱になってしまい、ヴィンセントは大きく溜息を吐いて本を放り投げた。

「全く、仕方がない。質問を許す」

 許可がなければ質問を許されない。ヴィンセントは質問をされることが嫌いで、たまにミナも無視されるのだ。ヴィンセントがかなり自己中なことはシャンティも察したらしく、溜息を吐いた。

「じゃぁ、聞くけどさ。なんでアタシ達を連れて来たんだよ。お前らを襲った強盗だぞ」

「使用人になりそうな手頃な奴を探していたら、お前らが現れたからだ」

 スラム散歩の目的は従業員募集だったらしい。

「でも、あたし達強盗だぞ?」

「ふん。貴様らごときの実力じゃ、束になってもミナ一人にも敵わん」

 そう言ったヴィンセントがミナを指さすと、その瞬間、「え? こんなチビ女に!?」と視線が集まる。

「一つ言っておくが、冗談でも私達に逆らおうと思うな。どうしても逆らうなら、死ぬ覚悟をしてからにしろ。逆らっていいのはこいつだけだ」

 再びミナは指さされて視線が集中する。変な紹介の仕方をするのはやめてほしい。

「基本的にお前らの面倒はこいつがみる。あとはこいつらに聞け」

 ヴィンセントは、それだけ言ってまた本を読みだしてしまった。

「あたしたちの意見は無視かよ。お前らの下になんかつかねぇぞ」

「……」

 完全に無視で、視線は本の文章を追いかけるのみだ。仕方がないのでフォローに回る。

「あ、あのさ、衣食住の保証もするし、危ない仕事とかヤバいことじゃないちゃんとした仕事も与えるよ。今までとは違ったまっとうな生活ができるよ。あなた達には損はないと思うんだけど、それでも嫌?」

 シャンティは悩んでいる。今まで誰の下にもつかないで自分たちだけで頑張ってきたプライドもあるだろう。でも、生活が安定するならそれに越したことはない。

「シャンティ、お前が決めたことなら、俺たちは着いて行くぜ」

 少年の一人がそう告げ、他の少年たちも頷く。それを見て、彼女は決意したように顔を上げた。

「わかった。これからアタシ達はアンタの下で働くよ。だけど、最後に一つだけ、質問を許してくれ」

 ヴィンセントは彼女の言葉に本から視線だけを上げる。

「なんだ」

「アンタ達、一体何者なんだ? マフィアにも見えないし、一般人でもない。一体なんなんだ?」

 彼女の質問を受けて、ヴィンセントは再び本に視線を戻す。

「マフィアでもないし、所謂ヤバい人間でもない。ただの通りすがりだ。詳しい事は、今は教えてやる事は出来ない。時期が来たら話す」

 シャンティは納得できないような顔をしていたが、いつかは話すという言葉を信じたのか、無理やり疑問を飲み込んだ。

「じゃぁ、今日はもう遅いし、とりあえず休んでもらえば?」

 ボニーが言って、クライドとメリッサもそうしろと言った。

「ミナちゃん、部屋割りはどうするの?」

「うーん、空いてる部屋数は19で、彼らは1.2.3…7人か。一人一部屋行けます」

「2階と3階で分けるか?」

「好きに選んでもらっていんじゃない」

「そうですね」

 話し合いを終えてシャンティ達に振り向いた。

「じゃぁ、部屋に案内するから、着いてきて」

 ぞろぞろと引き連れて2階に上がる。

「このフロアと3階のフロアの好きな部屋を使って。私達は4階に部屋があるから、何かあったら4階に来てね。でも基本4階は立ち入り禁止。今後のことについてや詳しい事は、明日の夜また話すから、今日はもう休んで。では、解散」

 パンと手を鳴らすと、みんな相談しながら部屋の中へ入っていく。部屋に入っていくのを見届けていたら、ミナの前に彼女が歩み寄ってきた。

「あ、えっと、シャンティだっけ? どうしたの?」

 彼女は何やら神妙な面持ちだ。どうしたのかと見つめていると、彼女は急にバッと頭を下げた。

「え? あの……?」

「ありがとう」

 頭を下げながら震える声で、彼女は確かにそう呟いた。

「今までアタシ達は泥水を啜るような生活をしてきた。人から奪わなきゃ生きてこれなかった。アンタ達のことも襲ったのに、なのに屋敷に迎え入れてくれた。人並みの生活を与えると言ってくれた。アタシ達はアンタ達に一生涯の忠誠を誓う。本当にありがとう」

 そう語る彼女の目からは、輝く雫がポタリと落ちた。

「シャンティ、お礼を言うのはまだ早いよ。明日からはビシバシ働いてもらうからね。あのマスターの下で働くのは大変だよ! あの人超我儘で超怖いから!」

 そう言って微笑むと、シャンティも涙にぬれた顔を拭って微笑み返してくれた。

「うん。頑張るよ」

 自分より若い少女の姿を見て、少し考えて言った。

「一緒に頑張ろうね。私はミナ。これからよろしくね」

 彼女に向かって手を伸ばすと、彼女はその手を握り返した。

「うんミナ、こっちこそよろしく」



 広間に戻ると、相変わらずヴィンセントは読書をしていて、他のメンバーは何やら紙に書きだしていた。彼らの仕事を割り振っているようだ。

「とりあえず、掃除、洗濯、給仕、調理。これだけ思いついたんだけど、後は何があるかな?」

 ボニーが紙を見せてきた。

「うーん……そうですね、後は庭師と屋敷全体の管理位でしょうか。あ、それと、私達昼間は無防備だから昼間の護衛」

「そうね。じゃぁ洗濯、掃除は兼任で1チーム。あとは個別で庭師とコックと警備員ね。屋敷の管理と給仕は今までどおりミナちゃんお願いね。あぁ、シャンティにもついてもらおうかしら」

 女の子だものね、とメリッサが斡旋するので、少し嬉しくなって笑顔で頷いた。

「じゃぁ、明日みんなに話を聞いて適性を判断してから決めましょう。適材適所の方が効率良いですし」

「おう、そうだな。じゃぁ明日の夕方から服や生活用品を買い出しに行こうぜ」

 クライドのお出かけ宣言にボニーがはしゃいで、みんなで買い物に行くことになった。

「わかりました。じゃぁ必要な物のリスト書き出しておきますね」

「うん。よろしく」


 今まで会話に全く参加していなかったヴィンセントが、急に口を挟んできた。そしてミナたちにも仕事が割り振られた。ミナが仕事の指導、メリッサが言葉遣いや作法の指導、ボニーは彼らに勉強を教え、クライドは格闘訓練。インドの識字率は経済的に発展しつつある国の中では最低レベル。勿論シャンティ達は読み書きも計算もできない。まともに作法なども見についていない。それでは彼らが困るので、その為に指導をしろと言う事だった。格闘は少年たちの為に。奪い殺すことしか目的としていなかったので、いざ外敵がやってきた時、ただ敗北してしまうようだ。殺す戦いと守る戦いは、全く違うものだ。最早彼らは奪う必要はない、これからは自分の身や仲間を守ることを優先しなければならない。

 全員が納得して話が一段落し、今後の予定も決まった。それぞれ好きなことを始めようとした時にクライドが不思議そうに口を開いた。

「じゃぁさ、ヴィンセントはなにすんだよ?」

 クライドのその質問に、みんな顔を見合わせて一斉に口を開いた。

「ヴィンセントに何かやらせて素直にやると思う?」

「ヴィンセントさんが何もしないのは今に始まったことじゃないじゃないですか」

「もー、クライド今更だよー?」

 皆で口々にそう言うと、突然ゴッと頭を殴られた。頭を押さえているとみんなが大丈夫? と覗き込んでくる。

「いったぁー! え、ウソ? 殴られたの私だけ!? なんで!?」

「お前は下っ端の分際で口が過ぎる」

 言っていたことはみんな同じなのに、魅霞だけが殴られる。3人は多少は見慣れたようだが、白い目線を投げかけた。

「女の子に手を挙げちゃダメって言ってるでしょう? 最低よ」

 メリッサの言葉にボニーとクライドも同意して頷く。それにヴィンセントは冷たく一瞥して言った。

「なんだ、貴様ら全員お仕置きされたいのか?」

 ヴィンセントに凄まれてみんなは手のひらを返したように態度を変える。

「私は遠慮しとくわ」

「俺もいいや」

「ごめんなさーい」

「弱!! みんなもっと頑張ってくださいよ!」

「えー。そこはミナの仕事」

 抗議したものの、妙な仕事を割り振られた。



 翌日、起きるとすでにメリッサのスパルタ教育が始まっていた。少年たちを並べて、その前に立つメリッサはさながらセクシー女教師風だ。

「はい、じゃぁ部屋に入る時にはなんて言うの? そこのあなた」

 指名された少年はおずおずと口を開く

「え? 入るぞー。じゃねーの?」

「違います! 『失礼いたします』です。言って御覧なさい」

「『失礼いたします』」

 素直に復唱した少年に満足そうに頷く。

「よろしい。じゃぁ、ヴィンセントにミナちゃんを呼んでくるように言いつけられた時は?」

 指名された別の少年が首を捻りながら答える。

「ミナ、ヴィンセントが呼んでたぜ?」

 メリッサは持っていた指揮棒らしき器物をバキッと折った。

「何度言ったらわかるの!? 私達を呼ぶときは様をつけなさいと言っているでしょう! 『ミナ様、ヴィンセント様がお呼びでございます』はい、言って御覧なさい」

「『み、ミナ様、ヴィンセント様がお呼びでございます』」

 少し怯え気味で答えた少年の様子に、満足そうに頷く。

「よろしい。大体あなた達は敬語の使い方からなってないわね。くどくどくどくど……」

 こりゃ、教えられる方も大変だ、と考えながら、既にリビングに降りて待っていたボニーとクライドと共に屋敷を出た。


 買い物のリストアップは夜のうちに済ませておいたので、目覚めてすぐボニーとクライドと共に買い物に出かけようと言う事にしていた。メリッサは礼儀作法などの指導をすると言って居残ることにしたようだ。ボニーの方は先生の真似事が必要なので、初等教育レベルのテキストとノート、筆記用具など。クライドのほうは元々チンピラ上がりらしく、得意とするのは超実戦的なケンカ戦法なので、さほど重装である必要はないので警棒と懐中電灯くらい。ミナの方はと言うと、かなり多い。

 シャンティが女の子一人で、後は少年が7人。シャンティ用には、いくらなんでもメイド服を買うという趣味は魅霞にはないので、動きやすいワンピース。少年たちにはスーツとつなぎ。それぞれ夏服冬服中間服を4着ずつ。食材、リネン、食器、洗剤、掃除用具、その他日用品諸々。普段自分達が吸血鬼のせいで忘れそうになるが、忘れてはならないのがトイレットペーパー。吸血鬼は血をそのままエネルギー変換するので、排泄しないのだ。ちなみに暗殺を避けるために、シルバーを含め銀製品の購入は禁止された。



 クライドの愛車ハマーに乗り込んで、ムンバイの繁華街へレッツお買い物だ。スラムは広大だが、その一角にある洗濯場などは観光案内にも出てくるほどで、昼間なんかはたくさんの洗濯物が風にはためいている。そんな広大な裏の顔を通り過ぎ、ひとまず市街の中に足を踏み入れれば、そこは大都会。インドの裏側から表に出てみると、そこは数々の文化が織りなす多彩な情景が見える。近代建築とムガル帝国時代の建築を折衷したような建築物や、ムンバイが誇る産業、ボリウッド映画の広告がデカデカと掲げられている。街行くバスには人が乗りきれずに箱乗りして、語る言葉も英語、ヒンディー語、タミル語など数多い。インドは国と言うより大陸である。そう言った格言があるほどに、様々な文化、宗教、言語を有するインドは、人々の興味を惹きつけてやまない。

「インドに来たら人生変わるとか、言うじゃないですかぁ」

「あー言うね。でも確かに変わりそうだよ、こんだけ毛色の違う物に、毎日刺激受けるんだもん」

「だよなー。俺映画出てーな。ボリウッドスターなんの」

「あたし達映像に映らないじゃないですか」

「致命的じゃん」

 クライドの叶わぬ夢に笑ってやって来たデパートの駐車場に車を停めて買い物をした。


 屋敷に帰ると、玄関の前で「おかえりなさいませ」とドアが開かれ、エントランスに入ると、全員が整列して「おかえりなさいませ」と大合唱。その真ん中でメリッサがどや顔で立っていた。

「みんなの服とか買ってきました。今から分けるからちょっと待ってて下さいね」

 そう言って荷物を分けはじめると、ヴィンセントがクライドを呼び紙を渡す。それを見てクライドは少年たちに招集をかけた。

「ハイちゅーもぉぉぉく!」

 清聴を願うと、全員集まって大人しく静かにしている。それを見てクライドは満足そうに頷いた。

「うし。じゃぁ注意事項を説明するからよく聞けー」

 注意事項と聞いて、幾人かは顔をしゃっきりとさせた。

「これは大事なことだからよく覚えとけよ。もし破ったら最悪ヴィンセントに殺されっから、よく聞け」

 この脅し文句が冗談に聞こえないのは自分だけだろうか、と思いつつ耳を傾けながら仕分け作業をする。

「まず、地下室には近づかないこと。屋敷のことを外部に漏らさないこと。黒い冷凍庫を開けないこと。屋敷の物を持ち出さないこと。昼間は4階に近づかないこと。もし、どうしても昼間用事があるときにはヴィンセントにドア越しに用件を言いつけろよ。掃除も夜にな。とりあえず、こんなところかな。何か質問あるかぁ?」

「はい。よろしいでしょうか」

 シャンティが手を挙げて前に進み出る。

「おう。なに?」

「ありがとうございます。それらの禁止事項にはどのような意味があるのでしょうか?」

「内緒だから禁止してんだよ。時が来たらヴィンセントが話すと思うから、それまで深く考えんな」

「左様でございますか。申し訳ありません」

「んにゃ。他に質問ねーか?」

 クライドが見渡すと、少年たちは首を横に振った。それと同時に仕分けが終わったので、今度はこちらに呼んだ。

 一人ひとり、生活用品を分けて、受け取ったら部屋で整理して、着替えて出てくるように言いつけた。

「お気遣い有難く存じます。それでは、少々失礼いたします」

 少年たちは口々にそう言って部屋に戻って行く。

(何この変貌ぶり。メリッサさん魔法でも使ったのか?)

 メリッサに視線を送ると、やはりドヤ顔をしていた。


 部屋から出てきた少年達を見て驚いた。下したてのスーツを着た黒服の一団が整列する様は壮観だ。

「わぁ! みんな、すごく立派!」

「本当ね。皆さん、これから頑張るのよ」

「はい! 誠心誠意お仕え致します」

 メリッサの言葉に元気良く返事をして、少年たちは目がキラキラしている。

(うおぉ、なんか迫力。ていうか、男に傅かれるのって気持ちいいな)

 妙な快感を覚えたミナだったが、仕事を思い出した。一先ず少年たちに仕事の希望を聞いて回り、少し会議して配置が決まった。今度はボニーが集めた。

「黒! 大集合!」

「はい!」

 大集合と言う程の人数でもないし、黒服だからと言って黒と言うネーミングは気にかかったが黙っていた。

「レヴィとスニルは護衛、フリティックは庭師、アニルはコック、アルジュン、アナンタ、シヴァラージは屋敷のメンテ。OK?」

「OKです!」

「おっ、イイネイイネ」

 黒達の返事にボニーは満足したようだ。シャンティにはミナと一緒に給仕や雑用なんかを手伝ってもらうと話すと、不思議そうに首を傾げた。

「え? ミナ様もわたくしとご一緒ですか?」

「うん……私、使用人どころかヴィンセントさんの使いっパシリ扱いだからね……」

 たまにヴィンセントと口論になったり、一方的に怒られたりすると、「このバカ下僕」となじられるし、雑用から始まって大概の命令はほとんどがミナに押し付けられるのだ。 そう言うと途端にシャンティは笑い出した。

「あははは……はっ! 申し訳ありません!」

 失礼だと気付いたのか、すぐに笑いは引いてばつが悪そうにした。

「いや、いいんだけどさ……ていうか、私の前では普通でいいよ。他の皆にも言っておいてよ」

「ありがとうございます。ですが……」

「ヴィンセントさんに言われたでしょ? あたし達には逆らうなって。ね?」

 覗き込むように微笑みかけると、シャンティもありがとう、と微笑んだ。

「ていうか、ミナ様、パシリってなんだよ?」

 ぷぷっと笑いながらシャンティに尋ねられる。

「いや、うっかりそう言う契約をしたというか、騙されたというか」

「なんだそれ!? それでこき使われんのか?」

「まーね……」

 吸血鬼になるだけなら問題なかったのだが、問題はその後だ。アレはまさしく詐欺だと思う。思い出すだけで腹が立つが、周りは一貫して「騙される奴が悪い」と言う。加えてヴィンセントはパワハラモラハラセクハラのオンパレードだし、つくづく世界は残酷だ。なぜかシャンティは感心している。

「アンタすげーな」

 その「すごい」は恐らく尊敬という意味のスゴイではない。

「いや……ていうか、シャンティの方がすごいよ」

「は? なんで?」

 シャンティが廊下を歩く足を止めたので、ミナも一緒に足を止めてシャンティに振り返った。

「私達がシャンティ以外の人たちを倒した時、シャンティは逃げなかった。仲間の為に、この屋敷に仕えるって決めた。そうでしょ?」

 覗き込むように尋ねてもシャンティは答えない。

「ヴィンセントさんは多分そこが気に入ったんだね。でなきゃ今頃シャンティもやられて、海にでも捨てられちゃってるよ」

 そう言うとシャンティは引き攣ったような顔をした。それが少し可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。

「心配しないで。ヴィンセントさんは自分に逆らう人間には容赦しないし、人を殺すことにも一片の躊躇もない。でも、自分に忠実な人間にはとても優しいし、大事にしてくれるから」

 極端だよね、と言って笑うと、ホントだな、とシャンティも笑った。



 これが、シャンティ達とミナたちの出会いだった。

 今シャンティは思う。ミナたちに出会わなければ、普通という言葉を使う事も、幸せという言葉を使う事も、屈託なく笑うという事も、きっと死ぬまでなかったのだろうと。

 ミナは思う。この出会いがきっと、運命を変えたのだと。


 出会った時は知らなかった、運命の女神が転がす珠が、大きく動き出していたことを。



登場人物紹介


【スラムドッグ盗賊団】

スラムの孤児で結成された盗賊団。普段から金持ちそうな人間を襲ったり奪ったり盗んだりしながら生活している。

仕事も衣食住も満足になく、教養も家族すらもないスラムの孤児たちにはこの方法しか生きる手段はなかった。




【シャンティ】

16歳。孤児で結成された強盗団のリーダー。

みんな本当にかわいそうな生い立ちで、彼女自身もさんざん辛苦を舐めている為、仲間をとても大切にしている。

孤児の割にそこそこ教養はある。プライドが高く反骨精神が強い半面、一度信頼したらとことん忠誠を尽くす。

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