3-7 龍、君に決めた!
しばらく龍は屋敷で生活するように言って留めた。春には何も言わず「龍が家賃滞納で追い出されたから」という事にしておいた。ミナ達が吸血鬼であることも、龍がデイヴィスファミリーであったことも、春は知らない。知らない方がいい。一応、話し合いをしているときに、龍の養親を殺害してしまったことを全員で謝罪した。勿論、謝罪しただけでどうこうなるわけではないが、せめて弔い位は必要だと思ったのだ。だが、謝罪の言葉を聞いた龍はきょとんとしてミナに言った。
「オヤジさんなら元気だけど」
「え!? あの時の戦いで亡くなったんじゃないの!?」
「俺そんな事言ってないよ」
よくよく考えてみると「オヤジさんのためにも……」とは言ったが「亡くなったオヤジさんの為にも」とは言ってない。
あの時確かに龍の養親であるオヤジさんは屋敷にいたそうなのだが、蹴られて気を失ったが、かすり傷程度で済んだらしい。
(あれ……もしかして)
気絶させたのはミナが攻撃した人間だけだ。他の人間はヴィンセント達が全員殺してしまった。ミナが気絶させた後、目が醒めたオヤジさんは仲間を連れて屋敷から逃げ出したらしかった。勿論、そのせいで残党が攻め行って来たわけなのだが、今はそれは置いておくとして、龍にとって大事な人を殺さずに済んだこと、自分の判断に正解を見つけたことが嬉しかった。
「オヤジさん生きてて良かった。これからはオヤジさんもまっとうに生きて欲しいなぁ」
とは言ってみたものの、オヤジさんは根っからのマフィアらしいので、デイヴィスファミリーが攻撃されてからしばらくは荒れていたようだ。が、半年前に始めたお店が少しずつ軌道に乗って来たらしいので、ほとぼりが冷めたら龍も春を連れて挨拶に行くと言っていた。
あれからデイヴィスファミリーは散り散りになって、ファミリーとは名ばかりの不良グループのようなレベルまで落ちたと聞いた。エンジニアの店はあのファミリーの管轄のお店で、店内で麻薬を売りさばいていたらしい。あの店から助け出した女性の何人かはラオスやカンボジアなど、外国から誘拐されてきた人もいたようで、帰れる目途がたつまでは屋敷で預かって、小間使いなどをやってもらうことになった。
「ミナ様おはようございます」
「おはようございます。お召し物をご用意いたしますね」
彼女たちを預かってから、ミナたちはまるで貴族のような生活になってしまった。彼女たちの指導係はメリッサ。メリッサは元々貴族出身だから、彼女たちは作法や言葉遣いの教育もされていた。おかげさまで上記のような有様だ。初めの内は彼女たちも無理やり売春をさせられていたせいで、卑屈になったり精神を病んでしまっている人もいて大変だった。だが、彼女たち自身の力でなんとか立ち上がり、仲間内で励まし合って「今はお庭の花にお水をやっているときが一番楽しいんです」と笑ってくれるようになった。彼女たちが少しでも元気になって、これから前向きに生きてくれたらとても嬉しい。
「おはようございます」
広間に行くと、春が来ていた。彼女を見つけて駆け寄って肩をポンとたたいた。
「春! 龍に会いに来たの?」
「うん! でもミナ、おはようございますって今起きたの? もー! ぐうたらなんだから!」
と春は腰に手をやる。
「あ、あはは。昨日朝方までゲームしちゃってて……」
昨日は、龍の格闘訓練をしていた。
「俺は一人でも春を守れるようになりたい!」
と龍が熱望するので、訓練をつけていた。本当はヴィンセント達にお願いしたかったが、なぜか昨夜は皆出かけていた。そもそもミナは吸血鬼で身体能力自体が違うんだが、戦闘経験はあるし、我流だが龍に教えてみた。彼は結構筋が良く、成長が楽しみだ。ヴィンセントもミナの修行についているときはこんな気持ちだったんだろうか。
今のうちにこの国でできることは全てやってしまわなければならない。実はこの国で有名になりすぎたこと、女性たちの身柄を祖国へ引き渡したい事もあり、もう他国へ移動しようという話が出てきた。まだ、ベトナムに来て一年と数か月しか経っていないが、大事なものがたくさんできてしまって、とても名残惜しい。今日は春も来ているし、ちょうどいいのでその事を話すつもりだ。
「ミナ、起きたか」
ヴィンセントが広間に入ってきて、メイドに全員集合の招集をかけて、みんなが広間に集まってくる。ミナたちがソファに腰かけて、全員が集まったのを見届けてからヴィンセントが口を開いた。
「お前らに言っておかなければならないことがある。私たちは来月にはベトナムから出る」
それを聞いたメイドたちはざわざわし始める。
「でだ。次は我々はイタリアへ行く。その道中で国に帰りたい者があれば送ってやるからついてこい。ここに残りたい者は残れ」
またざわつき始める。
「ヴィンセント、ちょっと待って!」
急に龍が声を上げた。
「ここに残りたい者は残れって言われても、残った人達だけじゃどうしようもないじゃないか」
確かにそうだ。ヴィンセントはどう考えているのだろうか。
「まぁ落ち着け。まだ話は終わっていない」
一つ息を吐いて話し始めた。
「この屋敷と財産150億。これを龍に預ける。この金で事業を起こすなりなんなり好きにしろ。残った奴らの面倒も見ろ」
「え、ええええええ!?」
これには全員が驚いた。そしてこの家に150億ドンも財産があったことにも驚いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 急にそんなこと言われたって……」
「言っておくが拒否権はない。この屋敷は私たちのセーフハウスとして使う。また私たちがベトナムに寄った際にちゃんと迎えられるように、この屋敷を守っておけ。いいな」
「そんな勝手な……」
龍は頭を抱えてしまった。そりゃそうだ。急にそんなこと言われても、誰だって困る。しかし、龍になら任せられる。きっと春も協力してくれる。
「龍、私からもお願い。難しく考えることないよ。ただ、あなたがここに住めばいいだけだよ。龍と春しかこの国には頼れる人はいないの。だから、お願い」
一生懸命頭を下げるものの、それだけでは龍は納得できない様子だった。
「で、でも、もしデイヴィスファミリーが奪回しに来たら、どうしようもないじゃないか!」
「あ、そうだ……」
まだ残党がいたはずだ。その辺をヴィンセントはどう考えているのか?
「心配するな。奴らは昨夜でほぼ全滅した」
いないと思ったら。
「ちょ! なんで私だけ仲間はずれなんですか! 私だけ内緒なんてありえないー!」
「お前を守りながら戦うのが面倒くさいし、勝手に怪我をする分にはいいが、回復を待つのが面倒臭い」
結局面倒くさいらしい。相変わらずヒドイ先生である。
「とにかく、そう言う事だ。何も憂いはないはずだが?」
龍はまだ迷っている。確かに急にこんなに大きな屋敷と多額の財産を相続しろなどと言われたら戸惑う。
「龍も、メイドさんたちもさ、まだ、時間はあるんだし、ゆっくり考えてよ! ね!」
そう言うとみんな考え込むような顔をしながら「はい……」と返事をした。
あの話をしてから1か月経った。あと2週間でベトナムとはサヨウナラ。この間に車も買ったし、血液もたくさん集めて冷凍保存済み。(デイヴィスファミリーの物と思われる)。引っ越しの準備も整って、帰国希望者たちも決まって、ルートも決まった。あとは、龍の判断を待つだけだが、まだお返事は戴けていない。
どうせヴィンセントの事だから龍が拒否しても勝手に押し付けてくるのは必至。で、結局龍は気になって、ちゃんと守るのだろうと思う。だが、できることなら龍が進んで引き受けてくれた方がいいに変わりはない。どうしたものか。




