3-6 私はあなたの幸せを応援したい
ただでさえ煙いのに、天井からの埃で視界がより悪くなる。
「な、何が起きたの……?」
「おそらくファミリーの奴らだ。作戦失敗に気付いて皆殺しに切り替えたんだろう」
そう言うとヴィンセントは立ち上がった。
「ヴィンセントさん? どうするんですか?」
「ちょっと片付けてくる。戦闘が済んだらお前らも出てこい」
「俺も行くぜ」
「あたしもー!」
「あぁ」
ヴィンセントとクライドとボニーが店を出た途端に、激しい銃声と爆音が鳴り響いたので、「お、おい、あいつら死んだんじゃないか?」と龍もさすがに驚いている。
「あの3人はこの程度じゃ死なないよ。もうそろそろ戦闘は終わる。出る支度をしよう」
ミナがそう言うと龍はとても驚いた様子だったが、すぐに慌てて立ち上がった。
だが、ミナが急かそうとすると腕をつっぱった。
「ま、待てよ!俺は行くなんて言ってない!」
龍はまだ悩んでいるようだった。そもそも、ファミリーに愛想を尽かしていたら、ファミリーの為にミナを襲うようなことはしないだろう。きっと何かあるのだ。
「組織に恩があるのね?」
「あぁ、俺を拾ってここまで育ててくれたんだ。オヤジさんのためにも……」
龍は本当に辛そうに顔を歪めて俯く。彼が孤児で、拾った人が育ててくれたと言う話は聞いていた。育ててくれた人がファミリーの人間だったのだろう。
だとすれば、ミナ達が彼の養親を殺害したことになる。今更その事に思い当たりひどく申し訳なく思ったが、彼は自分の未来と過去で迷っているようだった。
組織と恋人とどちらを取るか。彼は本当に悩んでいた。龍には悪いが、彼が恩義を感じる人間はもういない。ならば、これからの事を考えて欲しいと言うのが、友人としての素直な意見だった。
「龍、あなたはこれから、どっちの傍にいれば幸せ? 龍、私は春の事大好きだよ。同じくらいあなたも大事な友達。友達の幸せを願うのって普通でしょ? あなたが私を友達だと思うなら、春を本気で愛しているなら、あなたの未来を全部春にあげて欲しい。過去は組織に置いてきて。これからは春と幸せになって?」
龍はとてもとても悩んで、小さく頷いた。
そうこうしているうちに銃声は鳴りやみ始める。
「ヴィンセントさん達が圧倒しているみたいだね。さ、行こう」
「ま、待てよ! お前ら、一体……」
龍の瞳には戸惑いと恐怖の色が浮かんでくる。撃たれても死なないミナ、銃撃戦をものともしないヴィンセント、どう考えても普通ではない。人間ではない何者かであることを恐ろしく感じるのは、人間であれば致し方ない。
ではせめて、秘密を共有する間柄として正体は明かしても良いと思った。
「私たちは吸血鬼。死にたくないなら、誰にも言わないでね」
そう言ってにこっと笑いかけた。
「吸血鬼……お前、まさか、春を喰う気だったのか!?」
さすがに化け物は嫌われ者だと落胆した。だが、龍が春の事を心配したことが嬉しかった。
「まさか。春は友達だよ。友達を餌にするほど、心は化け物じゃない」
「そっか……お前いい奴だもんな。春が懐くのもわかるよ」
やっと和解できたような気がして、そう言ってもらえたことが嬉しかった。
「龍こそ。春が好きになるのわかるわ」
そう言って二人でニコッと笑った。
「さぁ、行こう!」
外に出ようとすると入り口の近くにボニーを見つけた。入り口から声をかけると、ボニーは被弾しながらこっちに走ってきた。
「いたたたた。とりあえずもうすぐ終わりそうだよ。でもさっさと逃げないと援軍が来そう」
「そっか。わかりました。じゃ、もう少しここで待ってます」
その時、メリッサが抑えていたエンジニアが暴れ出した。
「私を離しなさい! お前らは奴らのことをわかってないんだ! お前らと一緒にいたら私まで殺される! 離せ!」
暴れるエンジニアに視線を落として、メリッサと顔を見合わせる。
「ミナちゃん、どうする? 正直エンジニアまで連れて逃げるの、私面倒くさいわ」
「うーん。そうですねぇ。実際もう用はないし、逃がしちゃいましょっか」
メリッサと相談してエンジニアに向き直った。
「というわけで、あなた邪魔なのでどこへでも行ってください」
そう言って離すと即座に入り口から走って逃げていく。その瞬間、タタタタと銃声がしてエンジニアは倒れこんだ。
「あーあ。入り口から逃げるから……あの男バカねぇ」
「せっかく逃がしてあげたのに……」
二人でハチの巣になったエンジニアを見つめてぼやいた。
「あ、もう終わりそうね」
メリッサが外の様子を見て言うと、クライドがこちらに走ってくるのが見えた。
「おい! 今だ! 逃げるぞ!」
「はい! 龍! 離れないでね!」
「あぁ!」
慎重に店の外に出ると、まだ少し銃弾が飛び交っている。煌びやかなネオンに照らされていた歓楽街は戦場と化していた。少し離れたところは死屍累々。相当派手に暴れたようだった。
龍をミナとメリッサで前後に挟んで走っていると、ヴィンセントが走り寄って後方に呼びかけた。
「ボニー! クライド! お前らでそいつらを抑えておけ。私たちは先に逃げるぞ」
「はい!」
「アイサー!」
「りょーかーい!」
「ヴィンセントさん、それどうなってるんですか?」
クライドたちに指示をしてこちらに駆け寄ってきたヴィンセントを見ると、クライド達は銃弾の嵐で服はボロボロになっていたのに、ヴィンセントの服はすぐに元に戻った。
「能力で作っているだけだ。一々服をダメにされる心配もないし、お前も早く出来るようになれ」
「いいですねーソレ。服代かからずに可愛い服着放題ですね! がんばります!」
「そんな不純な動機で頑張るなバカ者」
3人でツァンを取り囲むようにして逃げる。すると別働隊が横と前からやってきたので、龍を抱えて屋根に飛び乗った。
「ミナ、走って逃げるのは面倒だ。龍を抱えて飛べるか?」
「あ、その手がありましたね」
ぽんと手を叩いて、すぐに北都を呼んだ。
「北都!」
(はーい)
北都が返事をしたと同時に翼が広がる。
「メリッサ、お前は私に掴まれ。ひとまず屋敷に戻るぞ」
「龍しっかり掴まっててね」
そう言って空高く飛び上がる。
「うおわぁぁ!おま!えぇ!?」
龍は相当驚いている。バサッと羽ばたく黄色い翼を凝視して龍は「ミナは本当に人間じゃないんだなぁ」となんだか感慨深げだ。
「私が怖い?」
龍は少し驚いたような顔をしたが、「お前だったら怖くないかな、友達だからな」と言ってくれたので、嬉しくて空中で小躍りしたら龍に怒られた。
屋敷の屋根に降り立つと、屋敷の周りはデイヴィスファミリーに包囲されていた。
「もぬけの殻だったからな。やられた」
「まだ、こんなに戦力が残っていたなんてね。懲りない人たち」
ヴィンセントとメリッサは面倒くさそうに呟く。
「ミナ、お前は龍を守りつつこのまま屋根の上で待機しておけ。私とメリッサであいつらは片付ける」
「はい、わかりました」
「メリッサ、行くぞ」
「ええ」
二人はそう言うと屋根から飛び降りて戦場に舞い降りた。二人が庭に現れた瞬間、一斉に射撃を浴びた。射撃がやんで硝煙が晴れると、二人は無傷でその場に佇んでいて、門をこじ開けて入ってきたマフィアたちはまるで虫のように打倒されていく。
いつ見ても、あの二人の戦う姿はおぞましく、美しい。
轟音がして屋根が揺れて、近くの屋根に穴が開いた。
「あ、見つかっちゃったかな」
直後に銃弾が無数に飛んで来たので、羽を大きく広げてすっぽりと龍を包んで防御した。
「大丈夫。ここまでは上って来れないし、砲撃が直撃しなければなんともないよ」
そう言うと、龍は落ち着かない様子ではあったが、頷いて大人しく縮こまった。
(ミナ、狙撃されたのか)
(はい。気付かれたみたいです。10時の方向からでした。なんとかしてもらえますか?)
(任せておけ)
ヴィンセントとの通信(?)が終わると、少しだけ、翼に隙間を開けて龍を見る。
「いまからちょっと面白い物が見れるよ」
そう言ってヴィンセントを指して、龍に見るように促した。
ヴィンセントが指を噛むと、そこからバスカヴィルが飛び出し、次々とマフィアたちを食べていく。
「うわぁ! 何あれ!? 何あの黒いの!」
「ん? ヴィンセントさんのペットのワンちゃん」
「ワンちゃんなんて可愛い物じゃないだろ……」
マフィアたちはあっという間にその数を減らしていく。ヴィンセント達の強さやバスカヴィルに恐れをなして逃亡しだす人も現れた。
「もうすぐ、決着がつくね」
その時だった。
カールグスタフが直撃して、その衝撃に耐えられず、ミナは龍を抱えたまま屋根からまっさかさまに落ちてしまった。3階建ての家屋の屋根だ。かなり高低差がある。
爆破された上にこの高さから落ちてしまっては龍がちゃんと無事かどうかわからず、不安に駆られた。
「……っ、龍、大丈夫……?」
「う……いてて、俺は平気。かすり傷できただけ……」
見る限り龍に大きな外傷はないようだったし、ホッと胸をなでおろしていると、起き上がってきた龍は一瞬力なく笑った後、すぐにその顔を青ざめさせた。
「ミナ! お前!」
驚いた龍が恐る恐るミナに手を伸ばす。
「ん……大丈夫。じきに再生するから……」
「でも、お前、腕が!」
砲撃でミナは右腕を吹き飛ばされてしまった。腕をフッ飛ばされると言うのは自分で見ても気絶しそうな光景だし、脂汗が零れ落ちるくらいに痛い。痛い、痛いのだが、どう考えてもこの痛みは危険を感じるレベルではなく、「ただ痛いだけ」だというのも困ったものである。
「大丈夫。痛いだけだよ。死んだりしない」
そうである。そんなことより、片腕で龍を守れるかが不安だ。羽にも穴が開いてしまっていて、屋根には上れない。地上に降りたからには戦闘を避けることはできなさそうだ。
「ミナ!」
砲撃に気付いたのか、ヴィンセントが駆け寄ってきた。
「こっちに来ていいんですか?」
「そんなことより、お前、何してるんだ!」
心配ではなく失敗を責めるあたり、ヴィンセントもさすがである。
「あっ、すいません。それより私の代わりに龍を守ってもらえます?」
やや呆れ顔だったが、ヴィンセントはやれやれと溜息を吐いた。
「勿論私が守る。ついでにお前の腕の仇も私が討ってやる」
そう言って立ち上がり、バスカヴィルと黒い炎が現れる。バスカヴィルは瞬く間に蹴散らし、それを黒い炎が焼き尽くす。なんと禍々しい光景だろうか。
「龍、煙を吸うなよ。あれは人間には毒性だ」
そう言われて龍は慌てて袖で鼻と口を押える。
「ヴィンセントさん、あの炎はなんですか? あれも使い魔の一つですか?」
「そうだ。あれはホロコースト。毒の炎だ」
「毒の炎……なんかすごいですねぇ……あれじゃ、骨も残りませんね……」
毒の炎に苦しみながら焼かれる。なんだか、気の毒な死に方だ。
俯いてしまったミナにヴィンセントが気付いた。
「奴らはお前を傷つけた。お前から大事なものを奪おうとした。私はそれを赦す事は出来ない。当然の結果だ」
「え、もしかして、春を助けてくれたのも、今協力してくれるのも、私の為に……?」
「それ以外に何があるというんだ?」
「そ、そうだったんだ。あ、あの、なんか、すいません……」
「構わん。どの道そろそろ仕掛けてくる頃だと思っていたからな」
「ありがとうございます」
とは言ったものの、隣には龍がいる。龍の養親はミナ達が殺してしまったのだ。今目の前で繰り広げられているこの戦いのように、圧倒的戦力差でなすすべなく。それを目にしている龍はどんな気持ちだろうと、龍を覗き込んだら目が合った。
すると、すこし戸惑い気味にした龍が耳打ちしてきた。
「二人は恋人同士なのか?」
予想外の質問過ぎて、一瞬ずっこけた。とりあえず残存していた左手の手の甲と合わせて「違うわ!」とツッコんだ。
「ヴィンセントさんは私のマスター! 私は弟子!」
「弟子?」
「そう! 私を吸血鬼にしたのヴィンセントさんなんだ。だから色々教わってるって言う関係だよ」
と、至極まともな説明をしたと言うのに、ヴィンセントが口を挟んできた。
「こいつは、いわば使いっ走りの下僕だ」
それを聞いた瞬間の龍の得も言われぬ表情が忘れられない。あながち間違いでもなく全否定できない悲しみも忘れない。
そうこうしているうちに、メリッサとバスカヴィルとホロコーストが大暴れしたためか、敵は数えるほどしか残っていなかった。
「終わったな。ミナ、腕は大丈夫か?」
差し出された手に掴まって立ち上がる。
「うーん、あと半分ですね」
肩から吹っ飛ばされた腕は何とか肘までは回復していた。
「まったく、吸血鬼のくせに情けない。普段からちゃんと血を飲まないから、再生が追い付かないんだぞ」
「う……すいません」
ヴィンセントに怒られてシュンとしていると、龍が悲しそうな目で見ていることに気付いた。
「龍? どうしたの?」
「ミナは血を飲まないの? 吸血鬼なんだろ?」
と、少し間を開けて呟くように尋ねる。
「こいつは人間であることに固執しているからな。血を飲むのはいつも嫌がってなかなか飲まない」
何故かヴィンセントが答えた。合ってるけど。ツァンはそれを聞いて俯く。
「ミナはずっと戦っているんだね。自分の為に友達の為に戦い続けているんだ。血ってお前らにとっては飯なんだろ? それも飲まないで、こんな風に俺たちの為に戦って、俺を守って大怪我して、なのに俺、何やってるんだろう……俺は逃げてばっかりで、なにもできない」
そう言って瞳に涙を滲ませた。
なにもできていない? そんなことはない。
「龍は自分で考えて悩んで決めたことがあるでしょ? これからは春と生きていくって決めたでしょ? それって戦ったってことじゃないかな? ちゃんと龍は自分の運命と戦ってるんだよ。私はただ、それを応援したい」
そう言うと龍は小さく「ありがとう」と呟いた。メリッサも戻ってきて、庭に残されたのは煙や死体、弾痕と夥しい薬莢。お掃除はとても大変そうではあるが、ミナたちは圧勝で終戦を迎えた。




