3-2 偽善は悪い事ですか?
ハノイ―――――ベトナムの首都。ベトナム第2の都市。大きなビルが立ち並び、郊外には歴史的建造物も点在する。
「さすがに首都ともなれば賑やかね」
もう夜中の2時だというのに結構人通りは多い。
「これだけ都会なら、わざわざ人の家奪わなくたって泊まれるところありそうですね」
「そうだな。とりあえず手当たり次第に交渉してみよう」
―――――――――――――1時間後
「なんでダメなのぉ?」
「お金はあるのに……」
手当たり次第にアタックしてみたものの全滅。
「人間は棺の持ち込みがそんなに不満なのか?」
棺のせいだったらしい。普通に考えて、ホテルなら荷物の持ち込みに関してある程度の制限はあるものだし、それが棺となれば気持ち悪くてお断りも当然である。というより、ホテル側としては棺の持ち込みなど前代未聞だと思われる。
「仕方ない、やるか」
「そうね。まだ時間もあるし」
そう言ってヴィンセントとメリッサは立ち上がる。
「あの、もしかして……」
哀願するような眼で二人を見上げると、ヴィンセントはミナたちに荷物をぽいっと預けた。
「あぁ、お前達3人はここで荷物を見張っていろ。私とメリッサで聞き込みをしてくるから少し待っておけ」
「あの、聞き込みって何をですか?」
恐る恐る尋ねると、メリッサがにっこり笑って答えた。
「勿論、金持ちで、潰しても問題なさそうなマフィアの家の場所よ」
「え? ちょ、マフィア? ってちょっと!」
人が質問しているのに、驚いている間に二人はさっさと行ってしまった。しばらく待っていると「いい感じの家を見つけたわよ」と言いながら二人が帰ってきた。それを聞いたボニーとクライドは
「んじゃ、いこっか!」
「殴り込みなんて血が騒ぐー!」
とやる気満々だ。
(それ、私も行かなきゃダメ?)
郊外に向かって歩きながらヴィンセントが目的地の説明を始めた。
「今から行く家はアメリカ系のマフィアの邸宅で、麻薬の売買でかなり幅を利かせているらしい。組織が大きすぎて警察も手を焼いているそうだ」
「麻薬? 俺らにとっては下剤よりタチ悪いじゃん」
クライドの言葉に満足そうにして、ヴィンセントは立ち止まった。
「要するに、こいつらが消えて喜ばれることはあっても、泣かれることはないという事だ」
そう言うとヴィンセントは急に先の方を指した。ヴィンセントの指差す方向には500坪はありそうな豪華な大邸宅が建っていた。
「門番は1人だな」
物陰にみんなで隠れて邸内の様子を見ていると、ヴィンセントは警備の状況をチェックし始めて、何故かニヤニヤし始めた。
「ミナ、お前、あそこにいる門番の所に行って来い」
「え! なんで私!?」
「門番の所まで行ったら笑顔でDo you wanna hang out tonight? と言え。その後こちらに連れてこい」
どうやら英語のようだが、ミナは日本語以外まだわからないから、どういう意味かわからない。ただ、ヴィンセントの命令を聞いていた他の3人はどういうわけかクスクス笑いだす。そんな態度を見せられると嫌な予感しかしない。
「え? なんですか? ちょ、ちょっと待っ」
「ほら、一回練習してみろ」
ヴィンセントはニヤニヤしながら言えと強要する。何だか嫌だ。
「え、えぇ? どぅーゆーわなはんがうとぅない?」
戸惑いながらも言われたとおりに口にすると、それを聞いた瞬間みんなで笑いだしてしまった。
「もーなんですか!」
「くっくっく。大丈夫だ。上手い上手い」
ヴィンセントは笑いをこらえるようにそう言うと、さぁ行って来いとミナを押し出した。
「いいか! 笑顔だぞ!」
「近くまで寄って言うのよ!」
「なんなの?」
本当に嫌な予感しかしないが、渋々門番に近づくと、門番はすぐにミナに気付いた。
「what?」
なんか用か、ということだろう。とりあえず言われたとおりに笑顔。一生懸命笑顔を作って門番の男の傍に近寄り、聞いた通りの言葉をにこっと笑いながら言った。
「Do you wanna hang out tonight?」
それを聞いた門番は急に警戒を解いて、ニヤニヤしながら何故か肩に腕を回してきた。いきなりの事に驚いてと狼狽えていると、頭の中でヴィンセントの声がする。
(ミナ、その男をそのままこっちに連れてこい)
門番に肩を抱かれたまま元いた場所に戻る。門番を連れてくると隠れていた4人が出てきて、男を取り押さえた。
「よし、こいつに屋敷のことを教えてもらうとしよう」
ヴィンセントがメリッサを呼んで何かを言いつけると、メリッサは門番に何か話しかけて、少しすると会話の合間に男の呻き声が聞こえ始めた。どうも拷問しているようだ。何をしているかは見たくないので、もう放っとくことにした。
「ねぇ、ボニーさん、さっきヴィンセントさんが言えって言った言葉はどういう意味ですか?」
気になって仕方がないのは拷問よりもこっちの方だ。堪らずボニーに尋ねるとまたしても笑いが起こる。
「くくく、あ、あのね、『私と今夜一緒に過ごさない?』って意味。あははは!」
とうとうボニーはおなかを抱えて笑い転げてしまった。それよりも、普通の女の子に何ということを言わせるのか。つくづくヴィンセントはパワハラセクハラモラハラがひどい。本当にムカつく。
「もう! ヴィンセントさんヒドイです! 最低!」
「ハハハ。そう怒るな。娼婦ミナの大活躍で、難なく門番を捕まえられた」
「娼婦とか言うな! もうやだ! 絶対協力しません!」
怒ると「あぁ、お前は見てろ」と門番を引きずりながらヴィンセントは歩き出して、みんなもその後を追っていくので慌てて後を追った。
家紋の様な紋章が刻印された門を抜けて邸内に入ると、外からあまりちゃんと見ていなかったせいもあるが、建物まで2~300メートルはありそうなほど広い。3階建ての屋敷はとても大きく、南国なのにところどころに立つ煙突は、物見の役割も兼ねているらしい。庭が広いので歩くとかえって面倒なので走っていくと、途中で見回りらしき男たちに見つかってしまったが、その男達が「Freeeeez !」と銃を構えている間に男たちの間を走り抜けて、屋敷のドアを蹴破って中に侵入した。
が、どういうわけか、玄関を開けてエントランスに入ると、人の姿が見えない。気配はするのにおかしいと思ってキョロキョロしながら足を進めると、突然「ミナ! 後ろ!」とクライドが叫んだかと思うと、背中に痛みが走った。
「いたたたた! いったー! 何?」
背中をつつかれたような痛みがしたので、振り向こうと背中を攀るとパラパラと潰れた弾丸が落ちてきた。
「ウソ! 撃たれた!?」
生まれて初めて撃たれた事にも驚いたが、撃たれて痛いだけで済むとはどういう事か。混乱は増すばかりである。
どうも、階段の吹き抜けから撃たれたらしいく、ヴィンセントが2階の廊下に飛び移ったので、ミナ達も後を追って2階へジャンプする。2階へ飛び移ると、ミナを撃ったらしい男はミナが平気なことに驚いたようだが、すぐに銃を構えた。怪我はしないが、痛いのは嫌だと思ってさっと身構えると、ミナの前にヴィンセントが割り込んで銃撃を防いでくれた。
「あ! ヴィンセントさん! 大丈夫ですか!?」
「無論だ。痛くも痒くもない」
ヴィンセントクラスになると本当に何でもないらしい。何となく、こういうのを雑多な銃火器と言うのだと理解した。
なんとなく様子を見守っていると、ヴィンセントはツカツカと男に歩み寄ってあっさり銃を取り上げ、その銃で男を射殺した。
「え? ヴィンセントさん……?」
突然の光景に呆然とするミナに「何してる。行くぞ」と声をかけてヴィンセントは通り過ぎる。まるで何事もなかったかの様に通りすがるヴィンセントに、その光景を一瞬見間違いなのかと錯覚してしまうほど、あっけなくその男の人生は終了した。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで殺しちゃうんですか!?」
ミナの声にヴィンセントは足を止める。
「なんで、とは? どういう意味だ?」
足を止めて振り向いたヴィンセントは、本当にミナの質問の意図が分かっていないように不思議そうな顔をしている。
「どういう意味って何……? だ、だって、何も殺すこと……この人、ただの人間ですよ……?」
「それがどうした?」
「え……? それが、どうしたって……? え、あれ?」
頭の中で激しく混乱して、それと同時に徐々に怒りとも悲しみともつかない感情が出てくる。どうやら本当にヴィンセントにはミナの疑問は伝わっていないようだった。生きてきた時代や時間の長さ、吸血鬼としての生き方の為に価値観が違う事は理解できる。だからと言って、ミナには簡単に慣れる事など出来なかった。
「だって、この人は人間です! 何も殺さなくたって、気絶させるだけでいいじゃないですか!」
「何言ってんの? 殺す方が楽じゃん」
「そーよ。気絶させるのって結構めんどくさいし」
ボニーとクライドが何を言っているのかわからなかった。ヴィンセントの弁護をする二人に困惑するミナの前にヴィンセントが歩み寄り、頬をグイッと掴む。
「ミナ、今死んでいるこの男は、お前を撃った。銃を以てお前を殺しにかかった。殺しに来た者は殺されなければならない。それは確然で当然で必然だ。わかったか」
そう言うと頬を掴んでいた手を放して「行くぞ」と歩き出してしまい、呆然と佇むミナをメリッサが「ミナちゃん、行きましょ」と手を引いてくれた。
(殺しに来た相手を殺すのは闘争の契約……?)
ミナにはわからない。あの男は人間で、別に殺す必要もない。何かをされたわけでもないし、むしろ悪いことをしているのはこちらだ。敵に情けをかけるのは失礼という意味なのか、それとも、闘争の狂気なのか。
(私には、わからない。わかんないよ)
その後もヴィンセントと、ボニーとクライドは襲いかかる人間たちを次々と殺していく。
”こいつらが消えて喜ばれることはあっても、泣かれることはない”
ヴィンセントはそう言っていたが、何も殺すことなどないように思う。悩んでいると北都が語りかけてきた。
(あいつらは悪者だからやっつけてもいいんだよ)
「え?」
(お姉ちゃんだって、ぼくの為に悪者をやっつけてくれたでしょ?)
ドクンと心臓がざわめいた。言われたとおり、ミナも人殺しだ。だから今ベトナムにいるのだ。ミナに、ヴィンセントたちにどうこう言う資格などない。それに北都は、無垢すぎて悪を打倒することを疑問と思っていない。毒を以て毒を制するのは、結局毒を増殖させるだけだと、北都は知らない。
しかし、ミナも彼らと同じ人殺しの化け物。ただ、ヴィンセントたちが百戦錬磨の化け物だというだけで、ミナも同じ。自分にに化け物として生きる覚悟とキャリアが足りてないだけだ。化け物なのに、人間のふりをしてるだけ。ミナのしていた「人間のふり」は、ヴィンセントたちに対する冒涜なのかもしれない。自分は人を殺しておいて他人には殺すな、なんてとんだお笑い草だ。彼らの目に、ミナはどう映ったのだろうか。さも、いい人気にふるまって。
(『偽善者』かな。やっぱり)
強く、高潔であろうとした。それを投げ出したのは自分だ。自ら化け物になった。だが、ここで諦めて肯定したら本物の化け物だ。もう、無闇に人殺しなんかしないと誓えばいい。立ち返り反省すればいい。そうすれば、ミナは化け物なんかじゃない。心は人間だ。偽善だって、貫ければいつかは本物になるかもしれない。もう、迷わないと決めた。
「北都、悪者はやっつけてもいいけど、殺しちゃダメなんだよ」
(でも、お姉ちゃんは……)
「そうだね。だからお姉ちゃんは悪者だね」
(どうして?ぼくの為にしてくれたんだからいいんだよ)
「あいつは北都を殺したよね」
(ぼくを殺した奴を殺すのがどうしていけないの?)
「あいつのしたことと同じだからよ」
(・・・・・)
「北都の許可なくあいつは北都の人生を終わらせた。あいつの許可なく私はあいつの人生を終わらせた。同じことだよ」
(ぼくには、わかんない)
「そのうちわかるよ」
少なくとも、ミナにヴィンセントたちに人殺しをやめろなどと言う権利はない。ミナも同類だからだ。だが、不必要な殺戮は止めるべきだ。メリッサが引いてくれていた手を離す。
ミナには、やめろとは言えない。ミナでは、彼らを止める事は出来ない。ならば、彼らより先に敵を倒してしまえばいい。我ながらいい考えだ。足先にぐっと力を入れて、一気にヴィンセントたちの所まで歩を進めた。ヴィンセント達が襲いかかろうとしていた人達を一蹴する。ミナに蹴り飛ばされた人たちは壁に叩きつけられて気絶して動かなくなった。まさか、こんなところで修行の成果を発揮するとは。修行の甲斐あって、気絶させるコツは掴んでいた。
ミナは最前線に立って、銃を向ける人たちを倒していく。ヴィンセント達には指一本触れさせてあげない。殺させてあげない。2階にいた人達はほとんど倒した。残りの人たちは、退却して3階以上に籠城したようだった。
「ミナ、一体どういうつもりだ」
一息ついていると、背後からヴィンセントの声が冷たく響いた。
「お前も立派な人殺しだろう? なぜわからない? これは一体何の真似だ」
ヴィンセントの目の奥が紅く、鋭く光る。それを見て少し怖気づきそうになった心を奮い立たせて、勇気を出して言った。
「私は、人を殺しました。でも、化け物じゃありません」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィンセントの目に失望の色が広がっていくのが見えた。
「ヴィンセントさん、私に失望しましたか? 人殺しのくせに偽善者だと、私を軽蔑しますか?」
「お前……」
「私は、ヴィンセントさんの役に立ちたいです。認めて欲しいです。だけど、これだけは譲れないんです。私にはヴィンセントさん達に人殺しをやめろと言う権利はありません。でも、私には人殺しをする義務はありません」
そう言い終わった瞬間、左肩に激痛が走った。肩から血が溢れだす。ヴィンセントの腕に肩を刺し貫かれていた。ヴィンセントが、ズルッと肩から血まみれの腕を引き抜くと、あまりの痛みに、膝から崩れ落ちた。
「お前には心底失望した。しばらくそこで反省していろ」
そう言うとヴィンセントはその場を立ち去ってしまった。
「痛……っ」
修復はしているが、しかし、痛い。これにはさすがに驚いたのか、ボニーとクライドが駆け寄って「大丈夫?」と声をかけてくれる。
「ありがとうございます。大丈夫です」
二人とも複雑そうな表情を浮かべた。
「どうしてミナ、あんなこと言ったの? ヴィンセントが怒るってわかるじゃん?」
「勿論、わかってます。ヴィンセントさんやみんなを否定する気はないし、そんな権利もないです。でも、私は私の望む自分であり続けたいんです」
ミナの言葉を聞いた二人は、困ったように顔を見合わせて溜息を吐いている。わかっている。自分の考えを理解してもらおうとは思ってない。でも、自分はこうありたいんだということをわかってくれたらそれでいい。
「ミナちゃん」
メリッサが目の前に座り込んだ。
「ヴィンセントは多分、ショックだったのね。あなたの、その強さが」
「ショックだった……? どういうことですか?」
意味が分からず尋ねると少し悲しそうにメリッサが微笑んだ。
「多少は失望したかもしれないわ。でも、それ以上にミナちゃんの、その強さに嫉妬したのね。ヴィンセントにも色々あって、でもヴィンセントは弱い人間だったから、ミナちゃんのように乗り越える強さを持てなくて化け物になった。きっとヴィンセントは……」
そこまで言うとメリッサは話を止めた。
「私が話すことじゃないわね。まぁ、あまり気にしないで。ミナちゃんはミナちゃんの生きたいように生きればいいわ」
そう言うとメリッサは立ち上がって、ヴィンセントの後を追って行った。傷は、だいぶ回復したようだ。そろそろ行こうと立ち上がろうとすると、クライドが手を貸してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「俺ァ、正直わかんねぇよ」
クライドは困ったような顔をして口を開く。
「俺はさ、子供の頃からクソガキで悪い事ばっかやってた。人間だった時から殺人も強盗もなんでもやった。俺にとっちゃ人の命なんて1セントより軽いもんだ。だから、ミナみたいに、人を殺すことで悩んだことはねぇんだけど。でも、俺はボニーに出会って、大事なヤツってのがわかったんだよ。ボニーには絶対死んでほしくねぇし、ずっと傍にいて守っていきてぇ。それに、ヴィンセントにもミナにもメリッサ様にも、俺は死んでほしくはねぇんだ。ミナが言ってんのはそう言う事なんだろ? 死んでほしくねぇ奴の範囲が俺らより広いってだけで」
すごく、意外だった。クライドがそんな風に考えていたとは思わなかった。ミナがぼーっと考えていたら、「え、あれ?もしかして違う?」とクライドが慌てだした。その様子がちょっと面白くて、フフッと笑ってしまう。
「ううん。クライドさんの言う通りです。私も、同じです。クライドさんにも、ボニーさんにも、メリッサさんにも、ヴィンセントさんにも死んでほしくありません。それに、できる事なら、誰にも死んでほしくはないんです」
そう言うとクライドは「合ってたー」とほっとしたような顔をして、それがまた可笑しかった。クライドと話している間に傷は完治していた。ヴィンセントとメリッサの後を追って3人で3階へ上っていった。
階段を上って3階に到着すると、そこはまさに血の海だった。どれが誰の物かもわからない程、たくさんの死体が千切られたように、あちこちに散乱して、歩くとじゅうたんにしみ込んだ血がぴちゃと音を立てる。むせ返るような血の匂い。その血の海の真ん中に、メリッサとヴィンセントが立っていて、返り血と月の光を浴びた二人はとても恐ろしく、そして美しかった。
この二人は化け物の中の化け物。ミナの声など届かない、深い闇に生きる正真正銘の吸血鬼。涙が、零れた。ヴィンセントは、ミナに二人のような美しい化け物になってほしいのだろうか。ミナを化け物にしたいんだろうか。そう思ったが、絶対に違う気がした。この有様がミナに対する当てつけにしか見えない。
「なんだ、遅かったな」
ヴィンセントはこちらに顔を向けて血の滴る口をいやらしく歪ませる。
「すみません。あんな大怪我をしたのは初めてだったので」
ヴィンセントはミナにこれを見せて、一体どうしたいのだろう。
「お前が遅いから、全員殺してしまったではないか」
ざわっと心が波たつ。そういうことかと合点がいった。
「私のせいで彼らは死んでしまったという事ですか?」
結局ミナに人を殺させたいという事のようだ。しかし、なぜそこまで執着するのか。
「そうだ。お前のせいで、死んだ。お前がさっさと来れば死なずに済んだ」
ミナに人殺しを肯定させて、どうしたいのか? だが、ミナも退けない。ただでは肯定してやれない。
「ヴィンセントさんの言う通りです。彼らは私の治癒が遅いせいで死にました。ですからヴィンセントさん、次からは私の邪魔をしないでください」
そう言うと、ヴィンセントの表情はみるみる怒りに変わる。
「私が、邪魔をしただと?」
「そうです。私の到着が遅れたのは、ヴィンセントさんが私を刺したせいです」
「私がお前を刺さなければこいつらは死ななかったと?」
「はい。私が先に到着していれば、彼らは死ぬ事はありませんでした。ヴィンセントさんが私を刺さなければ、私は先に到着することができました」
「貴様、なんのつもりだ」
「彼らが死んだのは、到着を遅らせる原因を作ったヴィンセントさんのせいです。ヴィンセントさんのせいで彼らは死にました。ヴィンセントさんが殺したせいで。彼らが死んだ直接的な原因は、私にはありません」
言い終わった直後に突然、体を後ろに引っ張られた。その瞬間、目の前をヴィンセントの手が空振りする。メリッサがミナを後ろから抱いてヴィンセントから引き離した。
「ヴィンセント、あなたの負けよ」
「なんだと」
ヴィンセントの目は怒りの炎で燃えている。
「前に言ったでしょう? ミナちゃんは化け物じゃない。強い子だって。あなたじゃミナちゃんには勝てないわ」
「メリッサ、お前、殺されたいのか?」
とてつもなく恐ろしいオーラを纏うヴィンセントにメリッサはフフッと微笑む。
「まさか。遠慮しておくわ。ねぇ、ヴィンセント。あなたはどうしてそんなにミナちゃんに人殺しをさせたいの? ミナちゃんの強さが、そんなに気に入らないのかしら? こんなことしてると、その内ミナちゃんもあなたについていけなくなって、いなくなってしまうわよ。いいの?」
それを聞いてヴィンセントは少し狼狽した様子を見せる。それを見たメリッサは、少し得意げに微笑んだ。
「フフ、わかればいいのよ。激情に身を任せて、大局を見誤るようなことは、もうしないで頂戴ね。まがりなりにも、あなたは私たちのボスなのだし、ミナちゃんはあなたの大事な下僕なんですもの。失って困るのは、あなたよ」
そう言うとメリッサはミナから離れて、ボニーとクライドを連れて階下に下りて行った。ヴィンセントは、はぁーと溜息を吐いて、壁にもたれかかった。
「ミナ」
突然呼ばれて思わずビクッと体が震えた。はい、と小さく返事をしてヴィンセントの許へ寄る。すると、ヴィンセントの手が顔の前に来て、思わず身を強張らせた。その手はミナの頬を優しく撫でた。目を開くと、「ミナ、すまなかった。私は、どうかしていた」と言って謝るヴィンセントの顔があった。
「いいえ、私こそ、何もわかってないのに、失礼なことを言ってごめんなさい」
そう謝ると、ヴィンセントは力なく微笑んだ。
「ヴィンセントさん、失礼ついでに一つ質問していいですか?」
「なんだ」
今度はさっきより優しげな口調で返事をしてくれる。
「答えたくなかったら答えなくていいです。私に人殺しを肯定させたいのは、どうしてですか? なぜそのことに執着するんですか?」
ヴィンセントは深い溜息を吐いて手で顔を覆った。
「……お前が、私の思い通りにならなくて、腹が立っただけだ」
まるで子供のわがままのような理由。その真意は一体何なのだろうか。
「お前はあの男を殺した時、一人の化け物だった。その後、随分悩んでいたな。悩んで、お前は人間に戻った。私にはそれが、羨ましく、憎らしかった。だから、汚してしまいたかった」
そう言えば、さっきメリッサが言っていた。「嫉妬」だと。
「お前も、私のようになればいいと思った。お前だけ強く生きることが、許せなかった」
「ヴィンセントさん、話してくれてありがとうございます」
いつもは届かない、ヴィンセントの髪に手を伸ばした。襟足が肩に着く位の長さで、とてもつるつると手触りの良い、綺麗な髪。
「ヴィンセントさん、誰にだってどうしようもない事はあります。ヴィンセントさんは、ずっと自分を責め続けてるんですね。そんなの、本当に弱い人ならできません。私、何を知っているわけでもないし、本当は言うべきでもないかもしれないけど、でも、赦すのも強さだと思いますよ。私だって、強くなんかないです。今までぬくぬくと育って、急に吸血鬼になって人を殺して。毎日不安定で狂ってしまいそうです。それでも、強くありたいと願うのは大事な人が傍にいてくれるからです。大事な人を大事に思いたいからです。あ、勿論大事な人の中にはヴィンセントさんも入ってますよ!」
そう言ってにこっと微笑むと、ヴィンセントは少し悲しそうに笑って「そうか」と呟いた。
「ヴィンセントさん、今回のようなことは本当にやめてください。お願いします。ちゃんとした理由があるならまだしも、私への当てつけで、人の命を無下にされるのは、辛くて……彼らが可哀想です」
ヴィンセントは転がっている誰かの右足に目をやる。
「可哀想、か。……あぁ、意味のない殺しは控える」
控えるという表現に少し引っかかったものの、ヴィンセントにミナの考えをすべて押し付けるわけにもいかない。譲歩してくれた。それでいい。
少ししたら3人が帰ってきた。
「それで? 仲直りはできたのかしら?」
メリッサ定めるような眼をして尋ねると、ヴィンセントは「あぁ」と短く答えた。
「そう。それはよかったわ。ヴィンセント、ちょっと」
メリッサがヴィンセントを呼ぶと二人は階下へ降りて行った。
「それにしても、さっきの血の海と、ミナとヴィンセントの喧嘩には焦ったよー」
ボニーは困ったように笑う。
「あははは、すいません。ま、もう過ぎてしまったことだし、今更、ね。家もゲットしたし忘れてください」
「ミナ、あんたほんとにすごいわね」
なんだかボニーに感心された。
「ホント、ミナってすげぇドMだよな」
結局クライドの評価はそっち。
登場人物紹介
【騙される門番】
いつもの門番が飲酒運転で警察に捕まったので、代理で門番を仰せつかった為に騙されてしまったかわいそうな人。
【射殺されただけの人】
本当は庭の見回りの人だったが、たまたまトイレに行っていたために迎撃する羽目になった。




