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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
3 ベトナム編
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3-1 はじめての外国

ベトナム社会主義共和国


 東アジア・東南アジアのインドシナ半島東部に位置する社会主義共和制国家。国土は南北に長く、北に中国と、西にラオス、カンボジアと国境を接し、東は南シナ海に面し、フィリピンと対する。ベトナム語を公用語としているが、かつてフランスの植民地であったこと、戦時中に日本やアメリカの管理下に置かれたこと、近隣国からの移民により、多種多様な種族と言語が存在する。



 船を下りて棺から出ると、潮と森の香りがする。長い船旅を終えて、とうとうミナは日本を脱し、ベトナムへ密航することに成功した。近くに民家は見えない。海と山だけの閑散とした場所。

「うーっ! やっと着いたね!」

 棺から出てきたクライドが背伸びする。

「ここがベトナム……初めて来たわ」

 物珍しげにあたりを見回すメリッサ。

「お前らぼさっとするな。さっさと移動するぞ」

 船から降りてきたヴィンセントは早々に急かす。ミナたちは乗ってきた客船のクルーたちにお礼を言って、船は海へ帰り、ミナ達は森へ入っていく。

「ていうか、ここどこー?」

「ていうか棺がめっちゃ邪魔なんだけど」

 ボニー&クライドは文句たらたら。だが、確かにこの大荷物は邪魔だ。早くどこかに腰を落ち着けたい。しばらく歩くと森を抜けて、遠くの方に明かりが見えてくる。

(町だ!)

 はやる気持ちを抑えられなくて「あ! お前ら! 待て!」と叫ぶヴィンセントの制止も聞かずに、ミナとボニー&クライドは一斉に走り出す。段々と民家が増えてくる。人の話し声。街の明かり。軒下にランタンや提灯のほの明かり。アオザイを着た女性。見たこともない食べ物が並んだ屋台。

「うわぉ。異国情緒満載だー!」

 初めての外国に感動していると「異国なのだから当然だろう」と後ろからツッコみが入った。いつの間にやらヴィンセントとメリッサが追い付いてきた。ボニーとクライドはあちこちチョロチョロし始める。

「ねぇ先に宿を見つけて、荷物を置かない?」

 メリッサが地面に棺を置くと、ヴィンセントはうーんと悩んでいるようだ。

「ヴィンセントさん、どうしたんですか?」

「いや……換金するのを忘れていた。日本円で持ってきてしまった」

「えええぇぇぇぇ!」

 みんながヴィンセントに「オイオイ勘弁しろよ」と言う視線をぶつける。

「本当にヴィンセントさんって計画性がないですよね……」

「最悪じゃん」

「なんでヴィンセントはそーゆーとこ抜けてんの?」

「はぁ、そんな事だろうと思ったのよね……」

 糾弾の声にヴィンセントは居心地が悪そうに「とりあえず換金できそうなところを探すぞ」とさっさと町に入ってしまった。

 5人で町を歩くとものすごく視線を浴びる。なんだか睨まれてるような、こちらを見つめてボソボソ話している。凄く居心地が悪い。ベトナム、そう言えば戦時中、日本軍が駐留していた。米軍はベトナム戦争で枯葉剤を撒いてた。で、フランスの植民地で、白人至上主義者が現地の人を差別的な扱いしていた。

(あれ。もしかして私達ってもれなく全員嫌われてるんじゃない?)

 これは、下手なことする前にさっさとでかい街に移動した方がいいかもしれない。ミナの不安をよそに他の4人はのんびりゆったりしている。

(もしかして、知らないのかなぁ)

「あぁ、そうなのか? 知らなかった」

 勝手に心を読んだヴィンセントだったが、やっぱり知らなかったようで尋ねてきた。

「いつごろの話だ?」

「えと、確か50年くらい前……かな?」

 ヴィンセントはフーンと呟いた。

「割と最近の話なのだな。それならばさっさとハノイに移動した方がいいな」

 と言ってまたサクサク歩き始めた。50年前が最近だそうだ。沖縄時間とか日向時間とは聞くが、化け物時間が最長と認定。

 ヴィンセントはあるお店(なんのお店かがよくわからない)に入ると店員と話し始める。それを最初は何も思わずに見ていたが、よくよく考えると疑問が湧いた。

「ねぇ、クライドさん。あれ、英語?」

「英語じゃねぇなぁ」

「メリッサさん、あれフランス語?」

「違うわねぇ。ベトナム語かしら」

 よくわからない言語で話していたヴィンセントは見たことのないお金を持って「換金できた」と言って出てきた。

「ヴィンセントさん今話してたの何語ですか?」

「あぁ、ベトナム語だ」

「なんで話せるんですか?」

「航海中に覚えた」

 なるほど、と簡単に納得しそうになったが、これはおかしい。

「え? 航海中に!? そんな短期間で!?」

「私に不可能はない」

 ナポレオンか何かのようだ。

「ヴィンセントさんは何か国語くらい話せるんですか?」

「英語、中国語、フランス、イタリア、ドイツ、ポルトガル、トルコ、ロシ」

「わかりました。もういいです」

 頭まで化け物だ。ヴィンセントは途中で言葉を遮ったせいで、イラっとしたようだが、はぁと溜息を吐いて抑えてくれた。

「吸血鬼になった時点で、人間より肉体は活性化される。勿論脳も。お前だって少し勉強すればすぐに覚える」

 そう言われて英語をペラペラ操る自分を想像して、なんだかすごくわくわくした。

「まぁお前ではたかが知れているがな」

 結局どの国に行ってもバカにされそうな予感は満載である。



「さて、換金もできたことだし、今日はどうするか。ハノイを目指すか、とりあえずこの町に一泊するか」

「ヴィンセントさん、今何時ですか?」

 ヴィンセントの立てた議題に、まずは時間の確認だと尋ねると、ヴィンセントは腕時計に視線を落とす。

「あぁ、今は7時だ。7時?」

 ヴィンセントはもう一度時計を覗き込む。真夏のベトナムで、既に日が暮れていると言うのに7時と言うのはおかしい。ヴィンセントもそう思ったようで二度見した時計を見たまま動かずにいると、メリッサが溜息を吐いた。

「ヴィンセント、その時計、時差の調整はしてあるの?」

「……」

 忘れていたようだ。

「ヴィンセントさんって本当に計画性ないですね」

「おーい、しっかりしろよぉ」

「最悪」

「はぁ……その辺で時計見つけて調整して来なさいな」

 またしてもヴィンセントの失敗にみんなで非難を集中させると、黙って聞いていたヴィンセントの顔はだんだんと怒りを顕して、ピキと青筋が立ってくるのが見えた。

「うるさーい!! 貴様ら何でもかんでも私に頼るな!! 少しは自分たちで何とかしろ! 頼るなら文句を言うな!!」

 意外にうっかりなヴィンセントもアレだが、彼の言う事は正論だ。

(あーあ、怒っちゃったよ。本当にしょうがない人だな)

 と、やれやれと言った気分で溜息を吐いて、ヴィンセントのご機嫌取りだ。

「ヴィンセントさん、ごめんなさい。ちょっと時計探して見てきますね」

 そう言ってお店の方へ走った。そんなミナを見て、ヴィンセント以外の3人はほっこりした。

「ミナ大人だな」

「ミナの方がしっかりしてるよね」

「ミナちゃんって本当にいい子ね」

 時間を確認して戻ってくるとボニー&クライドが泣いていた。どうしたというのだろう。

「今、9時12分でした」

 報告するとヴィンセントは小さく「あぁ」と言って時計を調整し始めた。調整している右手の甲に血が付いている。一応確認すると、クライドの口元に流血の跡があった。クライドは何を言ったんだろうか。

「今9時なら移動しても朝までには間に合うんじゃないかしら?」

 確かにミナたちの脚力なら車よりも早く走れるし、問題はなさそうだ。ただ、問題は「朝方に泊めてくれる宿なんてあんの?」というボニーの疑問に尽きる。

「安宿だったら金を積めば泊めてくれるんじゃない?」

 とボニーが提案するも

「嫌よ。私、汚い安宿なんかに寝泊まりしたくないわ」

 と、メリッサが貴族のようなわがままを言って話が進まない。仕方がないと言った風にヴィンセントが溜息を吐いた。

「面倒だが、家を強奪するか」

「私は豪邸がいいわ」

「そうしようぜ」

「Yeah!」

「なんでそうなるの?」


 結局移動することになって、ミナたちは棺桶を抱えて夜道を全力疾走する。

「お前ら遅いぞ。早くしろ」

 ヴィンセントは自分だけ飛んでズルいと思う。

(お姉ちゃんも飛べばいいじゃん)

 急に北都が頭の中で話しかけてきた。

「飛べばって、私飛べないよ!」

(んーちょっと待っててね)

 北都が黙ったかと思うと、背中がもぞもぞしてくる。何が起きているのかと思った瞬間バサァッと音を立てて、淡い黄色がかった大きな翼が開いた。

「うわぁぁぁ! なんじゃこりゃぁぁ!」

(ふぅ。できた。お姉ちゃん飛んでみて)

 北都の仕業らしいが、急に飛んでみてと言われても。戸惑いながらも、鳥が飛んでいる様子をイメージしてみる。すると、羽がバサッと宙を扇ぐ。すると、その揚力で走っていた足が地面から離れた。

「うわ! 浮いた!」

(わー! すごいすごい!)

「本当にすごいや……これは楽だ」

 ミナも空を飛んでヴィンセントを追いかける。

(うわーすごい。飛ぶのって楽しい!)

 耳元でひゅうと風を切る音がする。意識して羽ばたけば、高くなったり低空になったり、段々とコツを掴めてきた。風が顔や髪を攫って行く感覚が気持ちいい。

「ミナちゃん、すごいわねー! 綺麗な羽」

「ミナズルーい!」

「ミナ乗せてー!」

「嫌だよ!」

 流石に乗り物扱いは御免だ。飛ぶ楽しさに酔っていたが、ふと疑問が浮かんだ。なんだか背中がスースーする。

「ねぇ、北都、これ服破れてない?」

(あ、ほんとだ)

「やっぱり……」

 羽根が出ているであろう部分が妙にスースーしていたので、まさかと思ったらやはり破れていた。あんまり服を持ってきてないのに、困ったものである。次から服を買うときには背中が開いてるのを買おうと決めた。

「ほう。お前北都を使い魔にしたのか」

 ヴィンセントが近づいてきてそう言ったが、はて、と首をかしげた。

「使い魔ってなんですか?」

「血はただの食料ではない。魂の情報だ。北都の血を飲んで、力に変えているという事だ」

「へぇー。でも、それって消費してるってことじゃ……」

「全てに当てはまるわけではないが、大量に吸血した場合や、その人間によって、エネルギーとしてではなく、能力として使役できる場合もある」

「そうなんですか、北都の場合はかなり大量に吸血したし……姉弟ってのもあるのかな?」

「そうだな。血族の血を吸う事は、他人の血を吸うよりも強い力を得られるからな」

「へー。ヴィンセントさんが飛べるのもそのおかげですか? 使い魔いっぱいいるんですか?」

 そう尋ねるとヴィンセントさんは急に指を噛んだ。すると、そこから3つの黒い大きな影が飛び出す。

「うわ! なんですかこれ!?」

 思わずビビッていると、黒い影が突然「ワンワン!!」と吠える。

「犬!?」

「そうだ。私の使い魔の一つ。3匹の黒犬『バスカヴィル』可愛いだろう?」

 いや、怖い。実はミナは犬恐怖症だ。

「うぉー! ヴィンセントすげー!」

 下でクライドたちが大騒ぎしている。

「近づくなよ。噛み殺されるぞ」

 狂犬病だ。

(ヴィンセントすごーい!)

 北都も素直に感心している。

(ぼくもああいうのできるかなぁ?)

「えぇ? 私、あんな怖い犬嫌だよぉ……」

 いくら北都でもあれは可愛がれない。

「今のままでは、飛ぶのがせいぜいだろうな。最低でもあと1000人は吸血しろ」

「1000人!?」

 その犬を作るのに、そんなに血が必要なのかと腰を抜かしそうになった。ヴィンセントは今までどれほどの命を搾取してきたのだろうか。

(怖! 考えたくないな)

 そして恐らく考えても無駄だ。ヴィンセントの性格からして本人も把握していない。



 そうこうしているうちに、たくさんの明かりが見えてきた。

「あっちの方に大きな街が見えてきましたよ!」

 西の方を指さす。

「マジで!? 早く行こう!」

 みんなは意気揚揚だ。人に見られないように降りて走り出す。だんだんと明かりが近づいて大きなビル群と住宅や、いろんな施設が姿を現し始めた。



登場人物紹介


【現地のみなさん】

場所的に観光も何もない田舎なので外国人が珍しかった。

しかも美男美女の集団だったので、海外セレブがお忍び旅行をしてるんだと噂していただけで別に悪意はない。

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