2-6 さよなら、ありがとうございました
――――――――3日後
夜10時。メリッサとボニー&クライドが棺と共に家に到着し、すぐ後に、誘夜姫が到着した。
その頃、ミナの実家には先日の刑事が来ていた。
「永倉さん。お嬢さんの行方に心当たりはありませんか?」
「心当たりがあれば失踪宣告などしません。大体、なぜ急にミナの捜索を?以前捜索願を出した時には、まともに相手してもらった覚えもありませんが」
「その件に関しては謝罪します。特殊な家出人でない限り、本格的に捜査をすることは稀でして……。今回お嬢さんのお話を伺いたいのは、大したことではありません。件の無差別殺傷事件のことでお話を伺いたいだけです」
一瞬心臓が波打つ。
(しっかりしろ。動揺を悟られるな)
そう言い聞かせて、セイジは刑事に強く視線を返した。
「なぜ、ミナに? 俺はあの場でミナを見た覚えはありませんが」
「勿論、参考人などと重々しい物ではありません。任意ですよ。任意」
「あなたはミナが事件に関係していると?」
「可能性がゼロではない、と思っただけです。先日、川崎の死亡の状況を話しましたが、あの殺し方は、どう考えても川崎に対する怨恨と憎悪です」
「ミナがあの場に居合わせて、北都を殺されて逆上したとでも?」
「お察しの通りです。が、証拠はありませんし、推測の域を出ません。ですから、お話をと」
はぁ、と溜息を吐く。なんと優秀な刑事だろうか。現実の刑事にもこんな男がいるのかと、一般市民の身であれば喜ぶべきところも、落胆にしかならない。
「ミナの行方は知りません」
「連絡もありませんか?」
「一度あったきり、既に日本にはいないという事しか、知りません」
「なんですって!?」
身を乗り出して来た刑事を掌で制した。ここが正念場だ。決して犯罪から逃亡したのだと思わせてはならない。
「誤解しないでください。ミナは駆け落ちしたんです。俺が厳しく育てたせいで、ミナは恋をしたことがありませんでした。初めてミナが恋人を家に連れて来た時も、俺は激昂して大反対しました。それでミナは俺を納得させることはできないと、駆け落ちをしてしまいました。あなた方が思っているような失踪ではないんです。ただの俺の不明が招いた事です。俺が理解してやらなかったせいで、ミナは出て行ったんです」
一旦言葉を切って、深呼吸をして続けた。
「ミナは北都が大好きでした。北都が死んでミナもとても傷ついているんです。 もう、ミナをそっとしてあげてください。ミナの幸せを、俺は願っていたいんです」
それを聞いた刑事は「大変失礼いたしました」と頭を下げて出て行った。それにホッとして、セイジもあずまも大きく溜息を吐いた。
「先輩、どうしますか?」
家を出た若い刑事は、困ったように壮年の刑事を見た。が、想像に反して壮年の刑事は苦々しい表情をした。
「やられたな」
「え?」
「駆け落ちした娘の捜索願はともかく、失踪宣告を出すなどあり得ない」
「そう、言われてみると……そうですね。じゃあ、まさか?」
「可能性はあるよな。とりあえず、航空会社、船舶会社の海外行の渡航記録を総ざらいするぞ」
「はい!」
慌ただしく刑事は車を発進させて、警察署へ戻って行った。その頃、ヴィンセントのマンションも慌ただしくなっていた。
「下にトラックを待たせておるから、荷物持ってくるのじゃ」
誘夜姫に言われたとおりに階下に降りると、そこには宅配便のマークがついた「冷凍車」が停まっていた。少しの荷物と、輸血パックが詰まったクーラーバッグ、そして大きな棺桶を布に包んでトラックに乗せ、ミナ達も荷台に乗り込む。が、不思議に思ってひんやりと白く煙る冷凍車の中で、誘夜姫に振り返った。
「姫様、なんで冷凍車なんですか? 普通の貨物車でもいいのに」
「検問か何かに引っかかっても、まさか冷凍車に人が乗ってるとは思わぬじゃろう?」
「あぁ、なるほど。普通の人間なら絶対そんなこと思わないですね。姫様頭いい!」
そういうと誘夜姫は得意げだ。
「それにしても、トラックだったり船だったりすぐ用意できてすごいですね」
そういえば誘夜姫が何者なのかよく知らない。
「そりゃあのう。伊達に昔から吸血鬼をやってはおらぬ。スポンサーもついておるし、わらわの客は誰もわらわに逆らえぬ」
「スポンサー? 客?」
と尋ねても、誘夜姫は少し悪戯っぽく笑うだけだった。なんだかヤバそうな雰囲気なので、これ以上聞くのはやめることにした。
そうこうしているうちに、港へ着いた。車を降りると、そこには小型の客船が停泊していた。
「すごーい!」
思わず声に出して船を見上げる。
「当然じゃ。ベトナムまで長旅じゃからな。まさか漁船だとでも思っておったか?」
「思ってました」
「では、行くぞ」
ひとしきり船の外観に感動した後、船に乗り込もうと、桟橋へ向かう。
「あれ? 姫様? 一緒に行かないんですか?」
みんなが進んでも、誘夜姫はは後方で立ったままだった。
「そうじゃな。残念じゃが、わらわは行けぬ。色々大事なものだとか、仕事もあるし、わらわがいなくなったら部下たちが困るのじゃ」
そういえば、誘夜姫は氏族のトップなのだ。トップがいなくなるわけにはいかない。
「姫様、色々お世話になりました。ほとぼりが冷めたらまた日本に来ます。その時はまた遊んでくださいね」
「よいぞ。まぁ100年くらいなら待ってあげてもよい。じゃぁ気をつけるのじゃぞ」
「はい。ありがとうございます。さよなら」
「さよなら」
誘夜姫に別れを告げて桟橋へ向かう。が、桟橋にたどり着けない。海が怖い。どうしよう、と狼狽えた。
「何をしている。さっさと棺桶に入れ」
ヴィンセントに言われて思わず振り向いた。
「は? 棺に? 入るんですか?」
見ると、みんな棺桶に入っている。
「え!? なんで!?」
「言ってなかったか?」
「何も聞いてません」
「嘘を吐くな。吸血鬼が生身で海を渡れないことは知っているだろう」
「あ、それは聞きました」
「棺桶の土があれば何とか渡航は可能だ」
「そう言う事ですか……」
折角こんなにきれいな客船なのに、棺に入ったら意味がないし、とても勿体ない。
「でも、みんな棺に入っちゃったら、誰が船まで運んでくれるんですか?」
みんなが入ったら置き去りだ。波止場に転がる棺桶を想像して可笑しくなる。
「心配するな。私が運んでやる」
「え? なんでヴィンセントさんが? 棺に入らないんですか?」
「私は普通に海も川も踏破できる」
「そ、うなんですか」
さすが化け物の王と呼ばれるだけある。なんだかズルいくらいに何でもアリだ。
「わかったらさっさと入れ」
ヴィンセントに無理やり押し込まれてしまった。ガタッガガガッと棺が大きく揺れて、そこかしこにぶつけられる。
「ヴィンセントさん……もう少しそっと運んでください……棺壊れちゃう」
「黙れ。海に放り込むぞ」
悔しいがここは我慢だ。ドガッと大きな振動と音がする。どうやら船室に着いたらしい。
(棺壊れてないよね。大丈夫かな)
と心配していると、棺の外からヴィンセントと誘夜姫の声がした。
「誘夜姫、色々世話になったな」
「構わぬ。ミナの為じゃしな」
「いずれ日本にはまた来る」
「別に来なくて結構じゃ。どうせまた世話せねばならんのじゃろう」
笑い声が聞こえる。
「本当にありがとう」
「気にするな。じゃぁ気をつけるんじゃぞ」
「あぁ」
二人の会話を聞いて胸が締め付けられるような思いがした。誘夜姫はヴィンセントのことが好きだったのに、別れるのは本当は辛いだろう。それでも、ミナの為に恋を犠牲にしてくれた。
(ありがとう。いつか絶対恩返しするから)
最後に日本の景色なんかを見て出たかった。これも吸血鬼のわがままか。
お父さん、お母さん。ありがとうございました。ごめんなさい。どうか、お元気で。
こうして、ミナは日本に別れを告げた。




