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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
2 脱出編
20/140

2-6 さよなら、ありがとうございました

――――――――3日後


 夜10時。メリッサとボニー&クライドが棺と共に家に到着し、すぐ後に、誘夜姫が到着した。

 その頃、ミナの実家には先日の刑事が来ていた。

「永倉さん。お嬢さんの行方に心当たりはありませんか?」

「心当たりがあれば失踪宣告などしません。大体、なぜ急にミナの捜索を?以前捜索願を出した時には、まともに相手してもらった覚えもありませんが」

「その件に関しては謝罪します。特殊な家出人でない限り、本格的に捜査をすることは稀でして……。今回お嬢さんのお話を伺いたいのは、大したことではありません。件の無差別殺傷事件のことでお話を伺いたいだけです」

 一瞬心臓が波打つ。

(しっかりしろ。動揺を悟られるな)

 そう言い聞かせて、セイジは刑事に強く視線を返した。

「なぜ、ミナに? 俺はあの場でミナを見た覚えはありませんが」

「勿論、参考人などと重々しい物ではありません。任意ですよ。任意」

「あなたはミナが事件に関係していると?」

「可能性がゼロではない、と思っただけです。先日、川崎の死亡の状況を話しましたが、あの殺し方は、どう考えても川崎に対する怨恨と憎悪です」

「ミナがあの場に居合わせて、北都を殺されて逆上したとでも?」

「お察しの通りです。が、証拠はありませんし、推測の域を出ません。ですから、お話をと」

 はぁ、と溜息を吐く。なんと優秀な刑事だろうか。現実の刑事にもこんな男がいるのかと、一般市民の身であれば喜ぶべきところも、落胆にしかならない。

「ミナの行方は知りません」

「連絡もありませんか?」

「一度あったきり、既に日本にはいないという事しか、知りません」

「なんですって!?」

 身を乗り出して来た刑事を掌で制した。ここが正念場だ。決して犯罪から逃亡したのだと思わせてはならない。

「誤解しないでください。ミナは駆け落ちしたんです。俺が厳しく育てたせいで、ミナは恋をしたことがありませんでした。初めてミナが恋人を家に連れて来た時も、俺は激昂して大反対しました。それでミナは俺を納得させることはできないと、駆け落ちをしてしまいました。あなた方が思っているような失踪ではないんです。ただの俺の不明が招いた事です。俺が理解してやらなかったせいで、ミナは出て行ったんです」

 一旦言葉を切って、深呼吸をして続けた。

「ミナは北都が大好きでした。北都が死んでミナもとても傷ついているんです。 もう、ミナをそっとしてあげてください。ミナの幸せを、俺は願っていたいんです」

 それを聞いた刑事は「大変失礼いたしました」と頭を下げて出て行った。それにホッとして、セイジもあずまも大きく溜息を吐いた。

「先輩、どうしますか?」

 家を出た若い刑事は、困ったように壮年の刑事を見た。が、想像に反して壮年の刑事は苦々しい表情をした。

「やられたな」

「え?」

「駆け落ちした娘の捜索願はともかく、失踪宣告を出すなどあり得ない」

「そう、言われてみると……そうですね。じゃあ、まさか?」

「可能性はあるよな。とりあえず、航空会社、船舶会社の海外行の渡航記録を総ざらいするぞ」

「はい!」

 慌ただしく刑事は車を発進させて、警察署へ戻って行った。その頃、ヴィンセントのマンションも慌ただしくなっていた。

「下にトラックを待たせておるから、荷物持ってくるのじゃ」

 誘夜姫に言われたとおりに階下に降りると、そこには宅配便のマークがついた「冷凍車」が停まっていた。少しの荷物と、輸血パックが詰まったクーラーバッグ、そして大きな棺桶を布に包んでトラックに乗せ、ミナ達も荷台に乗り込む。が、不思議に思ってひんやりと白く煙る冷凍車の中で、誘夜姫に振り返った。

「姫様、なんで冷凍車なんですか? 普通の貨物車でもいいのに」

「検問か何かに引っかかっても、まさか冷凍車に人が乗ってるとは思わぬじゃろう?」

「あぁ、なるほど。普通の人間なら絶対そんなこと思わないですね。姫様頭いい!」

 そういうと誘夜姫は得意げだ。

「それにしても、トラックだったり船だったりすぐ用意できてすごいですね」

 そういえば誘夜姫が何者なのかよく知らない。

「そりゃあのう。伊達に昔から吸血鬼をやってはおらぬ。スポンサーもついておるし、わらわの客は誰もわらわに逆らえぬ」

「スポンサー? 客?」

 と尋ねても、誘夜姫は少し悪戯っぽく笑うだけだった。なんだかヤバそうな雰囲気なので、これ以上聞くのはやめることにした。

 そうこうしているうちに、港へ着いた。車を降りると、そこには小型の客船が停泊していた。

「すごーい!」

 思わず声に出して船を見上げる。

「当然じゃ。ベトナムまで長旅じゃからな。まさか漁船だとでも思っておったか?」

「思ってました」

「では、行くぞ」

 ひとしきり船の外観に感動した後、船に乗り込もうと、桟橋へ向かう。

「あれ? 姫様? 一緒に行かないんですか?」

 みんなが進んでも、誘夜姫はは後方で立ったままだった。

「そうじゃな。残念じゃが、わらわは行けぬ。色々大事なものだとか、仕事もあるし、わらわがいなくなったら部下たちが困るのじゃ」

 そういえば、誘夜姫は氏族のトップなのだ。トップがいなくなるわけにはいかない。

「姫様、色々お世話になりました。ほとぼりが冷めたらまた日本に来ます。その時はまた遊んでくださいね」

「よいぞ。まぁ100年くらいなら待ってあげてもよい。じゃぁ気をつけるのじゃぞ」

「はい。ありがとうございます。さよなら」

「さよなら」

 誘夜姫に別れを告げて桟橋へ向かう。が、桟橋にたどり着けない。海が怖い。どうしよう、と狼狽えた。

「何をしている。さっさと棺桶に入れ」

 ヴィンセントに言われて思わず振り向いた。

「は? 棺に? 入るんですか?」

 見ると、みんな棺桶に入っている。

「え!? なんで!?」

「言ってなかったか?」

「何も聞いてません」

「嘘を吐くな。吸血鬼が生身で海を渡れないことは知っているだろう」

「あ、それは聞きました」

「棺桶の土があれば何とか渡航は可能だ」

「そう言う事ですか……」

 折角こんなにきれいな客船なのに、棺に入ったら意味がないし、とても勿体ない。

「でも、みんな棺に入っちゃったら、誰が船まで運んでくれるんですか?」

 みんなが入ったら置き去りだ。波止場に転がる棺桶を想像して可笑しくなる。

「心配するな。私が運んでやる」

「え? なんでヴィンセントさんが? 棺に入らないんですか?」

「私は普通に海も川も踏破できる」

「そ、うなんですか」

 さすが化け物の王と呼ばれるだけある。なんだかズルいくらいに何でもアリだ。

「わかったらさっさと入れ」

 ヴィンセントに無理やり押し込まれてしまった。ガタッガガガッと棺が大きく揺れて、そこかしこにぶつけられる。

「ヴィンセントさん……もう少しそっと運んでください……棺壊れちゃう」

「黙れ。海に放り込むぞ」

 悔しいがここは我慢だ。ドガッと大きな振動と音がする。どうやら船室に着いたらしい。

(棺壊れてないよね。大丈夫かな)

 と心配していると、棺の外からヴィンセントと誘夜姫の声がした。

「誘夜姫、色々世話になったな」

「構わぬ。ミナの為じゃしな」

「いずれ日本にはまた来る」

「別に来なくて結構じゃ。どうせまた世話せねばならんのじゃろう」

 笑い声が聞こえる。

「本当にありがとう」

「気にするな。じゃぁ気をつけるんじゃぞ」

「あぁ」

 二人の会話を聞いて胸が締め付けられるような思いがした。誘夜姫はヴィンセントのことが好きだったのに、別れるのは本当は辛いだろう。それでも、ミナの為に恋を犠牲にしてくれた。

(ありがとう。いつか絶対恩返しするから)

 最後に日本の景色なんかを見て出たかった。これも吸血鬼のわがままか。


 お父さん、お母さん。ありがとうございました。ごめんなさい。どうか、お元気で。


 こうして、ミナは日本に別れを告げた。


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