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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
2 脱出編
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2-5 親不孝な私を許して下さい

「よし、それならば誘夜姫、頼みがある」

 ミナの返事を聞いたヴィンセントは誘夜姫に向き直る。

「わかっておる。逃走手段じゃな。飛行機と船、どちらよいのじゃ?」

「飛行機は密航が難しい。船を用意してくれ」

「わかった。すぐに用意させる。で、どこに行くのじゃ?」

「密航しやすいのは、ベトナムだな」

「乗員は?」

「私達と、ボニー、クライド。メリッサも着いて来るか?」

「ええ。私も行くわ」

「勿論、あたし達も行くよ!」

「では我々は5人だ。他に航海士をつけてくれ」

「それで、いつにする?」

「そうだな、3日後だ。できるか?」

「わかった。じゃぁわらわは里に戻って部下たちに指示をしてくる。3日後の午後10時に迎えに来ようぞ」

 あっという間に話は決まり、誘夜姫は準備の為に戻っていった。なんだか、自分のせいで大変なことになってしまった。

「私のせいで、ごめんなさい……」

 自分の不甲斐なさが悔しい。ミナがあんなことをしたせいで、みんなに迷惑をかけてしまう。

「別にいいさ。俺たち追われるのには慣れてるし。なぁ?」

「そうよ。気にしないで」

 ボニーとクライドはそう言って肩を叩いてくれる。

「メリッサさんも、お店あるのに……」

「どうせ無許可営業だし儲かってもいないから構わないわよ。今までもヴィンセンの後をついてきたんだし全然問題ないわ」

 メリッサの言葉にヴィンセントも頷く。

「最初に、定住は出来ないと言っただろう。どちらにせよ何いずれは出ていく。それが少し早まっただけだ。お前が気にすることではない」

 ヴィンセントは頭を撫でて、優しく諭してくれた。みんなの優しさが嬉しいけど、何もできない自分が情けない。

「さて、そうと決まれば、店仕舞いしなきゃ! ボニー、クライド、帰るわよ」

 そう言ってメリッサは席を立とうとしたが、ヴィンセントが掌で制した。

「少し待て。クライド」

 ヴィンセントはクライドを呼ぶと耳打ちをした。それを聞くと「オッケー」と言ってクライドは出て行った。少ししたらクライドは帰ってきて、「ほらよ」とヴィンセントに何かを渡した。

「悪いな。では、お前らも見つからないように気をつけろ」

 と、ヴィンセントが送り出すと、3人は「3日後にまた来る」と言って帰っていった。

 みんなが帰って静まり返る部屋。みんなに迷惑をかけていることが、とても申し訳ない。静かさが余計にブルーな気持ちにさせる。

「全く、日本は困った国だな。警察は優秀で、法律は厳しい。化け物には生きづらい国だ」

 ヴィンセントは呆れたように笑いながらミナの頭にポンと手を置く。ヴィンセントはミナをいつも気遣ってくれる。みんなだって、支えてくれる。その思いやりを、無駄にしてはいけない気がした。

「そうですね。まぁ、勉強になりました。次に行く国ではもっと気を付けます」

 そう笑って答えた。

「それより、私は荷物も少ないからいいですけど、龍さんはこの部屋とか、荷物とかどうするんですか?」

 ヴィンセントは少し考えると、「この家も家具も、殆ど盗品だからおいていく」とサラッと言ってのけた。

「え、盗品? 家も? どういうことですか?」

「ちょうど新しい家を探していた時に、ヤクザというのか? 変な奴らに因縁をつけられて、腹が立ったから組織ごと潰して、不動産も動産も、奪い取った」

 この家もお金も略奪したものだったとは。てっきり魔眼で人を操ってゲットしたのかと思っていた。

(ていうか、それ、いつの話なんだろう……)

 と不穏な気分になる。

「でも、相手がヤクザさんとかだったら武器だって持ってたんじゃないですか? 仕返しとかなかったんですか?」

「ふん。あんな雑多な銃火器しか持ち合わせていないような雑魚、相手にもならん。そう言えば、しばらくしたら来なくなったな。諦めたのか、兵力が尽きたのかは知らんが」

 この言いよう……。尾にたかる蝿とはきっと彼らのことだ。ご愁傷様である。

「そ、そうですか。あ、そう言えば! さっきクライドさんに何話してたんですか?」

 この話はこれ以上はやめておきたくなり、慌てて話題を切り替えると、ヴィンセントは思い出したような顔をして、クライドに渡されたものを出した。ヴィンセントの手にはストラップがついた白い携帯電話が握られていた。

「先ほどクライドに調達して来てもらった物だ」

「あ、逃走の際の連絡用ですか?」

 ヴィンセントは私の手に携帯電話を握らせる。

「いや、用が済んだら捨てる。これはお前が連絡するために用意させたものだ。今から両親に電話しろ」

「あ……その為に……」

 別れの、挨拶のための。そりゃ、二度と会えないのだから連絡くらいするべきだ。

 しかし、犯人は他殺だとニュースでやっているくらいだ。警察は家に再捜査に来たかもしれない。もう、セイジもあずまも他殺だと知っているかもしれない。ミナが殺したと気付かれたかもしれない。この上ミナが電話して日本から出るなんて言ったら、殺人を肯定したも同じなのでは、と考え込んだ。

 セイジとあずまにだけは真実を知られたくない。北都がいなくなった悲しみをやっと乗り越えられそうなのに、ミナが殺人を犯したなんて両親が知ったら、と思うとやりきれない。

「否定しろ。何を言われても知らぬ存ぜぬで通せ。」

 ミナの心情に気付いてかヴィンセントが助言してくれた。

「でも、否定しても、疑惑が消えるわけじゃ……」

「それでも、だ。肯定だけは絶対にするな。質問されても適当にはぐらかせ」

 わかっている。両親にミナを信じさせる余裕を作ってあげるだけでいい。でも、もう嘘を吐くのは辛い。

「それだけではない。最悪、お前の家にすでに警察が入り込んでいる可能性も捨てきれない」

「あ……まさか……電話を傍受されるかもしれないってことですか?」

「その通りだ。そうだな、北都のことを思い出して辛いから遠くに行くとでも言っておけ」

 そうだ。ミナがうっかり口を滑らせてしまえばみんなだって困る。北都を理由に使うのは気が引けるが、失敗すれば元も子もない。自分は何も知らない。絶対に肯定しない。そう言い聞かせる。一度、嘘を吐くからには一生嘘を吐きとおす。覚悟を決めた。

 携帯電話を開いて、家の番号を押す。プルルルと呼び出し音が鳴って、少しして「はい、永倉です」とセイジが電話に出た。しばらく返事はせず、電話の向こうに気配がするか、耳を傾ける。足音が聞こえると、スプリングが軋む音と衣擦れの音。どうやらソファに座ったその音は一人。おそらくあずまだ。後は無音。よし、大丈夫。

「もしもし?」

 放置していたせいか、無言電話だと思ったのかいらだった様子のセイジの声。

「お父さん…私」

「ミナ!?」

「うん。今日は話があって、そっちには行けないから電話したの」

「そうか。どうしたんだ?」

 一つ深呼吸をする。よし、大丈夫。

「私、日本を出る」

「なんだと!? どういうことだ!?」

 予想以上にセイジが憤慨する。やはり気付いているのだろうか。だとしても、決して認めてはいけない。

「どういうことって、私元々家を出てるし。今更、別にいいじゃない」

「それはそうだが、なんでわざわざ海外なんかに……お前……」

 セイジが不穏な疑惑を持っている、何かを言いたげにした言葉尻を無理やり絶った。

「私! 彼と結婚するの! 今までこっちにいたのは北都がいたからだよ! でも、北都は死んじゃって、ここにいると北都の事を思い出して辛いの! もう、私がここにいる理由はないの!」

「ミナ、何を……」

 家を出た理由を両親は知っているのに、今更こんな嘘をついてバカバカしいと心底思う。だけど、両親が何か聞かれた時につける嘘を吐いておかなければ、その嘘を聞いてもらわなければならなかった。

「私は結婚したいの、お父さんが反対したって知らない。とにかく、これでもう二度と会う事もなくなると思って、電話したの」

「ミナ、お前は……」

「お父さん、19年間育ててくれてありがとう。恩返しもできないまま消える私を赦してね。私、幸せになるから。北都の分まで頑張って生きるから」

 電話の向こうから嗚咽に耐えるような声が聞こえる。恐らく、セイジが状況を察したのだろう。

「そうか……元気でな」

「うん。ありがとう。お父さんも、お母さんも、元気でね。さよなら」

「……っさよなら」

 そこまで話して、静かに電話を切った。持っていた電話をヴィンセントに返した。ヴィンセントは携帯電話を受け取ると、すぐさま握り潰し紙袋に入れて立ち上がった。

「私はこれを捨ててくるから、お前はここでじっとしていろ」

 そう言うとヴィンセントは家から出て行った。


 これで、もう両親と会う事もない。

 「さよなら」

 その言葉を紡ぐために、セイジがどれほどの葛藤をしたか、どれほどの思いで、ミナの吐いた嘘を信じようとしてくれたか、知れない。

(お父さん、お母さん、恩返しどころか仇で返すようなことをしてしまってごめんなさい。最後の最後に嘘を吐いてごめんなさい。バカな娘でごめんなさい)

 一人になった部屋で、涙をにじませながらミナはずっと両親に謝り続けた。


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