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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
2 脱出編
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2-3 娘を信じさせてくれ

「永倉さんご夫妻ですね。少しよろしいでしょうか」

 スーツ姿のその男たちはそう言ってポケットから黒革の手帳を取り出す。

「警視庁の者です。少し、事件についてお話をお聞かせください」

 二人の刑事はソファに腰かけ、若い刑事は少し申し訳なさそうにセイジを見つめ、壮年の刑事は重々しく口を開く。

「実は、捜査は暗礁に上がっています」

 それを聞いたセイジは訝しげな顔になる。

「暗礁? 犯人の男は自殺して、家宅捜索も済んで送検されたと聞きました。

 事件自体はもう解決なのでは?」

 刑事は首を横に振る。

「問題はその男です。犯人――川崎と言う男ですが、この川崎の死因が実に不可解でして」

「不可解も何も、あの男は自殺したはずじゃないですか」

「えぇ、あなたをはじめ、他の目撃者の大多数もそう証言されています。発見時、川崎の胸にはポールが刺さっており、自ら飛び込んで、自死したものと考えられました。ですが、解剖の結果、生体反応の見られない損傷箇所がいくつもあることが分かりました」

 セイジはより一層訝しげな顔をする。生体反応の見られない損傷個所。それが何を意味するのか、知らないセイジではなかった。ことさら怪訝な表情をすると、表情から読み取った刑事が答えた。

「つまり、川崎は他殺と断定されました。死因自体は胸を刺されたことによる失血死。何度も胸を刺され、死後も刺され続けた、そういう結果が検安より出されました」

 言っている意味は分かるが、いよいよ意味が分からない。自分の知る事実と、刑事の言う現実の差。

「でも、あの男は自殺したはずで……」

「えぇ、先ほども申し上げましたが、ほとんどの目撃者もそう証言しています。ですが、若干名違う証言をした方々がいました」

 捕捉する様に若い刑事が言葉を繋げた。

「その方々の証言を総合すると、若い女性が川崎の胸部を何度も踏み潰し、別の男性が川崎の胸にポールを指して外国人風の男女と逃走した、というものです。我々としても、その証言の信憑性には疑問を感じます。ですが、あなた方の証言と検死結果に食い違いがある以上、そちらの証言を無視することはできないと判断されました」

 やや様子を窺いながら、壮年の刑事が尋ねた。

「何度も申し訳ありませんが、事件の時の様子を話していただけませんか?」

 刑事の要求にセイジはしばらく戸惑っていたが、苦しそうにしながらも口を開いた。

 あの日、セイジは北都と買い物に出かけ、エスカレーターに乗ろうとしたら逆走してくる男がいた。セイジは悪ふざけをしているのだと思い、北都がぶつからないように二人でエスカレーターの手前、左側に寄った。

「でも、男が北都の前に来た時に、ナイフを取り出して……」

 苦悶の表情を浮かべ、言葉を詰まらせながらも、セイジが続ける。

「北都を、刺しました。俺は何が起こったかわからなくて、すぐに北都を抱き留めることができませんでした。北都の服が血で染まって初めて事態に気付いて。その後後方からも悲鳴が聞こえてきて、しばらくするとざわざわとしてきて、振り向くと男は死んでいました」

 話を聞いて、少し視線を落とした後、壮年の刑事がセイジになおった。

「つまり、あなたはその男が自殺した瞬間を見ていないという事ですね?」

「はい。私は男には背を向けて座り込んでいましたし、なにより北都があんなことになって激しく動転していて……正直、ところどころ記憶がないんです。周りの人たちが自殺したと言っていたので自殺だと」

 顔を見合わせた刑事たちは小さく頷いて、若い刑事はメモをとり、壮年の刑事が再びセイジに向き直った。

「なるほど、わかりました。では質問を変えます。あなたは若い女性と男性、それと外国人風の男女に心当たりはありませんか?」

 セイジの脳裏に、あの日、偶然に再会したミナの顔が浮かぶ。

(―――――――――――まさか)

 セイジは、自分の直感など信じない。信じてはいけないと、心のどこかで声がした。

「いえ、知りません……」

 まさか、そんなはずはないと、セイジは俯く。セイジの様子を見た刑事達は一つ息を吐いて、腰を上げた。

「そうですか。ありがとうございました。夜分遅くに申し訳ございませんでした。我々はこれで、失礼いたします」

 収穫が得られず永倉家を出た後、若い刑事が壮年の刑事に尋ねた。

「やはり、証言に変化はないようですね。他の証言者とも内容は一致しています。永倉さんも虚偽の証言をしているようには見えません。一体どういう事でしょう?」

「そうだなぁ。永倉さんは何も見てはいないようだし、これ以上の証言は出てこないだろう」

 若い刑事は悲しそうな顔をする。

「でも、永倉家は娘さんが失踪して、北都くんまで死亡して、可哀想すぎます」

 壮年の刑事はふと考え込む。娘が行方不明なのは、死亡したわけではない。勿論その可能性も捨てきれないが、もし近辺にいるとしたら? 考え込んでいると、若い刑事が覗き込んだ。

「先輩?」

「なぁ、失踪した娘を探してみるか」

 その提案に若い刑事は首をかしげた。

「え? でも、行方も分からないし、失踪したなら近所に潜伏しているとも思えませんが……それに事件との関連性なんて……」

「もし、もしだぞ。お前が偶然に家族を殺される現場に居合わせてしまったら、どうする?」

 若い刑事はハッとした顔をする。だが、それが突拍子もない発想だと思ったようで、悩んだ様子で宙を仰いでいる。それを見て、壮年の刑事もやはりと思ったが、どうにも引っかかる。

「可能性すらない憶測だ。そうでなくても、女性の力で人の体を貫通させる程踏み潰すなんて考えにくいしな。とりあえず、頭に入れとけ」



 刑事たちが帰った後も、セイジは頭を悩ませていた。あの日、事件に巻き込まれる直前、ミナに会った。ミナと、ヴィンセント。そして確か、ボニーとクライド。しかし、何も思い出せない。現場でミナ達を見た記憶はない。

(そうだ。きっと無関係だ。ミナ達はニュースでこの事を知ったんだ。あの日は何も気づかずに帰ったに決まっている)

 そう思う事にしたが、ふと、ヴィンセントの言葉を思い出す。

 「ミナさんは北都くんの遺言に従って吸血しました」

 その言葉は泉のようにセイジに疑問を齎した。あの場にいなかったミナが、いつの間に北都の血を飲んだのか? そして、北都の遺言。あの場にいなかったはずのミナがなぜ北都の言葉を聞くことができたのか? あの時、ミナはいたのか? あの時に北都を吸血したのか? しかし、あの場でミナに会った覚えはない。

 何も思い出せない。意味が分からない。きっと無関係だ。そうだ。そうに決まっている。あり得ない。そんなことは、信じられない。

 頭をかきむしって悩むセイジの隣にあずまが腰かけて、慰めるように背中を撫でた。その優しさを無下にするような想像が、セイジの脳内を駆け巡る。


 信じられるものか、ミナが北都の復讐を果たしただなんて――。

登場人物紹介


【警視庁捜査1課殺人課の刑事さん先輩】

キャリア組で非常に優秀な刑事さん。部下や上司からの信頼も篤い。

「相棒」の杉下右京にあこがれている。


【警視庁捜査1課殺人課の刑事さん後輩】

こちらもキャリア組の刑事さん。まだ若いので若干青さが残っている。

人道主義的な刑事さんでどっちかというと巡査の方が向いてたかなと最近思い始めた。

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