1-14 その嫌がらせは誰得ですか
――翌日
4人でメリッサの店、カルンシュタインを訪ねた。ヴィンセントが二人の棺桶制作を依頼しながら二人を前に出すと、クライドが鼻の下を伸ばした。それに気付いたボニーは面白くなさそうに口を尖らせる。
「浮気しちゃダメぇ」
「するわけねーだろー?」
自己紹介を済ませ、人の店の中でいちゃつき始める二人を尻目に、半ば呆れ顔をしたメリッサがヴィンセントに尋ねた。
「ボニー&クライドって言ったらアメリカ人よね? 私は逢った覚えがないけれど?」
「そうだ。あの時お前は寝ていたからな」
納得したように小さく息を吐いたメリッサは、いちゃつくB&Cをちらりと見やると「メジャー持って来るからちょっと待ってて頂戴ね」と、奥に入っていった。
今回はすぐに戻ってきて「さぁお二人さん、サイズを図らせて頂戴」と二人を引き離す。メリッサはサイズを測りながら自己紹介を始める。自己紹介を聞いた二人も「よろしく」とにっこり笑った。
「ボニー&クライド、聞いたことあるわ。フォード大好き、連続強盗殺人犯だったかしら?」
メリッサがそう言うと、二人はなんだか嬉しそうにした。
「さて、サイズも図ったし、希望があれば聞くわよ」
棺桶の希望を本人に尋ねるのは初めて聞いた。メリッサの問いに当の二人は顔を見合わせて言った。
「じゃぁあたし達二人で入れる大きいのがいいな」
「お、それいいな。できんのか?」
メリッサは快く頷いたが、急に見据えるように視線が鋭くなり、榛色の瞳でしとり、と二人を睨みつける。
「一つ言っておくけど、私もヴィンセントもミナちゃんも、あなた達より階級は上だから、失礼な態度取ったら拷問して殺すわよ」
そう言って二人ににこっと微笑んだが、微笑まれた二人はヘラヘラした態度を一変させて「はい……」と大人しくなった。どうやらメリッサは怒らせると怖いタイプのようだ。
「で、この二人の棺桶はどこに届ければいいのかしら?」
二人の態度の変化に満足したらしく、メリッサは腕組みしながらヴィンセントに尋ねる。
「あぁうちに届けてくれ」
ヴィンセントの返答を聞いたメリッサは、大きな目をより大きく開いた。
「ヴィンセントの家に!? この二人あなたの家に居候しているの!?」
「あぁ、理由は知らないが泊めてくれと言うんでな」
理由は知らないがメリッサはイライラしている。その様子から、もしやメリッサはヴィンセントと一緒に住みたいのだろうか、と考えると、とても申し訳ないことをしている気がしてきた。
しかし、誘夜姫といいメリッサといい。
(ヴィンセントさんって意外とモテるのね……)
普段ヴィンセントと一緒にいて、見た目以外にあまり長所が見受けられないのでこう思ったものの、よく考えれば自分だって初対面の時にポーッとなっていたことを思いだし、美貌は万能薬だと納得した。
聊か険悪になってきた雰囲気を刷新しようとしたのか、ヴィンセントが割って入った。
「しかし、問題はこの二人の棺をどこに置くかだな」
「あぁそれって私達には大問題ですね」
「なんだよ。寝室でいいだ……じゃないですか?」
メリッサに睨まれて急に態度を変えるクライドの有様は、蛇に睨まれた蛙という言葉がぴったりだ。
「いや、お前たち二人が入るほどの大きさの棺桶なら、寝室には置く場所がない」
「じゃぁリビングは?」
すかさずボニーが提案してきたが却下だ。あんなに大きい物を家の真ん中に置かせてたまるかと、ミナもヴィンセントも必死だ。
そうして、ああでもないこうでもないと議論し、拒否と交渉を繰り返しているとクライド達の方がうんざりしてきたようで、棺桶はいらないと言い出した。本当は別々に寝てくれると大変ありがたいのだが。
頭を悩ませていると「それなら」とメリッサが口を開く。
「ヴィンセントの部屋で4人で寝ればいいじゃない」
先程クライド達に礼儀を重んじろ、気を遣えと言っていたのはミナの空耳だったのだろうか。「その手があったか!」とB&Cは喜んでいるが、そんな条件を飲むことはできないのはヴィンセントも同じだ。
「私の部屋だと!? 冗談ではない! 同じ部屋に寝るのだけは絶対にダメだ!」
ミナもヴィンセントの隣でウンウン頷く。
「どうして? いいじゃない。ヴィンセントの部屋広いんだから」
メリッサは不思議そうにしているが、こちらには大問題だ。
「嫌だ。こいつらの喘ぎ声が煩い」
できれば察して欲しかったが、ヴィンセントが不満を述べるとボニーが騒ぐ。
「やだ! 聞いてたの!?」
「聞いてないけど同じ部屋なら聞こえるでしょ! それがヤなんですよ!」
「いーじゃねーか別に。アンタらもイチャイチャしてんじゃねーか」
イチャイチャなどしてはいないし、百歩譲ってイチャイチャしていたとしても、B&Cのような破廉恥な行為には及んでいないので無罪だ。
そもそも何故メリッサがそんな提案をして来たのか疑問だったのだが、話を聞いた当のメリッサは大笑いし始めた。
「アッハハハ! ヴィンセントとミナちゃんは、それが嫌で部屋を分けたいの!? アハハ! いっそのこと混ざっちゃいなさいよ!」
「ふざけるな!」
一層メリッサは大爆笑しているが、この様子だと先程機嫌が悪くなったのはヴィンセントへの嫉妬が原因ではないようだ。面白がって様々な――かつ悪戯と思しき提案をしてくれるので、中々に有難迷惑だ。ひとしきりヒーハー笑った後、「じゃぁヴィンセントの部屋で決定ね!」と勝手に決めてしまった。
笑われた上に最悪の選択肢が出てきてしまった。
(最悪……ホント、同じ部屋になったら泣くしかないな)
4人で相反する表情を浮かべながら店を出ようとすると、「ちょっと待ちなさい」と、メリッサがB&Cを呼び止めた。
「ヴィンセントとミナちゃんは先に帰ってて。この二人に用事があるからちょっと借りるわ」
そう言って二人を店に連れ戻した。とりあえず、帰ろうかということになり、ヴィンセントと二人で、トボトボと家路に就く。
「なんか、最悪な気分です」
「あぁ最悪だな」
口数よりもはるかに溜息の数の方が多い。
「でも、確かにヴィンセントさんの部屋以外、もう選択肢がないんですよね……」
「はぁ……あんなにデカいベッドがなければ寝室に置けたものを……。そもそもあいつらを受け入れなければよかった」
「あぁ……そうかも」
「あいつら追い出すか」
「それはちょっと可哀想では……」
家に帰ってからも二人で溜息を吐いて考える。ヴィンセントは立ち上がって家中をウロウロとうろつきまわる。どうやらどこか押し込められそうな場所がないか探しているようだ。リビングに戻ってきたヴィンセントは、落胆した顔をして溜息を吐いた。どうやらそんなスペースはなかったようだ。うーん唸ってと考えていると閃いた。
「一緒に寝るのをとりあえず許可して、約束事をつければいいじゃないですか!」
同意する様に視線を落としたヴィンセントも少し考えて、考えがまとまったのか紙とペンを持って出てきた。一心不乱にペンを走らせ、あれよあれよと言う間に黒く埋まっていく。
「よし、できた」
出来上がった「誓約書」は保険の約款かと思うくらいの量の文字数だった。何をそんなに書くことがあったのかと、ヴィンセントが危惧した「細心の注意」を見せてもらう。
・むやみにイチャつかないこと
・ヴィンセントとミナがいる時にキスをしないこと
・家にいる時は服を着ること。
・一緒に風呂に入らないこと。
・ヴィンセントとミナがいる時にセックスやそれに準ずる行為をしないこと……等
それはもう細かい事までびっしり書いてある。正直読むのが辛くなって放棄した。
ミナですら読むのを躊躇ったくらいだが、ここまでしなければわからない可能性がある(なにせアメリカは訴訟大国だ)と考えると、これくらいは避けられないだろうと得心した。
そうこうしていると二人が戻ってきた。出迎えに玄関に行くと、二人ともなぜかニコニコしている。
「メリッサさんは何の用事だったんですか?」
「べっつにー大した用事じゃねーよ」
昨日の様子を思い出すと少し心配で、一応尋ねてみたが二人ともまだニコニコしている。拷問でもされたかと思ったが、怒られたわけではなさそうだ。
3人でリビングまで戻るとヴィンセントが手招きしている。
(さっそく誓約書の出番ですね)
なぜか緊張するような、少し頬肉を詰まらせてソファに腰かけると、ヴィンセントが口を開いた。
「仕方がないからお前らには私の部屋で寝てもらう」
その言葉に二人はやったーと喜び合っている。
「正直追い出されんじゃねーかと思ったよー!」
そんな案も出たが。
喜ぶクライドを人差し指で制して、少しだけ得意げにヴィンセントが続けた。
「だが、タダではダメだ。この誓約書に同意してもらう。できなければ出て行け」
そう言うと先程の誓約書を二人の前に広げる。二人は誓約書を見ると、まともに読みもしないですぐにポイっと放り投げた。
「俺ら英語しか読めねぇ」
「……」
そう言われてみると、二人は着の身着のまま(いつからそうなのかは不明だが)だった。日本にもさほど長期間滞在しているようには見受けられないとなれば、ただでさえ難解な表記である日本語を読めないとしても不思議ではない。
それを察したらしく誓約書を取り上げると、ヴィンセントはミナに振り向いた。
「仕方ない」
「どうします?」
「読み上げろ」
ひくっと息を呑んだ。ただでさえあの文字数。ただでさえあの内容。
「私が読むんですか、コレを!?」
こんなに恥ずかしい誓約書など読みたくはない。
「嫌ですよ! ヴィンセントさんが作ったんじゃないですか! 自分で読んでくださいよ!」
「提案したのはお前だ。読め」
「嫌ぁぁぁぁ! 絶対読みたくない! 嫌ですよぉ……ヴィンセントさんが読んでくださいよ……」
「黙れ。命令だ。読め。読まないとお仕置きだ」
「う……いやだ……どっちも嫌だ……」
渋っていると、先程から睨まれていたのに更に目力がアップしている。
「……」
「黙って睨まないでくださいよ! 怖い! うぅ……こんなの読んだらお嫁さんに行けない……」
「どの道行けないから読め」
「ヒドーイ!」
憤慨しつつも根負けし、シクシクと泣きながら誓約書を手に取る。勿論結婚を諦めはしない。
「うぅ……え、と。むやみにイチャつかないこと。ヴィンセントさんと私のいる時に、キスを、しないこと。家にいる時は服を着る事……」
ミナは顔を真っ赤にしながら誓約書を全て読み上げる。その間ヴィンセントは面白そうにニヤニヤ笑っていて、ものすごく頭に来た。
「以上、これが誓約書の全文です……」
穴があれば墓穴でも飛び込みたい気分だ。ヴィンセントを見るとまだニヤニヤしている。腹立たしいことこの上なく、「読みました!」と、聊か乱暴に誓約書を突き返すと、すぐさま突き返された。
「ダメだ。声が小さくて聞こえない。やり直し」
思わぬダメ出しに目を白黒させていると、ようやくニヤニヤしていたのがヴィンセントだけでなかったことに気が付いた。
「あたしも聞こえなかったー」
「俺も聞こえなかったー」
「ウソばっかり!ちゃんと聞こえてたくせに!絶対もう言わない!」
便乗してきたボニーとクライドにはしっかり反論し、流石に今度ばかりは誓約書を受け取らずにフンッとソッポを向いた。
(もう最悪! 超ムカつく! ボニーさんもクライドさんもヴィンセントさんも最悪! バカ! アホ! ダメ人間!)
さすがにムカついて心の中で文句を言っていたら、突然ヴィンセントにガシッと首を鷲掴みされた。
「誰がダメ人間だ?」
ようやく自分の思考が漏洩しまくっていた悲しい生態を思い出し、そしてダメではあるが人間ではなかったと気付いたが、そんな事はどうでもいいと気合を入れ直した。ここで気圧されていてはいけない。
「フン! 心当たりがあるならそれで合ってます!」
ちょっと頑張ってみたら努力はまんまと裏目に出て、首を掴まれたまま投げられた。
「きゃぁ! ちょっと! なにするんですか!」
ミナをぶつけるために存在しているかのような、周りに何も家具を置かれていない壁際に激突し(日常茶飯事だ!)、そこから起き上がりヴィンセントに詰め寄った。
日常茶飯事ではあるが、流石に今日ばかりは自分に非がないと思って反撃ののろしを上げたが、「そうか。お前はそんなにお仕置きされたいのか」と言いながら立ち上がるヴィンセントは、なんともドス黒いオーラを纏っている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 嫌な目に遭ったの私の方なんですよ!」
後ずさりしながら抵抗してみる。態度では頑張るが、気持ちの上ではすでに白旗が上がっている。
「知ったことではない。お前はこの私に向かって暴言を吐いた。お仕置きは当然だ」
ヴィンセントはじりじりと距離を詰める。
「お、おい、落ち着けよ!」
ただならぬ様子に、間にクライドが入ってくれるも「黙れ」と一言凄まれると尻尾を巻いて逃げてしまった。
(ちょ! そんな! たった一言で引っ込まないでよ!)
そうこうしている内に、とうとう壁際に追いつめられた。
「もう逃げられんぞ。さぁ、どうしてくれようか」
悪魔が目の前でニタリと笑った。必死にあの二人に助けを求めるも、二人は親指を立てて「Good ruck!」と言って頼りにならない。
――もう、本当に最悪。
しばらくして「気が済んだ」(飽きたんだと思われる)と言って傍から離れると、二人が駆け寄ってきた。
「二人とも、なんで助けてくれないんですかぁ……」
何とか起き上がって泣きながら二人に訴えると、二人は顔を見合わせる。
「いや、昔っからキレてたけど、ヴィンセントはヤバい。俺のシックスセンスが逃げろって言ったんだよ」
「クライドの勘は当たるからさ」
本能で危険を感じたらしい。その判断とクライドのシックスセンスに間違いはなさそうだと、ミナが太鼓判を押してやりたい。
「ミナ、アンタいつもこんなお仕置きされてんの?」
ボニーが涙を拭いてくれる。一応だがこれは痛くて生理的に出てくる涙で、決して悔しいとか腹立たしいとかで泣いているわけではない、と自分に言い聞かせる。
しかし、小さくコクンと頷くと、ボニーとクライドは力なく笑った。
「それでも一緒にいられるなんてミナ、すごいね」
励ますようにそう言ってボニーは肩を撫でて、続いてクライドも口を開く。
「お前すげぇドMだな」
あらぬ感動をされて、思わず肩を落とした。
溜息と同時にイテテ……と身をかがめて誓約書を拾う。
「ていうか、結局誓約書には同意してくれるんですか?」
二人は「どーするぅ?」と言って相談している。二人はなんだか本当に真面目に相談している。というより、ミナがこんな目に遭ったのに、同意してくれなかったら自殺級のショックだ。
しばらくすると、二人の相談は終了したようで、ミナに向いた。
「今日はこのまま大人しくするからさ、決めるのは少し保留させてくんね?」
「えぇ、保留は構いませんけど、いつまでって一応期限を定めてもいいですか?」
「あぁ、明日まででいいよ。一日あれば考えるには十分だ」
「わかりました。じゃぁ明日、どうするか伺いますね」
翌日、起きるとすでにボニーとクライドは起きていて「俺らちょっくらでかけてくっから」と言って二人で出かけて行ってしまった。
(はぁ……デートかなー羨ましい。あの二人ってとっても仲良しだな。もう本当に運命の出会いだったんだろうなぁ。それに引き替え、こっちは昨日の件でギクシャクしてるし)
どうせヴィンセントはひとしきりお仕置きしれば、すっきりしてケロッとしてるが、こちらはさんざん嫌な目にあった挙句に、お仕置きまでされてるから、割と本気で腹が立つ。
(大体ああいうのって暴力じゃん! DVじゃん! 最低でしょ!? 私が吸血鬼だから良いものの……人間同士で出会ってたら速攻家出して警察に通報しちゃうっての)
そこまで考えて、自分の悪態に疑問符が浮かんだ。人間なら逃げるのに、なぜ吸血鬼だと逃げないのか。なぜだろう。ヴィンセントには以前出て行くことは許さないと言われたというのもある。しかし、言われなくても出て行くときは、自分の意思なのだが。
そもそもあの家出騒動の時も、本気で家出しようと思っていなかった節がある。ただ、飛び出して引くに引けなくなっただけ。ただ卑屈になって拗ねていただけ。
(はぁ……ものすっごく癪だけど、結局私はヴィンセントさんと離れたくないだけか)
我ながら残念な考察に行きあたったものである。
「ヴィンセントさん」
リビングで雑誌を広げるヴィンセントを呼ぶと、ヴィンセントは雑誌から目を離さずに「なんだ」とだけ答える。
「昨夜はごめんなさい」
頭を下げて謝ると、ヴィンセントは手招きする。ヴィンセントの隣に腰かけると「私の方こそすまなかったな」と言って頭を撫でられた。それで、許してしまいそうになったが、ハッと気づいた。
「ていうかヴィンセントさんのそれってDV男の典型ですよね。暴力振るって後で優しくするのって」
ミナはまんまと呑まれていたのだ。ミナの指摘に、ヴィンセントは少し不機嫌な顔になる。それが非常に恐ろしくて怯んだ。怖い。怖いが、言ったからには最後まで話したい。
「ヴィンセントさんお願いです。お仕置きとかあんまり怖い事しないでください。もう少し手加減してください。私、ヴィンセントさんが怖いです。せめて怖いか優しいかどっちかにしてください」
なんとか要望を全部言ってやった。今からもっと怖い目に遭うかもしれないが、言わなければ何も変わらない。
ヴィンセントはと溜息を吐いて「それが嫌ならお前が努力すればいいだろう」と気怠そうにしている。
「確かにそうですね。でも昨夜のはあんまりじゃないですか? ヴィンセントさんが虐めるから私も怒っちゃったんですよ?」
ヴィンセントのいじめは酷い。たまにちょっと耐えきれない。ヴィンセントは少し考えて「あぁ……そうかもな」と小さく呟いた。
「ヴィンセントさん、私がヴィンセントさんの傍にいるのは、ヴィンセントさんが居ろと言ったからってだけじゃありません。ヴィンセントさんのことを信頼しているし、傍にいて力になりたいと思うから居るんです。できる事なら、一緒にいる時間を恐怖で支配されたくはないです。ヴィンセントさんはこの前私が家出した時に、傍に置く理由について嘘を吐いたけど、私には本当は理由なんてどうでもいいんです」
一瞬ヴィンセントが反応したことに気付いたが、構わず続けた。
「私は、ヴィンセントさんの役に立ちたい、傍にいたい。それだけなんです。嘘を吐かせてしまってごめんなさい。もう、嘘つかなくてもいいですから。そんなことしなくたって、私はどこにも逃げませんから、だから怖がらせるようなことしてほしくないです」
そう言ってヴィンセントの手をギュッと握った。
ヴィンセントは少し驚いたような顔をして、また少し考えて「そうか。わかった。私が悪かった」そう言ってミナの手を握り返してくれた。
「もう無闇にお前に手を上げたりはしない」
ヴィンセントが真っすぐ目を見て言ってくれたから「ありがとうございます。信じます」と言うと「あぁ。誓う」と言って手の甲にキスをしてくれた。
「うは」
急に声が聞こえて振り向くと、ボニーとクライドがリビングの入口ドアから覗き込んでいた。
慌ててヴィンセントが握っていた手をパッと離して「お、お帰りなさい」と言うと二人はニヤニヤしながらリビングへ入ってきた。
「俺らには誓約書とか突き付けといて、アンタらはイチャイチャですか」
心の中で舌打ちをするミナの横で、ヴィンセントはソファにふんぞり返り、フンと鼻を鳴らした。
「当然だ。何をしようと私の自由。ここの主は私なのだからな」
それもそうだ。
「ところで早かったですね? どこに出かけてたんですか? デートかと思ったのに」
「ん? メリッサ様の所に行ってたのよ」
いつのまにやら呼び名がメリッサ「様」になっている。上手いこと手懐けられたようだ。
「何の用事だったんですか?」
「あぁ、昨日メリッ」
「バカ! 言うなって!」
ボニーの言葉を遮って、クライドが慌てて話題を切り替える。なんだか気になるやり取りだ。
「昨日、メリッ……ってなんですか?」
「なんでもねぇよ。それより昨日の件の返事をさせてくれ」
気にはなったが、誓約書の件で返事があるというのなら、それを聞こうと頷いた。すると、おもむろにクライドが誓約書を取り出して掲げる。
「この誓約書に同意は出来ねぇ」
クライドは誓約書を破いてしまった。ヴィンセントが一生懸命考えて、ミナ私が頑張って読んだのに。
「あぁー! 何するんですかぁ……」
落ち込むミナの隣で、ヴィンセントが溜息を吐いた。
「同意しないという事は、お前らを追い出すことになるが、いいのか?」
「そうですよ。行く当てなんかあるんですか?行く当てがないからヴィンセントさんの所に来たんじゃないんですか?」
そう尋ねると二人はニッと笑った。
「あたし達メリッサ様のお世話になることにしたんだよね」
「メリッサ様が是非って言ってくれてな。そういうことだから、同意する必要はねぇってわけだ」
その事情に関しては納得できるのだが。
(あのメリッサさんが、この二人を……?)
俄かには信じがたい。ヴィンセントと怪訝に二人を見つめるとそれを察知したのか、クライドは真顔になる。
「マジだって! 今度メリッサ様の店にくりゃわかんだろ。まぁ、たまにはここにも遊びに来るからよ」
仕方がないのでヴィンセントとミナは納得した。すると安堵したのかクライドは笑って「折角だから、最後に晩飯食わしてくれ」とご飯をねだりだした。
最後の晩餐を済ませた二人はそのまま「じゃーねー」と言って出て行った。
なんだか静かになった。結局またヴィンセントと二人っきりだ。あの二人がいなかったらいなかったで、なんとなく寂しい様な気もする。
しかし、この考えは甘かった。
翌日目覚めてリビングに行くと、ボニー&クライドがソファでイチャついていた。
「何してるんですか……」
ミナに気付いた二人は「おはよー。遊びに来たよ!」と元気に笑顔を振りまいてくれるけれども、昨日の今日だというのに、むしろ何をしにきやがったと言いたい。
「一応俺たちのボスはヴィンセントだし?」
「ボスの傍にいなきゃね?」
そう言って二人はまたイチャイチャし出す。今まで離れて暮らしてたのに、急に何を言い出すのか。
「ヴィンセントさん」
困ってしまってヴィンセントを見ると「恐らくメリッサの差し金だな……」と、彼もまた困ったように大きく溜息を吐いた。
結局その二人は朝方まで居座って、その翌日も、次の日も、来る日も来る日も家に遊びに来たと言っては、ひたすらイチャついていた。
「ヴィンセントさん、完全に嵌められましたね……」
「クソ! メリッサの奴!」