また今度
ミナとアンジェロの二人は、今度は日本に来ていた。文書偽造とはいえ、公的にはちゃんと結婚したので、その後挨拶も兼ねている。
ミナは玄関の前で深呼吸を繰り返している。日本を離れて15年。日本には時効もないし、ほとぼりが冷めるまで、と思っていたら、こんなに時間が経ってしまった。
きっと、父のセイジも、母のあずまも、この15年で老け込んでしまっただろう。あずまも還暦のはずだし、セイジもきっと定年退職している。
あの事件がどうなったのかアンジェロが調べてくれた。結局迷宮入りしてしまって、再捜査されるかもわからない状況らしい。
その状況に加え、アンジェロの空間転移があるなら、来ることも逃げることも簡単にできる。そう考えて、そうやく日本に戻ってきた。
ふぅっと大きく息を吐いて、思い切ってインターホンを押す。どきどきしていると、ぱたぱたとスリッパの駆けてくる音がする。この足音はきっとあずまだ。
玄関のドアを開けたのはやっぱりあずまで、ミナを見て驚いた顔をしている。
「お母さん、ただいま」
ちょっと遠慮がちにそう挨拶をすると、あずまは泣きそうな顔で笑って言った。
「ミナ、おかえり」
リビングにはセイジがいて、ミナを見てビックリしたのか、持っていた夕刊をばさりと落としていた。それにあずまが笑いながらミナ達に着席を促して、新聞を拾ってテーブルに置いた。
「ミナ、久しぶりね。元気だった?」
「うん、今は元気。ちょっと先月まで死んでたけど、アンジェロが復活させてくれたの」
「……死んでた? 生き返ったという事か?」
「そんなかんじ」
やっぱり吸血鬼は不思議な生物だ、と両親は首をひねっている。
「それでね、今日は報告があって。この人はアンジェロ。人間なんだけどね、結婚しちゃった!」
驚いて固まるあずまと、今度はお茶を落とすセイジ。しばらく二人は固まっていたが、同時に息を吐いて体を緩めた。
そしておもむろに、セイジが笑い出した。
「お父さん?」
「あはは、いや、お前が日本を出る時に吐いた嘘が、まさか本物になって戻ってくるとは思わなくて、あはは」
そう言えばミナは日本を出る時、外国人の恋人との結婚を、セイジに反対されたから駆け落ちする、という設定で、日本を出たのだった。
ミナもそれを思い出して、セイジの言う通りだと思って可笑しくなった。笑いながらミナが尋ねた。
「お父さん、許してくれる?」
笑いながらセイジが答えた。
「お前があんなこと言うから、お父さん刑事さんに「ミナの幸せを願っている」とか言っちゃったんだぞ。もう許すしかないじゃないか」
「あはは! そうなんだ、ごめん、ありがと」
ミナは笑っているが、隣でアンジェロは胸をなでおろす。セイジパパがヴィンセントパパの様に怖い人でなくて、本当に良かった。
ミナが促して、アンジェロは背後にバサァと華を背負いつつ、爽やか営業スマイルで自己紹介を始めた。
「お父様、お母様、初めまして。私はアンジェロ……」
自己紹介の途中で突然ぴたりと止まったかと思うと、何故か満面笑顔になるアンジェロ。
「お父さんお母さん久しぶり! 元気そうでよかった!」
いきなり初対面の外国人男性にそんな風に言われて、やっぱり固まる両親。ミナは小さく溜息を吐いて、アンジェロの方を見た。
「もう、北都。アンジェロの自己紹介の途中じゃない。ちゃんと説明してないんだから、お父さんたちビックリしてるじゃん」
「いや、僕より先にアンジェロを紹介するっておかしいよ。僕弟じゃん。息子じゃん」
「んもう、わかったよ……」
アンジェロの意識を無理やり抑え込んで出てきたらしい北都。今頃アンジェロは中で激怒して、超能力で憂さ晴らししていることだろう。
今日は実家に帰るので、北都もミナと一緒に家族と話をしたいからと、アンジェロの方に移動していたのだった。
それを聞いてようやく両親は状況が理解できたようで、やっぱり吸血鬼の不思議な生態に首をひねっている。
「ミナは一度死んでしまったのよね? 北都も一緒だったの?」
「その時僕は偶然アンジェロの所にいたから無事だった。もしお姉ちゃんの所にいたら、僕は多分死んで戻って来れなかったと思う。あの時ばかりはアンジェロがヘタレで良かったと思ったよ」
ヘタレで良かったというのが両親には全く意味不明だが、北都も生きていたことに安心したので、それで良しとすることにしたようだ。
アンジェロの姿をした北都は、ソファの背に肘をついて、足を組んで、非常に欧米型リラックス状態だ。両親はものすごく違和感を感じるが、ここは異文化交流だと思う事にした。
「北都はどうしていたの?」
「基本はお姉ちゃんの中にいたよ。精神世界の中で色々修行してた。あとはお姉ちゃんの代わりに調査したりとかね。アンジェロの方に移ってからは……まぁ、アンジェロの人生相談とか、テレパシストと情報交換したりとか。そんなかんじ」
「アンジェロくんは、何か悩みがあったのか?」
「お姉ちゃんが死んだ後、めちゃくちゃ落ち込んでたからね。落ち込んでたと思ったら暴れたり八つ当たりしたり、手が付けられなかった。僕が何度抑え込んだかわかんないよ」
「そう……アンジェロくんも辛かったのねぇ」
「でも、それもアンジェロが孤児院経営始めてからはだいぶ落ち着いたけどね」
「孤児院経営をしているのか?」
両親が尋ねるので、北都は孤児院開設に至るまでの話を、かいつまんで説明した。
「今は私も一緒に先生やってるんだ。子どもたちって可愛いし、毎日がすごく楽しいよ。大変な事もあるけど……」
「半分は超能力者だからね。ケンカになったら確実に器物損壊だもんね」
「お蔭で一般人の子どもたちの危機管理能力、すごく高いよね。逃げ足がスゴイ」
「君子危うきに近寄らずを、入って1か月もしないうちに学んでるからね」
ミナと北都が話しているのを、両親も愉快そうに笑って聞いている。こんな風に家族のだんらんを出来ることが、夢みたいで信じられない気持ちだ。
こうやって家族4人でテーブルを囲むことは、もうできないかもしれない。そう思っていた頃もあった。だけど、事件は迷宮入りしているし、いつでも来ることが出来る。会いたくなったら、またアンジェロと北都と三人で、いつでも会いに行けばいい。
そう考えて、満たされた気持ちでミナ達は永倉家を後にした。
「俺は結局、自己紹介もまともにできてねんだけど」
「あっ……ごめん。また今度、ね?」
「ハイハイ」
いつでも会えるから、また今度。
ミナとアンジェロが日本にいる間、アメリカでは大変な事が起きていた!
超能力者の子どもたちによる、ドタバタアクションを短編集に掲載しました。
良かったらそちらもご覧下さい。
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