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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
1 邂逅編
13/140

1-13 アメリカ人にしても自由すぎる

 ヴィンセントと和解してしばらく経った。あれからヴィンセントは必要以上に優しい。そりゃ、相変わらず血を飲むことを強要されるし、怒られることだってあるが、なんだかヴィンセントが謝ることが増えた。

 きっとミナにいらぬ心配をさせてしまったと自分を責めているんだろう。かえってヴィンセントの優しさが辛い。


 そんなある日の修行の帰り道、「お前もだいぶ修行の成果が出てきたな」と言って頭を撫でてくれた。吸血鬼になってもう3か月以上が経った。修行も一生懸命頑張った。だいぶ力がコントロールできるようになったし、機転も利くようになってきた。最近は地理とか考えて戦術を講じれる位にはなってきた。

 ヴィンセントに褒めてもらえて嬉しい。もっともっと頑張ってヴィンセントに必要とされたい。ヴィンセントの役に立ちたい。認めて欲しい。ヴィンセントはこんな気持ちを知ってか知らずか「まぁ下級の中の下級だがな」なんて言われてしまった。こういうことに関しては厳しい。

 表の通りに出ると「ちょっと、いいかい」と見知らぬ男性と女性に声をかけられた。振り返るとスキンヘッドにヘーゼルの瞳、いかついボディの体中至る所にタトゥの入った、いかにもギャングっぽい男性、緩やかなウェーブのかかったミディアムロングの金髪で、青い目をしたパンクロックな女性の外国人。なんだろう。道案内だろうか、と思っていると、男性がヴィンセントに笑いかけた。

「よぉ伯爵。久しぶり。その女はアンタの手下? それとも恋人?」

 男性の発言で、ヴィンセントの顔に警戒の色が濃くなる。ヴィンセントの知り合いのようだが、伯爵という耳に馴染みのない呼称に首を傾げていると、ヴィンセントの様子を悟ったらしく、男性はヘラヘラ笑って続ける。

「一応俺も伯爵に吸血鬼化された吸血鬼だぜ? そんなに警戒しないでくれよ。大丈夫だよ、彼女は襲わねぇよ。俺にはボニーがいるし」

 自分が危ないのかと少し驚いてヴィンセントを見ると、なんだか諦めたように溜息を吐く。この反応は恐らく、大丈夫と言う事だろうと解釈した。


 とりあえず近くにあったバーに入って話をすることになった。3人でボックス席に腰かける。

「ねーねー、でさぁ、伯爵。この子は手下? 恋人?」

 席に着くや否や女性の外人さんはさっそく質問してくる。色々聞きたいのはこちらの方だ、と思っていると、ミナの表情で察したのか男性が「あぁ、嬢ちゃん悪いな」とミナに視線を向け、二人でにっこり笑って自己紹介してくれた。

「俺の名前はクライド・バロウ。こっちは俺の彼女でボニー・パーカー。アメリカでこの伯爵に吸血鬼にされてな。一応手下っつーか下っ端だ」

「あ、初めまして。私、永倉ミナと言います。少し前にヴィンセントさんの眷愛隷属になりました」

 ミナも自己紹介すると、二人はへぇと言う顔をして再び微笑んでくれた。

「ハァイ。ミナね。よろしく。なぁに? 伯爵、また可愛い子を眷属にしたもんだねー」

「伯爵はロリコンかよ? ミナはいくつだ? 中学生?」

 西洋人から見れば、東洋人は幼く見えると言うが。

「……19歳です」

 二人は散々大笑いした後、結果的には吸血鬼には年齢なんて問題じゃないと言い出して、開き直ってしまった。笑いが落ち着いた頃に、クライドがヴィンセントを覗き込んだ。

「それよりも俺今日は伯爵にお願いがあってさぁ」

 溜息を吐いたヴィンセントが、話を続けようとしたクライドを遮った。

「クライド、伯爵と呼ぶのはやめろ。最近ではヴィンセントと名乗っている。お前らも今後はヴィンセントと呼べ」

 そう言われたクライドは、はいよ、とまたヘラヘラする。なんとなく、この二人は危なそうな雰囲気をしていると思っていると、「で、頼みとはなんだ」とヴィンセントは店員から受け取ったおしぼりをいじりだした。

 クライドとボニーは、ばつが悪そうな顔をしながら顔を見合わせると、再びヴィンセントに向き直って口を開いた。

「いや、悪いんだけどさ。一年ほど泊めてくんない?」

 それを聞いた瞬間、ヴィンセントがビリッとおしぼりを引き裂いた。

「一年ってお前ら……と言うか、お前らは何故手ぶらなのだ? 荷物はどうした? また何かやったのか?」

 そう問い詰められるとその二人はエヘッと笑う。それを見たヴィンセントは大きな溜息を吐いて「仕方ない。ついてこい」と言ってお店を出た。

 ヴィンセントの様子で、クライドとボニーは手を取り合って喜んでいる。

「な! 言っただろ!? 伯爵は面倒見のいいやつなんだって!」

「本当だね! このまま一生お世話になろっか!」

 二人はキャッキャ言っているけども、この二人が一生ついてくると思うと、なんだか大変そうだ。


 家に着くと「ワォ! いいセンスしてんじゃん! ヒャッホー!」とカップルははしゃぎだした。

「おい、お前らの部屋はここだ」

 そう言ってヴィンセントは二人を寝室に案内した。酷いと思う。ミナの部屋はクローゼットなのに。

「お! デケェベッドだな! 俺らの為に設えたとしか思えねぇな!」

 またしても大はしゃぎ。なんだかムカつく。

「なぁ伯爵、じゃねぇや、ヴィンセント。アンタの部屋はどこだ?」

 隣を指さして「私とミナの部屋はこっちだ」と言うと「お二人さんはもうそう言う仲かよ! さすがに伯爵は手が早いね! この色男!」とまたヘラヘラする。

(そう言う仲ってどういう仲だよ。あんたらと一緒にするなっつーの。私はただの眷愛隷属だっての!)

 彼らはひとしきりはしゃいだ後「お腹が空いた」と言うのを聞いて、ヴィンセントがミナに目くばせしたので、キッチンに向かった。「お待たせしました」とテーブルの上に血を置くと、なんだか二人はびっくりしている。

「ミナ、アンタほんとに下僕なのね」

「俺もこんな従順な下僕欲しいぜ」

 これは、褒められているんだろうか。それとも貶されているんだろうか。

 4人で食卓を囲んでいると、クライドがストローを加えたままフガフガ尋ねてきた。

「あれ?ミナは飲まないのか?」

 お腹空いてないので、と答えようとしたら、「こいつには私の血を与えているから、それで十分だ」と、ヴィンセントがガシッと首に腕を回してきた。二人は少し驚いたようにして「吸血鬼の血って美味しいの?」と聞いてきた。

「あの、お二人は恋人同士ですよね? お互いを吸血したことないんですか?」

 逆に聞き返してみると、二人は顔を見合わせて、無いよと返事が返ってくる。ヴィンセントには特に珍しい事ではないと聞いたはずだったので、疑問に感じた。

「ヴィンセントさん?」

「基本的に、吸血鬼は同類の血を吸ってはいけないという掟がある。吸血鬼が血を吸っていいのは、人間と眷愛隷属と限られている」

 なるほどそう言う事か、と納得していると、クライドがニヤニヤしながらヴィンセントを覗き込んだ。

「ヴィンセントに限っては、その辺は例外もあるんじゃねぇの?」

 クライドの言葉にヴィンセントはニヤッと笑って、「お前たちもそうなりたければ努力するんだな」と二人に向かって言ったが、クライドは鼻で笑うようにして「ヴィンセントほどの吸血鬼になる努力するくらいなら、俺ぁ死んだ方がましだよ」とボニーといちゃつき始めた。


 ミナが飲み終わった輸血パックの片づけを済ませてリビングに戻ろうとすると、ヴィンセントがやってきた。

「どしたんですか?」

「やはりアイツらは追いだそう」

「はぁ?」

 唐突な話に驚いて、ヴィンセントの横からリビングを見ると、ボニーとクライドが相変わらずイチャイチャしていた。熱烈なキスを交わして、クライドの右手はボニーの服の中へ。

(っておぉぉぉぉい! 人んちで何してんだこのバカップル!)

 ミナが顔を真っ赤にしてあたふたしていると、ヴィンセントは「お前ら、もう少し弁えろ」と溜息を吐きながら制止するけど、二人はフルシカト。結局、ヴィンセントがシカトされたことにキレてしまって、二人を寝室に投げ飛ばした。

 なんだか、やっと落ち着いた。あの二人はミナには刺激が強すぎる。ヴィンセントもミナの隣に腰かけて一つ大きな溜息を吐く。

「ミナ、あの二人と一緒に暮らすのが嫌なら、素直にそう言え」

「うーん……別に嫌じゃないですけど。悪い人達でもなさそうだし」

「あの二人は連続殺人犯だ」

 予想外の経歴に跳ね上がった。

「えぇぇぇ!? マジで!?」

「私がアメリカに寄った際に、気まぐれに吸血したんだが、死刑にされたせいで吸血鬼化したようで、まぁあのザマだ」

 そんなに恐ろしい人たちだとは思いもしなかった。

(元死刑囚……ただのパカップルじゃなかったのね……)

「まぁ、あの二人はそうなって当然の環境だったらしいしな。詮無きことだ」

 驚きはしたが、その言葉に落ち着いた。彼らにも色々あった。悪いことをしている人が、生まれつき悪いわけではない。


 何となく会話が途切れる。しんとしたマンションだったが、このマンションが高級マンションで、各部屋完全防音だったことを思い出した。その事に心から感謝していると、ふと思い出した。

「そう言えばヴィンセントさん、伯爵ってなんですか? ヴィンセントさんって本当は貴族なんですか?」

 クライドが伯爵と呼んでいたのを思い出した。

「いや、本当は伯爵ではないが、というより私の国には爵位は存在しないのだが、便宜上伯爵と名乗っていたことがあった」

 伯爵と名乗れるくらいなら、生前からそれなりに財力や権力のある人だったのだろう。

「じゃぁヴィンセントさんって本当は何してる人だったんですか?」

 生前の地位くらいは聞いても問題ないはずだ。ヴィンセントは質問に簡潔に答えた。

「国王だ」

「国王ォォォ!?」

 普段から偉そうだと思ってはいたが、本当にそんなに偉い人だったとは思いもしなかった。

「私が国王だと何か問題があるのか?」

「いえ、滅相もございません! ヴィンセントさんの配下に置かれる事、感謝の極みでございます」

 必要以上に恐縮してみせると、ヴィンセントはクスクスと笑っていた。

「ヴィンセントさんの治めていた国は、どんなところだったんですか?」

「二つの山脈に囲まれた緑豊かな美しい所だ。決して豊かな国ではなかったが、私は国も領民も愛していた」

 ヴィンセントは遠くを見るような眼をしてそう答えた。

「その国って今もあるんですか?」

 重ねて質問してみる。500年以上前のヨーロッパ。強国でない限り亡国になっていることもある。

「いや、今はもう亡い」

 ヴィンセントはその瞳に悲しさを滲ませた。本当に国を愛していたのだとわかる。愛国心、忠誠心、ヨーロッパなら信仰心も強かったのかもしれない。その全てを討ち果たされた。

「ヴィンセントさんには国も領民も今はもうないかもしれないけど、私がいますからね」

 それしか言葉にできなかった。それを聞いたヴィンセントは優しく微笑んで、そうだなと頭を撫でてくれた。

 ミナには何もできない。傍にいる事しかできないけど、ずっとこの人の傍にいよう。少なくとも、寂しさくらいは紛らわせるかもしれない。そう思った。


 そんなフワフワした雰囲気で話をしていたら、ボニーとクライドが寝室から全裸で出てきて「お風呂借りるねー」と二人で入っていった。人前に出るときは、せめて何か羽織ってほしい。

「ヴィンセントさん、あの、私あの二人と一緒に暮らすの決して嫌じゃないんですけど……」

「わかっているが……思った以上に困った奴らで……どうしたものか」

 ヴィンセントも困り果てていた。本当にどうしたものか。

 と考えていて思いついた。

「あ! じゃぁいっそのこと、男女別で部屋を分けるってのはどうですか!?」

 これは名案だ。運が良ければミナもクローゼットから出られる。ミナの10年に一度の名案を提言するも、しかしなぁと、ヴィンセントは判断を渋っている。

「ダメですか?」

「そうだな。あいつらには棺桶がない」

 そういえば手ぶらだった。二人はは死刑囚だ。死刑囚は遺体が遺族に引き渡されることもない。そもそも墓が存在しない。そうなると、せめてベッドで寝かせてあげなければ可哀想だ。

 うーんと二人で頭を悩ませる。が、悩むのも面倒になったようで、ヴィンセントは諦めた。

「とりあえず今日は気が済んだだろうから、明日考える」

「棺の件についてはメリッサさんにも聞いてみましょうよ」

「そうだな」

 とりあえずこの日は無理やり一件落着した。


登場人物紹介


【クライド・バロウ】

100年程前のアメリカで名の知れた強盗団「バロウギャング」のリーダーだったが、気まぐれに吸血されて死後吸血鬼化した。ちなみに死因は死刑。

直感で生きるタイプだが、その直感が中々侮れない。

スキンヘッドにいかついボディで黒人の混血という、パッと見は恐ろしくて近寄りがたい風貌だが、中身はヘラヘラしてチャラチャラしたお茶目さん。


【ボニー・パーカー】

クライドに一目惚れして着いていき、バロウギャングにおいてクライドの右腕にまでなってしまった恋人。ちなみに不倫。クライドと一緒に死刑になった。

自由人の代名詞で果てしなく楽天家。

彼同様死後吸血鬼化した。二人とも眷属ではない。

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