12-6 素直じゃないあなた
「アイザックの、遺灰です」
オーストラリアからインドに戻った。ミナが「荷物も取らなきゃね」と言っていたので、ヴィンセント達の棺や自分達の荷物も持って戻った。
そしてクリスティアーノが、白い陶器の壺に入った、アイザックの遺灰を渡した。
ヴィンセントは何も言わずにそれを受け取って、メリッサは悲痛な表情を浮かべている。それを見ながら、クリスティアーノ達も悲痛な表情になって、更に別の壺を差し出した。
「こちらは……ミナの……遺灰です」
メリッサが白い壺を見て、顔を覆って泣き出した。ジョヴァンニもぼろぼろ涙をこぼして、アンジェロは憔悴しきった顔で、ただその様子を見つめている。
ヴィンセントはぎりっと歯を食いしばると、クリスティアーノの方に見向きもせずに、ふいっと手の甲を向けた。
「兄様を殺した仇の遺灰など不要だ。それを持って、さっさと失せろ」
ヴィンセントの態度を見て、憔悴していたアンジェロは思わずその膝に縋りついた。
「強い吸血鬼は、復活できると聞いたことがあります。伯爵、お願いします。ミナを復活させてください。お願いします」
ヴィンセントはアンジェロを冷たく見下ろすと、触るなと言わんばかりにその手を払いのけた。
「私にそうしてやる義理はない」
「伯爵!」
「お前で何とかすればいい」
「では、方法を教えてください!」
懇願するアンジェロにヴィンセントは深く溜息を吐いて、面倒くさそうにした。
「灰を棺の土の上に撒いて、満月の夜にコップ一杯の血をかける。一度たりとも欠かさずだ。復活にかかる期間は不明だ。数日かもしれないし、数十年かかるかもしれない。それでもやるか?」
ヴィンセントの問いかけに、アンジェロは真っ直ぐヴィンセントを見返して、敬虔な調子で答えた。
「いくら時間がかかっても、必ず」
「好きにしろ」
アンジェロはクリスティアーノからミナの遺灰を受け取って、ヴィンセントに深く頭を下げた。
「私は伯爵から、アイザックとミナを奪いました。私を恨んでください。お世話になりました」
そう言ってアンジェロ達は、その場から姿を消した。
アンジェロが消えた後も憮然として座っているヴィンセントに、メリッサが涙に濡れた瞳を向けた。
「ミナちゃんは、復活できるの?」
「アイツら次第だ」
ヴィンセントの返事に、溜息交じりに「そう……」と返し、もう一度ヴィンセントを見つめた。
「アンジェロが、憎い?」
その問いに、ヴィンセントは苦笑した。
「アンジェロには、申し訳ないことをしてしまったからな。ミナは餞別にくれてやる」
ヴィンセントの返答に、メリッサも苦笑した。
「あんな態度を取ったりして、本当に素直じゃないわね」
「どの道私には、ミナの面倒を見ている時間はない」
「もう、そんな時期なのね……」
ヴィンセントに残された時間は、あとわずかだった。アイザックやミナを失った悲しみを抱える時間も、あとわずか。
アイザックを見殺しにしたのは、責任を感じたのと、ミナの為でもある。そのミナが死んだとなれば、ヴィンセントを襲う喪失感は大きいものだった。
「兄様が死に、アンジェロ達が去り、ミナが死に、私も消える。私は、失ってばかりだ……」
メリッサが涙を浮かべながら、ヴィンセントに寄り添った。
「私がいるわ」
慰めるようなメリッサの表情を見て、ヴィンセントは儚く笑って、メリッサの髪に口付けをした。