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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
12 シンプソン砂漠 決戦編
123/140

12-5 一人で逝くのは嫌だ


 呆れつつもミナがアイザックに視線を戻すと、アイザックは毒と創傷に悶えながらも、その眼にはぎらぎらと殺意が宿っているのが分かる。そしてアイザックが地に膝をつきながらも、地面に手を着いた。

 すると、地鳴りが響いて地面がグラグラと揺れる。激しい揺れに立っていられず、その場にしゃがみ込んだ。大地震によって砂漠の地面が割れ、地割れに飲み込まれそうになったレオナルドを、クリスティアーノが空を駆けて助けた。


 だが、ここは広い砂漠。いくら大地震でも、ミナ達が命を落とすような事はないだろう。そう思っていた。

 どどど、と腹の底に響く様な音がする。遠くの方から砂埃が立ち込めて、砂嵐がこちらにやってくるのが見える。その砂嵐は規模を増して、数十メートルの高さまで空を赤い砂で染めた。

 砂嵐だと思っていた、だがそれは間違いだった。数十メートルの高さで、数千トンの大質量を持って襲い掛かる、それは砂の津波だった。


「ヒィィィ! アンジェロどうしたらいいの!?」

「いや、これはもう……」


 こういう時に使う言葉である。三十六計逃げるにしかず。


 そう考えて、みんながアンジェロの傍に集まった時だった。津波に驚いていて気付かなかったが、アイザックが這ってきてミナの足を掴んだ。


「逃がさない」


 ミナが捕まった。このままでは逃げられない。でも逃げなければ津波に押しつぶされて死んでしまう。

 やむなし、と考えてアンジェロがジョヴァンニに頷くと、ジョヴァンニも頷いた。


 ミナはアイザックの手を振りほどけない、津波は目前にまで迫っている。ジョヴァンニは津波の方を見て、柏手を打つようにパァン! と手を合わせた。


「封印!」


 その瞬間、ジョヴァンニを中心にして、ふわりと波紋の様に風がそよいだ。その風によって何かが起きることはない。だが、全てが打ち消される。

 襲い掛かる砂の津波はその場にサラサラと崩れていき、地震は静かに収まった。

 ミナの足を掴む力も弱くなったが、代わりにミナも力が出ない。代わりにアンジェロが引きはがしてくれて、アンジェロは不敵に笑ってアイザックに銃を向けた。


「もうお仕舞だ。お前では絶対に俺に勝てない。ジョヴァンニの封印の元ではな」


 ジョヴァンニの絶対防御の一つ、封印。封印が発動している間は、超能力や特殊な能力が全て封印されてしまう。超能力者は超能力が使えなくなり、吸血鬼は吸血鬼の能力を使えなくなる。ただの人間と同じになる。

 だが、SMART達は元々人体実験によって作られた強化人間であるため、超能力を失ったとしても、K-1王者や金メダリストが束になってかかっても、勝てない位には強い。何より彼らは、この状況を想定して、常に肉体と技術を鍛え上げてきた。

 力を失った吸血鬼など、最早彼らの敵ではない。封印の影響下では彼らは無敵になる。だからジョヴァンニは、「ある意味最強」なのだ。


 だがジョヴァンニは手を合わせて辛そうにしている。アイザックとミナの力が強すぎて、抑えていられないのだ。


「うぅ、アンジェロ早く! 封印解けそう!」

「マジか」


 カッコつけて即コレでは締まりが悪いが、アンジェロはすぐに立ち上がろうとしていたアイザックの心臓を撃った。

 血が心臓から流れ出る。修復もしない、石化もしない。封印が解ける前に死んでくれれば、復活もしない。

 膝をついたアイザックは流れ出る血を見て、悲壮な表情を浮かべてミナを見た。そして再びミナの手を掴んで引き寄せると、ミナは引き摺られて地面にしゃがみ込んだ。そのミナを見て、アイザックは涙をこぼして言った。


「ミナ、嫌だ、嫌だ」


 ミナは思わず同情的な気分になってしまったが、ジョヴァンニが膝をついた。封印が解けて、ただでさえ瀕死だったアイザックは石化が始まった。龍や津波など力の限り出していたので、限界が来ていたのだ。


 おもむろにアイザックが、自分の手首に噛みついた。石化する前に手首を落としたアイザックは、涙に濡れた顔でミナを見た。


「一人で逝くのは、嫌だ」


 そしてミナの口に、血の滴る手首をねじ込んだ。アイザックが心中をするつもりだとわかったアンジェロ達が、慌ててミナからアイザックを引きはがすと、その勢いでアイザックはガラガラと崩れ去った。


「うぐっ、あ……は」


 だが、ミナはアイザックの血を飲んでしまった。禁忌を犯した吸血鬼は、拒絶反応を起こして死ぬ。

 ミナの四肢が末端からガラガラと崩れ去っていく、苦しみに全身が侵される。


「や……体が……アンジェ……」

「ミナ!」


 アンジェロがミナの体を引き寄せた時には、ミナの体はパキパキと凝結し、言葉を失った直後には、ボロボロと崩れ去った。  


 アンジェロはただ崩れる様を呆然と見ていた。柔らかいミナの髪も身体も、その手にはない。ただ、石化して砂になって崩れ去った灰が、アンジェロの膝を汚している。


「ウソだろ……ミナっ……ミナァァ!!」


 ミナを助けたかった。守りたかった。幸せにしてあげたかった。なのに油断したせいで、ミナを失ってしまった。ミナを失った事を、信じたくなかった。

 アンジェロはミナの名前を呼びながら、必死にミナの灰をかき集めている。ヴィンセントならきっと何とかできる、そう思いたかった。


 アンジェロが涙を流しながら灰を集めるのを、クリスティアーノ達は沈痛な面持ちで、ただ見守ることしかできなかった。


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