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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
1 邂逅編
12/140

1-12 可哀想な私とあなた

――――――――――メリッサ、お願い、どこにもいかないで。

「ローラ、私の可愛いローラ。どこにもいかないわ。あなたは私のものよ」







「おい、メリッサ!」


 呼んだのはヴィンセントだった。ハッとして顔を上げて見ると、薄暗く古い調度品の並んだ店内にヴィンセントとミナが来ていた。

「あ、あぁ、ごめんなさい。いらっしゃい。今日はどうしたの?」

 なんだか白昼夢を見ていたようだった。いや、今は夜だから普通に夢かもしれない。

「別に用はない。お前が暇だろうと思って来てやっただけだ」

 ヴィンセントのこういう態度を見るたびに嘆息する。この男は一体どんな躾を受けたのか。ヴィンセントの背後で「なんでそんな言い方……」とミナはメリッサを心配している。

 ミナは本当に可愛い。どこがというと、例えば、小さくて痩せているのに巨乳なところとか、顔も可愛らしくて好きだ。でも、それよりもなによりも、ヴィンセントに対する忠誠心。それが健気でいじらしく可愛い。年の頃もローラと同じで。

「もう! ヴィンセントさん違うでしょ!? 今日はメリッサさんに渡したい物があって来たんです!」

 ミナはヴィンセントの後ろから飛び出て前に出てくると、綺麗にラッピングされた箱を取り出した。それをメリッサに手渡しながら「メリッサさんには初めて会った時からとってもお世話になっているから、そのお礼です」と言ってにっこりと微笑んだ。

「まぁ、ありがとう。開けてもいいかしら?」

 箱を受け取ると、「はい!気に入っていただけるかはわからないんですけど……」と恐縮したような顔をする。

「ミナちゃんから貰った物なら木の枝だって嬉しいわよ」

 そんな冗談を言いながら包みを開けると、中から出てきたのはブラックオニキスのあしらわれた、蝶の形をした髪飾り。

「私、初めて会った時に髪飾りを貰ったでしょう? メリッサさんのその綺麗な金髪に、この黒い髪飾りが映えるかなって思ったんです」

 お金はヴィンセントさんが出してくれましたけど。と、はにかむようにミナは笑う。

(こういうところもローラに似ているわ――)


 しばらく3人で談笑していると、ミナとヴィンセントの間に妙な違和感を感じた。なんだかギクシャクしているような、遠慮し合っているような。また、何かあったのかと考えて、ミナに振り向いた。

「ミナちゃん、ごめんなさい。ちょっとお腹が空いてしまったわ。どこかで血を調達してきてくれないかしら?」

「えっとぉ、輸血用血液でよければ家から持ってきますけど、いいですか?」

「ええ、いいわ。ごめんなさいね」

「いいですよぉ! じゃぁちょっと待っててくださいね」

 元気よくそう言って、ミナはすぐに店を飛び出していった。折よくミナを離すことが出来たので、ヴィンセントに振り向いた。

「さて、ヴィンセント。何があったのかしら?」

 単刀直入に尋ねると、ヴィンセントは少し驚いたような顔をしたが、すぐに諦めたような顔をして溜息をついた。ヴィンセントとは付き合いが長いのだ、多少の隠し事はすぐにわかる。

「ミナが……私がミナを傍に置く理由に疑念を抱き始めた」

 ヴィンセントがミナを傍に置く理由。はっきり聞いたわけではないが、きっとヴィンセントに一度だけ聞いた「誰かの昔話」とは無縁じゃない。

「そう……ミナちゃんはああ見えて勘が鋭いものね。それで、本当のことは話したの?」

 できないとわかって敢えて尋ねてみた。ヴィンセントは苦しそうな面持ちで「まだ……無理だ」と、一旦言葉を詰まらせて、言葉を続けた。

「本当のことを話しても、いたずらにミナを傷つけるだけだとわかっていて、話せるはずがないだろう」

 勿論わかっている。メリッサだって同類だから。

 メリッサがヴィンセントと仲がいいのは、単に気が合うというだけではない。二人は同種。亡霊に取りつかれた幽霊。幻を夢見る鬼。メリッサは138年前から、ヴィンセントは114年前から、いえ549年前から、その弱さゆえに悪夢に取りつかれた哀れな化け物。

「人のことは言えないけれど、悪いのはあなただわ」

 ヴィンセントは黙ったまま、どこかをみつめて何も言わない。

「ヴィンセントだってわかっていて、私がミナちゃんに近づく事を許すのでしょう? 私がミナちゃんにローラの影を重ねていると知っているから。それはあなたも、同じだから。私を責められないから。ミナちゃんにとって、私たちは二人とも悪魔なのよ」

 それでもヴィンセントは反応しない。大概の男はそうだが、ヴィンセントも同じだ。自分に都合の悪い話は、「臭い物にフタ」をする。仕方がないので話題を変えた。

「それにしても逆に運命感じちゃうわね。まさかミナちゃんを眷愛隷属にするなんて。案外神様って気まぐれね」

「本当だな」

 ヴィンセントは自嘲したように笑う。

「私もあなたも可哀想な化け物ね。本当、笑っちゃうくらいに。でも、あの子は化け物なんかじゃない。綺麗な子よ。とても純粋で高潔で。私達よりも強い。ミナちゃんなら話してもあなたに対する忠誠心が揺らいだりはしないと思うわ」

 勿論保障なんかないけれど。ミナなら大丈夫だと思う。でも、その言葉を聞いたヴィンセントは、より苦しげな顔になった。

「あぁ……。いや、違うな。話せないのは、ミナが傷つくからではない。私が、ミナに知られたくないのだ」

 それもわかっている。それにヴィンセントがヴィンセントなりにミナを大事にしていることも、「ミナ」とミナをある程度は線を引いてみていることも、わかっている。

「あなたが大事なのはミナ? ミナちゃん? それとも自分自身?」

「わからない……が、自分、なのだろうな」

 いつかヴィンセント、が自分よりもミナを大事に思える日が来ればいいのに、と思う。そうすればメリッサもヴィンセントも悪夢から救われる。たとえミナがヴィンセントを思うことがなくても、それでも救われる。そうなれば今すぐ死んでもいい。


 きっと神はそれを許さないけれど――。




 吸血鬼は神への背徳の報いとして、様々な制約を課され、無限の時間と妄執のみを与えられた。人間は100年以上生きていけるような精神構造は持ち合わせてはいない。

 ヴィンセントたちは長く生き過ぎて、心まで化け物になってしまった。精神の崩壊を紛らわすための闘争・殺戮・拷問。自分を殺すように人を殺す。そうしなければ生きていけない、死地にしか生きられない、泣き叫ぶ稚児のような鬼。

 メリッサとヴィンセントの弱さは周りをも巻き込んで、その「呪い」を増長することしかできないのかもしれない。でも、彼女なら、その「呪い」を解く鍵を握っているのかもしれないと、メリッサたちは勝手に期待を押し付けている。

「もしかしてミナちゃんは、眷愛隷属を作った理由にも疑問を持っているんじゃない?」

 なんのヒントもなく、自分が大事にされていることを疑問に思えるようなら、この事にも気づいたはず。

「そのようだな。だが、そのことは、いつかは話さなければならないことだ」

「そうね。それは黙っているわけにはいかないわ。でも、私はこの事の方が、ミナちゃんの心を痛めると思うわ」

 そう言葉を発した直後「お待たせしましたー!」とミナが帰ってきた。

「メリッサさんの摂取量が分からなくて、たくさん持ってきちゃいました!」

 そう言いながらカウンターにドサドサと10個ほどパックを乗せる。それがあまりにもおかしくて思わず笑みがこぼれてしまう。

「もう! ミナちゃんったら、私がこんなに飲むわけないじゃない! でも、せっかく持ってきてくれたんだし、3人で頂きましょうか」

 そう言うと、私も? とミナは戸惑いはじめる。

 相変わらず血を飲むのに慣れていないようだ。ミナのこういうところが、まるで人間のようで羨ましい。女は1か月もすれば新しい環境に馴染むというけれど、ミナにはこの環境に馴染む事なく、戦い続けて欲しいと思うのは、ミラーカの身勝手な願望なのかもしれない。

「えーあー……私、お腹空いてないし……」

 ミナはそう言うと、チラリとヴィンセントの様子を覗き見る。ヴィンセントはその視線に気づいて「ダメだ。飲め」と鋭い目つきで強要する。ヴィンセントのことだから、普段から無理やり飲ませているのは、想像に難くない。ミナが倒れたり人を襲ったりしないように、早く立派な化け物になるように。きっとミナもそれをわかっていて、飲むのだろう。その心の底でどれほど葛藤しているのか、メリッサにはもうわからないけれど。

 ヴィンセントに脅されてなお「でも、私、いいです」と拒絶する。そんなミナをヴィンセントはキッと睨みつけて、強い口調で言った。

「お前、わかっているのか? もう5日も飲んでいないのだぞ。捨て置けばそのうちどうなるか、お前もわかっているだろう?」

 指摘されると、ミナも悲しそうな顔をする。それでも戸惑いは消えないようだ。

「わからないのなら、わかるようにしてやろう」

 ヴィンセントはそう言うとミナの肩を掴んで強引に引き寄せた。驚くミナに「血が欲しくてたまらないという事がどういう状況か、わからせてやる」と言うと、ミナの首筋に噛みついた。

 最初は吸血される恍惚に浸っていたミナも、段々と苦悶の表情を浮かべる。ヴィンセントはいつもよりも膨大な量を吸血しているのだろう。ミナは体内の血液の枯渇に喘ぎ始める。

「あ……あ、ヴィンセントさんやめて……苦し、お願……」

 なおもヴィンセントはその訴えを無視して血を吸い続ける。ミナが立つこともままならない程に吸血すると、ヴィンセントはその細く白い首筋から牙を外した。

「ミナ、気分はどうだ?」

 まるで悪魔のような男だと思う。ミナは血を吸われ過ぎて、体内の血液が枯渇した為に、血液に対する渇望で瞳の色が紅く変わってしまっている。

 そんなミナを見てヴィンセントは満足気に「さぁ、私の血を飲め」そう言ってその腕の中にミナを招き入れる。ミナは抗う事無くヴィンセントの首筋に唇を這わせ、噛みついた。

 ミナは知っているのだろうか。ミナに吸血されているときにヴィンセントがどんな表情をしているのか。ミナと同じだと、知っているのだろうか。

 ミナは背伸びして、自分より背の高いヴィンセントの首に腕を回し引き寄せて、ヴィンセントはミナに合わせて体を傾ける。この二人が吸血鬼じゃなかったらお似合いなのに、残念だ。


 しばらくして「ぷぁ」とミナが吸血を終えると、ヴィンセントはミナの口元の血を指先で拭い、ニヤニヤしながら「美味かっただろう?」と問う。この男が悪魔じゃなかったら、誰が悪魔かわからない。

「ヴィンセントさん、酷いです……」

 ミナは今にも泣きだしてしまいそう。その様子を見たヴィンセントは、ミナの頭を撫でながら優しく微笑んだ。

「そう拗ねるな。私は、お前に吸血されると、嬉しい」

 その言葉を聞いたミナは悲しげな表情を脱ぎ捨てる。

 この男は悪魔。笑う鬼。そうしてミナの心を操って、利用して、自己を保つ哀れな化け物。自分がいないと生きていけないと錯覚させて依存させる。自分は歩み寄ることなんか出来ないくせに。そんなことだから、悪夢から逃れられない。

 ヴィンセントはミナが高潔で美しく強い事が、愛しくて憎くてたまらないのだろうと、メリッサは考えている。きっといつもこんな風にミナを手懐けている。だから、掌の上でミナが壊れるまで踊り狂わせる。

(そんなことでは、いつかミナちゃんまで失ってしまうわ。本当に哀れな男……)

 ミナから貰った髪飾りを、指先で撫でる。研磨されたオニキスは、濡れたような深い輝きを放っている。

 黒が似合うなら、闇が似合うなら、その色は白や灯りすらも染め上げてしまうのではないか――。その事が、酷く憐れに思えた。

 願わくばミナがそのことに気付かないうちに、真実を知ることなく、本当の意味でヴィンセントから必要とされる日が来ることを、心から願ってやまない。



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