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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
12 シンプソン砂漠 決戦編
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12-1 初めての武者震い


 いくつもの砂丘が連なり、荒涼とした土地が果てしなく広がるシンプソン砂漠。ミナ達はシンプソン砂漠へとやってきていた。


 この事はヴィンセント達には伝えていない。お兄さんを殺します、だなんて、一々宣言する必要はないと思った。

 恐らくヴィンセントの腹心中の腹心であるメリッサは、記憶を消されていない。彼女はヴィンセントにとって相談役でもあったし、アイザックとも付き合いが古かったからだ。メリッサならこの結末をヴィンセントと共に見届けたいと思うはずだ。どの道ヴィンセントには眷愛隷属電波で筒抜けだが、わざわざヴィンセントやメリッサを傷つけたくはない。

 ボニーとクライドはアイザックの記憶自体をなくしているから、ミナとアンジェロが一緒に出掛けようとしているのを見て、勝手にデートだと思い込んでくれた。



 そうして、ミナとSMART達は、アンジェロの空間転移を使って、シンプソン砂漠へ戻ってきていた。

 砂漠は相変わらず荒涼としていて、赤土コンクリートのビルの不自然さが浮き立っている。その赤土の壁には、片腕に杭を打たれたアイザックが、力なく膝をついていた。最初は両腕を磔にしていたのだが、片方は力づくで抜いたようだ。だがそこで疲れ切ったのか、彼はぜいぜいと息をして、項垂れていた。


 アイザックの様子はとても悲惨で、何も知らない人が見たら、心から同情しただろう。だがミナ達にとっては、その姿を見ても、一切の同情の余地はない。


 ミナはアイザックの元へ歩き出す。砂漠の砂が風に流されてちりちりと音を立てる。ミナが砂を踏みしめる度に、柔らかな砂の感触が足裏に伝わって、ざりざりとした音が耳をくすぐる。

 砂漠の乾いた風に長い黒髪をなびかせて、静かに歩み寄ってくるミナに、アイザックが気付いた。そして顔を上げて、彼がミナに向けたのは、哀惜の表情だった。


「……その顔は何よ」


 アイザックの精神崩壊が進んで、会話はままならないかもしれないという事は、あらかじめ北都から聞いていた。余談だがテレパシーで聞いた。北都はまだアンジェロの所である。アイザックの表情に苛立ちを覚えて、問いかけた。

 アイザックはカラカラに乾いてひび割れた唇を、小刻みに動かした。


「一人は嫌だ、一人は嫌だ、一人にしないで、僕の傍にいて、怖い、怖いんだ、一人は怖い、戻ってきて、ミナがいなきゃダメだ、一人にしないで」


 そう言ってアイザックは縋るようにミナを見つめている。以前ラジェーシュに聞いたことがあった。アイザックは何よりも、孤独を恐れているのだと。

 ミナへの愛情があれほどの狂気に変わってしまったのは、ミナを奪われて孤独になることを恐れるあまり、そうなってしまったのかもしれない。


「一人が恐いなら、何故家族を捨てたの」

「人間は嫌だ、会いたい、ラジェーシュ、僕の息子、クリシュナ、僕を置いて逝く、人間は嫌だ、ミナがいい、ミナ」


 覚える死に顔の数が増えるのは、きっと辛いことだ。どんなに大切でも、人間はみんな先に死んでしまう。アイザックには耐えがたい事だったのだ。だが、彼の欲求は、ラジェーシュ達の家族としての愛情を無視したものだ。致し方ないとは思うが、身勝手だとも思った。


「私はもう、あなたとはいられない」


 ミナがそう言って、その隣にアンジェロが立ったとき、アイザックはミナから視線を外して、アンジェロを睨みつけた。そして、ひどく顔を歪めて、アンジェロに唾を吐きながらまくしたてた。


「殺す、お前は殺す、お前さえいなければ、殺してやる、フフ、死ね、殺してやる、お前なんか、死ね、殺してやる!」


 殺意が活力にでもなってしまったのか、アイザックは磔にされていた腕を強引に引き、骨と肉を裂きながら拘束から逃れた。


 そしてすぐさま顔の前で両手の拳をぐっと握りしめた。その瞬間、地面がグラグラと揺れて、アイザックの方から隆起した地面が襲い掛かった。ミナ達は飛び上がってそれを回避したが、今度は巨大な竜巻に襲われ、竜巻に巻き上げられた石に撃ち付けられ、斬りつけられ、粉塵に視界を奪われ、風に自由を奪われる。

 アンジェロが目を守るように瞑りながら、竜巻と逆方向に手を振ると、逆回転の竜巻が生まれ、アイザックの竜巻が相殺された。


 こちらにはアンジェロとミナがいるし、しかもジョヴァンニもいる。負ける要素などないはずだ。だが、アイザックはヴィンセントと共に戦乱の世を生きぬいた、吸血鬼の中でも列強に名を連ねる吸血鬼。

 砂漠の過酷な環境下で衰弱して尚、これほどの力を有しているという事に、ミナは背筋が寒くなった。

 これは根源的な恐怖、死の恐怖と言ってよかった。自分よりも強い敵に対峙するのは、これが初めて。


 恐怖を感じたと同時に、ミナの手が震えた。しかし、湧き上がったのは恐怖だけではなかった。 

 

「武者震いなんて、はじめて」


 死の恐怖、死地に生きる、戦闘の興奮。吸血鬼の闘争本能が呼び起されるのを感じる。


 ミナの呟きを聞いて、アンジェロは不敵に笑った。


「俺が殺すから、お前は手出しすんなよ。たまには女らしく、ガタガタ震えてろ」


 アンジェロの言葉に、ミナも不敵に笑った。


「私が殺す。アンジェロはいつも通りヘタレてれば?」


 二人は顔を見合わせて、片眉を上げながらもう一度笑った。


「じゃぁ早い者勝ちね」

「競争だ」


 ミナは電撃を纏い、アンジェロはパイロキネシスを発動する。二人の視線の先では、アイザックが咆哮を上げながら、数十メートルもあろうかという、巨大な砂の龍を生み出していた。

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