11-12 出て行かないと精神崩壊しちゃうよ
アンジェロ達は次の空間に来ていたが、流石にうんざりしていた。また時を止めればスピーディーに行くとは思うが、エネルギーは有限だ。北都もアンジェロも、いつまでも精神空間で消耗している場合ではなかった。
北都が本当にうんざりした様子で、その空間の中空に両手を差し出した。何をするのかと見ていると、北都の両手が光り輝いた。輝きはじめたと同時に、その空間は石壁が剥落する様にガラガラと音を立てて崩れていく。それを見ていると、改めて思う。
「北都お前すっげーなマジで!」
「でもコレ疲れるから、あんまりやりたくないんだよね」
北都は疲れたのか、小さく溜息を吐く。それでも、その空間はガラガラと崩れ去って、その向こう側は、ガラス張りの部屋になっていた。そのガラスの外は、外の世界の風景と繋がっていて、その横にはドアがあった。
「やっと終点みたいだね」
「こっからが本番って事だな」
意識の深層から、やっと表層までたどり着いた。後はアンジェロが体を取り戻して、アイザックを追い出せばいい。
「僕はまだやることがあるから、ここに残る。アンジェロはあそこのドアから行って」
「わかった。北都、助かった。ありがとう」
「お礼を言うのはまだ早いよ。ホラ早く行った行った」
「おう」
アンジェロがドアを開けると、そこには外の風景が広がっていた。レオナルドが倒れ伏して、クリスティアーノが肩で息をして、かろうじて立っている。
二人を助けなければ! アンジェロがそう強く思った時、アイザックの体がぐらりと傾いた。
「……アンジェロ、ここまでよく来れたね?」
アンジェロが見ているのは、自分だった。クリスティアーノに切り裂かれたせいで、服がボロボロになっているが、体は無傷の自分。自分はまだ精神体のまま、アイザックは未だにアンジェロに憑りついている。
しかし、これは客観視できるだけで、自分はまだ体の中にいるはずだ。そう考えて、自分の体を、アイザックを強く睨みつけた。
「いい加減、返してもらうぜ」
「それは出来ない相談だよ」
クリスティアーノ達には、アイザックが独り言を言っているようにしか見えない。彼らが訝る様子を見て、アンジェロが精神体で何もできないと思ったのか、アイザックは容赦なく右手に炎を纏わせ、それをクリスティアーノに撃とうとした。
「やめろ!」
アンジェロが叫んで、咄嗟に右手を上空に挙げた。すると、アイザックも同じように右手を上空に挙げて、炎弾は上空に打ち上げられた。
アイザックは驚いて動揺していたようだが、アンジェロは確信した。今まで散々精神空間を壊してやったし、ここまでやってきた。ようやく支配率が戻ってきた。そう考えて、ようやく不敵に笑った。
「そろそろ潮時だぜ。いい加減自分の体に帰れ」
「ちょっと支配率が変わったくらいで、調子に……ぐっ!」
突然アイザックが頭を抱えて悶えだした。その時北都は、ガラスの部屋でニヤニヤと笑っていた。
北都の両手からはまばゆい光が零れて、その輝きと共に空間が崩れていく。
「ほーら、早く出て行かないと、精神崩壊しちゃうよー」
せせら笑うようにそう言う北都の声がアイザックにも聞こえた。
きっと中から北都が助けてくれているのだ。それをアンジェロは確信して、シャーマンの能力、憑依を始めた。それは舞を舞っているようだった。上体をゆらゆらと舞わせて、トランス状態に入る。同時に、精神崩壊が加速して、アイザックの支配率が低下していく。アンジェロが舞いながら、ふわりと体と重なった。アンジェロの体はゆらりと傾いたが、すぐに足を着いて体勢を立て直す。
そして、アンジェロの傍で蹲り、何やらブツブツ言っているアイザックを見て、ニヤリと笑った。
「やっと取り戻した。この借りは100倍にして返すぞ」
アイザックの口調が変わった。笑い方が変わった。それでクリスティアーノはアンジェロが体を取り戻したことに気が付いて、レオナルドも呻きながら起き上った。
「アンジェロ!」
「クリス、レオ、マジで悪かった。そのツケはアイザックに支払ってもらう。アイザックの体はあるのか?」
「伯爵はオーストラリアに置いてきたって言ってたぞ」
「わかった」
アイザックは何やらぶつぶつと呟きながら、アンジェロを睨んでいる。それにアンジェロもにらみ返して、アイザックに歩み寄った。
「さっさとテメーの体に戻りやがれ」
そう言ってアンジェロが指を振ると、アイザックはスーッとオーストラリアの方角に引っ張られていった。
アンジェロが体を取り戻したこと、死なずに時間稼ぎ出来た事にクリスティアーノは安心して、その場に膝から崩れ落ちた。それでアンジェロが慌てて駆け寄ろうとした時、ヴィンセント達が目の前に現れた。
ヴィンセントが死んだと聞かされていたので、アンジェロは驚いて固まってしまったが、倒れるレオナルドとクリスティアーノを見て、ヴィンセントはふわりと両手を広げた。すると周囲の気温が急激に低下し、冷却された窒素と空気中の水分から、大粒のあられが大量に生み出される。
「少し大人しくしてもらう必要がありそうだ」
そう言ってヴィンセントが両手を振ると、夥しい数のあられがアンジェロを撃ち殺そうと襲い掛かる。
「あー! 伯爵待って! 俺です俺です!」
アンジェロは慌てて時間を止めて、あられの散弾を抜け出すと時間を戻した。一応アンジェロの声は聞こえていたようだったので、ヴィンセントも「そうか」と納得してくれた。
「体を取り戻して即、殺されそうになるとは思いませんでした」
「それは悪かったな。兄様はどうした?」
「体に戻しました。大分精神崩壊が進んで、最早彼の人格ではありませんが」
ヴィンセントは逡巡する様にアンジェロを見て、アンジェロは真っ直ぐヴィンセントを見返していった。
「恨むなら私を恨んでください。伯爵にはアイザックを恨ませないし、殺させもしません。全て俺の手柄にさせてもらいます」
そう言うとアンジェロはさっさとシャンティの屋敷に行ってしまった。ヴィンセントはそれを見送って、一言「……すまない」と呟いた。