11-8 静かにして欲しい話し相手
地下室。
なんだかわからないが、アイザックがいなくなった。これ幸いとイルファーンに話しかけた。
「ねぇ」
「おう。なんだ、あの男はいねぇのか」
「うん、どっか行った。今回は割と静かな方だったでしょ」
「はっはっは! その調子で頼むわ」
こんなことを笑い飛ばされても困るが、ミナは一つ息を吐いて、話を続けた。
「イルファーンさん、私達の事恨んでないの?」
「恨んでるに決まってるだろ。ここから出られたら殺してやるからな」
「じゃぁなんで励ましてくれるの?」
イルファーンはムカつく悪人であるが、ミナは確かに励まされた。恨んでいるはずなのに、なぜミナを応援してくれるのかが分からなかった。
壁の向こうからは唸るような声が聞こえる。
「なんでってお前、お前がうるさいからなぁ……お陰でこっちは睡眠不足だしよ」
「えぇ、そんな理由? 静かにして欲しかっただけ?」
「そんな理由ってお前、睡眠は人間の3大欲求だぞ」
「そりゃそーだけど……」
まさか睡眠の為だとは思わなかった。実はいい人なのかもと期待したのがバカみたいだ。
「それによぉ、前はお前がメシ係だったろ」
以前ミナ達がこの屋敷に住んでいた時は、ずっとイルファーンの存在を隠していたので、ミナが食事を運んでいたのだ。
「そうだったね。それが?」
「あん時お前、俺の話し相手になってくれただろ」
「うん」
「だからだよ」
「え?」
「こういう環境ではよ、話し相手がいるかいないかで、全然違うもんだ」
確かにミナはご飯を運んでいた時、イルファーンと色々話していた。最初はイルファーンにも無視されたり、冷たい態度を取られたが、徐々に色々話してくれるようになったのだ。
それを思い出していたら、唐突に記憶がよみがえった。イルファーンと話していた時、人身売買を何故始めたのかを聞いたことがあった。その時イルファーンが話してくれた。
イルファーンが40歳代の頃、彼には娘がいた。彼の娘とは思えないほど、美しい娘だった。既にギャングのリーダーだった彼は、別の組織から恨まれていた。そして娘が誘拐され、強姦殺人の上宅配便で遺体が届けられた。
その後イルファーンはその組織の人間を皆殺しにし、その家族の娘や妹を誘拐して売り飛ばした。これが思いがけず金になったので、味を占めたらしい。
その宅配便には、娘の遺体とともに、強姦され殺害されるまでの様子を収めたDVDが同梱されていた。
「可哀想で見ていられなかった。娘の悲鳴が、今でも耳について離れない」
イルファーンはそう語っていた。
だからミナの悲鳴を聞きたくないのだ。娘を思い出して辛くなるから。そして、孤独な独房でただ一人、自分が生きている時間を感じさせてくれる話し相手が、この状況に負けないように。
「イルファーンさん」
「あぁ?」
「なるべく静かにするように頑張る」
「助かる」
「だから私の話し相手になって」
「俺はそろそろ眠くなってきたんだけどよ」
「もうちょっと付き合ってよ」
「はいはい」
仕方なしと言った返事だったが、イルファーンの声は笑っていた。それにミナも少し心が軽くなって、イルファーンのいる壁の方に体を向けた。
「ねぇ、私達の話聞いてた」
「大体な。師匠は死んだんだってな」
「……そうみたい」
「俺にしてみりゃ、ザマーミロって感じだけどよ」
「……」
「怒ってんのか」
「怒ってるに決まってんじゃん」
「まぁ許せ。これで心置きなく恋人を殺せるようになったな」
「うん。絶対殺す」
「お前も言ってたけどよ、あの男は本当にイカレてやがるな」
「でしょ? だからささやかな仕返ししてやったの」
「はっはっは! お前が友達の名前呼ぶたびに怒ってたな。あれは良かった」
「あとね、刺客を送ってやったの」
「刺客だぁ?」
「そう。私の中に住んでた、精神攻撃のプロを送り込んでやった。ただでさえイカレてるけど、もっとブッ壊れてアンジェロから追い出されることになる」
「えげつねぇ。はっはっは! そうなったら傑作だ。お前なかなかやるじゃねぇか」
「極悪人の弟子だもん。これでも少しは見習ってるの」
「そうかいそうかい」
刺客を送った。精神攻撃のプロフェッショナルを。だから後は北都を信じて、解放された時に足手まといにならないように、少しでも心の傷を癒そう。そう考えて、ミナはイルファーンと語り合った。