11-5 お姉ちゃんを救えるのは、僕達しかいない
アンジェロは穏やかな微睡の中にいた。暖かいお湯に浸かっているような、穏やかで暖かな眠り。
(気持ちいい……ずっと眠っていたい……)
ゆるやかな眠りに委ねていた。実験体だった子どもの頃からの凄惨な記憶も、ここ最近の苛烈な葛藤も、何もかもが薄れて溶けてゆく。そんな気がして、微睡に身を任せていたいと思っていた。だが。
「アンジェロ! 起きろー!!」
急に誰かの怒鳴り声がして、しかもわんわん叫びながらアンジェロを揺さぶり起す。
「んだよ、うるせーな。あと5分……」
「寝るなって! 起きろ! さっさと起きてミナを助けて!」
その言葉を聞いて、ぱちりと目が覚めた。そうだ、自分は何故眠っているのだろう。よくよく考えて状況を思い出して、それでようやくしっかりと覚醒して、慌てて体を起こした。
目を覚ましたアンジェロの傍には、見た事のない少年がいた。茶色の髪に茶色の目をした、東洋人の15歳くらいの少年だった。
「お前、誰だ?」
「北都。一回話したことあるの、覚えてる?」
「あぁ……ミナの弟か」
「うん」
北都はアンジェロの傍に腰を下ろした。
「アンジェロ、状況は理解できてる?」
「いや、全然わかんねぇ。なんだここは? 俺はどうなってる? なんで北都がここにいるんだ?」
畳み掛けられる質問に、北都は小さく溜息を吐くと、アンジェロに状況の説明を始めた。
「アンジェロの体はお義兄さん……アイザックに乗っ取られてる。だからアンジェロは眠らされていた。で、アイザックはお姉ちゃんを拉致してシャンティの屋敷の地下室に監禁してるの」
「なるほど……じゃぁここは俺の中って事か。なんでお前がここにいる?」
「お姉ちゃんを助けるためには、アンジェロの覚醒が不可欠だからだよ」
「でもお前はミナの中にいたよな? お前憑依もできるのか?」
「できないけど……」
言い難そうにしながら、北都が続けた。
「あんまり言いたくないけど、体液の交換に乗じてアンジェロの所に来たの」
「体液の交換……うそだろ」
一瞬意味が解らなかったようだが、アンジェロはすぐに察して眉を寄せた。
「僕だってウソならいいと思うよ。正直寝てるアンジェロが羨ましかった。だけど、お姉ちゃんが頑張って耐えてるのに、僕らが寝てるわけにはいかない」
「マジかよ……アイザックの野郎、人の体使って何してやがんだよ。マジ最悪」
「そう。状況は最悪だよ。悪い知らせはまだある」
「まだあんのかよ……」
頭を抱え始めたアンジェロに、北都は沈痛な面持ちで告げた。
「ヴィンセント達が殺された」
思わずアンジェロは顔を上げた。
「伯爵が? ありえない」
「僕もそう思うけど、アイザックはヴィンセント達の乗った飛行機を撃墜したと言った」
吸血鬼が海を渡れないことはアンジェロも知っていた。アンジェロは再び頭を抱えたが、弾かれたように顔を上げた。
「待て、クリス達もか!?」
「多分、一緒にいたと思う」
アンジェロはぎりっと奥歯を噛んだ。アンジェロの体を奪って、ミナの体を奪って、ヴィンセントや仲間の命を奪った。そんな非道を許す理など、アンジェロの中には存在しない。
北都が立ち上がって、アンジェロに手を差し出した。
「お姉ちゃんを救えるのは、僕達しかいないんだ。僕も手伝うから、アンジェロは体を取り戻すんだ。そしてお姉ちゃんを助けて、アイザックを倒して!」
アンジェロはその琥珀色の瞳に激しい闘志を燃やし、強く頷いて、北都の手を取って立ち上がった。