11-4 生存者たち
インドネシア沖航空機墜落事故。この事故はインドネシア沖上空広域に発生した積乱雲の爆発による、エンジン及び操縦系統の破壊が原因で墜落した。この事故により乗員乗客238名中236名が死亡した、と後に報道されている。
ジョヴァンニがヴィンセント達を見回して、少し不安そうに尋ねた。
「あの、クライドさんは……?」
その質問をした瞬間、ボニーがぼろぼろと涙をこぼして、声を上げて泣きはじめた。
「クライドは、女の子を助けようとして……その子もろとも、機体の外に放り出されてしまったのよ……」
ボニーを抱きしめて肩を撫でながら、メリッサが教えてくれた。そのメリッサも沈痛な面持ちだった。
吸血鬼は海や流れる川を生身で渡ることはできない。上空から放り出されたクライドは、恐らく海に落ちた。海に落ちた吸血鬼は、ぶくぶくと沸騰する様に溶けて消えてしまう。
ジョヴァンニは過去に作戦で吸血鬼を海に落としたことがあった。だからその事を思い出して、だけど何も言えなくて、ボニーの手を握った。ボニーはその手を握り返して、呻きながらも呟くように言った。
「その、女の子……東洋人、だった。ちっちゃい……ミナみたいな、女の子だった」
涙をこぼしながら、ボニーが続けた。
「クライドは、ミナを、助けたかったんだ。だから、あたしが、ちゃんとミナを……絶対ミナを、助ける」
「ボニー……」
メリッサもぽろりと涙をこぼして、ボニーの頭を抱き寄せた。ボニーはメリッサに縋りついて、わんわん泣きはじめた。
その様子を見守っていた時、ふいに背後でガサリと草の音がした。
「いたいた! やっと見つけた! 探したんだぜ!」
6歳くらいの黒髪の少女を連れた、クライドがそこに立っていた。
ボニーを含め全員がキョトンとしていたが、ボニーが涙を拭って立ち上がり、クライドの前まで駆け寄る。それを見てボニーを抱きしめようと両手を広げたクライドだったが、クライドはボニーに思いっきりブン殴られた。
「いって! なにすんだよ!」
「なにじゃないよバカ! あたしの涙返してよ!」
「いやそんな事言われても……」
「アンタがふっとばされて、アンタ死んだって思って、あたし……」
勢いが弱くなって、ボニーが泣きだしたのを見て、クライドは笑ってボニーを抱きしめた。
「心配してくれたんだな」
「そーだよ、ばかぁ」
「ゴメンな、ボニー。でも殴られたのは痛かった」
「ゴメン」
そんなこんなで落ち着いたので、クライドの連れている少女の前にボニーがしゃがんだ。
少女は東洋人の様な顔立ちをしているが、黒髪で肌の色はテラコッタ色をしており、どうやら混血のようだ。長いふさふさのまつ毛に縁どられた、くりくりとした黒く大きな瞳は、不安で揺らいでいた。
「ハァイ、あたしボニー」
「こんにちは、エマ・不動だよ」
「日系人?」
「うん。2世」
「エマのパパとママは?」
その質問にエマは俯いてふるふると首を横に振った。航空機のあの惨状を見れば、子どもでも酷いことが起きていることくらいわかるのだろう。
エマが悲しそうに俯いているのを見て、レミがエマの前に行って、ぎゅっと両手を握った。
「僕はレミ。エマ、大丈夫だよ。助けは今日中にやってくる。それまでは僕が傍にいるよ。だから泣かないで」
そう言って天使の微笑を浮かべるレミに、エマは視線を縫い付けられたかのように見惚れてしまっていた。
「恋ね」
「初恋だ」
「微笑ましい」
こんな状況でも微笑ましい。いや、こんな状況だからこそ、子どものこういうふれあいが癒しになるのかもしれない。
少しだけ笑う余裕も出てきて、気を取り直したヴィンセント達は、墜落現場に行ってみることにした。
レミの話では助けは今日中に来る。管制塔がレーダーから見失った地点を中心に捜索していくはずなので、運が良ければ数時間で救助される。
しかし、吸血鬼はそれでは困る。あれほどの事故に見舞われて無傷など、誰がどう考えてもあり得ない。そして、エマと一緒に救助されてしまったら、生き残りとして脚光を浴びるに決まっている。
日陰者は日陰者らしく、こっそり脱出しなければならない。そもそもヴィンセント達は既に死者だし、ジョヴァンニ達も脱走兵の様なものなので、事故の死者としてカウントしてもらっても、全く問題ない。
勿論エマはさっさと救助してもらうつもりだが、ヴィンセント達は人目につかないように脱出する必要があるので、その為に役立つ物がないか、航空機の所まで探しに行くのだ。
滑走した形跡は少なく、飛行機は機体後方から墜落したようで、後方はバラバラになっていた。翼付近の胴体から機体前方は爆発の影響で燃えており、今なお煙が上がっている。だが、機首の損傷が少ないことに気が付いた。
「一応生き残りがいないか、確認する。レミとジョヴァンニは機首を見に行け。ボニーとクライドはエマと一緒にここにいろ。メリッサ行くぞ」
ヴィンセントの指示で、レミとジョヴァンニは機首へ向かった。バラバラになった機体の中で、原型を留めているのは機首だけだ。誰か一人くらい生き残っていないだろうかと、損壊した機首の後方から足を踏み入れた。
機首の中は煙が充満していた。機首後方の搭乗客は、熱傷による外傷が激しく、一応レミと手分けして脈を取っていくが、いずれも既に息絶えている。
機首に向かうにつれて熱傷は減っているが、頭から血を流していたり、衝撃による外傷、火災による一酸化炭素中毒で死んでいる人間が多かった。
結局客室には生存者は居らず、キャビンアテンダントも全員心臓は止まっていた。
続いてコックピットへ向かった。入り口の鍵を銃で撃ち壊してドアを開ける。副操縦士が頭からガラスに突っ込んで、ガラスで首を切って絶命していた。
ダメだった、と静かにレミが首を横に振って、ジョヴァンニがやりきれない気持ちで溜息を吐いた時、うめき声が聞こえた。
「うっ……ぐ」
「レミ! この人生きてる!」
「僕が診る!」
すぐさまレミが操縦士の脈と呼吸を確認し、体や頭部に外傷が少ないことに気が付いた。コックピットは施錠してドアも密閉されていたので、煙も入ってきていない。
「大丈夫!? しっかりして!」
衝撃で気絶していただけだろうと判断し、レミが揺すりながら声を掛けると、操縦士はうっすらと目を開けた。そしてぼうっとレミを見ながら、呟くように言った。
「ここは……天国か?」
「そりゃ僕は天使みたいな美少年だけど、残念ながらここは無人島だよ」
レミの言葉を聞いて、操縦士は小さく苦笑して、ベルトを外してゆっくりと体を起こした。
「無理しないで。痛いところはない?」
「打撲程度のものだ。君たちは搭乗客かい?」
「うん。残念だけど、生存者はあなたと僕達だけみたいだ」
「そうか……」
操縦士はレミ達を見て、隣の副操縦士の遺体を見て、沈痛な表情でうつむいた後、顔を覆って泣きはじめた。
「なぜ、こんなことに……すまない……私のせいだ……私のせいだ」
自分を責めて慟哭する操縦士に、レミはギュッと抱き着いて、ジョヴァンニは優しく背中を撫でた。
「あなたのせいじゃない。仕方がなかったんだ。この機は攻撃されたんだ。その事はあなたに責任はないよ」
レミの言葉に操縦士は弾かれたように顔を上げた。
「君も見たのか」
「うん。君もってことは、あなたも見たんだね」
「信じられない物を……見た」
動揺した様子の操縦士を宥めて、ボニーとクライド、エマの所まで連れて行った。既にヴィンセント達の方は確認は済んでいて、やはり生存者はいないとの事だった。
操縦士はやはり項垂れて頭を抱えていたが、エマが傍に寄って行った。
「おじちゃん、どこか痛いの」
「……どこも痛くないよ」
「でも泣いてる。エマが傍にいてあげるから、泣かないで」
「ありがとう、お嬢ちゃん」
エマのお陰で操縦士は落ち着きを取り戻したようだった。そして、ヴィンセント達に改めて向き直った。
「私はイーライ・クロード。この機の機長を務めていた。今回、このような事故になってしまい、本当に申し訳なく思っている。信じてもらえないかもしれないが、聞いてほしい。機は攻撃された」
イーライの言葉にヴィンセントは考え込むようにして、レミが捕捉した。
「見たのはイーライだけじゃありません。僕も見ました」
一応捕捉で入ったが、レミは肩をすくめた。
「と言っても、予知夢ですけど」
ヴィンセントは思わずメリッサと顔を見合わせた。




