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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
11 インド/無人島編
106/140

11-2 悪人と魔法使いの弟子


 航空機墜落事故より10時間前のインド。


 ミナが連れてこられたのはシャンティの屋敷の地下室だった。ここは元々人身売買組織のボスの家で、地下には攫ってきた人間を閉じ込める為の部屋があった。

 その部屋には窓はなく、電球が一つぶら下がって、便器とベッドがあるだけ。まるで囚人の独房の様な部屋だ。綺麗なもの好きの元ボスの趣味の為か、部屋は清潔感のある白で全体を塗装されて、その白さが余計に異質さを際立たせていた。


「あぁ、シャンティはちゃんと頼んだものを用意してくれてたんだね。後でお礼言わなきゃ」


 そう言うとベッドの上に置いてあった手錠を取って、ミナをベッドに放り投げた。そして手錠をかけてベッドに拘束した。

 ミナはベッドごと壊してやろうと暴れまわるが、なぜか力が入らずベッドも手錠も壊れてくれない。そのミナの上にアイザックがのしかかってきて、ミナの体を押さえつけた。


「離してください! これ外して!」

「外せないでしょ? これね、教会で祝福してもらった銀の手錠なんだ。だから君には外せない」


 信じられないと絶句してアイザックを睨んだが、聞き捨てならない言葉を思い出した。


「待って、シャンティに用意してもらったってどういうことですか? シャンティがこんな事に協力したとでも?」

「もちろん、快くね」

「そんなわけないでしょ! シャンティは私を悲しませたりしない!」

「そうかもね。でも、家族の命がかかっているなら、僕に協力するしかないよね」

「なんですって……」


 アイザックはシャンティを脅迫したのだ。協力しなければレヴィやスニル、家族を皆殺しにすると。いかにシャンティがミナ達への義理が篤くても、家族の命を盾に取られては、とり得る手段はアイザックに協力するしかなかっただろう。


「ひどい……なんで……」


 怒りと悔しさとで、泣きたくもないのに涙が出た。瞳を潤ませて睨みつけてくるミナに、アンジェロの顔をしたアイザックは、とろけるような微笑を浮かべた。


「君を愛しているからだよ。これから、もっと愛してあげるよ」


 北都が殺された時も辛かった。ヴィンセントに殺人を強要された時も辛かった。

 だけどその時とはまた違う絶望が、ミナの胸の中に広がっていった。 




 航空機墜落事故1時間前。


 アイザックが部屋から出て行った。それを視線だけで追って、ミナはベッドに横たわっていた。喉がからからに乾いて、修復しない手首の傷がひりひりと痛んだ。動く気にもなれなくて、ただぐったりと死体の様に横たわっていた。


「ミナ?」


 ふと、声が聞こえた。男性の、しわがれた老人の声だった。その声を聴いて思い出した。この地下室には先客がいたことを。


「イルファーン、さん?」

「あぁ」


 この家の元の持ち主である、マフィアのボス、イルファーン・スレシュを、殺さない代わりに地下室に監禁していたことを思い出した。


「まだ、生きてたの」

「お蔭さんでな」


 正面の部屋から聞こえてくる、囁く様なイルファーンの声に、一つ溜息を吐いた。


「なんで話しかけるの」

「淋しくてね」

「ホントは私を笑いたいんでしょ」

「そうかもしれん」


 ミナたちはイルファーンの全財産と自由を奪った。そのミナが自由と体を奪われている。イルファーンにしてみれば滑稽に違いないだろう。


「しかし、お前の悲鳴は聞くに耐えねぇな。聞いてるこっちがどうにかなりそうだ」

「私だって好きで叫んでるわけじゃない」

「じゃぁ耐えろ。うるさいんだよお前」

「勝手な事言わないで」


 全く悪人はこれだから困る。ミナは酷い目に遭っているというのに、うるさいときた。しかし、いつものように怒る元気もない。正直、怒りよりも虚無感の方が大きかった。


「あの男は何なんだ?」

「私の恋人の魂が、友達に憑りついてるの」

「なんじゃそりゃ。お前誰にやられてるんだ」

「わかんない」

「なんでこんなことになってる?」

「……」

「黙ってるって事はお前が悪いのか」

「……多少は」

「じゃぁ自業自得だな」


 本当に悪人は嫌になる。もう話すのも嫌になって、ミナは黙り込んだ。だが、それに気付いてか気付かずか、イルファーンは続けた。


「俺はよう、後悔してるんだ」

「……」

「聞いてるか?」

「……」

「まぁいい。この部屋に入ってもう何年経ったかわからねぇが、やることもなくて暇だから色々考えていた。俺は金が欲しかった。たくさんな。で、人間ってのは高く売れるもんだから、人間を売った。いい商売だった」

「サイテー」

「おう、聞いてたか。そうそう、サイテーだと気付いた。お前らに潰されてな」

「自分がやられる番になって、ようやく気付いたって事?」

「そういうことだな」

「じゃぁ反省してるんだ?」

「反省はしてねぇ」

「はぁ?」


 ミナはイライラして思わず顔を上げた。衣擦れの音が耳元でして、少し離れた正面からは乾いた笑い声が聞こえた。


「今更反省なんかするか。確かに人身売買も殺人も犯罪だ。犯罪なのは悲しむ奴がいるからだ。じゃぁ、悲しませなきゃいい」

「どうやって?」

「バレなきゃいい。もしくは家族全員誘拐して売り飛ばしゃいい」

「バッカじゃないの」

 

 ミナは呆れて上げていた顔をシーツにばふっと下した。正面からはやはり笑う声が聞こえる。不快だ。


「お前言ってただろ」

「……」

「また無視か。ったく。言ってただろ、自分は最強の吸血鬼の弟子だって」

「……」

「お前の師匠は、俺みてぇな悪人から、財産根こそぎ奪い取る様な極悪人だぞ。そんな極悪人の弟子のくせに、いつまでカワイ子ぶってんだ。ちゃんと師匠を見習えよ」

「……どういう意味?」

「要は考えようだ。お前が何時間もやられまくってんのは自業自得か?」

「……そうかも」

「じゃぁ今の状況を受け入れるか?」

「受け入れたくない」

「なら、受け入れずに済む理由を作れ」

「理由?」

「お前アッタマ悪いな」

「うるさい」

「悪いのはお前だけか?」

「違う」

「恋人か?」

「うん」

「友達は?」

「絶対に悪くない」

「じゃぁその恋人を敵に仕立て上げろ。重箱の隅つつきまくって、腹立つところ引っ張り出せ」

「……いっぱいある」

「なら簡単だ。これで恋人は敵になって、お前が受け入れる理由もなくなったな」

「うん」

「じゃぁ次は目標を立てろ」

「目標……」

「おう」


 言われて考えてみた。状況的には当然の事だが、ミナは状況を嘆くか、なぜこんなことになったのかという事ばかり考えてきた。

 だが、イルファーンの言う通りに考えてみる。すると、自然と目に力が戻った。


「友達を助ける。その為に、私はあの人を倒す」


 壁を隔てた正面から、笑い声が聞こえた。


「ついでに自分は悪くねぇって、無理やりにでも正当化しろ。何もかも全部恋人のせいにしちまえ。そうすりゃ立派に極悪人への第一歩だ」

「よく考えたら、私別に悪くなかった」

「その意気だ。魔法使いの弟子って曲、知ってるか?」 

「弟子が魔法失敗して、めちゃくちゃになっちゃうって曲?」

「それだ。お前も弟子だろ。せいぜい引っ掻き回してやれ」


 シーツをぎゅっと握って、呟くように言った。


「イルファーンさん、ありがと」

「あ? なんか言ったか?」

「何も言ってない」


 ふぅっと息を吐いて、ぐっと手を握った。相変わらず手錠は外れそうにないし、恐らくヴィンセント達が来てくれるまでは状況は変わらない。

 だが、この状況を利用できる。


 足音が聞こえて、地下室のドアが開いた。イルファーンも静まり返って、ミナも緊張の面持ちでアイザックを見つめた。

 アイザックは笑って言った。


「今ね、ヴィンセント達が乗っていた飛行機、撃墜してきたよ」


 ただでさえ胸に渦巻いていた絶望が、更に大きな憎悪に支配されるのを、ミナは静かに感じた。

 そして、目標を変更した。


「私は必ずアンジェロを助ける。そして、あなたを殺します」



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