11-1 インドネシア沖航空機墜落事故
飛行機に乗ったヴィンセント達は、はるか上空にいた。
うつらうつらとし始めた頭をプルプルと振って、なんとかレミは目をこじ開ける。今は寝ている場合じゃない。ミナとアンジェロの事が心配だったし、先に向かったクリスティアーノ達から連絡が来るかもしれなかった。
レミはもう一度ほっぺたをぱちんと叩いた。ミナとアンジェロが消えて、既に10時間は経過している。
今頃アイザックの憑依したアンジェロはどうしているだろう。ミナはどうなっているのだろう。クリスティアーノ達はどこにいるのだろう。もうそろそろ到着しただろうか。
知りたい、知りたい。知らないことがある、未知の出来事は、レミにとって恐怖だった。
(何が起きているのか、知りたい……)
そう思いながら、レミは浅い眠りについた。
「レミ、レミ!」
「っはぁ! はぁ、はぁ」
「大丈夫? うなされてたよ?」
目の前に心配顔をしたジョヴァンニの顔があって、体中汗でびっしょりと濡れていた。
「怖い夢でも見たの?」
「うん……飛行機が、落ちる夢」
「縁起でもないなぁ」
ジョヴァンニがそう言ってレミの額の汗を拭った時、飛行機が激しく揺れて傾いた。乗客たちが悲鳴を上げて、キャビンアテンダントが必死に宥めている。ドリンクの乗ったカートが通路を暴走し、天井から酸素マスクが下りてきた。
「げっ……冗談でしょ!」
「レミが見た夢って、まさか!」
「予知夢なの!?」
イーライ・クロード。彼は飛行機の操縦士で、勤続30年の大ベテラン機長。実績もあり人々から信頼される、優秀な機長だ。
思い返せば訓練学校時代から色々な事があった。ライバルたちとしのぎを削り合い、友と励まし合い、時にはケンカをし、時には美しい女性教官との恋に落ちた事もあった。
だが、操縦士として半生を捧げてきた彼は今、信じられない物を目にしていた。飛行機の前に人がいる。人が浮かんでいる。金髪に琥珀色の瞳をした、背の高い男が、両手から雷を放出しながら浮かんでいる。
その男がにやりと笑うのが見えた。男がこちらに手をかざすと、周りの雷雲を巻き込み、激しい雷鳴とともに、強烈な閃光が視界を覆った。その瞬間、機体が揺れて傾きはじめた。
「機長! 第1エンジン、第2エンジン停止しました! 操縦不能です!」
長年パートナーを務めてくれている副操縦士のデレクが叫んでいる。操縦桿が動かない。急速に高度が落ちていく。エンジンの再起動を試みるが、第1エンジンと第2エンジンは反応してくれない。残ったエンジンを全力で噴射して落下の速度を緩めるものの、このままでは燃料が尽きる。
必死に操縦を試みるイーライの視界の隅で、落ちていく航空機を見下ろした男が、笑って飛び去っていくのが見えた。
シートにしがみつきながら、ジョヴァンニがレミを庇うように引き寄せた。レミは必死にシートとジョヴァンニにしがみついていた。
「レミ! お前の見た夢ってコレ!?」
「そうだよ! アンジェロが僕達の乗ってる飛行機を落とすんだ!」
「ウソだろォォ!」
「うわぁぁ!」
ドアが吹き飛ばされた。気圧が変わって中のものが外に吸い出される。荷物が飛んで行って、誰かの仕事の資料やパソコンが飛んでいく。何人かの乗客が外に放り出されて、隣の列の男性が必死に神に祈りを捧げていた。
そして衝撃とともに、レミとジョヴァンニは意識を手放した。
ぺちん、と額を叩かれて目が覚めた。
「起きたか」
ヴィンセントがいて、ボニーとメリッサが安堵したように微笑んでいた。
よかった、生きていた、とレミとジョヴァンニも安心して息を吐く。
だが、安心した頭でようやく周りを見渡して、驚く。周囲には木々が生い茂り、鳥や獣の声が響き渡っている。蒸し暑いジャングルの少し離れたところから、飛行機の機体と煙が立ち上っているのが見えた。
「陸地に墜落したのは不幸中の幸いだが、乗客の人間はお前ら以外全員死んだだろう」
レミとジョヴァンニは墜落の直前、ヴィンセントが飛行して拾ったので無事だったようなもので、飛行機は墜落と同時に爆発四散、炎上。恐らく、誰も生き残れていない。
「そうですか……でも伯爵、ここは……」
レミが尋ねると、ヴィンセントは本当に本当に不機嫌そうにして、深く溜息を吐いて肩をすくめた。
「困ったことに、無人島だ」