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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
1 邂逅編
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1-1 私のプライバシーを返して下さい

この作品は、以前「コントラクト 契約の代価」として掲載していた作品を、大幅に改稿したものです。

序盤はさほど変わりありませんが、後篇が全く違います。

読んだことがある方も、お楽しみいただけると幸いです。



 その人と出会ったのはまだ少し肌寒い春。桜の花びらが身汚く路面を穢す、そんな季節だった。


 その日永倉ミナはバイト仲間の歓迎会で飲んでいて、同僚と別れた後も飲み足りず、近くにあったバーに一人で入った。この時一人で来なければ……後にその事を何度後悔する事になるか、この時はまだ知らない。


 入ってすぐに後悔した。

 身綺麗に着飾ったお客さん達、上品な振る舞いのバーテンダー、心地よく流れるマイルス・デイヴィス。明らかに身の丈に合っていない。仕事上がりの結びグセのついた茶髪、Tシャツにデニムで来ていいような場所ではなかった。バイト仲間の早苗の様に、毎日キチンと化粧して可愛い服を着ていれば良かった、そんな事を考えてももう遅い。


 店員に促されるまま席についてしまった。手持ちは多少あるし、たまにはこういうのもいいかと思い直して、ブルーノートに耳を傾けながらカクテルを飲んで、気持ちよく酔いが回ってきた。

「失礼します。隣、よろしいでしょうか?」

 話しかけてきたのは綺麗な顔立ちの渋い外国人男性。見た所30代後半くらいだろうか。


 高そうなスーツを少し着崩して、控えめだけど、どこかで見たことがあるような、高そうな腕時計。程よく背も高く、すらりと伸びた手足がスタイルの良さを引き立てる。高く筋の通った鼻、大きく見開かれた緑眼、上品に上がった口角、透き通るような白い肌。肩までかかる髪は余りにも艶めいて、黒を超越した色の深さは青くすら見えた。


 あまりにも美しい男性の容姿に思わず見とれてしまったが、不思議そうに顔を覗き込まれて我に返った。

「あっ、すいません、どうぞ!」

 慌てて椅子を引いて隣を促すと、「ありがとうございます」とにっこり笑って、その人は腰かけた。

「急に申し訳ありません。おひとり様ですか?」

 少し申し訳なさそうにされてしまって、また慌てて「おひとり様です!」と馬鹿丸出しの返答をしてしまった。その人はミナの様子にクスッと笑って

「それはよかった。私も一人なんです。折角ですから、ご一緒にどうかと思いまして」

 そう言って微笑んだ。


(どうしよう。私ったらこんな身分なのにこんな店に来ちゃって、こんな素敵な男性に声をかけられていいんだろうか。明日あたり交通事故に遭うかもしれないな)


 そんなことを思いながら礼を返し、常に微笑を纏っている男性に少し恐縮した。

「あの、私の方が年下ですし、け、敬語なんて使わないでください」

 どうも緊張してしまっている。どれだけ男に免疫がないのかと、我ながら呆れかえる。ミナが免疫がないのは、極度のシスコンの弟と娘を愛してやまない父の、鉄壁の防御のせいだ。

「ありがとうございます。ですが、これは私流の女性に対する嗜みですから」

「あ……は、はい。すいません」

「どうか謝らないでください。そういえばお名前伺ってよろしいでしょうか? 私はヴィンセントと申します」

 あなたは? そう目で尋ねられる。

「あ、ヴィンセントさん……。私、ミナと、言います」

 そう自己紹介するとその人、ヴィンセントはとても驚いた顔をした。不思議に思い、思わず顔を覗き込む。

「ヴィンセントさん? どうかしましたか?」

「え、あ、いえ。ミナさんですね。ベタですが出会いに乾杯しましょう」

 一瞬たじろいだもののすぐ平静に戻り、ヴィンセントはグラスを傾けてきた。その仕草があまりにも素敵で、その瞬間に驚かれた事なんか忘れてしまう。グラスをキンッと鳴らすとヴィンセントはにっこり笑ってグラスを口にした。


 お酒の力を借りながら、ヴィンセントとの会話はだんだんと弾んでくる。バイトのことや自分のこと、家族のこと、小さな悩み事まで話してしまっていた。なぜかはわからなかったが、ヴィンセントには頼りたくなるような、どこかに導いてくれるような不思議な魅力があった。


 ミナが一方的に話してヴィンセントは聞き役に徹していた。そうしていると、彼のことを何も知らないことに気付いた。

「ヴィンセントさんはお仕事何をなさっているんですか?」

 彼は一瞬考えたような顔をして、「契約を取ってくる仕事です」と曖昧な返事をした。契約ということは保険か何かの営業だろうかと考えながら、更に重ねて質問してみる。

「そのお仕事に就かれてどのくらいですか?」

 彼はまた少し考えて

「そうですね。結構長くやっていますよ。500年くらい」

 そう言ってにっこりと笑う。ヴィンセントでも冗談を言うのかと少しびっくりしてしまった。

「冗談にしてもサバ読みすぎですよ!」

 お酒の力で何とか突っ込めた。


 なんだか本当に緊張していたのだろう。緊張を紛らわそうとお酒を飲みすぎたようだ。視界がぐるぐると回転する。焦点が定まらない。

「ミナさん? 大丈夫ですか?」

「だいにょうむれす」

 自分でも呂律が回っていないとわかる。

(これはヤバイ。おうち帰れないかも)

 だんだんと視界が悪くなる。ヴィンセントが何か言っていたけれど、もう、ミナの意識は酩酊して、なにもわからない……。





 目が覚めると軽く眩暈がした。気持ち悪くて、二日酔いになっていることに少し落胆したが、今日が休みだったことを思い出して安堵した。

 部屋は薄暗い。かろうじて間接照明の明かりだけで見えるといった感じだ。


 まさか夕方じゃないだろうな、と慌てて起き上がって時計を探す。それで初めて気づいた。

(ここ、私の部屋じゃない)

 コンクリート打ちっぱなしの窓のない壁、のりの効いたシーツがかかった、クイーンサイズはあろうかという大きなベッド。


「どこだここはぁ!!」

「目が覚めましたか。おはようございます。ご気分はどうですか?」

 叫ぶとともにドアが開き、ヴィンセントが現れた。まさかと思いつつ、尋ねる。

「あ、あの。もしかしてここ……」

「あぁ、私の部屋ですよ。昨日酔っていらしたようで、ご自宅がわからなかったものですから。不躾かと思いましたが、私の部屋にお連れしたのです。申し訳ありません」

「とんでもありません、ご迷惑おかけしてすみません……」

 なぜこうも失態を演じられるのか。しかも初対面の男性にここまで迷惑をかけ、泊めてもらった上に謝罪までさせてしまった自分のアホさ加減を呪った。


 そんなミナの様子に気付いてか気付かずか、起き上がっていたミナの前までやって来て、目線を合わせた。

「ご迷惑だなんてとんでもありません。まだご気分がすぐれないようですね。ゆっくりお休みください」

 ヴィンセントはミナの謝罪にそう言って微笑み、部屋を後にした。

(あぁ、もう、本当にどうして私ってこうなんだろう! 私の馬鹿! 恥を知れ! アホ! スットコドッコイ!)

 さんざん自分を恨んでいたら、いつの間にか眠りについていた。



 再び目を覚ますと、目の前にヴィンセントの顔があった。

「うぉあ!」

「驚かせてしまって申し訳ありません。随分顔色が良くなりましたね。ご気分はどうですか?」

 失礼な態度をとってもどこまでも紳士なヴィンセント。

「気分は、あ、随分良くなりました、というかもう大丈夫です。ありがとうございます」

「そうですか、それはよかった。お腹空きませんか? お食事ご用意しましたので、召し上がってください」

 ミナの目に、既にヴィンセントは大分神懸っていたが、事ここに来ると後光すら見えた気がした。


 ヴィンセントの用意してくれた食事は、本当に一人暮らしの男性が作ったのかと思う程の腕前で、ほっぺたが落ちて床を突き抜けそうだった。

「そんなに褒めていただくようなものではありませんよ」

 そう言ってにっこり笑うヴィンセントに、いっそ尊敬の念すら覚える。


(もう、この人はなんなんだ。優しくて紳士で上品で料理が上手できっと綺麗好きだ。ヴィンセントさんの美しさはずっと見ていても飽きない。世の中にはこんな完璧人間がいるんだなぁ……)


 絶品の料理に舌鼓を打って、食後のコーヒーを戴いていると、ヴィンセントは急に真面目な顔をして「実はミナさんにお願いがあるんです」と、真っすぐこちらを見てきた。

「あ、はい、なんでしょう?」

 これだけお世話になったのだ。聞ける頼みなら何でも聞いてあげたい。そう思ってヴィンセントの目を見つめ返す。

「ここに、ミナさんをお連れしたのは介抱する為だけではないんです」

 まさか、と思わず身構えるミナに、なおもヴィンセントが続ける。

「少し下心がありまして」

 まさかまさか、と動揺するミナに、ヴィンセントは射抜くような視線を投げかける。

 動揺して混乱した頭で、続きを聞くまいと(何故か)ぎゅっと目を瞑った。すると、ヴィンセントが言った。


「契約をしていただきたくてお連れしたんです」

 思わず開いた瞼をパチクリとさせ、脳内でヴィンセントの言葉を反芻する。

(……契約。契約ってお仕事の? 保険とかなら一つくらい入ってもいいか。ていうか勘違いして恥ずかしいったらないな。もうホント嫌。私死にたい)

 やはり自己嫌悪に陥る羽目になったが、そのお蔭もあってか平静を取り戻すことに成功し、ようやくまともにヴィンセントを見上げた。

「あの、契約って具体的になんの契約ですか?」

 至ってまっとうな質問をしたはずなのに、ヴィンセントは考え込むようなしぐさをして、少しすると考えがまとまったのか、こちらに向き直った。


「この際言いますが。血の契約です」

「ち?」

「血です」

「チ?」

「血液です」

 いまいちピンとこなかったが、最後のヒントで閃いた。

「献血ですね! いいですよ!」


 こういう献血や募金は、ミナは大好きだ。普段自分があまり役に立つことがないので、人の役に立てるなら嬉しい、それで褒めてもらえると尚嬉しいと心底思っている「天性の偽善者」。それがミナと言う女である。


 が、ヴィンセントはなぜか笑っている。

「ハハハ。まぁ献血のようなものかもしれませんね。では、引き受けてくださったところで、契約内容です」

 これは大事なことだと姿勢を正す。何CC摂るのか、血液診断を受けるかどうか。そんなことを考えていると、ヴィンセントは俄かに表情を硬くして言った。

「あなたは私に血を与え、その後私に使役される魔物となります。あなたは契約を受けると受諾した以上断ることはできません。よろしいですね?」

 微笑の中に鋭い眼光。


 残念なことに、ミナにはヴィンセントの言った言葉が巧く理解できず、「……はい?」と頓狂な返事をする。

 やっと絞り出した言葉に、自分でもがっかりだ。さすがのヴィンセントも溜息が零れる。深く溜息を吐いたヴィンセントは、面倒くさそうに顔を歪めた。


「いいか、お前は私に血を飲まれて、屍鬼という人を食う化け物として私に使役される。ここまで世話してアルコールが抜けるのを待ってやったのだ。大人しく私に従え」

 やはりミナの思考は停止する。数秒前と現在とで、あまりにもキャラが違いすぎる。


(誰この怖いおじさん! そしてやっぱり意味がわからないんですけど!)


 ヴィンセントは狼狽し身動きが取れずにいるミナの肩を掴むと「どのみちお前に拒否する権限はない」、そう言ってミナの首に顔を埋めた。


 皮膚を突き破るブツッという音とともに鋭い痛みが走る。初めはその痛みに必死に耐えていたけど、徐々に痛みは薄れてくる。というより、体が麻痺してしまったかのように感覚が鈍くなって、体に力が入らない。段々と体から体温が抜けていき、それと同時に気が遠くなっていった。

「お前、かなり美味いな。久しぶりの上物だ。いや、待て、まさかお前!」


 ヴィンセントが何か言っているが、頭が働かない。意識が朦朧としてきた頃、ヴィンセントが慌ててミナを離し、力なくその場に崩れ落ちる。反動でソファから転げ落ちて床に腰を打ちつけた。打ちつけた痛みに顔を歪めるも、力が入らず起き上がれない。ヴィンセントが何か言っているのが、朦朧とした意識の端に聞き取れた。


「おい!ミナ!」

 呼ばれても返事はできない。うっすら開けた目にヴィンセントの顔が映る。なんだかとても慌てたような、困ったような、そんな顔。

 何故ヴィンセントがそんな顔をしているのか不審に思い睨みつけると、彼は困惑した表情で尋ねた。

「ミナ、お前処女か?」

 急に女性に対して、なんてことを聞くのだろうか。あまつさえこの状況だ、ミナは怒りとも悲しみともつかない気持ちでいっぱいになったが、いかんせん怒る元気もない。

「答えろ」

 急に低い声で凄まれて怖くなり、渋々「処女です」と小さく返事をする。それを聞いた瞬間、ヴィンセントはやっぱりという顔をして

「くそ! 最悪だ、このバカ女! 吸う前に犯しておくべきだった!」

 などと信じられないことを言っている。最悪なのはミナの方なのに、何故文句を言われなければならないのか、甚だ不満だ。


 なんだかもう泣きたくなってしまって、今日何度目かわからない絶望に打ちひしがれていると、突然、胸が苦しくなった。

「う、はぁ……ぐぅぅ!」

 内側から込みあげるように熱に浮かされる。湧き上がる熱は、まるで体中の血液が沸騰しているかのほどに熱く、煮えくり返るような感覚にのた打ち回った。


(熱い! 熱い! これが屍鬼になるってこと!? 吸血鬼に化け物にされたのってあの、映画にでてくるゾンビみたいなやつかな……いやだ、そんなの! いや! いやだ! 苦しい、助けて!)


 燃えるほど体が熱くなり、熱を祓おうと無意識に暴れまわる。それでも体内を駆け巡る熱は、その温度を容赦なく上昇させていく。

「あぁああぁあぁ!」


 燃え盛るような体温に限界を感じた瞬間、静かに熱が収まってくる。それと同時に体の感覚が変わっていった。空気の感じ方も、床に触れた感じも、音も、光もすべてが違う。

 体感する感覚が、これまでと異なるものだと悟ったミナの心の内には、静かに悲哀が溢れだした。


(あぁ、私は化け物になってしまったのかな。あの二面相吸血鬼に使役されるだけの、ただの化け物に……)

「なっていない」


 急にヴィンセントの声がした。その言葉に一縷の光明を見出し、慌てて起き上がって自分の手と足を見てみる。今までと同じ、ただの人間の手足が、ちゃんとミナの意志に添って動いてくれた。

「ヴィンセントさん! 私! か、顔は!?」

 しがみつくように勢い込んで尋ねると、それはそれは深い溜息を吐いて「見た目は何も変わってはいない」と、ものすごく嫌そうに答えられた。

 見た目は変わってないという事にひどく安堵したものの、「見た目は」という単語に俄かに疑問を感じてヴィンセントを見上げた。

「私……?」

 自分はどうなったのか? それとも、どうにもなっていないのか? 意味が分からずヴィンセントの顔を覗き込む。


「残念ながら、お前は今からヴァンパイアだ」

 ヴィンセントは先程よりも嫌そうな顔で溜息を吐く。

 急にヴァンパイアなどと言われても、創作上の架空の生物でしかない単語に、ミナはやはり理解できずに眉を顰めた。

「なんです、どういうことですか?」

 この先はできたら聞きたくない。しかし、聞かないわけにもいかない。ヴィンセントはやはり、少しうんざりした様子で答えた。


「人間ではないし厳密には死んでいるようなものだ。だがお前は不死の吸血鬼となった。日の光に焼かれたり、心臓に杭を打ったりしなければ死ぬことはない。お前も私と同じ化け物だ」

 やはり聞くべきではなかった、と落胆させられた。この科学の進歩した現代社会において、そんな絵空事を信じていいはずがない。しかし、自分の身に起きた出来事が、信憑性を物語っているのも事実。


「で、でも私、契約では屍鬼っていうのになるんじゃなかったんですか!?」

 混乱した頭で、なおも質問を重ねようと思ったのは、「冗談だ」という一言を期待したのかもしれなかった。しかし、この質問は本当にしない方がよかった。ヴィンセントの美しい顔がみるみる怒りに支配される様子に、早々に質問したことを後悔した。


「それもこれも全部お前のせいではないか! 何故お前その年で処女なのだ! 信じられん! その年まで何をしていたんだ! どれだけ暗い青春を送っているんだお前は! 何と言う事をしてくれたのだ!」

(何もしてないから処女なんです……悪いか)

 突然怒り出したヴィンセントのあまりの様相に、とても口に出すことは憚られて、心の中で不貞腐れて文句を言う。

「大体お前、何故処女の分際であんな店に一人で飲みに来てるんだ! あのような店には、遊び慣れた大人の女が来るものだろう! 身の程を知れ!」

(だって、あんなお店だなんて知らなかったんだもん)

「しかもお前、簡単に引っかかってノコノコついてきてるんじゃない! どれだけバカなんだお前は!」

(ついてきたんじゃないもん!)

「黙れ! ゴチャゴチャ言うな!」

「ヒィッ! すいません!」


 反射的に謝罪してしまった。ほとんど条件反射で土下座しそうになったが、ふと違和感を感じてヴィンセントを見た。

「あの、ていうか、喋ってませんけど……あっ、口答えしちゃった」

「さっきから散々口答えしているではないか」

 そんな覚えは全くないのに、とんだ言いがかりだと項垂れる。

(もうやだ! この二面相吸血鬼!)

「誰が二面相吸血鬼だ」

 その言葉に思わず目を剥いた。

「えー! なんで!? 何も言ってないのに!」

「お前の考えていることはわかる」

「えっ! エスパー?」

「ヴァンパイアだと言っているだろうが。いいか、私が飼い主。お前は私の下僕だ。下僕の思考は飼い主には伝わる」

「なんだとぉぉ!? プライバシーの欠片もないじゃん!」

「貴様にプライバシーなど必要ない」

「うわっ最悪! ていうか下僕ぅぅ!?」

「そうだ。お前はこれから私には絶対服従。私の為に生きて私の為に死ね」

 人知を超えた関白宣言に、ひくっと息を呑んだ。

「私としては不本意この上ないが、そういうことだ」

 不本意はこっちのセリフだと頬を膨らませていたら、ヴィンセントがすごい目つきで睨んでいる。その視線の恐ろしい事と言ったらない。またもや条件反射で謝罪しそうになるのを、ぐっとこらえた。


 昨日までの紳士なヴィンセントはどこへやら。どうやらこちらの横暴な男が本性のようである。引っかかった自分も悪いのだが、あまりのギャップの激しさに、未だに頭の混乱が沈静化してくれない。とにかく今は、目の前の二面相吸血鬼が恐ろしい。


(わけわかんないけど、とにかく怖いよこの人……。これは、心を読まれない訓練をしないと)

「不可能だ」

「チクショー!」

 この日から、永倉ミナの不幸人生は、幕を開けることになってしまったのだった。

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