7.
「皆様、おはようございます」
透き通るような美声がドアを開くと一緒に訪れる。
その人を見た途端、クラス中の男子が一斉に色めき立つ。
おはようございます、おはようございます、と挨拶の嵐が巻き起こる。
その渦の中心にいるその人は、ニコニコと笑みを絶やさず、バカみたいに起こる挨拶に一つ一つ丁寧に返してゆく。
これもまた、いつものことだ。
彼女は智葉那渚、この人もまた俺と同じチームの一員だ。
その上品な立ち振舞いからわかる方もいるだろが、智葉那は由緒正しい家柄のご令嬢。いわゆる、お嬢様というやつだ。
それに彼女は、高貴な家柄に見合う美しい姿形を持っている。
腰まで伸びた艶々の黒髪。
黒曜石のごとく輝く黒い瞳。
スタイルも勿論良い。どこがすごいというわけではないが、とにかくバランスがとれている。
この智葉那渚は"美しい"や"綺麗"を絵に描いたような人なのだ。しかも性格もいいときた。
だがそんな智葉那は昔、今とは比べ物にならない程のお転婆だったらしい。
当の本人はその過去を深く悔いているようで、そのことを話そうとすると──、…………ここからは個人の想像に任せよう。下手に語ると、智葉那になにされるかわからんからな。
「おはようございます、悠哉さん」
毎日起こるこの騒動も一段落したらしく、彼女は俺にも心地いい雰囲気で挨拶を交わしてくる。
「ああ、おはよう……ございます」
彼女の纏う空気に呑まれ、思わず敬語で返してしまう。
「おはようございます」「おう、おはよーさん」「……おはようございます」俺に続いてありさ、リーダー、上月の順に挨拶を言う。
俺はいつものごとく雰囲気に呑まれたが、この3人はそうならず、自分のペースを保っていた。
(全く、よくここまで変われたな、俺は)
この日々を生きていると、つくづくそう思う。
自分しか信じてなかった過去。
他人を見ようとしなかった自分。
そんな愚かな俺を見放さず、救ってくれた皆。そのなかでも智葉那には、心だけじゃなく、いま俺を現実に繋ぎ止めている心臓を、命をも救ってもらった。
俺はかつて、〈ネブラ〉と戦闘中に不意の一撃を突かれ、大怪我を負ったことがあった。
正直その時は、もうダメだと死を覚悟したほどだった。
その死にかけた俺を助けてくれたのが彼女、智葉那渚だった。
俺はその時、"死"を実感した。命が失われていく感覚、自分という存在が消えてゆく恐怖を。
そして同時に、俺は生きるということを理解することができた。
とてつもない程デカイ恩だ。ちょっとやそっとじゃ、いつまでたっても返せない位に。
この恩を返すためにも、俺は戦う。
彼女の願いを叶えてあげるために。