頸欠け芝居
<!>その他の危険 落首注意
『首なしライダー』
[首なしライダーに出会うと、頭部を奪われる。]
自分はなぜ狙われているのだろう――赤井まほらは、皆目見当がつかなかった。
都市伝説の怪異と一口に言っても、様々な存在がいる。[口裂け女]のように驚異的な身体能力、攻撃能力を持つモノもいれば、[消えるヒッチハイカー]や[ちいさいおじさん]のように、[怪異]でこそあれ脅威にはならない存在もいる。まほらは、後者だった。
付け加えるなら、彼女は[消える]ことはできないし、[ちいさく]もない。外見は厚着をしたごく普通の少女であり、身体能力や肉体もそれに準ずる。つまり、相手がただの人間でも、ナイフで胸を刺されただけで死ぬし、彼女に抵抗する術はない。
だから、よりにもよって[首なしライダー]に狙われているという事実に、彼女は困惑していた。
首なしライダー。首を求め徘徊する怪物。彼はまほらの横を[通り過ぎ]たなら、その瞬間、[彼女の首は胴体から離れて]いるだろう。
しかし、と言うべきか――彼女は逃げようとはしなかった。その行為の無意味さを理解しているからだ。
[首なしライダーからは逃げられない]。
それは彼がバイクに乗っているから、言い換えるならば彼の移動速度が速いからではない。そもそも[逃げられないという事実]に依って怪談が成立しているからなのだ。
これは彼に限ったことではない。逃げなければならない対象の怪異は、条件を満たさない限りはどれだけ速度を出そうと逃げることができない。つまり、[逃げられない]という能力を所持しているのだ。[時速100キロ]などという設定は、あくまで[逃げられない]を分かり易く表しているだけである。
音もなく車体が迫る。
「このマフラーも、切れちゃうのかな。」
首が切れ飛ぶ直前に彼女が考えていたのは、そんなことだった。
車体が通り過ぎた後――まほらの首から上は、まるで初めからそこに何もついていなかったかのように無くなり……そこにあったものは彼女の足元に転がっていた。
数秒、あるいは一瞬の後。主を無くした胴体は、まるで傍らに落ちた主を抱きしめるかのように体勢を崩し――
――そのまま、自らの頭部を抱きかかえて立ち上がった。
頸部からの出血は無い。そもそも初めから繋がっていなかったのだから当然か。
抱きかかえられた頭部が、困惑の表情を浮かべる。逃げるだけ無駄なのは、逃げ無くても無事であることが分かっているからだ。
[通り過ぎ]れば[首を切れる]能力――つまるところ、首を切ることだけしかできないこの能力は、彼女にとって何の意味も持ち得ない。
首を切られても死なない自分は、首しか切れない相手になぜ狙われているのだろう――赤井まほらは、皆目見当がつかなかった。
『赤いマフラー』
[彼女が年中赤いマフラーをしている理由。それは、彼女の首が繋がってないのを隠しているから。]