逃れ得ぬ追跡者
<!>その他の危険 口裂け女注意。
『一週間前、三軒茶屋周辺にて蒐集された都市伝説』
[4時44分丁度にケータイから『444-4444-4444』にかけると口裂け女が電話に出る]
[電話に出]ると、[両腕を持って行か]れた。
『変な噂だとは思ったが、流してたのは同類かよ。――確か[怪人アンサー]って言ったっけ、キミ。』
『[YES]――戦いで有利な場を作るのは当然でしょう、先輩。』
怪談都市伝説の主役、つまり私たちのような怪異は特殊能力とでも言うべき性質を備えている。
例えば私、[口裂け女]の[何でも切り裂く爪]や[コンクリすら噛み砕く口]。これらのギミックは能力の絶対化によって怪異の恐怖を増加させ、噂をより広く伝搬させる効果を発揮する。
そして[怪人アンサー]、こいつ自体は喋るだけしか能がない、脳しかない奴なんだが、
『おや、もしかしてだんまりですか?まぁ、私への対策としては悪くないですが……手遅れですよ。』
数回会話することで[身体の一部を消滅させる]。だからといって、今更電話を切ろうとしてもこの手の奴は[断線したスピーカーから無理やり通話]できるから意味はない。要は直接叩けない限りはこちらは黙り込むしか手がないという状況。
直接叩くにしても相手は居場所不明なので、相対指定(相手の近くに、みたいな指定方法)でのテレポートでもできなきゃ不可能だ。ぶっちゃけ、ピンチ。
『しかし、手を塞いだ時点で私の計画は成功です。逃げようとしても無駄ですよ。今、そちらに我々の中で最速の怪異、[車道男]を向かわせました。』
なるほど。こいつが能力を封じる、つまり[怖くもなんともなく]する係で[シャドウマン]とやらが文字通り手の出ない私を直接叩く、と。よくできた計画、八方塞がりとはこのことだ。
――いや、七方塞がりか。この都市伝説が既に定着しているなら、唯一の打開策は存在する……分の悪い賭けは好きじゃあないんだけどなぁ。まぁいいや。
『知ってるか?あんたが流した噂、最初と比べて内容がちょいと改変されたんだよ。』
私が話し出したことを観念したと受け取ったのか、電話口からは軽い返答が返ってくる。
『内容までは把握していませんが、多少の改変は想定内ですよ。どうしました、ポマード以外に苦手なものでも増えましたか?』
『いやいや、増えたのは[私の台詞]さね。』
都市伝説の……いや、噂の基本。噂話には当然ながら尾鰭がつく。詳細の追加、弱点の追加、そして――
『私、口裂け女――』
「――今、貴方の後ろにいるの。」
[能力]の、追加。
[口裂け女]はそもそも[出会]わなければ[怖く]もなんとも無い。都市伝説は怖くなきゃ意味が無いんだから……
「私を噂に組み込んだ時点で、この結果は――二人の出会いは必然、ってね。これで、直接叩ける。」
「くっ……」
似たような噂は内容が混ざる。[電話]に関連した噂なんて[怪人アンサー]自体か[メリーさん]くらいしか無いんだから、必然的に今回の私の噂は、メリーの噂と混ざることになった。――呪い人形[メリー]の能力は一種の相対指定テレポテーション、電話先の相手の[背後に現れる]こと。
しかし、一瞬動揺を見せはしたが――意外に彼は冷静だった。
「少し驚きましたが……直接現れた、それがどうかしましたか?」
「あれ、目視圏に入られた割には余裕なのね。」
「例え防御的には最弱クラスの私でも、怪異の端くれということですよ。あなたの攻撃能力を無くすことは既に成功している――爪もなく、マスクを外す腕の無い貴女に近づかれたところで、私は蹴とばされた程度じゃあ死にません。――つまるところ、貴女の行動に意味は無い。車道男、彼を呼び戻せば私の勝ちです。」
冷静なのはそういうことか……まぁ、尤もと言えば尤もだ。さっき、私は居場所が不明だから直接叩けないと述べたが――そもそも彼にとって今の私は、対面できたところで[直接叩く手段]が、攻撃能力が無いはずなのだから。
攻撃[能力]ねぇ……ふふ、だったら一応聞いておこうか。
「私の身体能力は知ってるかい。[何でも知ってる]アンサーさんよ。」
「誰にモノを聞いているのです。[何でも切り裂く爪][かみ砕く口]あとは足が速い程度でしたっけ。確か[3秒で100m]。だから貴女に攻撃能力が無いのは明白。もしかして挑発のつもりですか?」
万策尽きたはずの私が、なぜか余裕の表情で[何でも知っている]怪人アンサーに[知っているかどうか]尋ねたからだろうか。彼の返答にはイラつきが混じっていた。
「んー、あれ。ってことは、やっぱり知ってたのに対策を取らなかっただけなんだ。」
「何のことですか。対策も何も、現に貴女は私をどうこうする手段が皆無のはずだ。」
「手段も何も……アンタがさっき言った通り、私は獲物を逃がさないために足が速い設定があるんだけどさ。皆は[時速百キロ]みたいに時速表記されてるのに、私だけ秒オーダーで[3秒100m]なんだよ……
秒速33m、分速に直すと2km、時速に直すと120km。私はそんなに重い方じゃないが――」
時速120kmの体当たりを食らっても無事かい?ベイビー。
「[たいあたり]は基本技、なんてね。」
[きりさく]や[かみくだく]なんて使うまでもない。
補足しておくと、私の最高速は[秒速33m]ではなく[3秒で100m]――3秒後の時点ならば大体時速240kmといったところか。いくらでもインフレしやがるあのババアを除けば最速である。
「っと、両腕はどうしようか。」
[カシマレイコ]はたしか右足しかくれないし……[赤いマフラー]辺りにくっつけ方を聞いとくか。
久しぶりに友人に会うのもいいだろう。そんなことを考えながら、とりあえず私は三軒茶屋へと戻ることにしたのだった。
――全く、この時点で事の重大さに気付いていれば。殆どすべての怪異たちを巻き込んだ、忌まわしき[あの事件]は避けられたのかもしれないのだが。
『数日前、三軒茶屋周辺にて蒐集された都市伝説』
[4時44分丁度にケータイから『444-4444-4444』にかけると口裂け女が電話に出る。しばらく会話を続けると、通話口の声と同じものが背後から聞こえる。]
序章 逃れ得ぬ追跡者 完