始まり
王都の広場に、冷たい宣告が響いた。
「ライル、お前は今日限りで騎士団を追放する。もう顔も見たくない」
俺――ライル・グランは、広場の真ん中で多くの視線を浴びながら、団長の言葉を聞いた。
ざわつく観衆。仲間だと思っていた騎士たちの冷笑。
「魔力ゼロで剣の腕も凡庸、ただの落ちこぼれだもんな」
「よく今まで居座れたもんだ。王都の恥だ」
耳を塞ぎたくなる罵声が四方から飛んでくる。
俺は、ただ黙って唇を噛みしめた。
……そう。
俺は魔力ゼロ。剣の才能もない。誰もが認める無能。
だが彼らは知らない。
俺には「この世界の知識をすべて俯瞰する目」があることを。
それは、幼い頃から続く奇妙な感覚だった。
歴史書を読めば、その裏に隠された矛盾が見える。
地図を開けば、未発見の鉱脈や水源の位置が頭に浮かぶ。
剣技を見れば、その欠点や進化の可能性が瞬時に分かる。
だが、その異質な力は「ただの妄想」と片付けられ、誰にも信じてもらえなかった。
そして今、俺は追放された。
「……やれやれ。王都ともお別れか」
広場を後にし、俺は荷物をまとめて街道へ出た。
行くあてもなく、ただ歩く。
心のどこかで、ようやく自由になれた気もしていた。
向かった先は、辺境の小さな村。
人も少なく、魔物被害も多いと聞く荒れ地。
けれど俺にとっては理想だった。
静かに暮らし、知識を活かし、何かを成し遂げる場所。
村に着くと、畑の横で農民たちが頭を抱えていた。
「今年も不作だ……このままじゃ冬を越せん」
「魔物が出て、森に入れんのが痛い」
俺は彼らの嘆きを耳にして、ふと口を開いた。
「森の奥にある丘の北側……岩肌の下に地下水脈があります。そこを掘れば灌漑ができますよ」
村人たちはぽかんとした顔で俺を見た。
「な、なんでそんなことが分かるんだ?」
「信じるかどうかはお任せします。でも、確かです」
半信半疑で村人たちが掘り進めると、数日後――勢いよく水が噴き出した。
「ほ、本当に水が出たぞ!」
「これで畑が救われる!」
村は歓喜に包まれた。
その日から俺は「ただの流れ者」から「救世主」と呼ばれるようになった。
数週間後。
「ライルさん、例の魔物退治……本当に一人でやるんですか?」
怯える少年が尋ねる。
「ああ、大丈夫。弱点は分かってるから」
相手は森を荒らす凶暴な大猪。
普通なら村人では太刀打ちできない。だが俺の目は、その巨体の動き、硬い皮膚の隙間、呼吸の乱れをすべて見抜いていた。
「……ここだ」
一閃。
たった一撃で、大猪は絶命した。
呆然と立ち尽くす村人たち。
そして次の瞬間、歓声が上がった。
「すげぇ……!」
「魔力ゼロで、あの魔物を倒すなんて!」
「ライルさん、やっぱりただ者じゃねぇ!」
その噂は、やがて王都にも届くことになる。
「辺境の村に、無能と追放されたはずの男がいる。彼は今や“英雄”と呼ばれているらしい――」
俺を追放した王族や騎士団が、再び俺の名を口にする日が来る。
それが「懺悔」か「羨望」か、俺にはまだ分からない。
けれど今、俺は確信している。
――ここからが、本当の人生の始まりだと。
(続く)




