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祭囃子に人の群れ

作者: 青磁


お久しぶりです……!

ようやく帰って来られました。

リアルがなかなか落ち着かずなろうに帰って来られるか不安でしたが漸く執筆に戻れました。

相変わらずの拙作&スローペースですが、興味あるよという方がいらっしゃれば幸いです。


今回はリハビリをかねて短編です。




ある日、自分は父に拉致された。

本当に唐突だった。


見慣れぬ車に乗せられどこかへ運ばれる。

家にいるだろう子供のことも、今日も忙しく働いているだろう家族のことも、自分の心の中心に存在している筈なのに、その時はぼんやりと霞がかって虚に頭の片隅にチラついていた。


自分の座る助手席から右に視線を向ければ、数年前と同じ姿で運転する父の姿に、ほんの少しの違和感と久しいという感覚を抱えつつ大人しく車に揺られていると、やがて来たことのない街に着いた。


階段や坂道の多い、山際を拓いたのだろう何処にでもある街だった。

そこそこの高台にある一軒の家の前に止まり、父に用事があるから辺りを散策して良いと言われる。

車から外に出れば父はさっさとその家に向かってしまった。


きっと古い知人の内の一人が住んでいるのだろう。

今度のお宅訪問はちゃんと事前に連絡をしているのか。

というか、ここの住所を知った経緯も真っ当なものなのか。


アポなしで家に押し掛け自分の事情をつらつらと語っては暗にストレートに金の無心をするのが、あの生物学上は父という立ち位置にある生き物の生態なので、どうせ今回の訪問も碌なものではない。


目前の家をぼ〜っと眺めながら、その中に居るであろう人に心の中で手を合わせて頭を下げる。

所詮、あれの暴走を止めるには自分と暫定古い知人さんは面識がなく力になることは出来ない。


心の中で迷惑をかけることを詫びつつ、どうにかあれの暴走を凌いでくれることを祈るしか出来なかった。

もういい歳した身の上であったので、苦労話のダシにされるなんてことは今回はないらしく、モヤモヤとした心の内で少し安堵する。もうあんなクソ茶番に付き合うのは懲り懲りだ。



駐車スペースに敷かれた砂利を踏みながら景色を眺めれば空は濃淡の違う曇天で、遠くの方にちらほらと青空が広がる、そんな天気だった。


雨は降らないだろうが、どことなく薄暗い。

時間は午後の半ば。夕方には数時間の猶予があるだろうそんな空気だった。

生憎とこの時の自分はスマホの存在を頭から消していたので正確な時間は分からない。


あの父のことだから一時間は同情を誘うための身の上話を語りに語るだろうし、ちょっと遠くまで歩いてみるか。


車からも追い出された身の上だったので見知らぬ土地での暇は毒と等しかった。

ぼ〜っと突っ立って不審者扱いされてもいやだし、散策してればまぁ、何かしら目的も見つかるか。


そう思い砂利に足を取られながら敷地を出て、なんとはなしに歩き始めた。


とりあえず、こっちに行くか。


細く勾配のある道を下りに進路を向けてちまちまと歩いていく。

微妙な時間帯ということもあってすれ違う人は居なかった。

辺りは住宅地らしく、林と家々の合間を縫うように木陰の覆う細道を進む。

敷地が一段高くなっている家屋が多く、巌の合間に流れる小川を流されている気分だ。


お守りというか、心の拠り所のない自分は川に流される木の葉のように頼りなかったと思う。

それだけ人影のない見知らぬ土地というのは鬱々とした疎外感を抱かせた。


と、思っていた所でふと耳に聞き覚えのある音が届いた。

それは祭りの時によく聞くお囃子の音で、家と木々の隙間からひっそりと聞こえて来る。


地元のお祭りでもやっているんだろうか?

それなら人が出払っているのも納得だと思い、そちらへ足を向ければやがて開けた道に出た。


目の前は大きな道路。右手に石柵で囲まれた小さな広場。その手前に下へ続く細く急な階段。

そして道路の向こうから祭り囃子に併せて沢山の人の群れがやって来た。


先頭は(しょう)や尺八を持つ襲装束(かさねしょうぞく)の人々。

その後ろも小太鼓や拍子木を持つ人らが続き、半被(はっぴ)姿の老若男女が途切れることなく次々とやって来る。

二列で行進する列の周りでも多くの人が行ったり来たりしていて、なかなかに圧巻だった。

急に人の気配が辺りに満ち、お祭り特有の騒がしさが響いた。

と言っても楽器の音を邪魔しないためか話し声は抑えめだ。


こんなに人がいたのか。


少し驚きつつも道端に避ければ、列は進路を変えた。

どうやら階段を下るらしい。


静々と進む行列にふとスマホの存在を思い出し僕はカメラを向けた。

指を滑らせて録画ボタンを押し、ピントを目の前の一行に合わせる。


すると不意に声がかかった。


「あなた何してるの」


まさか声を掛けられるとは思わず動きが固まる。一拍おいて顔を上げれば近くに一人の女性がいた。

いかにも地元民というような出立ちの、恐らくお母さん世代のその人はやや強ばった表情でこちらを嗜める。


「撮影はダメよ。やめてね」


その声にすぐさまスマホを下げて謝る。

部外者どころかお祭りがあることも知らなかったので思い至らなかったが、この行列は神事扱いだから撮影はマナー違反なのだろうとアタリを付けて素直に言葉に従った。


今時、撮影禁止も珍しいと思うが何かしらトラブルを生まないための予防措置かもしれない。


確かに辺りを見れば記念に写真を撮ろうという人はいない。

改めて謝罪をして離れた所で行列を眺めていれば、やがて最後尾が階段に到達した。


自分も周囲の人々に倣って階段を降りていく。

急だし所どころ石が禿げているしで恐るおそる下りながら一行の向かう先を見遣れば下った先に空間が広がっているのが見えた。


広場に植わる木々に遮られて見えなかったが、どうやら神社の敷地に入ったらしい。

細かな砂利の敷かれた敷地に下り立つと、一軒の家が目に入った。


新しくはないがリフォームしているらしく手入れのされた二階建てのその家に既視感を覚えて、暫し立ち止まる。


なんか、デジャヴというか……何処かで絶対に見たことがある家だ。でもどこだっけ?


そんなことを考えている内に祭りの行列はどんどん進んでいく。


木々に囲まれた本殿の入り口に構える鳥居をちらと見て、次に鳥居の近くに佇む人影に気付いた。


着物姿の女性が二人並んで鳥居をくぐる人々にお辞儀をしている。

行列の人々も、その周りを行き交う人々も顔見知りが多いのかそれにお辞儀を返して、二三言葉を交わしている人もいる。


その光景がなんだか違和感があって、どことなく居心地が悪い気がして、辺りの様子を改めて観察した。



そうして気付いた。気付いてしまった。



鳥居の側にいる女性たちが着ているのは喪服だ。

そして祭りだというのに行列の人々は神輿担ぎの掛け声を上げていない。

周りの人たちもハレの日にしては落ち着いた色味の服を着ている。



これは、葬列だ。



視線を行列から背け家屋に向ける。

どこか既視感のある、二階建ての家。

どこにでもある、手入れのされた家。


色々な記憶が一瞬でフラッシュバックする。

いつかテレビで見た取材映像。


二階建ての家から出迎える、笑顔の可愛らしいお婆さんの姿。

その後で詳しく語られる神社の紹介。


神社を守り継ぐ地元で慕われているお婆さん。

そんな紹介と共に流れていたテレビの光景が目の前にあった。


違うのは、そのお婆さんがどこにもいないこと。


そこまで思い出して、あぁと悟った。


あのお婆さんは亡くなってしまったんだ。

元々今日は、毎年予定しているお祭りの日ではあったのだろう。

けれどその日を迎える前にお婆さんは亡くなってしまったから。


今年はお婆さんの供養も込めてこのような形にしたのだろう。

辺りを行き交う人々は決して暗い表情をしていない。

しかしそれと同時に神妙な、どこか厳かな顔付きをして祭りの一員となってこの()を進行していた。


喪服を来た女性方はご遺族か。

確かテレビにも少し映っていたはずだ。


ここに来る少し前に撮影を咎められたことに思い至る。

そりゃあ止めるはずだ。


葬列を興味本位で撮影するなんて、なんて罰当たりだ。

慕われ愛されて来たお婆さんへ対して、なんて失礼な。


自分はスマホを取り出してカメラロールを開いた。

一番下に四角く映し出された半被姿の背中をタップしてゴミ箱を選択する。

ゴミ箱からも完全に消去すると、自分は人々の合間から鳥居の側に立つ女性たちに向けて深々と頭を下げた。


そうしてその場からそっと離れた。


早く、帰りたい。

自分のいるべき場所に。

自分の大事な人たちのいる場所に。


そう思った時、ふっと意識が遠くなった。

何もかもを次々に思い出して、実感して、しっかりと思い出した自分は目を開けた。



夢から覚めた。



薄暗い見慣れた部屋が視界に広がる。周囲の音が耳に届く。肌に馴染んだ暖かな毛布が温度と共に揺れ動く。


もう、居心地が悪い場所にはいない。

関わりたくない生物学上の父もいない。


居心地の良い、安心できる、大好きな家族のいる家に帰って来た。


心にほんの僅か残る嫌な気分を、夢は夢でしかないと納得させてゆっくりと起き上がった。

スマホを手に取って、ロック画面に映る家族の姿にここが現実だと実感して、心の底から安堵した。



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