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ジョニーとアブドラと三郎  作者: 六福亭(鹿西こころ)
3/4

3 危機一髪


 誰かが、僕の周りで話している。

『……熱にやられたのじゃ。水をたっぷり飲み、栄養を摂るがいい』

『まさか、二人ともこのまま死んでしまうことはないだろうな?』

『まあ、そう簡単に死にはせん』

『でも、こいつらはもっと涼しいところから来たんだ!』

 アブドラの声だ。僕は体を起こした。いつの間にか眠ってしまったみたいだ。ふかふかしたものがはさみにあたる。三郎だ。

 三郎は眠っていた。胸がゆっくり上下している。いびきまでかいている。

「アブドラ?」

 僕は、言い争っているサソリに声をかけた。

「ジョニー、気がついたのか!」

 アブドラは飛び上がって喜んだ。

「僕、どうしちゃったんだ?」

「三郎と同じく、ぶっ倒れたんだ」

「へえ」

 どうりで頭が何となく痛い。

「一緒にいるのは誰?」

 アブドラの後ろから、茶色いネズミがひょっこり顔を出した。

「おや、目覚めたようじゃの。ひと安心じゃ」

「三郎はまだみたいですけど……」

「そこの彼も起きたら、ふた安心じゃ」

 なんだかとぼけた感じのネズミだ。年取ってるらしくひげが垂れ下がっているし、毛並みにつやがない。だけど黒くて小さな目はりんりんと輝いていた。

「アブドラ君から話は聞いたぞ。エジプトに行きたいそうじゃな」

「はい……あ、もしかしてここがエジプト?」

「いや。ここはタイじゃ」

 がっかりした僕に、そのネズミが小さな何かの種を差し出した。

「お食べ。元気がつく」

「はあ……ありがとう」

 かじってみて、僕が飛び上がった。激烈な辛さが体いっぱいに広がったからだ。とりわけ口の中は痛いほど辛くなってしまった。

「これ、なに!?」

「トウガラシの種を干したものじゃ。わしらの気つけ薬での」

「三郎が起きたら、食わせてやろうぜ」

 アブドラがニヤニヤしている。

 その時、僕たちの声が聞こえたのか、三郎がうめき声を上げながら目を覚ました。

「三郎!」

 アブドラがさっと駆け寄る。

「ん? あれ……もう夜なのか。川に来たまでは覚えてるけど……」

「お前はずっと眠っていたんだよ。きっと疲れていたんだ」

 三郎はくちばしを開けて笑った。

「そうかもしれない。だけど、もう元気になった。どこまでも飛んでいけそうだ」

 アブドラの顔が陰った。

「それなんだけどな……」

 アブドラは僕と三郎を見回して、ためらいがちに言う。

「……やっぱり、日本に帰らないか」

「はあ!?」

「何のためにこんなところまで来たと思ってるんだ!」

 僕と三郎は怒った。言い出しっぺがやめようと言い出すなんて、とんでもない裏切りだ。

 アブドラはらしくないうろたえ方をしている。

「だって……だって、二人ともこんなにつらそうじゃないか。エジプトはまだまだ遠いし……暑さで死んじまう前に、帰った方が……」

「そんなの駄目だ! ここまで来たんだから、アブドラの家でくつろぐまでは帰らないぞ!」

「俺もそれに招いてもらえるのかな?」

 三郎が首を傾げる。

「いや、もうエジプトには行かない。帰る」

 アブドラも頑固だ。

「じゃ、アブドラも日本に戻るのか? あんなに、じめじめしたところは嫌だって言っていたのに?」

「オレは……自力で、帰る方法を探すさ」

「こいつ、大馬鹿だ」

 三郎と僕は顔を見合わせた。険悪な雰囲気を、老ネズミだけはにこにこと見守っている。

「爺さん、何か知恵ないか」

 三郎がネズミにお伺いを立てた。ネズミはあっさりと答える。

「要は砂漠に行きたいのじゃろ。もっと近い砂漠を目指すのはどうじゃな」

「もっと近い砂漠?」

 僕たちは声を揃えて繰り返した。

「そう。例えば__タクラマカン砂漠とか」

 何それ?

「たくらまかん?」

「そういう名前の砂漠がある。今度は北へ北へ飛べば良い。もちろん、ちゃんと休みもとるのじゃぞ」

「そこ、からっからに乾いてるか?」

「砂漠じゃからな」

「小っさい虫もいるか?」

「世界中どこでも虫はおるわ」

 アブドラは興奮して、はさみを振り上げた。

「よし! その、タマラン砂漠とやらに行こう!」

「タクラマカン!」

「失礼。とにかく、そこを目指そうじゃないか!」

 僕より先に、三郎がくちばしを開いた。

「なんだ、いい加減な奴だな」

 それに、エジプトにあるというアブドラの家はどうなるの?

 尋ねると、アブドラはあっさりとかぶりを振った。

「ああ、あんなものいいんだ。どうせ今頃他のサソリが住んでるよ」

「いい加減な奴だな」

 三郎は同じ言葉を繰り返した。

「だけど、お前らがそれでいいなら付き合うよ」

「ほんとに?」

「日本に戻ったって、やることなんかないから……」

「じゃあ決まりだな! 出発だ!」

 まだ夜なのに。

「そう焦らずとも、もう1粒トウガラシを食べてからにしたらどうかな」

 謹んでご辞退申し上げます。

「何だそれ、旨そうだな」

 何も知らない三郎が、トウガラシに興味を示す。僕とアブドラは何も言わないことにした(その後翼ではたかれた)。


 

 ネズミに見送られ、僕らはタイの森を後にした。三郎は北へ向かって翼を広げ、すうっと飛び上がる。僕とアブドラは足につかまって、遠ざかっていくネズミにはさみを振った。

「三回目となると、さすがに慣れてきた」

 アブドラがつぶやく。

「よかったね。あのまま日本に住んでたら、泳げるようにもなってたかもね」

「いや、それはごめんだ」

 きっぱりと言ったアブドラが、はっと前方を見つめた。

「おい、見ろよあれ……

「え?」

 三郎の目の前を、何百もの鳥の大群が横切っていた。三郎はさっと降下し、ぶつかるのを避けた。

「あいつら、どこに向かうんだろうな」

 アブドラの疑問に、三郎が答える。

「暑いときは涼しいところに行って、寒いときは暑いところに行くのさ」

 それから何度か休憩をはさんで、僕らはついに砂漠を見つけた。

 

 一面砂しかない不毛の地につくと、アブドラが騒ぎ出した。砂の中に潜り込んでは飛び出し、あっちこっち見て回っている。

「よかったな、念願の砂漠だぜ」

 羽つくろいをしながら三郎が言った。

「なんか喉渇いてきたよ」

 砂が混じった風にあたると、ますます水気がなくなっていく。僕は、はしゃぎまくるアブドラを見ながら寝転がった。

「本当に、砂しかないな」

「水場が近くにないか、見てきてやるよ」

 三郎はあっという間に飛んでいった。残された僕は、はさみでさらさらの砂をいじったり、時折見つける地虫を口に入れたりして時間をつぶした。

「砂漠に来てはみたけど、やっぱり用水路が一番だな」

 アブドラが満足したら、早く帰りたいや。そんな弱気が頭をもたげる。


 ひとしきり騒いで満足したらしいアブドラが戻ってきて、僕の隣に座った。

「どうだ、砂漠は?」

「うーん……まあまあかな」

 この時僕は建前でそう言ったんだ。本当は、こんな味気ないところはないなと思っていた。

「いいところだろ」

「うーん」 

 返事に困っていると、アブドラは捕まえたらしいクモをくれた。

「意外とおいしいぞ」

「ありがとう」

 たしかに旨みはあったけれど、余計に喉が渇いてしまった。


 その時、地面が大きく揺れ始めた。


「な、何だ!?」

 アブドラと僕はなすすべもなく揺れに合わせて跳ねるばかり。

「人間かな?」

「いや……人間の臭いはしない……?」

 困惑していると、空から三郎の声が降ってきた。

「おーい! お前ら逃げろ!! そこから離れるんだ!」

 彼はすごく焦っていた。僕らは空を見上げ、叫んだ。

「なんで!?」

「あいつが来るぞ!」

 あいつって?

「モンゴリアン・デス・ワームだ!!」

 次の瞬間、すさまじい音と共に、巨大なミミズが地面から飛び出した。


 僕らは悲鳴を上げながら逃げ出した。そのミミズは体をくねらせながら追いかけてくる! 振り向いたら、そいつが口からまき散らすぬめりのある液体が見えた。

「何だあれ……!」

「分からん!」

 ドンと、重い衝撃が体に走った。ミミズが僕らのすぐそばに体当たりしたのだ。びりびりと体がしびれ、動けなくなった。砂の上に落下し、なすすべもなくのびている僕とアブドラの前に、モンゴリアン・デス・ワームは立ちはだかった。目は見えない。口元から垂れる液体が砂に落ち、たまたまそこにいた虫が煙を上げて消えた。

「ど、毒だ……」

 アブドラがつぶやく。モンゴリアン・デス・ワームは僕らに向かって、そのおぞましい口から毒液をだらだらと垂らし、ぐっと近づいてくる__


 あわやという瞬間、三郎が飛んできて、僕らをくわえて逃げ去った。モンゴリアン・デス・ワームは悔しそうに飛び跳ねたけど、三郎には到底届かない。

「な、な、な……」

 アブドラは恐怖のあまり固まっていた。十分離れたところで三郎はようやく降り立ち、僕らを下ろした。

「あれは、一体何だったんだ……?」

 僕はあの、意思疎通ができそうにない、顔のない虫の姿を思い出し、震えが止まらなかった。

「あれはモンゴリアン・デス・ワームだよ。噂で聞いたことがあった。毒があるから誰も食べられない」

 三郎も怖かったらしい。しきりに荒い息をついていた。

「お前ら、本当に間一髪だったな……」

 あのまま、毒に溶かされて食べられてしまうところだったんだ。

 僕は、ふらりと砂の上に倒れてしまった。渇きと恐怖で、もう限界だった。

 砂漠は、ザリガニには向いていないみたいだ……。


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