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ジョニーとアブドラと三郎  作者: 六福亭(鹿西こころ)
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1 出会い


 僕はアメリカザリガニのジョニー。もうかれこれ1年もこの用水路で暮らしているのだ。人間の子どもが時折僕を釣り上げようとワナをしかけてくるけど、もちろんそんな浅知恵には引っかかりやしない。


 ここには上手い飯も暖かい藻も沢山あって、住むのに快適だ。だけど、最近ちっともザリガニの仲間を見かけない。めぼしい奴は、みんな人間に捕まっちまったんだ。ま、僕は用心深いから、糸のついたふやけた餌が水の中に落とされたとしても、見向きもしない。そんな時は水の中の深いところで、じっとしているに限る。時間が経てば、人間はじきに飽きてどっかに行ってしまうんだから。


 天気がいい日は、陸に上がって日光浴をする。ぽかぽか体が温まってくると、あくびが出る。周りに誰もいない時は、昼寝くらいしたっていいだろう。

 うとうとしかけたころ、にわかに周りが騒がしくなった。

 目を開けて、僕はうんざりした。人間の子どもが、近づいてきてるんだ。全く、あいつらほどうるさくて、乱暴な連中は他にないよ。ザリガニだってカエルだって、あいつらに見つかったら絶対にほっといてくれないんだからね。

 地響きのような巨人の足音で辺りが揺れる。もうたくさんだと水の中に逃げ込もうとした時、僕の目の前にさっと躍り出たものがいた。


「助けてくれ!」

 固いはさみを振り回しながら叫ぶそいつは、確かに僕の同胞のようだった。


 だけど、よく見ると少し格好が違う。そいつの体は平べったく、砂の色をしていた。(僕らアメリカザリガニは真っ赤)それに、長いしっぽの先に、立派なかぎ爪がついていて、そいつが走るたびに左右に揺れた。


 そいつは、水の中に飛び込もうとして、尻込みした。

 僕ははさみをさしのべる。

「どうした? 来いよ。かくまってやるぜ」


 そいつはごくりと唾をのみ、かすれた声で答えた。

「ああ、そいつはありがたい。だけど__」

「だけど?」

「オレは水が大嫌いなんだ」

 僕はそいつを横目で見た。

「あんた、ザリガニじゃないの?」

 

 その途端、奴はしっぽの爪をぶんぶん回し、がなり立てた。

「ザリガニだって! とんでもない、オレはサソリさ、砂漠のハンターだ!」


 サソリと名乗ったそいつはまだ威張っていたけど、子どもの邪悪な声が上から降ってくると、急に縮こまった。よく見ると、そいつの足は1本取れていた。子どもにやられたのかもしれない。

 僕はまたそいつを誘った。

「来いよ。水の中なら安全だ!」

 サソリは迷っている。人間が操る忌々しい網が、サソリを捕らえようと襲いかかる! 僕は慌ててサソリをひっつかみ、じたばた暴れるのを抑えながら水の中に戻った。


 水の中の僕の快適な家で、サソリはまだじたばたしてる。

「オレは……泳げないんだ!」

「もうちょっと我慢しな。さもないと人間に捕まってバラバラにされちまうよ」

「それも嫌だ!」

 僕はサソリのために、藻でこしらえたぬるぬるのベッドを取り出した。だけど、それも気に食わないらしい。

「何だその汚いぐちゃぐちゃは!」

「これで休めば? って」

「オレに、それを触れっていうのか!?」

 おまけに、おもてなしのために用意したおたまじゃくしの保存食も大不評だった。

「不味い! なんて不味いものを食わすんだ! もっとからっと乾いた、虫とかは……」

「あんたねえ、ここは水の中だよ」

 ひとしきり騒いだ後、サソリは静かになった。ふーっと泡を口から吐き出して、そのまま動かない。

「疲れて眠っちまったのか……」

 僕はお気に入りの藻布もうふをサソリにかけてやったけど、

「……いや違う! こいつ、気絶してる……!」

 水の中は駄目だったらしい。


 僕はサソリを抱えて用水路の中を泳ぎ、少し離れたところで陸に上がった。サソリはぐったりしていたけど、水を吐き出させてやったら目を開けた。

「……ここは……?」

「少なくとも、水の中じゃあないよ。お気に召すかどうかは知らんけど」

 深呼吸を何回もして、サソリはしみじみと行った。

「息が出来るって、素晴らしい。……危うく、夜空の赤い星になるところだったぜ」

 何だか、悪いことしちゃったな。自分が水の中でも地上でも楽しめるから、こいつもそうだと思ってしまった。

「人間も、もういないよ」

「悪いな、助かった」

 サソリは身震いした。「ここ、エジプトのカイロじゃないよな?」

「全然違う。ここは日本の東京だ」

「ずいぶん、遠くまで来ちまったんだな……」

 サソリは深い溜息をついた。固い殻が弱気に縮んだように見えて、僕はサソリの疲れを感じ取った。目には、哀愁が浮かんでいる。つい同情して、優しい言葉をかけたくなった。

「いつか戻れるよ、そのカイロとやらに」

 サソリはかぶりを振った。「オレの故郷は、ギザっていう砂漠だ。からっと乾いてて、飯もうまくて、そりゃもういいところさ。こことは比べものにならん」

 何だよそれ! 僕はカチンときて言い返す。

「うちの方が、“さばく”なんかよりずっと快適だよ! 水には困らないし、おたまじゃくしもミジンコもたっぷりいる!」

 サソリは鼻で笑う。

「あんなところによく住んでいられるよな。心まで沈んでしまいそうだったよ」

「ああそうかい、じゃああんたの家を見せてみろよ! ここよりちんけで食べるものも少なかったら、はさみを差して笑ってやるからな」

「いいぜ」

「えっ」

 サソリははさみを伸ばして僕を抱き、にやりと笑った。

「一匹だけじゃつまらんと思っていたところだ。お前も一緒に来い!」

「さ、砂漠に?」

「そうだ」

「何でだよ」

 謹んでお断りしようとしたのに、サソリは長いしっぽで僕をしっかり捕まえてしまっていた。

「助けてもらった礼だ、オレの家でたっぷりもてなしてやるよ」

「帰れなくなったら?」

「行くことができたら、帰ることもできるさ。決まりだな!」

「ちょ、ちょっと!」

 今度は僕がサソリに引きずられ、ずるずると我が家から遠ざかる。

「そもそも、どうやって行くんだよ!」

「いい作戦がある。教えてやるから、耳を貸せ」

 そうして聞かされたのは、とんでもない計画だった。

「な? 簡単だろ」

 サソリは絶対正気じゃない。こんなに自信たっぷりの顔で笑っているなんて。



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