消えないモノ
三題噺もどき―さんびゃくきゅうじゅうに。
町全体が、少し浮ついた空気に包まれている。
年の瀬を迎える前にある、イベントのせいだろう。
歩道沿いに並ぶ木々には、煌びやかな装飾が施されている。
「……」
ときおり、その姿をカメラに収めようとスマホを構えている人が居る。
撮ること自体は別にいいのだが、もう少し周りに配慮はしていただきたいものだ。
それにこんな街中じゃなくても、もっといい場所があると思うんだが…。
その上、ああいう記憶や記録はすぐになくなっていきそうだ。
―こんな風に思うのは、単なる妬みからだろうか。
「……」
いつもより人通りの多い道の中を1人で歩いていく。
突然襲ってきた寒波にマフラーを引っ張り出したりしたのだが、つけていても寒い。
鼻の奥が痛むし、指先が痛いほど冷えている。
さっさと帰って暖かな部屋に入りたいものだが、人混みがそれを許さない。
……少し外れて歩くか。
「……」
元々道の端の方を歩いてはいたが、更に端の方へと寄る。
裏道にでも入れたらいいのだが、さすがにこの暗さになってしまうとためらう。
一応、その辺も気にかけるべき人間ではあるので、下手な行動は出来ない。
後は、単純にああいう場所にはいい思い出がない。
「……」
道の端を、ショウウィンドウが並ぶ店舗側を、気持ち速足で歩いていく。
視界の端に入り込むカップルや、仲間同士の集まりなんかをほんの少し。
どこかで羨ましいとは思いつつも、ああはなりたくないし、なれないと言い聞かせる。
あれはもう、私にはかなわないものだ。
一生引きずる、苦い記憶のせいで、人とのかかわりは極力避けてしまうから。
「……」
そんなでも、ようやく仕事に出るぐらいはできるようになったから。
まだ、マシになった方なのだ。
未だに記憶は消えないし、引きずっているが。
そのままでは、この社会では生きていけないのだ。
「――!」
1人そんなことを考えながら、歩いていると。
声が、耳に、飛び込んできた。
「――」
見たくもないし、聞きたくもないのに。
視線は固まるし、耳は声を拾う。
「――」
視界の中心に。
1つの影が入り込む。
ひゅ―――
と、か細い呼吸音が体内に響いた。
心臓が跳ねる音がそれに重なる。
「――」
影は、ある店から出てきていた。
あの店は、確か、おもちゃを売っているところだった気がする。
特に幼い、まだ話す事もあまりままならない年齢の子供向けの。
「――」
きっと、クリスマスに向けてのプレゼントか何かを探していたんだろう。
そして、いいモノが見つかって、満足げに。
大き目の紙袋を手に、幸せそうに笑っている。
「――」
あれに、アイツに。
プレゼントを心待ちにする、子供ができたのか。
「――」
中身を確認しながら、心底幸せだと言うように、笑う。
「――」
姿かたちは、年月を経て変われど。
苦い記憶はいつまでも残り、こびり付いている。
毎日夢に見るくらいに。
「――」
身体が震える。
呼吸音が少しずつ荒くなっているのが分かる。
心臓が全力疾走した直後みたいに跳ねている。
「――」
早く。早く。ここから。
逃げなくては。
早く。
「――」
はやくはやくはやく。
「――」
「――」
はやくはやくはやく。はやくはやくはやく。
「――」
「――」
「――」
「――っは」
気付けば玄関のドアを閉めていた。
全身から力が抜け、その場に座り込む。
呼吸を落ち着かせ、体をかき抱く。
きっと、アレは気のせいだと言い聞かせ、アレは勘違いだと言い聞かせ。
明日も仕事に行けるように、生きていけるように。
言い聞かせる。
お題:笑う・心待ちにする・呼吸音