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そして君は前を向く  作者: ユキノト
番外編【幸せのリスト】
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6.視座

(ジェシー、口が開いているわ……)

 ナシュアナはフィルとアレクサンダー、アーサーと共に戻った自室で、こちらを見たまま呆然とする侍女の彼女を前に眉尻を下げた。


 フィルとアレクサンダーは、侍女たちの間でかなりの人気だそうだ。

「剣技大会の四連覇もですけど、アレクサンダーさまは前の紛争での劣勢をひっくり返した方ですから。ご容姿も立ち居振る舞いもめっちゃくちゃカッコいいし、クールで話しかけづらいけど、それがまた素敵だって評判で。正后さまのご実家の公爵家ご出身と聞くと気後れしちゃいますけど、ご次男で騎士となると平民の私たちでも手が届きそうな気がするんですよねえ。そんな方がナシュアナさまの護衛に……」

「あ、ディランさまの人気も最近すごいんですよ? 剣技大会の圧勝もですけど、あの忠誠の儀……ナシュアナさまがうらやましすぎるってみんな言ってます。紳士でめちゃくちゃ優しいって、街の友達も話してましたし、彼が巡回する先で待ち伏せている子も多いんですって」

 そう話して、微妙にそわそわしていることには気づいていたけれど、予想以上だった。

 ジェシーは部屋に入ったアレクサンダーを見て、真っ赤になった後、

「はじめまして、あなたがジェシーさん? お会いできて本当に嬉しいです」

 彼の後ろからひょっこり顔を出し、にこっと人懐っこく笑ったフィルに、いよいよ壊れてしまったらしい。


(まあ、そうなるわよね……)

 呆然とするジェシーの気持ちは、ナシュアナにももちろんよくわかった。

 平均男性より頭半分高いフィルとその彼女よりさらに高いアレクサンダー。明るく華やかな感じと鋭く冷たい感じというタイプの違いはあれど、どちらも顔立ちが整っていて、騎士らしくスタイルもいい。

 二人が並んでいると本当に壮観なのだ。ここに来る間にすれ違った人たちもみな彼らに唖然としていたし、ナシュアナ自身、浮世離れした、めちゃくちゃ綺麗なラーナックを見慣れていなかったら、きっと同じ反応をしていたと思うし。

「ええと、ジェシー……?」

 口を閉じたほうがいいと声に出すことが親切なのかどうかわからなくて、ナシュアナはとりあえず彼女の名だけ呼んでみた。

「っ、ああ、お、お茶っ」

「あ、お願い……」

「今すぐっ」

(だ、大丈夫かしら? あ、転んだ……)

 お茶を、と言って走り出していった彼女が扉の所で躓いたのを見て、ナシュアナは顔を引きつらせ、アーサーは眉をしかめ、フィルは微笑ましそうに笑う。そして、アレクサンダーがそのすべてに苦笑を零した。


 それからしばらく皆で一緒にお茶を飲んだ。遠慮していたのにフィルに引き込まれてしまって最初緊張していたジェシーも、硬い空気だったアーサーも、時間が経つにつれてリラックスしていき、笑いを見せるようになる。

 自分の部屋で大好きな人たちが、一緒にお茶を囲んで朗らかに笑ってくれる――ナシュアナにとって信じられないほど幸せなことだった。ここにラーナックや乳母もいてくれたら、もっともっと最高だったのに、と何度も思った。

「ナシュアナさま、そろそろお時間です」

「え、もうそんな時間?」

 そして、勉強の時間だからとしぶしぶ図書館に行って、老博士に苦笑されながら終わりの時間が来るのと同時にそこを飛び出した。


「アーサー、フィルは?」

「……宮廷作法を学ぶために、侍女頭のところに」

 図書館の入り口で待機していた彼に訊ねれば、「そろそろ戻ると思います」と苦笑が返ってきた。その顔に引っかかりを覚える。

「……ねえ、アーサー、やっぱりフィルのこと好きじゃない? ……貴族じゃないから?」

(だったらどうしよう、フィルは実は貴族だって言っていいのかしら? でもフィルはザルアナックと名乗ってないし、ラーナックも離れて暮らしていた理由を濁していたし……)

「いえ、本当にそんなことは。心根の良い方だと思っています。……まあ、その、正直、かなり変わっているとは思いますが」

「それはそうね」

 思わず頷いた。失礼かもしれないけれど、ラーナックがフィルについて話して笑う気持ちがナシュアナにもよくわかった。彼女は確かに色々変わっている。でも嫌なずれ方じゃないから不思議だ。

「私、アレクサンダーがあんなに笑う人だとは思っていなかったわ。呆れる顔とか慌てる姿とか、想像すらできなかったし」

「確かに。フィル殿ならではですね」

 アーサーは思わずというように吹き出した後、声を立てて笑った。

 このアーサーまで結局笑わせてしまえるのだ、やっぱりフィルは楽しい。


(あ、いた。フィルとアレクサ……?)

 自室に戻る途中の廊下で、アレクサンダーがフィルと向かい合っているのを見つけた。彼は図書館で最初に見かけた時のように熱心な、でも苦しそうな目で彼女を見つめ、その顎に手をかけている。

 対象のフィルも潤んだ目でアレクサンダーを見上げていて……。

「……アレクサンダーってフィルのこと、好きなのかしら?」

「ナ、ナシュアナさま?」

 思いつきを口にして、すぐに納得した。間違いない、と。それから嬉しくなった。多分フィルもそうだ、だとしたら、きっとフィルは幸せになる、と思えたから。

(でも、アレクサンダーはどこまでフィルのことを知っているのかしら? 溜め息をつきたくなるくらいお似合いの二人だけど……フィルの性別は? 素性は?)

 疑問を胸に二人を改めて観察しようとした矢先、

「フォ、フォルデリーク殿っ!!」

「?」

 視界から二人が消えて、代わってアーサーの大きな背で占められた。


 二人がこちらに気付いてやってきて、それに続いて今まで顔を見たことすらなかった貴族の少女たちが集まってくる。

 最初は知らない人たち、しかも、貴族ということで気後れしてしまったけれど、フィルと一緒だといつの間にかそんなことを忘れてしまった。アレクサンダーも露骨にはしないけれど、ナシュアナがうまく彼女たちに溶け込めるよう気を使ってくれているのがわかって、すごく嬉しくなった。

「? フィル、疲れた?」

 お茶会の合間に、ふとそんな疑問を口にしてしまった。いつもそうであるように、彼女はナシュアナを含めた皆をたくさん笑わせてくれていたけれど、その瞬間、なんとなく元気がないように思えたから。

 けれど、そんなナシュアナにフィルは大げさに溜め息をついた。

「教わった宮殿の作法で頭がいっぱいになってるんです。何の意味があるんだってことばっかりで」

 そして、普通の貴族なら絶対に言わないようなことをあっさりつぶやいて、また皆を笑わせる。

「私も実は疑問だらけなんです。聞くと怒られますし」

「よかった、私だけじゃなかったのね」

 そうして皆と一緒に過ごすうちに、いつの間にか怖いという気持ちも消えていった。

 同じものを食べて、飲んで、美味しいと思い、様々な物事に対してやはり色々考え、同じ話題で笑うことができる。


「貴族と言っても、お姉さまのまわりにいるような人たちばかりではなかったのね」

 フィルとアレクサンダーが帰っていくのを見送って、横のアーサーにしみじみと呟いた。

「私が怖がって関わろうとしなかっただけなんだわ」

「……」

 見上げた先ではアーサーが笑ってくれて、また幸せな気分になった。

 アーサーもフィルもアレクサンダーも今日会った人たちも、それからラーナックも、貴族だけど優しい人たちだ。

 貴族というだけで相手に偏見を持って、一人一人の人となりを知ろうとしなかった自分も、実はお姉さまや第二王妃と何も変わらなかった――そう発見できたこともナシュアナにとって特別な経験になった。



 * * *



「ラーナックっ!」

 久しぶりにデラウェール図書館で会えて嬉しくなって思わず彼に駆け寄った。

 一瞬驚いたように眉を跳ね上げた彼は、それでもナシュアナを抱きとめてくれる。その仕草がフィルと一緒なことに気付いて思わず笑ってしまう。

「あの子の影響だね?」

「やっぱり知っているのね」

 くすくすと笑いながらそう訊ねてきた彼に、同様にくすくすと笑って返した。


 興奮しながらフィルについて話すナシュアナの話を、ラーナックは微笑みながら聞いてくれた。

「こうして見ると本当に兄妹なのね。とてもよく似ているわ」

 ひとしきり語った後、そう口にしたナシュアナに、彼はひどく嬉しそうな顔を見せた。本当にフィルが好きなんだなあとわかって嬉しくなって、それから少しやきもちを妬いた。

(……やきもち? ……そう、なんだ……)

 初恋に気付いた瞬間だった。

「ナシュアナ?」

(で、でもフィルはラーナックと兄妹だし、フィルにはアレクサンダーがいるし)

 好きなんだと気づくと、いきなりうまく話せなくなるのが不思議だった。不自然なまでに真っ赤になって、「ななななんでもないの」と言って身じろぐ。

 ナシュアナどころかこれまで見た誰より綺麗で、十も年上で、有力な貴族の嫡男で、優しくて、頭もよくて教養もあって、あまり夜会には出ていないようだけど、出れば絶対に人気者で……今更だけど、どきどきする。


 混乱を誤魔化すように、ずっと気になっていた質問をラーナックにぶつけた。

「ねえ、フィルはなんでザルアナックを名乗っていないの? 女性なのを隠すため?」

 けれど、その問いにラーナックは今まで一度も見たことのない、険しくて、けれど悲しい顔を一瞬見せた。

「あ……ご、ごめんなさい。訊いてはいけなかったのかしら……?」

(人のそんな事情をこんなふうに訊ねるなんて、浅はかすぎた……)

 好きな人にそんな顔をされたこともショックで、もう少し考えてから口にするべきだった、と恥ずかしくて泣きそうになったナシュアナに、ラーナックは苦笑した。

「ナシュアナのせいじゃないよ。フィルは……父と仲が悪いから」

「フィルが?」

(あのフィルが仲良くできない人……? じゃあ、名乗っていない訳ではなくて、名乗れないということ……)

 ラーナックの顔を見つめながら呆然とした。

「強い、のね」

 そんな状況で、それでもフィルはああして顔を上げているんだ、と悟った。同時に、剣技大会の場で彼女が言った、『一緒に頑張りましょう』という言葉に、ナシュアナが想像する以上の意味があったことを思い知って、胸が震えた。

「……アレクサンダーはどこまで知っているの?」

「よくはわからないな、あの二人は二人で色々あるようだから」

「そう、なの……」

(フィルは大丈夫なのかしら。アレクサンダーは味方だとは思うけど……)

 沈み込んだナシュアナを前に、ラーナックは声の調子を変えた。

「ナシュアナは彼に会ったことがあるんだよね? 兄としては妹の想い人がどんな男か気になるんだけど」

 そう彼は茶目っ気を見せて笑う。それで、やっぱりフィルはアレクサンダーのことが好きなんだ、と知って、ラーナックの思惑通り気分を浮上させた。

「いい人よ。最初は怖かったけど、すごく優しいの。影から私も、それからフィルも色々助けられているのよ」

「まあ、ナシュアナはともかく、そうじゃなきゃあのフィルの相手はできないかな」

 そうしてまた笑ってしまった。


「ラーナックのことは? 私がラーナックと知り合いだとフィルに言ってもいい?」

 時間いっぱいおしゃべりして帰る間際、そう訊ねてみた。

「僕としてはいつもの仕返しにフィルをびっくりさせてみたいのだけれど」

「……内緒ってこと?」

 にこりと笑ったラーナックにつられて笑った。


 その時はその笑顔の裏の意図に気付けなかった。

 それを知るのはもう少し先――幸せリストがいっぱいになって、もうページが尽きてしまうという頃だった。



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