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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第5章 湧出
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5-8.ヘンリック観察記3

「ダブル、デート……」

「そう、付き合ってくれよ、フィル」

 昼食の場でヘンリックの前の席に陣取って、フィルを拝んでいるのは同期のエドワードだ。最近年齢=彼女いない歴が気になり出したらしい。


「頼む、ずっと狙ってた子なんだ。フィル連れてきてくれるならダブルデートしてもいいって。あ、相手の子も可愛い子だぞ」

 フィルの顔が一瞬困ったように歪んだのを見て、ヘンリックも顔をしかめた。

「あー、遠慮しとく」

(動揺してる)

 揺れる視線を隠そうとしているのだろう、フィルは匙を口に運ぶふりをして少し顔を伏せる。

「フィルー、頼むって。彼女できるぞ」

「別に欲しくない」

 必死なエドに、フィルが『申し訳ないけど』と顔に浮かべながら返したのを見、ヘンリックは思わず溜め息をついた。

(そりゃそうだろ、彼女志願者にフィルが今どれだけ悩んでると思ってるのさ)


 フィルは相変わらず街の女の子たちに人気で、頻繁に声をかけられている。その中から最近本気っぽい子がちらほらと出てきた。彼女たちに出会う度に、フィルは苦心しているとヘンリックには明らかにわかる態度で、彼女達を傷つけないように、けれどなんとか諦めてもらおうとしている。彼女達に真剣さが混じれば混じるほど、表情の甘さや態度の丁寧さとは対照的にフィルの空気は堅くなって、必死さも増す。この能天気の塊みたいなフィルが、彼女達との会話を終えるごとに胃をさすっているのだってヘンリックは知っている。


「エド、フィルが嫌だって言ってんじゃねえか、諦めろよ。大体、ずっとってなんだよ、せいぜい半月のくせに」

 エドとは兄弟弟子で親友だというカイトが呆れたように口にした。

「そもそもフィルとじゃ、エド、見劣りしすぎるんじゃない?」

 何気にひどいことを冷静に言ってのけたのは、ヘンリックの隣にいるフィルの向こう隣りに座っているロデルセン。

「うん、惨めになって終わりじゃないかな?」

 決定打を与えようとヘンリックも便乗してみる。

「くっ、これだからもてる奴らはむかつくんだっ。何だって俺の周りは面のいい奴ばっかなんだ……」

「そう言われても……」

 そんなことを言いながら頭を掻き毟るエドに、フィル以外の三人はそろって半眼を向けた。

「顔、普通。体格はこの中どころか騎士の中でもいい方。見た目のせいにすんな。問題はお前のそのお笑い系の性格だ」

「確かに。楽しい人で終わりそうだよね、エド」

「あと、実は無駄にロマンティストなところ? まあ、いつかいい出会いがあるよ、きっと、多分、保証はしないけど」

 あ、凹んだ。


「いいよ、いいよ……、どうせ俺はずっと一人なんだ、一生誰とも付き合えないんだ」

「夢見すぎなんだよ。チャンスがあったって、ちゃんと惚れ合ってる相手じゃなきゃとか言って逃してきたじゃん」

「っ、カイトが擦れすぎなんだ!」

「結果、童貞だって嘆いてりゃ世話ねえよ」

「? どうてい?」

(げ)

 パンを口に放り込みながら、耳慣れない言葉をいつものように繰り返したフィルの耳を、ヘンリックは咄嗟にふさいだ。放り出されたスプーンがカチャンと音を立てる。

「む? なんだ、ヘンリック?」

「いいんだ、フィルは気にしなくて」

 そう言いながら、飛び切り可愛い顔を作ってフィルに向かってにっこり。つられてフィルもにっこり。

(……くそう、親友、今また『可愛い』とか思いやがったな)

 かっちり耳を抑えて微笑みながら、ヘンリックは内心微妙に不貞腐れる。

 まあ、いい。これで単純なフィルの頭から、さっきの疑問は消え失せたはずだ。

「……そこまで世間知らずなのかよ」

「ダブルデートとかしたら、予想つかないことになりそう……俺、考えが足りなかったかも……」

 周囲では他の三人が顔を引き攣らせている。


「だけど、あんまり過保護なのもまずくない?」

「知らない。僕は氷漬けになりたくない」

 逡巡するかのようなロデルセンの声にそう返してフィルの耳を放すと、ヘンリックは席に座り直して昼食を再開した。

「……なるほどね」

 ヘンリックの言葉にカイトだけがそう返事をし、耳を解放されたフィルが他の二人と一緒になって首を捻った。


「フィル」

 だが、そこに届いた低く響く声にぱっと顔を綻ばせ、フィルは慌てて立ち上がった。

(フィル、また疑問、忘れたね、僕にはわかるよ……)

「今日の午後は巡回?」

「うん、じゃあ、また」

 呆れと苦笑を混ぜて話しかければ、フィルははにかんで頷く。そして、空の食器の乗ったトレーを持ち、ヘンリックから見てフィル側、少し離れた席でオッズと話していたアレックスへと急いで駆け寄った。

「お待たせしました、アレックス」

 そして、同様に立ち上がった彼に笑いかけた。


(……ほんと、嬉しそうだよなあ)

 嫌いな食材ばかりが残った昼食の皿をフォークでつつきながら、ヘンリックは左腕で頬杖をつく。

(それにしてもアレックス、睨みすぎだよ、あれ。確かにあんまり聞かせたい言葉じゃないかもしれないけどさ)

 その彼にきっちり気付いたカイトとヘンリック、鈍くて気付いていないらしいエドとロデルセン――中々いい組み合わせなのかな、ともちょっと思う。


「……犬みたいだよね。懐いてるという表現しかないよ、あれ」

「そしてそんな二人は王都一モテる二人組み。くそう、俺の青春返しやがれってんだ」

「だからフィルとアレックスの問題じゃないんじゃない? レベルが違いすぎるってば」

「く、いっちいちやな奴だな、ロデルセン、おまえだって彼女いないくせに」

「う。で、でも、俺だけじゃなくって、ヘンリックだってフィルだってカイトだっていないじゃないか」

「僕にはメアリーがいる」

 そこは即座に訂正したが、「彼女じゃないくせに」とエドは舌を出してきた。

 むかついたので睨んでやったけど、案の定効き目はなかった。……この少女顔、本当になんとかしたい。

「カイトは正真正銘、彼女出来たんだよ、また。あー、俺もうカイトの友達やめたい。惨めになる。フィルはフィルで半端じゃなくもてるくせにそういう付き合い悪いし、ヘンリックは幼馴染馬鹿だし」

 そう言って机に突っ伏して泣きまねを始める、それこそがエドに彼女が出来ない原因だと思う。大体馬鹿ってエドに言われる筋合いだけはない。


「もてるって言えば、最近アレックスに声かける女の子、すごい勢いで増えてるんだって」

 フィルと話しながら食器を返却し、食堂の出口へと向かっているアレックスの背を見つつ、そう呟いたロデルセンの目は、憧れで潤み気味。その気持ちはヘンリックにももちろんよーくわかる。

「昔から王都じゃ人気あったけど……アレックス、あんな風に笑うなんて思ってなかったな。案外親切だったし」

「黙って一人でいると今でもちょっと近寄りがたいけどね。頭もいいし、かっこいいし、しかもクイラ国との紛争の英雄だし……アレックスこそ彼女いないのかなあ」

「いない訳ないじゃん。去年までの剣技大会、知らねえの? 第一王女のセルナディアさまだよ、あの美人の! いいよなあ、可愛いのに色っぽい。家柄だってばっちり釣り合う上に、ものすごく仲いいんだってさ」

「えーっ、そうなのか!?」

(……ふうん、王女、ねえ)

「それ、ただの噂じゃない?」

 ヘンリックはひそひそと盛り上がるエドとロデルセンへと、白い目を向けた。

 だって、どう見たってアレックスはフィルのことを好きだ。おそらくどうしようもないくらいに。

(なるほど、これもエドに彼女が出来ない原因のひとつとして付け加えよう。ああ、でも……そっか、アレックスには家の事情ってのもあるのかも)

 いつの間にか忘れてしまっていたけれど、彼は貴族だった。

「……」

 なんだか心配になってきて、ヘンリックは親友に視線を戻す。能天気に笑っている横顔を見て、ますます心配になる。

「なんだよ、ヘンリック、ノリ悪いな」

「……エド、そういう素直さというか単純さも彼女出来ない原因だって気づきなよ」

 人間関係全般、恋愛についてはさらに、世界はエドが見ているより複雑だ、と呆れを向ければ、彼はぐぅと呻いてテーブルに突っ伏した。

(自分がまっすぐだからこそ駆け引きとか嘘とか、わかんないんだろうなあ)

と苦笑しつつ、エドがそんな噂をフィルの耳に入れないよう細心の注意を払おうと決めた。きっとろくでもないことになる。


「……エド、さっきの話、フィルが駄目だってんなら、アレックスに声かけてみれば?」

「はあ?」

「カイト?」

「王女と付き合ってるんなら断るだろうし、いないんなら案外付き合ってくれるんじゃねえ?」

「カイト、頭おかしくなったのか? そんなのにあのアレックスが付き合ってくれる訳ないだろう?」

「わかんねえじゃん。ふたを開けてみりゃ、かなり気さくな性格だったわけだし。そういうのだって頼めば何とかなるかもよ?」

「そう、かなあ」

 目を白黒させているエドとロデルセン。

 ヘンリックはちらりとカイトへと目を向けてみるが、それに気を払わずにカイトが見ているのはあの二人だ。その表情がどこか苦々しい顔つきに見えるのは気のせいじゃないのだろう。


「……たとえ付き合ってくれるって言われたってアレックスだけは嫌だ」

「なんで?」

 話題を反らしたくてエドの声にのると、単純な彼はあっさり引っかかってくれる。本当、いい組み合わせだ。

「フィルはどっか抜けてるけど、アレックスはそれすらねえじゃん、100%女の子とられて終わり」

「……案外計算高いよね、エド」

「その辺の才能が彼女作りに生きればいいのに」

「無理だからこんなんなんだろう」

「ぐぅう……」

 こうして空気は和む。もちろんエドを除いた三人の間の空気だけど。うん、やっぱりいい組み合わせだよね。



 再び馳せた視線の先、アレックスと話して微笑んでいるフィルは最近ちゃんと女の子だ。そして、アレックスが彼女を見ていない時にも彼を目で追うようになっている。もう一つ、時々彼と目を合わせてフィルが顔を赤くしていることにも、ヘンリックはちゃっかり気付いている。結構進歩してきたようだから、アレックスが報われる日も近いだろう。


 ちなみにヘンリックも第一小隊の人たちがやっている、二人がいつくっつくかという賭けに乗っている。もちろん一ヶ月以内――配当も高いし、何より親友を舐めてはいけない。ちゃんとそれぐらいの気配は読んでいる。

 当たったらメアリー!と豪華にデート!の予定だ。……カイトにはちょっと気の毒だけどね。



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