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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第5章 湧出
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5-3.動揺

「剣技大会?」

「お前、そんなことも知らないのか?」

 稽古が終わり、トンボを手に鍛錬場の整備に励むフィルの周囲で、同期たちが耳慣れない言葉を口にした。手を止めて思わず聞き返せば、カイトが露骨な呆れ顔を向けてくる。

 そこですかさず、「しょうがないよ、ずっと地方に居たんだから」とフォローしてくれるヘンリックはやっぱりいいやつだ。さすがアレク以来の親友(!)。


「知らなくたって、フィルは代表どころか優勝決定だろう」

「代表、優勝……」

 嬉しそうに後を受けたロデルセンに、フィルはさらに首を傾げる。


 暦の上ではもう春だというのに、今日の王都カザレナの空は冷たさをはらんだまま、高く青く澄んでいる。


 半年前、制服に着られているようだったフィルの同期たちは、みなそれなりに『騎士』が板についてきて、いっぱしに仕事もこなすようになってきている。もうじきこの見習い用の青い制服ともおさらばだ。

 だけどそれはそれ。みな少年っぽさがまだ残っていて、集まれば際立って賑やかな集団となる。

 今日も鍛錬場を整地したり、武器などを片付けたりしながら、どこの女の子がかわいいとか、彼女が出来たとか別れたとか、嫌な先輩がいるとか、仕事で失敗したとかうまくやったとか、どこかの酒場で馬鹿騒ぎをしてつまみ出されたとか、そんな話題で盛り上がっていたのだ、ロデルセンが『剣技大会の代表選考、明後日だって』と言い出すまで。


「花祭りに合わせてやる大会だよ。近衛騎士団と騎士団の代表八名ずつがトーナメントで競うんだ」

「花祭りって、聖ナシュアナシス降誕祭だっけ」

 この半年でフィルが学んだ情報によると、近衛騎士団とは貴族の子弟のみが所属する百名弱の集団で、主に王宮の警護を担っているらしい。元は旧王権下で王族の護衛とそのための体制維持を目的に、やはり貴族の子弟で構成されていた集団――つまりは、先の内戦で祖父たちと戦った集団の名残ということだ。

 ちなみに王権が変わった今は、実質爵位を継げない子弟の受け入れ先になっていて、それ故かそこの騎士たちはあまり大した腕ではないらしい。

 だから王族の警護は今も基本的には彼らの管轄だが、ヤバイ(注:カイト語録。危険なことや抜き差しならない事態を言うらしい)案件の時には騎士団から人が赴くらしい。

 当然、そんな近衛騎士団と騎士団は仲が悪いらしい。そんなこんなも一部のアレックス嫌いの原因だったらしい。

 らしい、ばかりなのは、フィル自身一度も彼らを見たことが無いからだ。


 嫌そうな顔をして説明するカイトと暗そうな顔をしたヘンリックに、フィルは眉を顰めた。

「嫌なのか?」

(二人ともそういうイベント事、好きそうなのに……)


 貴族のための貴族の集団である近衛騎士団に対して、爺さまが誇らしげに言っていたとおり、騎士団は国民と国のための軍隊だと言われている。

 王都の警護にも当たれば、地方の騒動や他国との紛争にも赴くし、非常時の地方軍の指揮権もある。

 女の子の人気は無理(フィルが言うのもなんだが、変な人ばかり!だ……)にしても、実力に関しては騎士団の方に分がありそうなものだ。

 大衆の面前、公の場で嫌いな近衛騎士を正々堂々打ち負かせるのなら、喜んでもよさそうなものなのに、と不思議に思う。


「それがねえ」

 歯切れ悪くヘンリックはフィルを見た。

「十年位前からかな、その大会に出られるのは十八歳以下ってされたんだよ。花祭りは生命の息吹を祝うもの、若者のお祭りだからって」

 ヘンリックの後を受けたエドが飄々と、でも彼らしくない辛らつさを滲ませる。

「去年まではアレックスがいたから騎士団の面目も立ってたけど、実際にはアレックス以外は皆一回戦で負けてたんだよなあ」

 側で整備を行っていた者たちも次々に会話に加わってくる。ひでえよなとか、見世物にされるとか、勝てねえからって汚えまねしやがってとか、口々に言いながら。


(十八歳以下……)

 フィルは不平を垂れている三十人程度の同期を見渡した。この中で十八歳以下の者……は、確かにお世辞にもすごく腕がいいとは言い難い。

 それは彼らに才能が無いからなのか?と自分で考えついた疑問を、そうじゃない、とフィルは即座に否定した。何十倍もの難関をくぐり抜けただけあって、得手不得手はあっても彼らの素質は一様に良い。

(意欲の問題でもない)

 彼らの平民階級の出だ。意思を持って自分で剣を習い始めたわけだから、やる気の問題じゃない。

(となると、単純に修練の開始が貴族の子弟である近衛騎士団員たちより圧倒的に遅かっただけ)

「……」

 そこまで考えてフィルはある事実に気付いた。

(私が初めて剣に触れたのは三つの時……)

 思い浮かんできた考えに、徐々に全身の末端から血の気が引いていく。トンボを握るこぶしが知らず白み、顔が青褪める。

(じゃあ、私、は……? ううん、……私、も、)

 周囲の話し声が急に耳をすり抜け出した。

(剣を習い始めたのが早かっただけ……?)

 騒ぐ同期が急速に遠ざかっていく気がする。


「……っ」

 彼らの向こうに、こちらに向かってくるアレックスを見つけて、フィルは血の気を失った。

 背はフィルより頭半分ちょっと高く、筋肉もしっかりしていて力もある。これまでの経験から判断するに才能も豊かだ。

(彼が稽古を始めたのは……)

 今までフィルと渡り合える同年代の相手に出会ったことがなかったから嬉しくて思わず訊ねた時、アレックスは複雑そうな顔をして、「十歳からだ」と答えていた。それを思い出してさらに愕然とする。

(私より7年も遅い……)


 黄昏時の冷たい風が吹き付けてきて、髪を揺らし、全身から熱を奪っていく。


(じゃあ、私は? ずっと剣があるって思っていたのに、本当は違う……? どうしよう、だとしたら……)

 アレックスが怪訝な顔でこちらを見つめてくる。彼の青い目をフィルは呆然と見つめ返した。

(だとしたら、ここも私の場所にはならない……)



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