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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第5章 湧出
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【第5章】5-1.幸か不幸か

「おー、フィル、最近どうだ?」

「どう? と仰いますと?」

「アレックスだよ、 “彼女”の気配は出てきたか?」

 ミルトにニヤニヤと話しかけられて、フィルは露骨に白い目を向ける。まだ懲りてないのか、と。

「もう嫌です。凍え死にそうになるのはもうたくさんです……!」


『本命を探して彼女を作るのに協力したい』

 そう口にしてしまった後のアレックスは、ほんっとうに恐ろしかった……。みなは無責任にも逃げて行ってしまったし、あの後一番大変だったのは、なんと言ったって同室で相方のフィルだ。トラウマというのはこういうことかもしれないとちょっとだけ思っている。


「まあ、そう言うな。もうすぐ奴の誕生日なんだ」

「たんじょうび……」

 フィルの家には誕生日を祝う習慣はなかったが、世間ではお祝いする人の方が多いようだ。「なるほど、だからか」と思わずフィルは納得する。

 目敏い第一小隊の面子がそれを見逃すはずはない。

「告白、増えてきたか?」

「デートのお誘いは?」

「贈り物は?」

「……しょっちゅうです」

 最近アレックスの周辺はそんな感じで以前に増して騒がしい。仕事中だろうとそうでなかろうと頻繁に呼び止められて、何か物を差し出されていることもあれば、デートに誘われていることも告白されていることもある。その度にフィルはこそこそとその場を逃げ出す羽目になる。


 栗色の髪の奇麗なあの子、黒の目の美しいあの子、えくぼのかわいいあの子――フィルに親しげに話しかけてくれていた子たちが、実はみなアレックス目当てだったと知って、人間不信になりそうなのも事実なら、少し焦ったのも……。

(……あれ? 焦る?)

 フィルは目をまん丸くして、停止する。


「おい、フィル」

「あー駄目だ駄目だ、そうなったら何も聞こえないから」

「今度は何を考え付いたんだか」

 眉間の皺を深めつつ段々傾いていくフィルを、仲間達は一歩引いた場所から眺める。

「どう思う? 脈あってのことだと思うか?」

「いやあ、微妙……嫉妬してって訳でもなさそうだし」

「いくら無駄に色気のあるアレックスでも、こんなお子さまとなると難しいのかねえ」

「――だから何の話だ」

 そこに底冷えのする声が響いて、噂話に花を咲かせていた仲間たちは一気に凍結した。


 そんな中、当事者のフィルは、今回幸いにもウェズとオッズに呼ばれて話し始めていて、災難を免れていた。

「可愛い部下、可愛い後輩のために俺たちがおまえの疑問を解決してやろう」

「疑問……」

 を持っているなんて一言だって言っていないのになぜ?

「言わなくてもわかる」

「……」

 その質問すら先回りして答えられてしまったことに、フィルの悲哀は募る。が、傍若無人を地でいく二人は、そんなフィルの内心など当然お構いなしだ。


「いいか、今度そんな場面があったら、アレックスから十歩後ろに下がって、横に四歩進んで、二人を観察してみろ」

「十歩と四歩……」

「それで疑問は解決するから」

「……はあ」

 余計疑問が増えたんだけど、と顔をしかめつつ、とりあえずやってみてから考えよう、そんな風に思ってしまった。



* * *



「ええと、こっちが旧河川通り」

「正解。それが東にいって国立美術館前で交わるのが?」

「アザレア通り……?」

「それは西、国立博物館前」

「う……カザード通り」

「外れ」

「三番通り」

「残念」

「じゃあ二番、じゃなかったら四番」

「……自棄になったな」

「……」

 目を泳がせたフィルを前に、「エッセル通りだ」とアレックスは苦笑した。


「だって複雑なんです」

「古い都市は皆そんなものだ」

「ザル――」

「ザルアも古いが、町自体が小さいだろう」

「……確かに」

 まずい、行ったことがあるとばれてしまう、と微妙に動揺したアレックスに気付かず嘆息したフィルは、空に指で地図を描きつつ、通りの名前を呟く。

「いつまでも騎士が王都で迷子になるんじゃ、格好つきませんよねえ」

 そうして情けなさいっぱいに肩を落とした。この間も迷っているところを、知り合いの穀物商の若奥さんに救ってもらったのだ。盛大に笑われてかなり恥ずかしかった。


 そんなフィルを見ながら、アレックスが声を押し殺して笑うのも、最近では珍しくなくなった。

 情けなさに拍車はかかるが、そういう時の彼の空気は柔らかく、そのせいか最近では街の人達も彼を見て息を飲んだり、動きを止めたりしなくなった。彼に直接声をかけてくる人も増えてきていて、フィルはそれがとても嬉しい。


「あの、アレクサンダーさま」


 ――大抵の場合は。

(ん? じゃあ、嬉しくない? のは……)


「ええと、お誕生日だと伺いまして……」

 疑問に首を傾げながら二人で振り返った先にいたのは金色の髪の、青い目の令嬢だ。着ている物も上等で、背後で人がうかがっている気配がする辺り、ひょっとしたら貴族だったり裕福な商人の娘だったりするのかしれない。

(かわいい……)

 潤んだ目も一生懸命なところも真っ赤になって握り締めた手が緊張で震えているのも。

「……」

 そう思ってから、フィルは息を吐き出した。今また何かが引っかかった気がした。最近本当に変かもしれない。


 その彼女から目くばせ(にしては圧が強い……)を受け、顔を引きつらせつつ、いつものように気配を消していなくなろうとしていたフィルはぴたりと足を止めた。

(ええと、ウェズ小隊長たちはなんと言っていたっけ? 確か……十と四)

 歩数を律儀に数えながら移動し、フィルは手ごろな街路樹に身を寄せる。

(気配は……消して良し)

 静かに深く息をし、回数は落としていく。同時に肩に触れる木の感触を頼りに、自分の意識をそこに同化させた。あとは尾行と同じ要領で、目的の遂行に関わる情報と生命の危機に関する情報のみを意識して、その他は出来る限り遮断――。


「……」

 ――するはずが、失敗した。

 彼女と何事かを話していたはずのアレックスが、その娘に抱きつかれたことでちょっと、本当にちょっとだけびっくりした。気を取り直してもう一度……。

「……」

(……なんでできないんだろう)

 戸惑いと共に目を向けた先には、その娘を宥めているアレックスの姿があった。


 困ってはいるようだけれど、彼の仕草にも表情にも思いやりが見て取れる。

(そりゃそうか、私にだって優しいし、他の誰に対しても……)

「……」

 ……なぜだろう、沈んできてしまった。


(……というか、どこからどう見てもかわいい子だし、結構お似合いかも)

 そう思うと、距離もいつもより近いように見える。

「……」

 ……なぜだろう、さらに沈んできてしまった。


 慣れたフィルがやっとわかる程度だが、アレックスが苦しそうな顔をして何事かを呟くと、その娘は目元を手で拭った。それを見る彼の顔がわずかに歪み、彼女は顔を俯けて走り去っていく。


「……」

 ……なんだろう、悲しいような、ほっとしたようなこの感情は。


「疑問、解決するって言ったのに……」

 嘘つきだ。余計に増えた――人悪げに笑ったウェズとオッズの顔を思い返して、フィルは口の両端を下げた。


「フィル?」

 眉を寄せたまま街路樹にもたれているフィルへ、溜め息をつきながらやって来たアレックスが声をかけてきた。なんとなくその顔をじぃっと見つめてしまう。

「フィル……?」

(あ、困った顔になった)

 それでその顔を更にじぃっと見つめてしまう。

「いや、今のは……」

(あ、目がなんか泳いだ)

 それでその顔を更に更にじぃっと見つめてしまう。

「その、一応言っておくけど……断った、ぞ」

(? 少し赤くなった?)

 顔を背けた彼の顔を見つめたまま、フィルは首を傾けた。


 逸らされたままの瞳はそれでもちゃんと色が見える――深い青色。大好きな、懐かしい色と同じ色の。

 最大の疑問は、この瞳を見ると落ち着くという事実と、この瞳に見られていると思うと、嬉しいのになぜか落ち着かなくなるという矛盾した事実。

 いつもいつも柔らかく笑ってくれて、自分を救い上げてくれる、アレクと似ているけれど、どこか違うような、でも同じように大事な人――。


「誕生日、何か予定があるんですか?」

(あ、引き攣った)

 それでその顔を更に更に更にじぃっと見つめてしまう。

「いや、そう言うわけ、じゃ……」

(あ、顔、また背けた)

「その、敢えて言うなら、家族に帰って来いと言われているぐらいで……」

「そうですか……」

 そう呟いてフィルは息を吐き出した。


「フィル?」

「あの、いつものお礼になにかお祝いしたいと思うのですが、その、当日でなくていいので、お時間、いただけますか……?」

 断られるだろうか? でも大事な人だから、できるなら何かしたい。

「……え」

「あ、その、もしご迷惑なら、時間じゃなくてもいいです」

 目を見開いたアレックスに、居心地が悪くなったフィルは視線を伏せた。

「あの、何か物とかでも。その、すべて断っていらっしゃるとお聞きしましたが、そういうの、もしご迷惑でなければ……」

(そうしたら一生懸命選ぶから、受け取ってくれないだろうか……)

 もごもごと呟いた語尾は情けないことに掠れていた。


「……っ」

 アレックスから返事が来ず、あまりの居心地の悪さに視線を彼に戻したフィルは、その瞬間硬直した。

 またやってしまった、何回目だ、と脳は冷静に思うのに、唖然として口を開く。

「……ありがとう」

 アレックスは顔全体を柔らかく綻ばせ、鋭利な目元を優しい弧の形に緩めている。

 無言のまま伸びてきた手によって優しく頭を撫でられた。いつもならそこで離れていくはずの手が、今日はそこから額に回り、顔にかかっていたフィルの髪を緩く丁寧に梳き上げていく。

「嬉しい、よ。ものすごく」

「……」

 その言葉もその手の感触も嬉しくて、フィルもつられるように顔を綻ばせた。



* * *



「疑問は解決したか?」

 翌日、にやにやと聞いてきたウェズとオッズに、フィルはにっこり笑って胸を張る。

「はい。誕生日にいつもの恩返しができることになりました」

「「……は?」」

「人から何かもらったりされたりするの、嫌いなのかと思ってましたから、受け取ってもらえることになって本当によかったです」


 得意満面という顔で「色々考えるので失礼します!」と言って駆け出していったフィルを呆然と見送ってから、残されたウェズは呻き声を上げ、オッズはケタケタと笑い出した。

「あとちょっとかと思ったのに、別の方に転んぢまった……」

「くくくくっ、いいじゃないですか、それでもあいつ喜んでますって、絶対」

「それって…………余計、不憫じゃねえ?」

「くっ、あははははっ、だから楽しいんでしょう」

「……ほんと、色んな意味で不憫なやつ」



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