3.変化の芽
「おい、アレックス、お前の相方、新人に変わるんだって?」
夏の盛りだっただろうか、そんな話を小耳に挟み、食堂で見かけたアレックスに話しかけた。そりゃあ、アレックスほどしっかりしてりゃ、仕事の面で新人の面倒を見ることは出来るだろうけど、と。
「らしいな」
「しかも同室だって?」
「ああ」
「やってけんのかよ」
「やれと言われればやるしかないが……」
「無理だろう」
「……」
いつも竹を割ったように短い答えを返してくるアレックスには、珍しく戸惑っているようだった。
食事をしていた手を止め、奴は小さく息を吐き出した。
「何を考えてんだかなあ、上の連中」
「……やはり一緒に浮くと思うか?」
「自覚はあるんだな」
顔を歪ませたアレックスは、もう一度ため息を吐くと、いつもの冷たい顔に戻る。そして、「まあ、なんとかするさ」と呟いて、それっきりその話題を忘れてしまったようだった。
夏の終わりの、よく晴れてひどく暑い日だった。
アレックスの相方になる新人を一刻も早く見ようと、入団式が行われる鍛錬場を見降ろせる二階の渡り廊下にオッズは顔を出した。
「これで全員だ」
相方のヘルセンがそのオッズへとくつくつと笑う。
見れば、式に参加している新人と小隊長と補佐、それから新人の相方となるアレックス以外の小隊員が一人残らずそこに集まっていた。
(午前は休みだってのに暇な話だ。それでこそ我が隊か)
一緒に笑いながら、オッズはいそいそと列に加わった。
「で、どいつ?」
オッズとアレックス以来、久しぶりの新人の配属――自分で言うのもなんだが、性格的にも能力的にも第一小隊に入ってついていける奴はそういないから、大抵の場合は見込み(?)のありそうな奴が途中で異動してくる――、しかもあのアレックスの相方となれば、皆興味を持とうというものだ。
「あれ、あの金色の頭……すっげえ目立ってる奴」
それだけでわかった。周囲より頭半分抜き出た金髪、かなり遠目なのにそいつの容貌は際立っていた。凛とした表情で真っ直ぐ前を見据えている。
身に纏っているのは抜き身の剣のようなアレックスとはまた違う、華やかな雰囲気だったが、そこから生まれる近寄りがたい感じは同じで、やはり異質そのもの。
「見た目、で決定したんですかね……」
「そりゃ、あれならアレックスともいい勝負でしょうけど」
「下手すりゃ一緒に孤立しねえか……?」
「それは……」
「「「あるかも」」」
その場にいた皆が唸るように声をそろえた。
――その考えを改めざるを得なくなったのは、すぐのことだった。
本来賑やかなはずの昼の食堂は静まり返っていた。それもそのはず、小隊長とアレックスに連れられてそこに現れたそいつを皆が唖然として見ている。
(マジで見た目で選んだのか……)
近くで見たそいつは、思わず口を開けて見てしまうような美形だった。アレックスと二人並ぶとその空間だけまさに異質で、アレックスに慣れたうちの小隊の連中でさえ咄嗟に言葉が出てこなかった。
しかもこれだけ見られているというのに、そいつは気にした様子もない。
「フィル」
(ん?)
アレックスの声音がひどく柔らかく聞こえた。それに視線も柔らかく見える。気のせいだろうか、とオッズは瞬きを繰り返し、この四年間毎日のように顔を突き合わせてきた同期の顔を見つめた。
「第一小隊の皆だ」
アレックスへの注意は、そいつがその奇麗な緑の双瞳をこちらに向けたことで妨げられた。
「フィル・ディランです。第一小隊に仮配属になりました。よろしくお願いします」
よく通る声で、はにかんだように笑って挨拶をしたその顔に、皆が沈黙した。
(可愛い、とかちょっと思ったの、俺だけじゃないよな……?)
オッズは右頬を痙攣させる。
「えーと、アレックス……」
広がる沈黙に、そいつは微妙に情けない顔をしてアレックスを見上げた。応じてそいつに苦笑を零したアレックスに、オッズはまた首を捻った。
(……あんな風に笑ったっけ?)
だが、そのアレックスが一人一人を紹介していく中で、オッズを含めた第一小隊員たちはいつものふてぶてしさを取り戻した。
一緒のテーブルで昼食を食べ始めて新人を質問攻めにする。
「お前いくつだ?」
「十六です」
「子供じゃねえか」
そのやりとりに、フィルの横に座るアレックスが顔を微妙に緩めた。
(さて、こいつはどう返してくるか?)
気に入る答えだといい。どうせ一緒にやっていくならその方が断然おもしろい。
「そう、ですか?」
首を捻ってフィルはそう呟き、じぃっとこちらを見つめてきた。
それから同じテーブルでニヤニヤと答えを待っている他の連中を眺め、最後に横のアレックスを見る。
そしておもむろにアレックスを指差すと、オッズへと向き直り、
「大人ですか?」
と、大真面目に訊いてきた。
指された先のアレックスが目を丸くする。
「……まあ」
何なんだ、こいつ、とオッズだけじゃなく、その場の全員が顔を引きつらせた。
「じゃあ、あと二年」
そいつは胸を張ってそう言った。
「足りないなら、すぐに追いつきます」
それからにかっと笑った。年だけじゃない、と。
「諦めるつもりはないので、他のなんだってなんとでもします」
笑っているくせにどこかふてぶてしさが漂うその顔を見て、フィルがアレックスの相方になった理由を何となく理解した。同時に、気に入った、と思った。
新人を迎える小隊が行う、入団式午後の恒例の手合わせ――小隊長対新人。本来和やかに行われるはずのそれは、うちの小隊だけ例外だった。
激しくかち合う金属音と二つの荒い呼吸。異様な空気に周辺の者たちから順に剣を下ろしていく。沈黙が鍛錬場全体を覆い、全員の注視が集まる中心にいるのは、気負いも緊張も遠慮も何もなく、好戦的に笑いながら、騎士団一と言われるうちの小隊長とやり合う、うちの新人だった。
「うへえ、化け物がまた」
そのくせ踊っているかのように見える優雅な動きに見惚れて、オッズは思わず口笛を吹いた。
「いいねえ、そう来なくちゃ」
のんきに呟く小隊の面子の中で、ただアレックスだけがその様子を睨むように見ていた。
二十分近い、息を切らせない勝負の末に結局フィルは負けたのだが、健闘を讃える声に耳を貸さずにぶつぶつと剣を片手に考え込んでいた。
「あの時こう動いたから、ああじゃなくてこうしておけば……あ、でもそうしたら下段が空く……くぅ、めちゃくちゃよく組まれてる」
「フィル、今度は俺の相手をしてくれないか?」
真剣な顔で声をかけたアレックスに、フィルは顔を上げてにこっと笑い、再び剣を構えた。
そうして同じような打ち合いが始まって……長い勝負の中で二人とも嬉しくて仕方がないとでもいうように、口元に笑みを湛えていく。
(……なるほど、どっちも同レベルの変人だ)
そうして、オッズはフィルがアレックスの相方となった理由を更によく理解した。




