【異質】1.変わり種
三十名程度の合格者を目指して、毎年千人以上の受験者が集まるカザック王国騎士団の入団試験は夏の終わり、五日間に亘って行われる。それぞれの日の午前に実技・身体能力試験が実施され、それに残った者が午後面接、合格発表は大抵の場合その日の夕方だ。
定員はあるようでなく、実力か才能があり、カザックの騎士たるに足る性格であると判断されれば合格。だから、全国から、下手をすれば外国からも変わった奴が集まるのだが、そいつはその中でも一際目を引いていた。
うだるように暑い日の午後、面接の控室の扉を開いたオッズへと、三十人ほどの男たちが一斉に視線を注いだ。見知らぬ競合者達、だが合格の暁には仲間になるかもしれない、微妙な緊張感が漂っていた。
奥の窓からぬるい風が吹いて来て、オッズの茶金の髪を揺らす。
(……男くせ。てか、ここもかよ)
午前中は実技で体を動かしていたのだ。自分も同じなことを棚に上げて、オッズは顔をしかめた。いるのは体格のいい男たちばかりで、部屋は暑苦しい上にせぜこましい。ミーズ地方から王都に出てきて一週間、人の多さにいい加減辟易していたオッズは、嫌気を顔に出したまま、ぐるりと顔を巡らせた。
「お」
ぽっかり空いている空間がある。オッズはここぞとばかりにそこに向かって席に座ると、一人ぽつんとその中心にいた奴へと顔を向けた。そして、目を瞬かせる。
「なあ、お前、いくつだ」
「……十四」
「まだ子供じゃねえか」
足を組んで体勢を落ち着かせると、やたらと見た目のいいその子供に改めて向き合う。そのオッズへと、そいつはとびきり奇麗な青い目を一瞬見張った。次に微かに眉を顰める。
「子供でも実力があれば採用される」
「言うねえ」
からかいに静かに返してくる気の強さと、自分が子供と言われることに内心むっとしつつも、それを現実として受け入れられる理性――その時点で結構気に入っていたのだと思う。
周囲がちらちらとこっちを窺っているのがわかるが、オッズは多分そいつらとは気が合わない。
「アレクサンダー・エル・フォルデリーク」
長ったらしい名前を呼ばれて、オッズのすぐ横にいたその子供は立ち上がった。
「……」
名前よりも洗練された仕草よりも周囲のざわめきよりも、オッズの印象に残ったのはその時のそいつの表情だった――静かな決意に満ちた、戦う者の顔。
まだ本当に幼い顔つきで、身長こそ成人男性の平均くらいあるものの、体つきも華奢そのもの。それなのにそこに見え隠れする意思の強さと闘志の苛烈さが、彼を熟練の剣士のように見せていた。
控え室を出て行く時、そいつはオッズへちらりと視線をよこした。
目が合ってオッズはにやっと笑う。
「せいぜい頑張れよ」
「……」
無言のまま、そいつは少しだけ驚いたような顔をして、それから微かに笑ったように見えた。
* * *
「やっぱり残ったな」
「……」
秋の初めに行われた入団式でもやはりそいつは目立っていた。なんせそいつの周りだけやたら人口密度が低い。前回同様、幸いとばかりに声をかけながら近づいたオッズに、そいつは微妙に戸惑ったような顔を向けてきた。
「オッズ・イゼアだ」
「……アレクサンダー・エル……フォルデリーク」
にっと笑って名乗ったオッズに、そいつは全ての表情を消した顔で平坦に答えた。
「長ったらしい名前だな」
覚えられん、短くしろと言うと、そいつは片方の眉を小さく跳ね上げた。
「……アレックス」
「あいつ、知り合いかよ」
「じゃあ、あいつもか?」
「ちっ、いい気なもんだぜ、こっちは道楽でやってるんじゃないってえのに」
「? なんだ?」
周囲から妙な視線を感じて源を確認しようとした瞬間、整列を促す声がかかった。
「行こうぜ」
(まいっか、俺がどうにかできないようなことなんざ、そうそう起きっこない)
持ち前の楽天性と自信に任せて疑念を放棄すると、オッズはそいつの肩を叩いて歩き出す。が、そいつは立ち止まったまま、無表情にオッズを見つめてきた。
「……言っておくが」
「?」
「俺、その手の趣味はねえぞ」
「……?」
「いや、いくらお前が整ってるっつったって」
「……、っ」
意味を理解したらしく、そいつは盛大に顔を引きつらせた。
そいつの表情が初めてはっきり動いた瞬間だった。無機質な人形みたいだったすかした感じの子供が初めて見せた感情らしい感情に、オッズは思わず声を立てて笑い、そいつ、アレックスの肩をもう一度叩いて一緒に歩き始める。
――それが出会いだった。
その後、偶然にも同じ小隊に配属されて、四つも年下の、異質なその同期はオッズの日常の一部となった。




