表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして君は前を向く  作者: ユキノト
第4章 幽霊騒動
41/320

4-5.流れ

※犯罪描写あり

「これで五件目か」

「今度は外出中の者をのぞいて使用人も全員……屋敷にいて無事だったのは“被害者の被害者”だけだ」

「金目の物は根こそぎだし、派手にエスカレートしてってるな」

 

 例の盗賊団について聞かない日は昨今なくなった。

 アレックスの推察は当たっていて、諜報を得意とする第十七小隊が走り回っていてなお所在がつかめないその一団は、やはり一昔前は誰も傷つけたことのなかったそれだったらしい。その行動のあまりの豹変ぶりに、今では『悪魔憑き』と王都民に呼ばれるようになっている。

 

「なあ、被害者の被害者ってことは今回もか」

「ああ。そういう意味では主人は純粋な被害者じゃねえよ」

 昼食時の食堂、向かいのテーブルで吐き捨てるように頷いた同僚騎士の顔を、フィルは鬱々とした気分で見る。隣では食事を共にしているアレックスが、やはり重々しい表情で眉を顰めていた。

 被害者に共通する点――それは幼い子供を含め、同意のない相手を攫い、囲っていること。

 

「転機になったのはやはり『緑の屋敷』ですよね」

 フィルは呻くように呟いた。

 

 あの日フィルが見つけた地下の隠し部屋には牢に入れられ、鎖につながれた子供が二人。 そのうちの一人が行方不明の届けが出ていた少女と判明、彼女の口から誘拐されたこと、虐げられていたことが明らかになって、屋敷の現在の持ち主、エメリウ家の当主は逮捕された。

 それとどんな関係があるのか――これまで一年に一回程度、誰も傷つけない窃盗しかしてこなかったその盗賊団は、『緑の屋敷』の件から血なまぐさい強盗を頻繁に起こすようになり、しかも回を重ねるごとに残忍さを増していっている。

 

「その手の怨恨か何かがあるのだろうか」

「屈強そのものの男性でしたが……幼い頃に、ということでしょうか」

 野生の獣のようだった、とフィルはあの晩目の前で消えた男を思い返す。頑健な体格だけでなく、気配が血慣れた者特有のものだったのだ。布の合間に覗いた水色の目だけは優しいものに見えなくもなかったけれど。

「身内や親しい者が被害にあったという可能性もある」

 エメリウ家の使用人の口から、殺された息子もあの地下室に出入りしていたことが明らかになり、当初は自業自得、もっと言うならその盗賊を義賊と見る向きすら街中にはあった。子供の窮状に気付かなかったことも手伝って、彼らを追う騎士団に非難の目が向けられたほどだ。

 フィルだって寄る辺ない人に付け込む人間、特に子供にひどいことをする人間なんか大っ嫌いだ。捕まえられるなら絶対に捕まえるし、無理な場合であっても恐ろしい目に遭わせて、二度とそんなことができないようにしてやると決めている。

 けれど、あの男の行動を思うと眉をひそめざるを得ない。

 どんな事情があろうと、フィルは人殺しを正当化できるとは思っていない。もちろんフィルもやむを得ない時には人を殺めるし、実際にそうしてきた。だが、その重みは後で自分に圧し掛かってくる。その度に『剣は人を殺める道具だ』と言っていた祖父を思い出し、自分がその使い手として相応しいかどうか思い悩むし、苦しくもなる。それなのに……。

「あの男はあれだけの人を殺しているのに躊躇った形跡が感じられない。それをどう解釈すべきか……」

「ですね……」

 アレックスの呟きにあいまいに頷いたものの、なんだか悲しくなってきた。

 もし誰かのために、そんな風に人を殺めるようになったのだとしたら? 被害者の被害者だけは生かしているのは? 使用人たちのこともあって彼の行動を正当化できるとはまったく思えないけれど、そこに見え隠れする元々の優しさがとても悲しい。

 頭をポンと手が落ちて目線をあげると、アレックスが気遣うような顔をしている。

「あまり考えすぎるなよ」

 そう言うと、彼は食事を終えたトレーを持って立ち上がった。

「……」

 そんなにわかりやすいのだろうか、とフィルは自分の顔をぺたぺたと撫でる。そうするうちになぜか元気にもなってきて、フィルは知らず息を吐き出すと、彼の跡を追った。

 

 午後からは巡回で、条件――人攫いの噂があったり、使用人が逃げ出していたりする資産家――に当てはまる家の周辺を見回ることになっている。

 内容が内容だけに、表立って彼らに協力を要請できないところが辛いところだけれど、さっさと捕まえたい。悲しい人は一人でも少ないほうがいい。



 * * *



 今の気分と同じように分厚い曇で覆われた空は、カザレナの冬には珍しくないそうだ。寒風が落ち葉を躍らせる中、アレックスはフィルと共に、黒い噂のある屋敷を順に巡っていく。


 身内を亡くし、都の繁栄につられてよそからやってきたという、緑の屋敷で見つけた子供の怯え顔を思い出して、アレックスは長々と息を吐き出した。

 人を人と思わない人間は、確かに存在している。そのうちの何割かは、実際に法や世間の目を掻い潜って、他者を食い物にする。

 親などの身内がいる子や孤児院などに保護される子、職などを得ていて人と繋がりのある子は、まだましだ。騎士団も存在と被害を把握しようがあるし、相手を訴えることも可能だから、少しは被害に遭いにくくなる。狙われやすいのはそうじゃない年若い者たちだ。保護してくれる大人もおらず、どこに助けを求めたらいいかはもちろん、何が理不尽かということすらわからないことも珍しくない。

(フィルに考えすぎるなとか言っておいて……)

 アレックスは苦笑を零すと、軽く頭を振り、思考を切り替える。

(この屋敷に侵入するなら経路は……)

 真昼間だというのに、視線の先の家は硬く門扉を閉ざし、人の気配がしない。


「あ、サーシャ」

 『緑の屋敷』に程近い高級住宅街の一角、最も条件に合うとアレックスが見ている屋敷へと向かう途中、アレックスはフィルの呟きに背後を振り返った。

「……?」

 人気のない路地を見て微笑み、吸い寄せられるようにそちらへと踏み出したフィルの左手を咄嗟に掴む。

「今度はどこへ行って迷子になる気だ?」

 からかいを込めて笑えば、フィルは頬を染め、「すみません、またやってしまうところでした」と縮こまった。

「あの子、知り合いなんです。この前はぐれた時にもあの子を追いかけていて」

「……あの子?」

 アレックスは彼女の言葉を繰り返して、フィルが指さした先をもう一度見たが、薄暗いその場所にはやはり誰もいない。

「あれ、行っちゃったかな、驚かせちゃったのかも……」

 せっかくやっと馴染んできたところだったのに、とフィルは残念そうに呟いた。

「どの子だ?」

「もう行ってしまいましたけど、金の髪の、緑の目の子です。最近ちょっと身奇麗になってきたんです」

 フィルはそう言って幸せそうに笑った。

「ものすごく人見知りをする子で、サンドイッチやお菓子で少しずつ仲良しになってきたところなんです。もう少ししたら、孤児院に一緒に行ってみようと誘おうと思って」

「金髪に緑……」

(……そんな子いたか?)

 腑に落ちない思いを抱えつつも、アレックスは「悪いことをしたな」と呟いた。

「大丈夫です。今日の夕方にでもまた会いに行きますから。嫌われたという気はしないですし、今日あたりまた会えそうな気がします」

(気、か、直感で動くフィルらしいが……――待て。“夕方”、“また”?)

「ひょっとして、最近夕方いなくなっていたのは……」

「はい、彼女に会いに行っていて……って、そういえば、言ってませんでしたね」

「……っ」

 あれ、なんでだろ、と呟いて瞬きを繰り返すフィルを前に、アレックスは思わず天を仰いだ。助かった、と息を吐きながら脱力する。

 そして自分の無様さに苦笑した後、隠しきれない安堵を口元に浮かべた。

 先日、“お化け”を見たと思ったフィルが、自分の名を呼びながら抱きついてきた時、信頼されている、必要とされていると確信したはずだった。それなのに、フィルの不可解な行動が他の男ゆえではないとはっきり知った今、自分でも驚くぐらい安心してしまっている。

「アレックス?」

「いや、なんでもない」

 そう言いながら、アレックスは自分より頭一つ下のフィルの金の髪へと思わず手を伸ばした。

(間抜け、だよなあ、フィルの言動に一喜一憂して……。なのに、どこかで幸せにも感じるって重症以外の何物でもない……)

「……フィル」

 そう名を呼んで、アレックスは手触りのいい髪を梳く。怪しまれないよう、警戒されないよう、ゆっくりと二回だけ――手のひらの下で、目を見開いて自分を見上げる彼女に、知らぬ間に笑みを浮かべながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ