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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第3章 接近
34/320

3-8.惑

「やっぱ格好いいよなあ」

「本当に。噂もすごいし、実際に見てびびってたけど、話してみたら普通だし」

「ばか、いい人だって言え」


 試験が終わってからというもの、フィルの同期たちは頻繁にアレックスに声をかけるようになった。自然彼の内面がさらに知られるようになり、心酔者が急増中だ。

 それまで毎日のように、アレックスと一緒でやっていけているのかとか言われて、「違うのに、いい人なのに」と思って腹を立てていたフィルとしては嬉しかったのだが……。

「うーん……」

 居残り練習の為に集まった鍛錬場で、剣を振るうアレックスを見る同期たち――16から24の少年および青年なのだが、彼らの顔が赤いことと、目が潤み気味なことに若干の疑問を抱いてもいる。


「高身長に見合う長い手足、極め付きに整った凛々しい顔立ち……」

「落ち着いてるし、かっこよさって言う意味では、さすがのフィルも負けているよなあ」

 当然だ。なんと言っても、アレックスはフィルが思わず見蕩れてしまったアレク似 (これポイント)の超美人だ。そもそもフィルは彼より二つ年下だし、実は男じゃないけど。

「優雅なのに強いし」

「フィルとどっちが強いかなあ」

 場合によりけりだ。アレックスは確かに強い。技術も速さも力もバランスが良くて、とてもやり難い相手だ。長剣で長く打ち合えば、力と体力に勝るアレックスが圧倒的に有利、逆に短時間なら速さに勝っているフィルが有利。


(それにしてもいいよなあ、あの体……)

 同期たちのまねをして、フィルもうっとりしてみる。

 あれだけ背と筋肉があったら、もっとできる動きが増えるだろう。祖父が時々していたような、上段から剣を打ち下ろしてそのまま押し込むような芸当だって出来てしまう。正面から打ち合うことを避けるために、いちいち相手の剣の打点や軌道を逸らしたりする苦労だって半減するだろう。

(そんなことが出来たら素敵すぎる……。ああ、アレックス、なんて羨ましい)


「頭もいいけど、それが机上だけじゃないってのも」

「へえ、そうなんだ」

 エドの言葉に納得して、次いでなんだか嬉しくなったフィルを、カイトが呆れたように見、ヘンリックにいたっては非難の色を顔に浮かべた。

(? なんなんだ……)

 反対側を向けば、やはりロデルセンが信じられない、というように首を横に振り、フィルを白い目で見た。

「いいか、フィル」

 ロデルセンがフィルに詰め寄ってくる。頭は飛び抜けていいものの、謙虚で普段は大人し目の彼らしからぬ強気さにフィルは顔を引き攣らせた。

「2年前のクイラ王国との国境紛争は知っているかい?」

「さすがにそれぐらいは……」

「奇襲を受けてカザックが圧倒的に劣勢だったんだよ。それを逆転させたのがキーマ渓谷の戦い」

「……はあ」

 ロデルセンの口調が段々熱を帯びていくのもちょっと怖い。さっきまで寒いって震えていたくせに。

 ちらりと横を見れば、他の同期たちも陶酔するかのように頷き合っている。その様子にひいて、一歩彼らから遠ざかったのだが、その距離もロデルセンにすかさず埋められた。

「その戦の序盤で、主軍の指揮官クラスが全滅して、その生き残りを率いて生還させたのが、アレクサンダー・エル・フォルデリーク!」

「2年前って、アレックス、入隊3年目……それはすごい」

 大好きな人が褒められると自分も嬉しい。思わず歓声を上げたフィルだったが、同期たちの異様な熱に気付いて、すぐにその顔をひっこめた。

「追撃をかわしただけじゃないぞ」

「そこから即座に軍を編成し直して、四対一の兵力差を物ともせずに、敵の主戦部隊を渓谷に誘い込んで挟撃、壊滅させたのも彼の指揮だって」

「そうそう、そのままうちの反撃が始まって、結果はカザックの大勝利」

「おお、さすがアレックス」

 そう思ったからそう言ったのに。しかもすごく幸せだったのに――。

 なぜか感動が足りないと怒られ、もう少し彼の相棒になったことを喜ぶべきだと非難された。ついこの間まで彼を遠巻きにしていたくせに、なんて現金なんだ……。



 * * *



「おう、フィルどうした?」

 むくれながら一人、山のように積まれた稽古用の模擬剣を磨くフィルにオッズが声をかけてきた。不機嫌そのものの顔で振り向いたフィルに、彼は首を傾げる。その拍子に彼の黄褐色の髪が、既に傾いている赤い日に照らされて朱金に輝いた。

「さっきアレックスがおまえと居残り稽古するって出ていったけど、会わなかったのか?」

「……」

 フィルは無言で鍛錬場の一角、自分の同期たちに囲まれているアレックスを指さす。

「……へえ、あのアレックスが」

 そう言ったきり、オッズは笑い出した。


 アレックスと同期のオッズは、第一小隊ではフィル、アレックスの次に歳若い。

 見た目はいいけど、どこか退廃的で危ない(注:ヘンリック語録)感じで、それがいいというお姉さまたちに大人気だ。

 言いたいことをポンポン言うので、フィルも当初は驚いたが、嫌味はないし、アレックスが彼を好いている(と思う)こともあって、フィルにとっては馴染みやすい人だ。

 よくからかわれるし、見た目はこんなだけど、六人兄弟の上から二人目というだけあって基本的に面倒見がいいし、時々おいしいケーキ(!)くれるし。

 そしてフィルが知る限り、単独でアレックスをからかえる唯一の人だ。ただそれにしたって嫌なものじゃなくて、むしろオッズはアレックスを気に入っているのだと思う。

 今もフィルの同期に取り囲まれて、戸惑ったような顔をしながら稽古相手をしているアレックスを嬉そうに見ていて、「いやあ、あいつも成長したなあ」とか言っている。


「で、おまえは?」

「いつも相手してもらっているから、遠慮しろって」

「それで同期たちの分まで剣を磨いているのか」

 ぶすくれたまま頷くと、オッズはまたしてもケラケラ笑った。こうして話し込むために横に座り込んでも、手伝ってくれないところもオッズだ。

「まあなあ、おまえの同期ぐらいならあっさりやられちまうよな。アレックスのあの色気、老若男女見境なく通用するし。我慢の反動故とはいえ悲しいよなあ」

「……色気?」

 思わず首を傾げたフィルに、オッズがにやりと笑う。

 この笑みがろくでもないものであることにフィルが気付くには、少々経験が足りなかった。

「好いて欲しいっていう願望から出る、無意識の行動や空気のこと」

「好いて欲しい、我慢……つまりアレックスは老若男女、みんなに好かれたいのに無理している……?」

 フィルの答えに大笑いするオッズを、遠くでアレックスが顔を引き攣らせながら聞いていた。

 ――そう、彼は知っている。その笑いがろくでもないことを。



 * * *



 翌日、フィルは大抵アレックスと一緒にとる三食を、つまらない、寂しいと思いながら敢えて彼と別にとった。普段必ず一度は彼と剣を交える稽古も、涙を飲んで諦めた。よく一緒にやる居残り練習も張り合いがないと嘆きながら、彼とは別に一人でした。

 ちなみに、その様子にアレックスが顔を引き攣らせていることも、オッズが腹を抱えて笑っていたことにも気付かなかった。


(楽しくない一日だった……)

 眉をひそめながら自室の扉を開けば、既にアレックスは戻っていた。窓辺の椅子に腰掛けて外を見ていた彼の目がこちらを向き、フィルは顔を綻ばせる。

(部屋の中でならどうせ二人だ。話をしても構わない)

 いそいそとその横のソファに腰掛けて、にこにことアレックスを見上げた。そんなフィルの様子をアレックスは、ほんっとうに怪訝そうに見ていたけれど。


「? どうかしましたか、アレックス?」

「どうかしたか、はこっちの台詞だ。今日は一体どうしたんだ」

 顔を引きつらせた後、眉根を寄せて問い返してきたアレックスに、フィルは目を瞬かせる。

「どうとは……」

「食事も稽古も俺を避けていただろう」

「え゛」

(し、自然にやったつもりだったのに、ばれている……!)

「何か気に触るようなことをしたか……?」

 思わず固まったフィルだったが、アレックスにじっと見つめられた瞬間、心臓が音を立てて収縮した。


(なに、今の……)

 動揺に動揺が加わったところに、「フィル」と良く通る低い声で名を呼ばれて、今度は息をつめる。こちらに向けられている青い目はいつもと同じはずだ。なのに、なぜか違って見える。

「……あ。え、えと、避けて、じゃなくて、オッズがアレックスの色気が同期が格好いいと……」

(ああ、そうじゃない、こんなんじゃ伝わらない……)

 どこか悲しそうに見えるアレックスの顔に、フィルは顔を歪めた。また失敗したのだ、と悟って、手を握り締める。

「あ、も、もちろん、気に障るなんて、ありえないです。逆はいっぱいあると思いますけど……あ、そうじゃなくて、」

 早くちゃんと説明しなきゃいけないと思うのに、焦れば焦るほど言葉がうまく出てこなくなる。

「その、ええと……」

「…………ゆっくりでいい」

 あまりの情けなさに口をへの字に曲げた瞬間、吐息と共に大きな手が頭に落ちる感覚がした。


(……ああ、やっぱりアレクに似てる)

 宥めるように頭を撫でられるうちに、『ゆっくりでいいよ』と言いながら、同じことをしてくれた彼女を思い出した。

「あの、みんなが、その、アレックスと仲良くなりたいと……私はアレックスの側にいるのにそのありがたみをわかっていないと……」

「……?」

「あと、オッズがアレックスは老若男女に色気を出していると、その色気は我慢の反動だと」

 アレックスの顔が盛大に歪んだ。

「…………あの野郎」

 似つかわしくない言葉を口にしたアレックスに、怒らせたかと慌てて言葉を足した。

「ち、ちなみに色気というのは、好いて欲しいという意識から出ると教えてくれました。それで、アレックスはみなに好かれたいのに、私がいつも一緒にいるせいで我慢させられているのかもって……」

 心当たりも後ろめたいこともいっぱいで、フィルは顔を伏せた。

「その、だから、別々に行動すれば、みんなももっとアレックスに寄っていけるし、アレックスも喜ぶかと思ったんです」

 呆気にとられた後、「……なんでそうなる……」と呟いたアレックスだったが、

「いや、フィルなりに俺のことを考えてくれたんだな。ありがとう」

 さらに縮こまったフィルを見て、結局そう苦笑してくれた。

 

 その笑顔もやがて消えた。「知っていてほしいんだが」と彼にじっと見つめられる。

「フィルと一緒にいられなくなって俺が喜ぶことはない、絶対に」

「っ、本当ですか」

 その言葉にぱっと気分が浮上した。

 アレックスといられないのは寂しかったし、この先も一緒にいてはいけないと考えるのは、正直すごく苦痛だった。


「…………これでも気付かないか」

「はい?」

「いや、フィルと一緒の方が人は寄ってくる」

 首を軽く振ったアレックスが笑って頷いてくれて、フィルはつられて顔を綻ばせた。

「じゃあ、一緒にいてもいいですか? 今日アレックスと過ごせなくて本当に寂しかったんです」

「……もちろん」

(……え)

 目をみはった後、アレックスが見せた顔に再び心臓が縮まった。


(なにこれ)

 自分の耳にドクドクと際限なく早まっていく異常な心音が響いてくる。

 アレックスの青い目と自分のそれが合って働きを鈍らせていく思考の中で、さっきのといい、病気かも、と思いつく。目もおかしい。見ていたらまずいと気がするのに目を逸らせない。

「っ」

 硬直しているフィルに、大きな手の長い指が伸びてくる。それが頬に触れた瞬間に、全身に痺れるような衝撃が走った。

(どう、しよう、絶対変だ……)

「――フィル」

「っ」

 今まで聞いたことのない声音で名を呼ばれて、なぜか体が震えた。

 一歩近づいてきた彼から空気を経て伝わってくる体温に、今日はなぜかひどく緊張する。

(絶対、絶対おかしい。だってアレクみたいでいつも安心するのに。さっきだって……)

 無言のまま至近となった彼の瞳は、強い色を湛えている。魅入られでもしたかのように思考も止まった。ただただそれを見つめ返すだけになる。

「フィル、俺は……」

 頬に触れていた指が肩へと下ろされて、力が込められた。その感触に全身がびくりと震えた気がしたけれど、それが本当なのかということすら、心臓がうるさすぎてわからない。

(っ、ダメだ、反応できないとか剣士失格――え、ええと、こんな時、こんな時は……そ、そうだ、)

「ひゃ、ひゃい」

 祖父母がいつも言ってた、呼ばれて返事をするのは大事なことだ――声が裏返ったけれど、必死に声を出したのに……。

「……っ、くっ、くく、あはははっ」

 目をまん丸くしたアレックスは、直後に顔を伏せて肩を震わせると、その後耐えきれなくなったかのように身を折って笑い出した。

「……」

 幸い心臓も血管も目も呼吸も元に戻ったけど、何だろう、嬉しくない。


 それにしても「アレックスの色気は誰にでも通用する」というオッズの言葉は真実だった。

 他の人より慣れているはずの私までやられてしまった、恐ろしすぎる、とフィルは笑い続けるアレックスを目の前に、涙目になりながら思う。

「あれ? 色気……」

 じゃあ、アレックスは私に好かれたいと思っていることか、と考えて少し幸福な気分になった事は不思議だったけれど、ちょっと納得した。

「?」

 よく考えるとそれも不思議で、フィルは再び口角を下げる――最近何かがおかしい。



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