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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第15章 ベクトル
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15-7.縫合

「……見たなら、帰るか?」

 頭上から響いてきたアレックスの言葉に、やっぱり迷惑だった、と泣きそうになった。

(そもそも顔を見たいってこと自体、甘えてるとしか……)

 そうわかっているのに、それでもアレックスから離れたくない。フィルは彼のシャツを握る手に知らず力を込めた。

(ああ、でも、もっと呆れられる)

「……冗談」

 怯えを覚えた直後に続いた囁きに、脱力した。

「……ひどいです」

 彼の腕の中で恨み言を漏らせば、締めつけが強まった。顔を押し付けている先の胸が微かに震えて、アレックスが声を立てずに笑ったことを伝えてくる。

 表情が見たくて顔をあげる。目が合った瞬間、強い視線に心臓が跳ねあがった。


「……っ」

 腰を押さえられたまま、彼の右手が顎にかかり、長躯が覆い被さってくる。重なった唇から熱い塊がするりと入ってきて、口付けはすぐに深まった。

「ん」

 口内を余すところなく撫で上げられ、呼吸もままならなくなる。口蓋を焦らすように舐め上げられ、軽く舌を吸われる度に体が震えた。

 時折顔の角度を変えて絡められる舌と舌の奏でる水音が、書類に埋もれた部屋の中に響く。赤面しつつ逃げようと後ろに下がったものの、その間合いもあっさり詰められて、壁に押し付けられた。

「アレック、ス」

 腕で押し返しても厚い胸板はびくともしない。それどころか彼の手が胸に落ち、怪しく動き出す。焦る気持ちとは裏腹に痺れるような快感が広がっていき、フィルは身体を震わせた。

「な、何して」

「声、出さないで」

 甘えるような声と共に上着のボタンが外されていく。その手を押さえるも、首筋を舐め上げられてうまく力が入らない。耳をやわらかく噛まれる間も胸への刺激は止まないまま。

 薄手のシャツの上から、痛みを感じる寸前のところまで揉まれたかと思うと、掠めるかのように頂を親指と人差し指で挟みながら手は逃げていく。そして、再び中心を胸骨へと押し付けるかのようにして全体を撫で回される。

 次々に加えられる刺激に思うように抵抗できなくなっていく。

「っ」

 侵入してきた指と平によって肌に直接加えられる刺激に、全身の力が抜けていく。壁に縫い付けるように、喉を上下する彼の唇の感触に膝が震え出す。

「……顔を見に来ただけじゃないんだろう?」

「ち、ちが――」

 アレックスが獲物を狙う肉食獣のような目をこちらに向けたまま、自らの首もとを緩めた。背筋がぞくりとして慌てて目を逸らす。

 肌蹴た胸元からのぞいた下着をアレックスがずりあげて、そこから膨らみが揺れながら零れ落ちた。

 アレックスがそこへと顔を寄せ、彼の呼吸が肌に当たって生まれた淡い感触につばを飲み込んだ。

「っ」

 尖って上を向いている頂をアレックスは硬くした舌で弾き……その瞬間に自分を見た。

 その光景に頭に血が上っていく。

「……ん」

 もう片方の胸は、長い指と手のひらに円を描くように揉みしだかれている。じくじくと体の芯が燃え上がっていく。

 色づいて屹立したその場所をアレックスが口に含んだところで、羞恥と快楽に耐えかねてフィルは硬く目を閉じた。


 刺激は胸の先から鎖骨、臍のくぼみ、次々に周囲へと広がっていく。さらされた肌が軽く吸われ、その跡に花びらが現れる。その度に微かに生じるのは小さな痛みのはずなのに、なぜか自分の体はその度に痙攣する。

「あ」

 わき腹を下から上へと撫で上げられて生まれる甘い痺れに足がわななく。舌が徐々に下方へと這っていくのと平行して、ベルトに手がかかった。

(――……だめだ)

 金属音に理性が戻った。その手を制そうと試みるも、アレックスは喉の奥で小さく笑うだけ。指も舌も唇も何一つ止めてくれない。

「っ」

 一人膝をついた彼の下肢への動きに声を漏らしそうになって、フィルは慌てて飲み込んだ。

 人のそんな努力を無視して、容赦なく強まっていく刺激は直接に脳に届く。逃れようと背を仰け反らせても、耐え切れない。ついに崩れ落ちそうになったところで、硬い腕に抱き止められて、再び深いキスを受けた。

「もう我慢できないだろう」

 宥めるように顔に落ちていた前髪をかき上げられ、再びキスが始まる。そうして返事の機会をもらえないまま横抱きに抱え上げられ、アレックスの席へと運ばれた。


 声をあげないようにか、アレックスに口を手で押さえられ、乱れた衣服を中途半端に身につけたまま、机上で彼を受け入れる。

 灯された黄色を帯びた光を受けた彼はと言えば、制服の合間からわずかに鎖骨と胸板、繋がっている場所を見せているだけで、特に乱れた場所は見当たらない。

 その対比に余計恥ずかしくなって、フィルは視線を必死で彼から逸らした。

「余計な事を考えるな――俺を見て」

 それを見咎めたらしい、アレックスが動きを変え、それに体がびくりと反応した。

「フィル、目を開けて。誰に抱かれているかちゃんと見ていて」

 甘えるように囁かれて、青い目と視線が至近で交わった。思考がしびれていく。抑えようと必死なのに、彼の動きに応じて勝手にすすり泣きのような声が漏れ出る。強すぎる刺激に思わず背を反らせば、胸と胸がすりあい、さらに熱が伝わってくる。

「フィル、すごくいい……」

 耳朶を直接打つ、艶のある囁き声に、自分の状況を知らされるのに、それにすら気を払えなくなる。

 意識が徐々に白濁していく。声をちゃんと抑えられているかどうかも、もうわからない。彼の感触しか感じられない。彼のことしかわからない。

「好きだ、フィル、誰より愛している」

「……っ」

 繰り返される、貪るような口付けに応じるだけで精一杯の中、唇がわずかに離れた。荒い呼吸の合間に与えられた言葉に、快感のせいだけでなく、泣いてしまった。

 それには応えられる――それがどうしようもなく嬉しい。

 返事をちゃんとしたい、そう考えて離れていこうとする意識をなんとか繋ぎとめた。

「わ、たしも、好き、です」

 彼の頬を両手で捕まえ、色を含んだ深い青色の瞳をのぞき込む。そして、自分の乱れた呼吸でかき消えないよう、必死に言葉を紡いだ。

「ごめん、もう加減できない……」

 部屋の外に聞こえてしまうのではないかという水音。それを気にすることすらできなくなるほど、容赦なく責め立てられて……最後に彼がわずかに漏らした、艶を含んだ息と共に絶頂を迎えた。



「……しん、じられない……」

「現実だろう」

 すべてが終わって正気に戻ったフィルが、顔を強張らせつつ衣服を整えている。

 ブツブツと文句を言ったかと思うと、ふと黙り込んで真っ赤になったり、視線をドアにやって青くなったり――本当に見ていて飽きない。

「だ、大体、仕事……っ」

「休日出勤だし、時間外」

「っ、違いますっ。あ、と、そ、それもそうだけど、場所っ」

 なんでそんなにしれっとしていられるんですか、と睨みつけられたところで、怖くもなんともない。

 だが、実は鍵をかけていたことと、この部屋は仕事の性質上、防音が施されていることは秘密にしておこうと思う。拗ねるだけではすまなくなる。

「そうは言うが、俺一人でできることでもな――」

「ぎゃあ」

 色気のかけらもない叫び声をあげて、手のひらをこちらに向け、黙れと仕草で示してきたフィルの顔は真っ赤だ。

 奇妙な呻き声を出しながら、アレックスの緩んだ襟元を直そうとその手を伸ばしてくる。

(……まあ、そうか、いつもかっちり着ているから、この状態を誰かに見られれば勘ぐられかねない)

「……」

 怒ったような、拗ねたような顔で、アレックスの衣服を整えていくフィルを見ていると悪戯心が煽られた。

「嫌だったか? 感じていただろう?」

「っ」

 音が立てるように固まったフィルに声を立てて笑えば、耳まで赤く染めた彼女にすごい顔で睨まれた。それすらも可愛いと思ってしまうあたり、もうかなりまずい。

「もういいです、アレックスなんかもう知りません」

 結局拗ねさせてしまった。背を向けて出て行こうとするフィルを後ろから抱き止める。身体が硬直したのは、また何かされると思っているからだろうか?

 くくっと笑って、「大丈夫、もうここではしない」と告げたのに、フィルがますます硬直して、それでまた吹き出した。笑い声が静かな室内に響く。


 それから密かに息を吐き出した。

 フィルを困らせると知っていながら、自分の行動を止められなかったのは、完全に嫉妬ゆえだ。彼女が自分のものだと、自分を受け入れてくれると確かめたかった――。

(どうしようもないな……)

 アレックスは自嘲した後、腕の拘束を強める。

 カイトとのこと――フィルが言いたくないなら訊かないでおく。

 フィルが仲間を大事だと思う気持ちはよく理解できるから、フィルはフィルで自分の元にやってきて、こうして甘えを見せてくれたのだから、それでよしとしよう。

 視界を覆う柔らかい金の髪のカーテンのこちら側で、アレックスは小さく息を零した。


「次の休み」

 腕の中でフィルが赤い顔のまま、目だけをこちらに向けた。

「今日の埋め合わせをするから」

「……また呼び出されるかも」

 むすっとしているくせに、それでもちゃんと返してくる律儀さがひどく愛らしい。

「ああ、だから日が昇る前に部屋を出よう」

「つまり……逃げる?」

 それに目を丸くしたフィルが、クスクスと笑い始める。

「でも、アレックス、起きれるんですか? 朝弱いのに」

「……努力する」

 眉をひそめて答えれば、フィルは憂いのない顔で綺麗な声を立てて笑った。

(そう、そうやって笑っているのがいい)

 その顔に胸が苦しくなるほど魅入られた。

 そう思うのは、多分アレックスだけではない。だが、今こうしてフィルを笑わせたのが自分であったことをこの上なく幸せに思う。

 ――願わくは、その役目がずっと自分のものであることを。



 * * *



「アレックス」

 翌朝、鍛錬場での朝礼を終え、第二十小隊の部屋へと向かう中途の廊下で、アレックスはカイトに呼び止められた。

 差し込む朝日の中で、窓枠に後ろ手をつき、彼は自分を見つめている。

 無言のまま、まっすぐ向けられるその視線の意味を図りかねて、アレックスは咄嗟にとるべき態度を決め損ねる。

 彼の黒い瞳が明るい光に一瞬きらめいた。その光景に思い出したのは、昨日この先の廊下で、「顔が見たくなって」と呟いたフィルの沈んだ声だった。

 自分がここで仕損じて、彼を、それゆえフィルをさらに居たたまれなくするわけにはいかない――緊張と共に、とにかくも何か言わねば、とアレックスは口を開く。

「玉砕した」

 が、何を思ったか、真顔のカイトに遮られた。


(…………なんと返せばいい?)

 あるまじきことに、アレックスはカイトを見つめたまま硬直した。情けないことだが、ますます次の行動が思い浮かばなくなる。

(怒る? ……筋が違う。笑う? ……酷いにもほどがある。なら、慰める? ……俺がそんなことをされたら、間違いなく相手を殴る……)

 フィル以外にこれほど悩まされたことは、これまでないかもしれない。途方に暮れて、アレックスは眉根を寄せる。

 そんなアレックスにカイトが吹き出した。

「アレクサンダー・エル・フォルデリークにそんな顔をさせられたってのは、中々自慢になるかもな」

 満足そうに笑う彼に呆気に取られる。

 ふと、笑みを湛えているその口元が切れていることに気づいた。思わず顔をしかめる。

「それは……?」

「ああ、これ…………他の女を傷付けたんだから、当然の報いだってさ。女の敵だとまで言われたんだぜ? ふるだけじゃ飽き足らなかったらしい」

 負けずに彼も「ほんと、変なだけじゃなくて、どこまでも容赦のない女だ」と顔を歪める。

 それから彼はアレックスへと正面から向き直った。

「――同情しようか? それとも健闘を祈ろうか?」

 日差しの中で再びにっと笑った彼の顔は晴れやかで、アレックスは思わず目をみはる。それから、彼につられて笑いを零した。



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