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そして君は前を向く  作者: ユキノト
番外編【めぐり逢い】
204/289

2.特別

 まだ話、続けるかい? ……いいのかい? 多分あんたにゃ面白くない話になるよ。


 ふーん、肝は据わってるんだ。本当だったら嫌いじゃないけどねえ、そういうの。まあ、いいや。あんたが望んだんだから、どんな話になっても四の五の言うんじゃないよ。



 * * *



 巡回の帰りだって言ってたかね、まだ結構寒い日だったよ。

 本当、息をのむってああいうことだね。そりゃあ、噂は聞いてたけど、あそこまでだとは思わなかった。

 なんか、本当、空気が違うんだよ。あの子が入ってきた瞬間、全然違う空間になったみたいな感じで、その場に居た全員がそっちを凝視して。

 気にしてないのは本人とフィルだけ。いい男とか、整ってるとか、そんな次元すら超越した感じなんだもの。


 なのに、フィルは嬉しそうに「女将さん、アレックスです。アレックス、リアニ亭の女将さん」って。

 本当、心臓に悪かった。フィルも知らせといてくれればいいのにねえ。そうしたらもう少しなんとかした格好しといたのに。心構えだってできたんだよ、ほんと。だってあたし、呆けて固まってたんだよ、格好悪いことに。

 でも、そしたら、あの子、笑ったのよ! そりゃあ、もうこの世の者じゃないみたいに綺麗な笑顔で、「初めまして、アレックスと言います。フィルがお世話になったそうですね。お話、よく伺っています」って。

 死んだ亭主には悪いけど、見惚れたわ。というか、老若男女関係なく生きてる人間なら絶対見惚れるわ、あれ。だって男相手に使うことがあるなんて思ってなかったけど、壮絶に色っぽいのよ!


 そうこうしてる間に、どっからどう聞きつけたのか、ゾロゾロ人が集まってきて。そのみんながみんな、あたしとおんなじ運命を辿ったわ。

 なのに、フィルだけあの子に向かって一人にこにこしててねえ。なんていうか、フィルに尻尾が付いてたら、絶対に左右に振れてたと思うわ、ほんとにあの子に懐いてるんだなあって感じでねえ。


 フィルはそんなんだもん、人の気も知らないで、ご飯食べてくって二人で隅の席に座ってさあ。内心じゃもうパニックさ。そりゃあ、料理の腕には当然自信があるよ、こんな商売やってんだもん。けど、お貴族さまの口に合うようなものかって言われたらねえ。

 常連の連中もなんとなく席についたんだけど、みんななんかぎこちないのよねえ。「一言言ってやる」って息巻いてたのも、その前のアレックスの挨拶で毒気抜かれちゃって、戦々恐々と二人の席をうかがってる感じで。


「何を召し上がります?」

「お勧めは?」

「んー、どれも好きです」

「じゃあ、フィルが特に好きなのは?」

「むー」

 でも、そう言ってメニュー広げて考え込んだフィルを見てたあの子の視線。それ見てたら、フィルが好きなんだ、大事なんだって、一発でわかっちゃった。

 あとは全然。あの子が貴族だろうが、いくらでも女を騙せそうないい男だろうが、気にならなかったわ。フィルが懐いてて、その子がフィルを好きなら、文句なしに悪い奴じゃないよねえ。


 だから厨房から出て、ずかずか二人のとこに歩いて行って、「こら、元給仕!ちゃんとお勧め料理があったでしょうが!」って。

 そしたら、困った顔になったフィルをちらっと見てから、「フィル、ちゃんと働けていたんですか?」って、あの子、フィルをからかうみたいに笑ったんだよ。

「し、失礼ですよ、アレックス」って言い返すフィルに、ちょっとおっかなびっくりだったけど常連の一人が、「最初はひどかったけどなあ。頼んだ料理がまともに出てきたことなかったぞ」って。そのすぐ後に別のが「そりゃあないだろうって勘違いとか」って言い出してねえ。

 フィルが「ちょ、ちょっとの間じゃないですか」って情けない声出したから、あの子もみんなも笑っちまって。でも、あの子のフィルを見る目がずぅっと優しくて。


 なんか嬉しくなっちまったんだよ。確かにぱっと見冷たい感じのする子だったけどね、よくよく見てればそうじゃない。フィルに対する気遣いだけじゃなくって、他の連中に対してもちゃんと気を遣ってたんだ、あの子。

「お兄ちゃん、フィルとどっちが強い?」っておっかなびっくり聞きに行ったうちの息子にも困ってたみたいだったけど、ちゃんと相手してくれて……。息子はそれであっさり懐いちまった。膝の上に乗りたがった息子に驚いてた顔も、言われるまま抱えあげた時の苦笑した顔も見物だったねえ。

 ほら、うちの亭主もでかかったから、娘も気にはなってたんだろうね。今度は娘がおっかなびっくり近寄って行ったんだけど、あの子、それにもちゃんと気付いてね、息子とおんなじように抱き上げてくれてたよ。

 そうなるとみんなもますます平気になってね。フィルん時もそうだったけど、子供に弱い男なんて怖くはないよねえ。


 後は酒も入っていつもみたいにドンちゃん騒ぎさ。あの子はフィルと二人、楽しそうにその様子を眺めてたよ。酔っ払いに絡まれて苦笑してるところとかは、本当、気のいい普通の子だったねえ。

 あの子がおえらいお貴族さまって言われても、今はイマイチぴんと来ないわ。この辺の連中はみんなそうじゃないかね。


 それでその帰り際にね、「フィルを頼むよ」ってあの子――アレックスに言ったんだ。そしたらあの子、その時は笑わなかった。真面目な顔で「はい」って頷いて……惚れ惚れしたね。ほんっといい男だったわー。

 あたしもあと十年若けりゃねえ。亭主が妬くって? いいんだよ、こんないい女放ってさっさと逝っちまうような奴なんだから、あの世で指咥えてれば。


 ふふふふ、思い出したよ。フィルが女だってあたしん中で確定したのはその時だよ。それまではやっぱり男の子みたいに扱っちまう時があって。

 アレックスが振り返って、帰ろうって背後にいたフィルを呼んだ時、あの子本当に幸せそうに、アレックスに向かって微笑んだんだ。恋する乙女の顔だったよ、その一瞬。あの子自身気がついてなかったと思うけどね、そういうの、ほんと鈍そうだし。


 ……うっとうしいねえ、情けない顔すんじゃないよ。あんたが聞きたいって言ったんだろう? やっぱりやめとくかい?

 ……ええ、続けんのかい? あんた、ほんと自虐的だねえ。


 ええと、どこまで話したかね。

 ああ、そうそう、それでその後、二人でこの辺にちょくちょく顔出すようになったよ。噂を聞いて、あんたみたいなのとか色んなのが来たけどね。

 大変だよ、娘はフィル目当ての女の子を追い出そうとするし、アレックスのことを聞きに来た女に息子は「おまえみたいな『ケバイ』のはだめ」とか言うし、常連連中はそんな連中を酒の肴にして遊ぶし。

 フィルの話をしょっちゅう街中で聞くようになったのもその頃かなあ。それであんまり寂しいとは思わなくなったねえ。


 そういえば、花祭りの初日。あれは見物だった。

 二人で一緒に来るって言ってたのに、昼前にアレックスが一人で、「女将さん、フィルは来ていませんかっ」って汗かきながら忙しい店内に飛び込んできて。

 あの、いっつも落ち着いてるあの子が、だよ? これは何かあったな、ってピンと来たよ。それも色っぽい話!

「いや、まだ来てないけど、なんかあったのかい?」って答えたら、今度はそりゃあ苦い顔になって……いやあ、目の毒だったわ。フィルも男にあんな顔させるなんて罪作りさねえ。あの子は「後でまた来ます」ってすぐに飛び出してったけど。

 ん? それでどうなったかって? 夜には約束どおり一緒に来たよ。二人の間の距離がちょっと縮まっててね、あれだね、いい感じになってた。フィルもアレックスを意識し出したみたいだったし、帰り道に手ぇ握られて真っ赤になってたのも見ちまった。

 山は越えるもんだよねえ。あはははは。いいねえ、恋。


 ……ええ、ちょっと、いちいち落ち込むんじゃないよ。

 はあ、あんたがアレックスより早くフィルと知り合っていればって?

 だからってどうにかなったとはあたしにゃ思えないけどねえ。


 剣技大会? 見に行ってないよ、忙しいもん、行ける訳ないだろう。

 フィルが出るって聞いて息子と娘は行きたくて仕方なかったみたいでねえ、常連の連中が連れてってくれたのは良かったんだけど、奴らフィルに賭けて大勝ちしたって。それ見てた息子が賭け事にはまりそうで、本当、まいっちまう。せめて騎士に憧れてくれりゃいいのに。

 なに? フィルが勝った感想? ……勝つに決まってんだろ。あんた、あの子の強さ、見たことないんだよ。遊びでやるあんなの、あのフィルが勝てないはずないだろう。


 その後、夏ぐらいだったかな。久しぶりにあの子がアレックスと遊びに来た時に、ほんと綺麗になったって呆気にとられたんだよ。整ってたせいもあって、男の子か女の子かわかんないような感じだったのに、年頃の娘の持つ艶やかさが出て、ああ、女になったって感じ。

 あははは、そう言ったら本人真っ赤になってたけど、相手は当然アレックスで。ああ、あと、そのアレックスがフィルの横でちょっと赤くなってたの、あれは可愛かった。


 ……あのねえ、そんな顔すんじゃないよ。なっさけない面だねえ。そんなんじゃものにできる女も逃げてくよ。


 そりゃ、あんたにゃ悪いけど、本当、自分の娘のことみたいに感じて嬉しかったよ。

 だから帰り際にアレックスをこっそり捕まえて、「不幸にしたら許さないよ」って脅したんだ。

 そしたらあの子、「必ず幸せにします」って。でもその時は笑ってたよ。自分も幸せでしょうがありませんって感じでさあ。

 一緒に帰っていく時も、以前にも増していかにも「好きです、大事です」って視線でフィルを見ててさあ。あてられるよねえ。本当、あたしももう一度恋しようかなあ。

 ……ああ? なんか言ったかい? そう、黙っておきな、沈黙は金ってことわざ知らないのかい?


 最近じゃフィルが女だって知って、みんな驚いてるみたいだし、あれこれ言ってるようだけど、あれだよ、気がついてないほうがおかしいよねえ。アレックスと二人でいる時なんて、明らかに恋してる目、してたのにさあ。先入観って怖いってことだよねえ。

 それにしてもアレックスの気苦労が増えなきゃいいけど。あんたみたいなフィルのファンは多いからねえ、女とわかればひとしおだろうよ。まあ、今までアレックスに言い寄ってくる山のような女の子に、フィルがこっそりヤキモチ妬いてた気持ちがようやくわかるだろうけどね。


 そんな感じかねえ。なんかフィルが嫁に行っちまったようで寂しいけどねえ。

 は? 気が早すぎる? ……まあそれはそうかもね。

 ん? しかもまだ若いし、この先はわからないって? あははは、ないよ。そりゃあ、フィルも色々あるみたいだし、アレックスも貴族だってんなら、大変なこともあるんだろうけどさ、あの二人は大丈夫。あたしにゃ判るんだよ。


 さて、と。そろそろ夕飯時だ。準備しなきゃね。あんたもいつまでも遊んでないでさっさと帰んな。いくら情報集めたって、いくら考えたって、フィルはあんたにゃ靡かないよ。あたしにゃわかるんだよ。


 ……あんた、諦め悪いねえ。あんたが真剣なのはわかるよ。でなきゃあたしがこんな話、わざわざしてやるもんかい。

 そうじゃないよ、よくお聞き。あんたの特別はきっと別のところにいるよ。その子を頑張ってお探し。

 きっと首を長ーくしてあんたを待ってるよ。


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