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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第13章 強さの理由
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13-6.剣を持つ意味

 今年の花祭り、フィルの休みは最終日だけだ。

 なんとかしようとはしてくれたみたいだけど、隣国ドクスクスからの使節団の訪問が祭りにちょうど重なって上の人たちはひどく忙しいらしく、そのあおりを受けたアレックスも結局休みをもらえなかった。

 メアリーやリアニ亭の親子、花屋のリンもケーキ屋のジルも当然それぞれの商売で忙しい。となると、一人で遊んでいるより、街を巡回している方がいいと思った。

 祭りは賑やかで好きだけれど、皆の楽しそうな顔を曇らないようにする騎士団の仕事は仕事でやはり楽しい。


 アレックスはというと、王都の東地区の繁華街を割り当てられ、騎士団の一部とミーズ地方からの応援を指揮している。繁華街特有の利権が絡んで、毎年組織ぐるみの面倒ごとが絶えない地域だけれど、うまく乗り切っているそうだ。

 昨日出会った、第五小隊長になったボルトさんも、アレックスを手放しで褒めていた。「冷静沈着、知識も知恵もあれば、気も利いて、指示も的確、相手を制する迫力も腕っ節も十分。加えて見た目もいいとなれば、あいつはカリスマを持った指揮官になる」と。それで最後に「少しはお前も見習え」と額を小突かれた。

 大好きな人が褒められるのは嬉しいけれど、剣を振るうしか能のない私とは大違いだと改めて思う。


 フィルのほうは、相方のヘルセンさんがアレックスと同じ仕事をすることになったオッズと組んで、中心から少し外れた、比較的穏やかな商業地区を回っている。あまり難しい地域には回されなかったのは、剣技大会出場者だからなのだろう。

 そこで、オッズと一緒に酔っ払いの諍いを仲裁したり、万引き犯を追いかけてみたり、スリの被害を訴える人の届出書を作成したり、迷子のお母さんを捜したり。

 していることは去年と同じで、でも反応はやっぱり去年の祭りとは違っていた。好意と嫌悪、両方の視線をあちこちから感じる。

 国で唯一の女の騎士だからかもしれない。性別をばらした後噂が広がるのも、それはそれは早かったし、街で知らぬ人たちからあれこれ言われる頻度も増えた。かけられる善意と悪意の言葉もいっぱいだ。


『すべての人に好かれようなんて土台無理な話だ』

 英雄と呼ばれた祖父は、行く先々で概ね好意的に受け入れられたけれど、ある旅の日、老年の婦人に泣きながら罵られたことがあった。その人の旦那さんは先の戦で祖父に敗れ、亡くなったらしい。その人から向けられたすさまじい怨念に、フィルは蒼褪めて身動きが取れなくなってしまったけれど、祖父は静かに言った。

『私は私の信念の元に生きた。それゆえにたくさんの命を奪った。だが、私はそう生きたことを後悔はしていない』

 アレックスが言ってくれたように、私は私なのだと思う。だから、祖父の言ったように、先日アドリオット爺さまが励ましてくれたように、居たいと思う場所で、自分の信じるように生きてみたいと思う。

 祖父のように大した話じゃない。でも、それがいかに難しいことか、少しだけわかった気がする――どれだけ自分の居場所とあり方を思い描いても、それを周囲に受け入れてもらえるとは限らない。


「頑張ってね、応援してるから」

「女の仕事じゃねえんだから、すっこんでりゃいいんだよ」

「おねえちゃんかっこいいね、サラもいつか騎士になるからね」

「剣なんか扱ってるより、スカートの方が似合ってるのにねえ」

「あんた、女だって話だけど強いねえ。頼もしいよ」

「女ごときに俺が負けるとでも思ってんのか」

 していることは同じなのに、自分の持つ力を誰かのために活かしたいだけなのに、男か女か、それがどうしてそんなに問題になるのだろう……? 

 正直ひどく戸惑っている。


「今年の剣技大会は大変かもなあ」

 若い女の子の集団に名を呼ばれて、曖昧に笑いながら手を振り返したフィルに、オッズがらしくなくしみじみと呟いた。


 彼の言葉の意味をフィルが身に沁みて感じたのは、祭りも半ばを過ぎた五日目の午後のことだった。

 色とりどりの半貴石で作られたアクセサリーを売る露店。鉱工業の盛んな湖西地方からやってきたという若い夫婦が開いたその店は、目当ての異性にプレゼントを贈ろうという若者で連日賑わっていた。

 その前にできた不穏な人だかりに、フィルとオッズは急いで割り入る。

 中心にいたのは、巨大な体躯の異国の男と、その男に襟をつかまれて宙に持ち上げられている店の主人だった。苦しむ主人の顔を小馬鹿にしたように嘲笑う男の表情と、その頬についた大きな傷あとが強く目を引く。

 人垣の内に入ったフィルとオッズを、同じ装束の男たち三名が取り囲んだ。彼らが一様に顔に浮かべているにやついた笑いに、噂のドムスクスの連中だと悟る。

 祭りの半月ほど前から、隣国ドムスクスの王太子が、三十年前から停戦状態のままになっている戦争の講和条約締結のためにカザック王宮を訪れているのだが、彼に付き従ってきたかの国の軍関係者が街に繰り出し、祭りのあちこちで揉め事を起こしていると同僚たちが愚痴っていた。


「その手を離せ」

 アレックスより背の高い男の目を鋭く睨みながらオッズが低い声を発した。

 意外なことにその男はあっさり主人を解放する。

「何をしていた?」

「別になーんも。少し値切ってただけだ。カザックじゃ接客マナーがなってねえようだな。おかげでちょっと乱暴になっちまった」

「……被害は?」

 苦々しい顔で訊ねたオッズに、咳き込む夫の背を撫でていた妻のほうが青い顔で首を横に振る。男の仲間が彼女に無言ですごんでいたことを知るフィルは、思わず舌打ちを零した。被害の訴えがなければ、外国の連中をこの場で牢に放り込むことは難しい。

「……お前、女か」

 そんなフィルを大男はじろじろと舐め回すよう見た後、胸に目を留め、下卑た笑いを顔に浮かべた。

(……この男、着ている物はかなり上質だが、品性を感じない)

「女なんかが入れるようじゃ、カザックの騎士団もおしまいだな」

 目を眇める。反論しようと口を開いたところで、遠巻きに同意する声が小さく聞こえてきて言葉をのみ込んだ。

「……」

 嘲るような笑いを向けられて、フィルは目尻を吊り上げると、奴らへと一歩踏み出す。


「フィル」

 殺気を察したらしいオッズに、袖を引かれた。その彼からも不穏な空気を感じて、フィルは唇を引き結ぶ。フィルより遥かに気の短いはずのオッズが、それでも我慢しなくてはならないと判断している証拠だ。外交上のこともあるし、不安そうに見守る店の夫婦のこともある。騒ぎを収めるはずの騎士団員が騒ぎの中心となる訳にはいかないということだろう。

 結局フィルはオッズの肩を叩き、嫌な笑いを残して去っていく男たちを、奥歯を噛み締めたまま、ただ見送った。


「この後も何か言ってくるようなら、いつでも言ってくれ。俺かこいつが祭りの間中、この界隈にいるから」

 背後でオッズが店の夫婦をそう宥めている。

「でも大きな男の人ですし……」

 妻の方が窺うように自分を見たのがわかって、切なくなった。心配してくれるのを優しいとは思う。でも、悔しかった。

(私は私で、大事だと思う人たちと場所を守りたいと思ってここに居るのに、女だという理由、私が私であるという理由で、それを否定されてしまうんだろうか……)

 そう思ってしまった。


「大丈夫、大丈夫、悪いようには絶対しない。こう見えて俺たち、強いんだぜ」

「……」

 落ち込みそうになったフィルの肩を、オッズがぽんと叩き、彼女に向かってそう言ってくれた。それに自分でもおかしくなるくらいほっとする。

「あと、これ、くれ」

 それからオッズは、店頭の台上に並べられた商品の中から、ジルによく似合いそうな天青石のネックレスを指さした。「勤務中に買い物してたってのは内緒にしてくれよ」とにっと笑いながら。

「……彼女のご機嫌取りですね」

「ばらすんじゃねえ、フィル」

 なんとなくオッズの意図がわかって便乗すれば、それを見ていた夫婦は、ようやく固い顔を崩して、笑みを浮かべた。それを見てフィルも笑って……けれど、気分は晴れないままだった。

 明日の剣技大会で、あの大きな闘技場を埋めつくす観衆が自分に向けてくるだろう目が、ひどく気になった。


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