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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第12章 再会のもたらすもの
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12-12.朱交

 しばらく馬車に揺られ、日が変わる頃にフィルが連れてこられたのは、王都の南外れにある、寂れた屋敷だった。周辺には王都民に供給される野菜やら何やらが育てられている、のどかな田畑が広がっているはずだ。

 

「もう眼は完全に覚めてるだろ? 歩いてついてこい」

「騒いだって無駄だからな。ここにゃ騎士どころか人っ子一人いねえから」

(……眠い)

 後ろ手に縛られた状態で男たちについて歩きながら、フィルは欠伸をかみ殺す。

「おーおー、涙目になってるぜ。かっわいそうに……って俺たちのせいか」

「いい子にしてなよー、でないともっとかわいそうなことになるからなー」

 嘲ってゲラゲラ笑う男たちに白い目を向けそうになるのを、なんとか堪える。


(昔は貴族かなんかの屋敷だったのかな……)

 所々火の灯された屋敷の内部を見回せば、元は相当な資産家の持ち物だったように思われた。剥げて色褪せた足元の絨毯も窓にかかる蜘蛛の巣まみれのカーテンも、年季が入っているだけで元の質はかなり良さそうだ。壁のあちこちに、日焼けしていない四角い場所があるのは、肖像画でもかかっていたのかもしれない。朽ちかけてはいたが、今いる建物の東には立派な離れもあった。

 だが、手入れされている様子もだが、ここにはそもそも生活感がない。

(となると、ここは臨時の拠点で、彼らの根城ではないのかも)


「こりゃまた極上だな……ちょうどいい、こいつを潮時にするか」

 連れて行かれた一室で小太りの男と対面して、予想は確信に到った。

 珍しく推測があたったのにまったく嬉しくなかったのは、その男の顔に浮かんでいる笑いの種類が、殴り飛ばしたくなるようなものだったからだ。

 どこにでもいそうな、特徴のない風采はこういう稼業には都合がいいのかもしれないが、表情も卑しい感じなら、人を値踏みする意図を隠そうともしない目つきも癇に障った。

「ひひ、売り飛ばすにゃあ、ちぃと惜しい気もするが、いい値がつきそうだ」

 下卑た笑いを深めた男に顎を捕まれ、顔を上げさせられた。

「なりはいい、歌はうめえってんで、酒場でもそりゃあすげえ人気で」

「注目の的ってやつで一人になる隙も中々なくってですねえ、苦労したんすよ」

「ぐふ、ふふふ、わかっとるわかっとる、褒美をやるから楽しみにしとれ」

(つまりこいつが主犯……)

 フィルを攫った男たちが、目の前の男に対して卑屈な笑いを見せ、手柄をアピールしている。

「ふふん、悲鳴も泣き声も出さんとはますますいいのぅ。気が小さくて、怯えさせてさえおけば、従順――実に扱いやすい」

 くつくつと笑う男に、フィルは眉を跳ね上げた。そのあと微妙に胸をつまらせる。従順で扱いやすい――問題児扱いされまくってきた身には、新鮮で感動的ですらある。

(お返しに表情がわからなくなるぐらいまで顔を変形させて……って、違うか、まずは女の子たちの場所を突き止めなきゃ)

 なら、このまま怯えていると思われておく方がいい、と思いついて、フィルは慌てて顔を俯けた。


 色々な意味で醜い男の「連れて行け」と言う言葉を合図に、違う男が二人入ってきた。

 彼らに監視されて、フィルは薄暗い廊下をのろのろと歩く。

『騎士団がいるのを承知で、わざわざ王都に来たかいがあったってもんだ。上物がそろったことだし、そろそろここを引き上げる。カルポに向けて船を手配しろ』

『あの国の奴ら、俺たちのことも北方人とか言って、珍しがりますからねえ』

 先ほどの人攫いたちの会話に、なるほど奴らはよそ者、しかも被害者の売り先は外国、とあたりを付けた。

(ここで逃がせば、追跡が難しくなる。今確実に捕まえなくてはならない)

 さて、女性たちを見つけた後、何をどうするか、と考えていて、

「なあ、ちょっとぐらいいんじゃね?」

「馬鹿、前、女に手ぇつけたガゾが殺されてたの覚えてねえのかよ。傷物にしたら値が下がるってよ」

 フィルは眉を寄せた。なんて気分の悪い会話なのだろう。


 昔祖母が言っていた。

『男女問わず嫌な人はいるけれど、そういう人たちにターゲットにされた場合、力に劣る女の子は物理的にひどい目に遭うリスクがより高いの』

 彼女はそう悲しそうに、辛そうに呟いたものだった。そして、最後にはフィルを真剣に見つめて、こう言うのだ。

『だから見つけ次第、問答無用でぶっ飛ばしてやりなさい』

 ビシっと指差しながら。

『息の根を止めたって個人的には構わないと思うけど、社会的にはやりすぎってことになるらしいから、その寸前まで』

 だってフィルはそれができるんだもの、うふふふ、と笑ってもいた。


 祖父はその背後で、『「だから気をつけなさい」じゃないんだな……』とどこか遠くを見ていたけれど。

 気のせいでなきゃ、さっき遠くに感じたアレックスの空気もみんなのも形容しがたいものだったけれど。

 きっとまたポトマック副団長の青筋を間近で拝むことになるのだろうけれど。

「ばれなきゃいいか、お前、黙ってろよ。なーに、優しくしてやるからよ」と言いながら手を伸ばしてくる、下品な笑みの男にフィルはにこりと笑う。

(本当なら他の女性たちの所に案内されてから、と思ってたけど、この方向からすると、彼女たちのいる場所は、連れてこられる時に見えた東の離れだろうし、大体……――私が “ひどい目”に遭う理由はまったくない)

 上体をまっすぐ保ったまま、フィルは重心を左に寄せる。ゆとりのある外套の内で静かに右膝を曲げて、太ももを胸へとぐっと引き寄せた。ドレスの生地が悲鳴を上げ、一歩近づいてきた男がその異音と腹の膨らみに眉をひそめる。

(残念、気付くのが遅い――)

 フィルは唇の端をくっと吊り上げ、脛の前面に力を入れて指先を上方へと反らせる。同時に膝から下を天へと勢いよく突き伸ばした。

 張力に耐えられなくなったドレスがビッと音を立てる。突き上げられた踵は狙い違わず、男の顎へと向かった。

「ぐ」

 鈍い打撃音と、上下の歯がかち合う甲高い音と共に、男の顔は不自然な勢いで天を仰いだ。続いて、埃まみれの廊下に崩れ落ちる。

「……え? あ、ど、どうし」

「見えなかった?」

 にやっと笑いながら、フィルは背後の男を振り返った。

「あ、お、おまえ……」

 フィルは縛られていると男たちが信じていただろう両手を、ヒラヒラと男にかざしてみせる。

「な、な……」

 数歩退き、驚愕を露にしていた男は、一歩踏み出したフィルに我に返ったらしい。危なっかしい手つきで、慌てて刃物を取り出し、同時に息を吸い込んだ。

(まずい、応援を呼ぶ気だ)

 フィルは一気に距離を詰める。

「ぐぇ」

 が、暗がりから音もなく出てきて、標的の男を一撃で伸した影に、動きを止められた。


「…………お、お早いお気づきで」

 闇そのものの印象の彼――アレックスにじろりと睨まれて、フィルはさっきまでとは別種の危機を回避しようとヘラリと笑ってみる。

 が、努力空しく、そんなフィルにアレックスはこの上なく苦い顔を返してきた。

「……怪我は?」

「な、ないです」

 低い声音に、怒られる、怒られる、とドキドキしながら答えると、アレックスは大きく息を吐き出した。

「……無事ならとりあえずそれでいい」

 そうして、「まったく」と言った彼に、軽く頭を小突かれた。でも、結局そのまま頭に手を置いてくれる。

「……」

 優しく往復を繰り返す手の感触に、思わず彼を見上げれば、額に汗が浮かんでいるのを見つけて、嬉しいような、悪いような気分になった。


「さて、と。その件は後にして、まずは犯人と被害者の確保だ」

「……被害者たちはおそらくこの先の離れです。犯人たちはカザレナの組織ではなく、被害者たちをこのまま外国に連れ出す気のようです。主犯は……」

 甘かった、お説教は後回しというだけだった、と悟って顔を引きつらせつつ、フィルは得られた情報をアレックスと共有していく。

 同時進行で、足元で伸びている二人を廊下脇の小部屋に押し込み、縄でくくって猿ぐつわを噛ませた。犯人たちとは違って簡単に解けるような縛り方はしない。

 それからアレックスは窓辺に寄り、カーテンの隙間から外をのぞいた。そこかしこに灯る光に彼の整った横顔がぼんやり浮かび上がる。

「応援は直に来るはずだが……始めた以上は仕方がない。犯人たちに気付かれる前、彼らが分散しているうちに一人ずつ仕留めていこう」

「女の子たちの解放は?」

「後回しだ。出せばおそらくパニックになる。余計危険だし、犯人たちを捕らえる邪魔になる」

 そう口にしたアレックスは、ふと目を細め、「それほどの規模で商取引をする連中なら、契約関係で記録を残しているな……」と呟いた。よくわからないが、なんだかまた難しいことを考えているらしい。

「まず馬車などの移動手段を破壊。次に見張りだ。交代時などを狙って騒がれないよう、交代要員ごと仕留めていく」

「つまり……移動なんかの孤立時を狙って、数人ずつ闇討ちすればいいってこと?」

 それなら頭を使わなくていいから楽だ、ようやく体を動かせる、と顔を綻ばせたフィルに、彼は「騒ぎになりそうなら声を奪っていい」と付け足した。


「主犯は主犯の部屋で最後に。俺も気をつけるが、気付かれて証拠を隠滅させる隙だけは与えないようにしてくれ。既に売られた者たちの行方も追えるかもしれない」

 動き出す直前、アレックスはフィルを振り返って「主犯は殺すなよ?」と念を押した後、じっと見つめてきた。

「闇討ち……得意そうだな」

「実はかなり」

 やったことがあるのか、となぜかアレックスは呻いていたけれど、彼がいれば気分は無敵だ。さっさと片付けて、女の子たちを安心させてあげよう。



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