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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第12章 再会のもたらすもの
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12-10.同一性

「恐ろしいまでに化けた……マジかよ」

「会議で幹部たちも皆絶句してたぞ、最初の時とは違う意味で」

「いや、マジで恐ろしいのが洒落にならんのだけどな」

「あの格好で目が合うと、殺気を露にするから……」

「褒めたエドを無言で殴ってましたよ。で、『それは嫌味か?』と襟首を掴み上げてました」

「ミックが『フィルさん、素敵ですっ』って近寄っていったのには、殺しかねない視線で返していた」

「息をのんで固まってたもんなあ、あの懲りないミックが」

「会議に遅れてきたコレクト団長がフィルを見て絶句したんだが、それに『文句があるのか』と刺すように睨んでいた。いかに丸いとは言え団長だぞ」

「命が惜しいなら見た目のことは言わないほうがいい」

「しかも……なあ、あっちも何とかしてくんないかな……」

「不機嫌を隠す気もないらしいな……ほんと、あんな性格だったっけなあ」

「ねえ……」


 王都で密かに人気のある、落ち着いた感じの酒場。ここは歌唱や楽曲の演奏を売りにしており、夜が更けると客席の照明が落とされ、奥の舞台で催しが始まる。

 その舞台袖でひそひそと話しているのは、私服に身を包んだカザック王国騎士団第一小隊のいつもの面子だ。彼らから少し離れたところで、不機嫌そのものといった様相で舞台を見つめているのがアレックス、誰もが近寄れないその彼の横でただ一人、いつものようにニヤニヤ笑っているのがオッズだ。


「早く任務終わらないかなあ」

「毎日針のむしろだ……世間は春遠からじ、じゃねえのか」


 そして、彼らが警戒を払う舞台中央にいるのが、本人曰くの『女装……っ!』をしたフィルだ。薄暗い店内でそこだけ煌びやかに灯された光を浴びて、街中の流行歌を歌っている。

 胸元と背中の大きく開いた、体の線を艶かしく浮き立たせる、淡いオレンジのドレスを着て、透き通った声を披露する彼女は、酒場の注目を一身に浴びていた。

 舞台手前から響く伴奏に合わせてリズムを取るたびに、長い黒髪のカツラがさらさらと流れる。同時に光沢のあるドレスが光を鈍く反射して、一切の無駄のない、けれど柔らかそうな体の曲線を詳らかにする。

 情感を表現する手助けをするためなのだろう、歌の調子に合わせながら、彼女は素肌の晒された腕を時折動かす。抑えた明かりの中でなお艶やかに光る、きめの細かいその肌が、ひどく目を惹いた。

 密談や睦言など、この店のこの時間帯に本来あるはずの囁き声が、徐々に消えていく。

 そうして、フィルが一曲を歌い終わった頃には、主の性別を問わないため息だけが空間を埋め尽くしていた。


(仕事というのもフィルの気持ちもわかるが……)

 薄明かりの中、続けて、古くからある、身分違いの悲恋を歌い始めたフィルを見ながら、アレックスは息を吐き出した。


 事の発端は王都で続発している若い娘の行方不明事件だ。被害者は田舎から出てきたところだったり、身よりのない娘だったりすることが多く、彼女たちの交友関係が掴み難い。それならこの際囮を、となったのだが、よりによってフィルが選ばれた。

 悪乗りしたという、騎士団の諸悪の根源とも言うべき幹部たちは当然のことながら、彼らを止めなかった大恩ある師、ポトマック副騎士団長に対しても恨み言を言いたい気分だ。

 フィルに似合う、というより、フィルぐらいでなくては様にならないだろうという服や小物を選んだメアリーのセンスを大したものだと思う一方で、余計なことをしてくれた、とも思う。

 さらに言うなら、あれだけ凹んでいたくせに、『それでも女の子たちが……』と言いながら任務を受けるフィルを止められなかった自分。それから、その翌日、自分で化粧をして、鏡の前で呻いていたフィル(詳しく形容することは、フィルの名誉のために避けようと思う)にその化粧を落とさせてしまい、挙げ句自らやり直してやってしまった自分をも呪う。フィルがあれ以上落ち込むのも嫌だったのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、相変わらず圧倒的に弱い。

 そうして、フィルは結局、田舎から出てきたばかりという触れ込みで、行方不明の女性たちが出入りしていたと疑われている場所のひとつ――この酒場の舞台に立つようになった。


 それから既に十日。噂を聞きつけてか、日に日に客は増えて、協力を仰いでいる酒場の主人は上機嫌だ。彼は彼女をあのフィル・ディランと気付かず、騎士団に雇われた歌い手だとでも思っているようで、昨日などはずっとここで働かないかと半ば本気で彼女に話していた。


(……綺麗なんだよな、贔屓目なしに)

 アレックスは酒場の客に視線を向けて歌うフィルの横顔を見つめる。その顔には大人の女性がするような艶っぽい化粧がしてあって、ぱっと見いつものフィルには見えない。(言うまでもないだろうが、フィルの手によるものではもちろんなく、酒場の従業員に頼んでしてもらっている。)

 気乗りしていないせいだろう、普段のように楽しそうに笑うこともないから、近寄りがたい雰囲気になっていて、逆にそれが見た目の美しさを引き立てている。


 フィルが綺麗なことは当然知っているが、アレックスの知る彼女の美しさはああいうものじゃない。もちろん、あれも綺麗だとは思う。

 だが……、

「楽しくなさそうなんだよな……」

 思わず漏らせば、横のオッズが視線をこちらに向けた。

 ここのところ、疲れたような顔ばかりを見せるフィルは、今もひどく硬い表情をしている。

 彼女の祖母エレーニナ・リラン・ザルアナックに習ったのだと、フィルは昔も今もよく歌を口ずさんでいるが、いつも心底楽しそうだった。あんなやりにくそうに歌っているのは見たことがない。

(そのうち慣れるかと思ったんだが……)

『その……父の、父が、き、期待する様な子では……ご覧の通り、無くて…………っ、い、いらない、と』

 不意にフィルの告白を思い出した。

(ひょっとしてその辺の事情も関係しているのだろうか……?)

 実際アレックスが褒めると、フィルは少し赤くなって……いつも最後には苦笑する――ひどく複雑そうな顔で。

 いかに美しかろうと、アレックスはあんなふうに笑うフィルを見ていたいとは思わない。フィルはフィルでいればいい。

 それを解しもせず、フィルに欲望を含んだ視線を向ける男たち――彼らにひどく神経を逆撫でされた。


 歌い終わって、舞台下からかけられる声や差し出される花束、貢物にフィルが引き攣った愛想笑いを零す。

 明らかに作り物だとわかっていても面白くはない。必要だとは知っていても、あんなふうに笑わせていたくはない。

 あそこから連れ去って、自分の元に囲い込みたい。誰の目にも触れさせたくない。自分だけにいつものあの笑顔を向けさせたい。自分の傍で、いつものように能天気そのものの顔で、自由に笑わせてやりたい。

 嫉妬も手伝って、フィルをむちゃくちゃに抱いて自分の体の下で快楽に溺れさせたい、自分のものだと確かめたい、とも。

 それなのに、不審がられないようにと、彼女はこのところこの近くに借りた貸家で暮らしている。

 この距離にいるのに触れることすらできない、自分のものだと主張できない、あの笑顔を見ることもできない。

 ――当然というべきだろう、不満は溜まりに溜まっていっている。


「だけど、ちょっと格好変えただけで気付かないもんなんだな」

 相変わらずと言うべきなのだろう、明らかに不機嫌なはずのアレックスを一切気にせず、オッズがぼそっと呟いた。

 視線を向ければ、舞台の光に照らされて、彼の黄褐色の瞳は今は金に見えた。舞台に近寄ってフィルに話しかけている連中を見ながら、ひどく醒めた顔をしている。

「ああいうのって、本人はどうなのかね?」

 珍しく真剣な口調で、オッズが再び口を開いた。

「こないだから女だ、男だって言われてさ。フィルはフィルでしかないんだけどなあ、俺からすると」

「……」

(……そうだった、オッズはこういう奴だ)

 少しだけ気分が軽くなって、口の端から笑いが零れた。

 そういえば、ヘンリックやメアリーもそうだった。こうやってフィルの本質の部分を見ている人間もいることに、ささくれ立った気分が少し凪いだ気がする。


(まあ、それがわかればきっと……)

 アレックスは小さく目元を綻ばせ、再びフィルへと視線を向けた。

 だが……、

「……」

 ――その前にフィルの限界が来ないことを祈っておいたほうが良さそうだ。

「ほら、やっぱフィルはフィルじゃねえか」

 大笑いし始めたオッズと、頬を引きつらせたアレックスの視線の先。

 向こうの袖に引っ込んだフィルが、もらった花束やらプレゼントやらをウェズに渡した後(叩きつけた、の方が正解かもしれない……)、頭を盛大に掻き毟りながら、声にならない呻き声を上げている。



こっそりおまけ:12-9.5.「墓穴」

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