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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第12章 再会のもたらすもの
180/320

12-9.ヘンリック観察記7

「よし、完璧だわ」

「……誰これ」

「すごいでしょー、元がいいからやりがいがあったわ」

「なんていうか、化粧って怖いね……」


(フィル、君の感想はそれでいいのか……)

 部屋から有無を言わせず追い出されたヘンリックは、結局メアリーの部屋の外、小さな階段前の踊り場で、フィルの仕度が終わるのを待っている。


 室内の二人の会話を聞きながら、ふとさっき街中で出会った際のメアリーを思い出して、一人デレた。

『フィルっ、何してんのよっ』

(あれって俺のために妬いてくれたんだよなあ。よし、さっきフィルがメアリーを抱きしめたのはあれで相殺ってことにしてやろう)

 階段に足を下ろし、膝に肘をついて座るヘンリックの顔は、フィルや同期たちが見れば、「メアリー馬鹿……」と敬遠すること請け合いだ。


「もう! 少しは嬉しそうにしてよ、フィル。文句なしに美人でしょう?」

「そう? メアリーの方がずっと綺麗だし、可愛いよ」

「……フィルって天然の女たらしだわ。フィルみたいな美人にそんなこと真顔で言われたら、絶対その気になる……」


(……やっぱ取り消す)

 扉越しに聞こえてくるメアリーの声は喜びと恥じらいで一杯――真っ赤になってはにかんで笑っている、超絶可愛い顔が目に浮かんで、ヘンリックは顔を引きつらせた。

 十七年の付き合いの中で数えるほどしか見たことのない顔を、メアリーから引き出したのはまたもフィル――親友ではある。が、今この瞬間、心の底から憎い。


「アレックスもきっと見直すわ。大体あのドレスを選んだ人のセンスが最低なのよ。フィルは背が高くてスタイルがいいんだから、シンプルで身体の線が出るような服がいいのに」

「……だといいけど」


(あ、本気で落ち込んでるんだ……)

 また暗くなったフィルの声にそう気付いて、ヘンリックは不満を忘れた。


「もしこれでアレックスが同じ態度取るなら、別れたらいいのよ。てか別れるべき! そしたら私がお嫁に行ってあげるわ……」

「メアリー、本当に優しいね、ありがとう……」

「だって、フィルなら男装していようと女装だろうと文句なしに格好いいもの、理想そのもの……」


(……これ、うっとりしてるって声じゃない……?)

 となると、さっき妬いたのは俺のためじゃなくて、フィルかもしれない――。

「くっ」

 人でなしと言われようと、友達がいがないと言われようと、なんだろうと、今度こそ親友を真剣に恨んだ。


 カチャという軽い音とともに扉が開いて、メアリーが上機嫌に顔をのぞかせた。

「ねえ、ヘンリック、見て、すごいのよっ」

 さっきの怒りもどこへやら、興奮に目を輝かせて自分を見上げてくるメアリーの顔は、この世で一番愛らしい。そんな顔をさせているのが自分じゃないというのは腹立たしいけど、それでも可愛いものは可愛い。


「……げ」

「げ?」

 その彼女の向こうから、珍しく不機嫌そのもの、という顔のフィルが睨んできて、思わず言葉を失った。

 そこにいるのは、確かに親友の彼女だ。けど、どこからどう見ても女の人だった。

 普段適当感いっぱいに無造作に流されている前髪は、丁寧に梳られた上で、切り揃えられたようだ。同じく横髪は、どうやってあるのか綺麗に編みこまれて結わえあげられている。多くないはずの光がその編み目に当たって、元々の綺麗な金色を繊細に浮き立たせていた。

 うっすら化粧をしているのだろう。淡い色の唇は普段より赤みを増していて、慣れているヘンリックでもなんとなく目をやってしまう。目の上にも少し色をつけてあるようで、妙に大人っぽい。

(これだけのことで雰囲気って変わるもんなんだ……)

 驚きつつ、問題の服装におそるおそる目をやる。

 屋根裏への登りあがりのこの場所は暗いから、いまいち色はわからないが、着ているのは薄い色のワンピースで、メアリーの言っていた通り、すごくシンプルだ。騎士団で手渡されたような少女趣味丸出しのじゃなくて、体の線がわかる大人っぽいデザインで、スカート部分も広がりが抑えてあって、丈は膝下ぐらい。下手なスタイルじゃ絶対着られないと思う。

(うん、これは確かにさっきとは比べ物にならない。ああ、さすがメアリー……だ、けど……)

「言いたいことがあるならはっきり言え」

「……」

 フィルが元々すさまじい美人なことはもちろん知っている。事実、今だって見蕩れるくらい綺麗だ。

 けど、人の襟首を掴んで引き寄せて、低い声と冷たい空気で威圧してくるあたり……。

「……いくら美人でも台無し」

「フィル、見た目以前に、そんなんじゃ絶対に囮にならないと思う……」

 ちなみに、フィルに襟首を絞められて意識が遠のきそうになっていても、メアリーと意見が合ったのは嬉しい。


「フィル、アレックスが迎えに来ているわよ」

「えっ」

 メアリーのお母さんが階下から声をかけてきた。一瞬で真っ赤になったフィルを前に、メアリーと顔を見合わせてにっこり笑う。以心伝心って感じが最高に嬉しい。

「ヘンリック、ここに行くってこと、しゃべったな」

 赤いまま睨んでくるフィルに、ヘンリックはにやっと笑ってみせた。

「だって心配してたから。アレックスにはいつもお世話になってるんだから、当然でしょ」

「っ、で、自分はメアリーとデートかっ」

 返事の代わりに、さらに笑えば、フィルは右頬を痙攣させた。

 そう、全部計算ずくだ。フィルをアレックスに引き渡してこれからメアリーとご飯だ、二人で。

「ほらさっさと行きなって。せっかくそれだけ可愛い格好してるんだから」

「心にもないこと言うなっ」

「あるある」

「うわあ、嘘っぽい……大体さっき台無しって言ったっ」

「違うよ、見た目じゃなくて、中身の話。そもそもアレックスはその中身だって了承済みでしょ」

「絶対嫌だ、アレックスにだけは見られたくない」と言って、メアリーの部屋に入って着替えようとするフィルを羽交い絞めにする。

「だってさっきの今だぞ、絶対嫌!」

「大丈夫だってば。今のその格好もそうだけど、なによりアレックス、フィルの見た目とか、多分まったく問題にしてないって」

「はーなーせー」

「往生際悪いよ?」

 そうして、いつもするようにぎゃあぎゃあやり合っていて……

「何をしているんだ……」

とは階段を上がってきたアレックスの呆れ声――これはまあ、いつものことだ。アレックスと目が合ったフィルが真っ赤になるのもまあ珍しくないし。

(それにしても変なとこで純情だよなあ、ずっと一緒にいてとっくに大人の関係のくせに)

 思わず苦笑する。

「……」

 けれど、メアリーは珍しく、本当に珍しく、無言で目を丸くしてそんな自分たちを見ていた。


『……なに?』

『さあ?』

 同様にそのメアリーに気付き、怪訝な顔をしたフィルと顔を見合わせる。目線だけで会話が成立するあたり、さすが親友だ。

 だが、さすがなのはその親友の彼もだった、いつもながら。

「「「っ」」」

 アレックスはごく自然にフィルの腕を取って引き寄せ、抱きしめてキスを落とす。

「似合っている」

「え、あ、わ……」

 そして、間近でフィルの顔を見つめたまま、頬をゆっくりと撫でた。けれど、それが今のフィルには逆効果になったようだ。

「な、慰めはいりませんっ、こんな格好してても剣士ですっ」

 我に返るなり、フィルは涙目になってアレックスに言い返した。

 彼女が珍しく人の言葉を素直に受け取らなかったことで、彼女のショックの度合いを思い知ったけれど……、

(でも、フィル、剣士はそこで関係ないから)

 そう突っ込まないではいられない。

「本音なのに」

 睨まれたアレックスは心外そうに両眉を跳ね上げた後、苦笑した。

 それから、離れようと彼の胸に腕を突っ張っているフィルを見つめて……笑った。フィルにしか向けられない、「目の毒ってああいうこと……」「その道に走りそうです……」と、まだ免疫のない一部新人たちが恐れている顔で。

「っ、アレックスっ」

「聞こえない」

 そんなフィルにアレックスはくすっと笑って、ちょっと強引に彼女の腰を抱き寄せ、その鼻筋や瞼に次々と唇を寄せた。

「フィル」

 最後にキスを落とした耳元で、彼は囁くように彼女の名を呼び、小声でさらに何かを呟く。

「……うー」

 その瞬間、フィルは耳の端まで赤く染め上げ、大人しくなった。

(公害決定……)

 死にそうになってるフィルとうっとりしているメアリーの横で、ヘンリックは半眼になる。


 アレックスの目が次にメアリーに向いた。彼はメアリーと視線が交わったのを確認すると、目の端と口の端を動かすだけの大人っぽい笑みを顔に浮かべる。

(あ、ああ、メアリーの目が、ハートに……やめて、そっちは本当に洒落にならない……)

 打って変わってヘンリックは顔を引きつらせる。

「さすがだな、メアリー」

 さすがなのは、さっきまで怒っていたメアリーを笑顔一つで黙らせるアレックスだと思う……と、涙目で思ったというのは、さておき。

 そう口にしたアレックスは、腕の中に収めたままのフィルに向き合って小さく眉根を寄せた。

「ところでフィル、あの任務、受ける気か?」

「……え、あ、はい」

 頬を染めたままのフィルの答えに、アレックスは眉間の皺を深くする。

「断れないか?」

「へ? あ、えと、でも、被害者の女の子たち、きっと不安がってるし……こ、こんなふうでも力になれるなら……」

「……」

 困った顔をしつつも被害者を思いやるフィルに、彼が形容しがたい表情を見せたことでピンときた。

「ひょっとして……敢えて似合わない服をフィルに着せていたかったんですか? フィルがそんな格好しなくていいように?」

「……」

 苦虫を噛み潰したような顔をアレックスから向けられて、思わずふき出した。

(まさかアレックスにこんな一面があるなんて)

 彼の思いもよらぬ一面に親しみを覚えて、ヘンリックは呆けるフィルに「許してあげなよ」と言いながら、笑い続ける。

 が、そんな自分たちをメアリーが首を傾げながら見ていたことには、気付かなかった。



* * *



 その後。

 二人っきりになりたかったアレックスと、その格好ではなりたくなかったらしいフィル。

 二人っきりになりたかったヘンリックと、なりたくない訳ではない(と思いたい)が、女装したフィルを観賞していたいらしいメアリー(おのれフィル)。

 着替えたかったフィルと、着替えたら悲しいとそのフィルに切々と訴えたメアリー(多分計算ずくだ)。

 着替えさせたいのだろうけど、そう口にしたら、またフィルが落ち込むだろうと思って言い出せなかったと思しきアレックスと、こと服飾に関していえば、メアリーの思い通りにしておかないと後が怖いと知っているヘンリック。

 結局フィルはその格好のまま、四人で夕飯を食べに行った。

 ……メアリーってある意味最強かもしれない。


 そうして入ったちょっと小洒落た感じの料理屋さんでは、料理の彩りを見せるためだろう、明るい光が灯されていた。

 案内されたテーブル席で、周囲からの徐々に強まっていく視線に、ますます居心地悪げになっていくフィルとは対照的に、メアリーは上機嫌だ。

「ほら、みんなフィルが美人だから見てるのよ」

「もうやだ……」

 恥ずかしそうに俯いたフィルは、中身をいくら知っていても、握ったフォークを何気なくぐにゃっとひん曲げても、たとえ今そう口にしたら殺されると知っていても、(見た目だけなら)可愛い。もちろんその横でにこにこ笑っているメアリーはもっと可愛い。

 対照的に機嫌が悪くなっていくアレックスは、ちらちらとフィルを盗み見ていた向こう側の席の男たちを冷たい視線で見つめている。

(間違えた、『脅している』が正解だった)

 ヘンリックは首をすくめる。

「?」

 視線を横に戻せば、メアリーはいつの間にかフィルから視線を外し、そのアレックスをうかがっていた。

(まさか……アレックスについにたぶらかされた?)

と焦ったのは一瞬で、メアリーはじぃっと何かを探るように彼を見つめている。

(これは……?)

 同様に怪訝そうに片眉をひそめたフィルと顔を見合わせる。

『なに?』

『さあ?』

 目線だけで会話が成立するあたりはさすが親友。

「?」

 そのメアリーは、今度はヘンリックを睨むように見つめてくる。

(これは……?)

 顔を引きつらせ、同じ表情をしたフィルと再び顔を見合わせる。

『なに?』

『さあ?』

 目線だけで会話が成立するあたりさすが親友――けど、いつもあんまり意味がないんだよね。


 その後、特に何事もなく――というのは言葉の綾で、アレックスに目を付けたらしい給仕の子が、フィルにものすごい視線を飛ばしてきたのを、メアリーがこれまたすごい笑顔で追っ払っていた――、食事を済ませ、皆で揃って店を出た。


 そして……、

「睨むな」

「そっちこそ」

 寒風が落ち葉を舞い踊らせる近場の公園で、ヘンリックはフィルと二人、なぜか身を寄せ合っている。

「どうなってるのかな」

「私が聞きたい」

 そのちょっと向こう、頼りない灯火の下にいるのはアレックスと、その彼に話があると言ったメアリーだ。

 これまたなぜかヘンリックとフィルは、彼らから遠ざけられている。

「ちなみに、別にフィルと一緒が嫌って言ってる訳じゃないよ」

「そうか。私も別にヘンリックと一緒なのが嫌な訳じゃない」

「「……はあ」」

 視界を白く染めるため息のタイミングがまったく同じ。さすが親友。でも嬉しくない。

「寒いね」

「心が特にね」

「「……」」

 吹いてきた寒夜の風に、外套の襟をかき寄せるタイミングも完全に同じ。さすが親友。でも嬉しくない。

「アレックスが相手……」

「メアリーが相手……」

「「分が悪いよなあ」」

 愚痴るタイミングも内容もそっくり同じ。さすが親友。でも嬉しくない。

「でも……実を言うとあんまり心配していない」

「うん、していない」

 顔を見合わせて、にっと笑うタイミングも一致。さすが親友。これはちょっと嬉しい。


「フィル、帰ろう」

 話が終わったようだ。振り返ったアレックスが、幸福で仕方がないという顔でフィルを呼ぶ。フィルは彼に、ヘンリックにも他の男にも絶対に見せない綺麗な笑顔で応じて、駆け出していく。

「ヘンリック、ごめんね、待たせて」

 照れたように笑いながら、メアリーが小走りに駆けてきた。目の前まで来て、ヘンリックの顔を見上げた後、彼女は一瞬笑みを深めた。その顔もさっきのフィルに負けず劣らず綺麗で……心配する気にならなかったのは多分この辺が理由だ。


 でも……――気になるのも仕方がないと思わない?


 メアリーを送っていくために、フィルたちとは逆の公園口に向かった。

「アレックスと何話してたの?」

 人気のない、凍える空気の下で殊更に響く声に気を使って、慎重に慎重に、問い詰めている感じにならないようにさらっとメアリーに声をかけた。

 見慣れた赤茶色の頭――でも、いつの間にか旋毛が見えるようになっていることに気付く。

「え、ええと、ちょっと質問、を……」

「……へえ」

 赤くなって、うなじに手をやったメアリーがめちゃくちゃ色っぽくて、でも赤くなる理由が怖くて、頭は半ば恐慌状態だ。だが、『落ち着け、余裕のあるふりをしないといつまで経っても幼馴染兼恋人未満のままだ。いい加減メアリーとの関係を進めるって決めただろ?』と自分に言い聞かせる。


 そう決意したきっかけは、フィルとアレックスの二人だ。この間の斎姫の件から以前にもましてラブラブで、あてられるなんてもんじゃない。

 しかも、なんか幼馴染だったこともわかったらしく……。

『幼馴染! だったのに、今、恋人!!』

 話を聞いた時ヘンリックは叫んだ。フィルの目は点になってたけど、彼女の襟首をつかんで揺さぶった。フィルには出来て、俺の何が悪いんだって真剣に衝撃を受けたんだ。いや、冷静に考えれば、比べるべきはアレックスなんだけど、これまた冷静に彼に勝てる気はしないから。


 計算の上で、ヘンリックは口を噤み、メアリーを横目にうかがった。

 居心地悪げにこちらを見上げてくる彼女に、いける、と確信する。

「え、ええと、ほら、フィル、美人でしょ? みんなもフィルが女の子だって知った訳だし……それに騎士団にも、ほら、フィルと親しい人、た、たくさんいるじゃない?」

「親しい人って……」

(それって……)

 思わず彼女を凝視すれば、メアリーは慌てたように、「あ、ほらカイトとかロデルセンとかエドとかよ」と言い足した。頬が赤い。

(それってますます……)

「アレックス、格好いいし、色々すごい人だって評判だし、フィルともお似合いだけど、それでも嫉妬はするみたいだったから、その、気にならないのかなあって。……男女の間で友情ってあると思うのかな、って……」

 最後の方の声は小さくなって、風に吹かれた落ち葉が地に擦れる音に掻き消えた。

(そういえば、メアリー、この間友達が仲の良かった男友達と付き合い出したって話してたな……)

 緩みそうになる顔を必死に引き締めて、何気ない調子で「そう」と呟いた。

「それで、アレックスはなんて?」

 きっとアレックスはもっと具体的に聞き直したんだろう。「それはフィルとヘンリックのことか?」と。

「……人によるって」

 彼らしい答えについ笑ってしまった。その自分をメアリーがじっと見ている。


「……ヘンリックは? 男女の友情、って信じる?」

 公園を抜けた先の小さな通り、薄暗い街灯の下でなおわかる赤い顔。同じ光を受けて潤みを見せる大きめの瞳が、今自分を真っ直ぐ見つめている――綺麗になった、改めてそう感じた。ずっと見ていたけれど、いつのまにか本当にもう大人だ。

 可愛いのも愛しいのも昔から。でも、その姿を見て体の芯が震えるようになっている。抱きしめたい、この手に入れたい、触れたい、そんなふうに思うようになっている。

「やっぱり人による、かな。どれだけ仲良くしていたって、その内心で欲しくて仕方がなくなっていっていることだってある」

 メアリーが瞳を揺らした。

「それって……」

(今頭の中で考えている人は、きっと俺とは違うんだろうな……)

「……」

 そのまましばらく沈黙を保った。

 ずっと同じ高さにあった彼女の瞳は、今では遥か下にある。そこに雫が盛り上がったのを目にした瞬間、ヘンリックは降参を決めた。

 知っている。自分はきっと一生彼女に敵わない。それに……――敵いたいとも思えない。

「仲の良かった幼馴染、とかね」

 言葉を足せば、メアリーが目を見開いた。

 徐々に赤くなっていく彼女に、アレックスが時々するような余裕のある笑みを真似てみる。

「あ、え、ええと、」

 露骨に動揺し出す様子に、ああ、本当に男だって意識されてなかったんだなあ、と気付いて苦笑した。


 さて、それでどうしよう――逃がす? 追い詰める?

(……もう少し色々を観察しなきゃね)

 追い詰め方を知らないことに気付いて内心で嘆息した。

「ちなみにフィルみたいなのとは成立するな。いいやつだし、面白いし、」

「……え、あ、そそそうよね」

(その安堵に二重の意味があるのだって知ってるんだけどなあ、弱いなあ、俺)

「フィルにももちろん俺にもそれぞれ好きで仕方のない人がいるし」

 流し見るように横の彼女を見て、薄く笑う。

「っ」

(でもね、弱いばっかりでもいないんだよ、メアリー)

「行こう、すっかり冷えてきた」

「う、うん」

 さっきのフィルに負けないくらい赤くなったメアリーの小さな手を握って、ゆっくりと彼女の家への道を辿る。

「空、きれいだね」

「え、あ……本当、すごく綺麗」

 一緒に空を見上げれば、分厚い冬雲の裂け目から、星空が顔をのぞかせていた。雲の縁が月明かりに銀に輝く。

 明日は久々に晴れるだろうな、と考えて、せめてそれが『女装』してみんなの前に再び立たなくてはいけないだろう親友の慰めになればいいのに、とふと思った。

 うん、服はともかく、フィル、メアリーに化粧道具渡されてたからね。頑張れ、フィル、とこっそり祈っておくことにする。


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