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そして君は前を向く  作者: ユキノト
番外編【忘却】
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2.想起

(……?)

 父の代わりに出た夜会で、仮面をつけて内心の倦怠を隠しつつ、淡々と最低限の社交をこなす。同時進行で帰る機会をうかがっていたスペリオスは、ふと違和感に首を捻った。

 珍しく注目が途絶えた。いつもなら鬱陶しいぐらい寄ってくる人々も寄ってこない。

 不思議に思いながら、招待主が自慢にしている無駄に煌びやかな空間を見渡して、その原因らしき人だかりを発見する。

 純粋な好奇心と必要性からそこを眺めて、その中心の人物と目が合った。

「……」

 光の洪水のように見える、腰まで伸ばされた金の長髪、間違えようのない紫の瞳――。

「……ラーナック?」

「そう言う君はひょっとしなくてもスペリオスだろう?」

 思わず呆然と見つめてしまうような美形になっていた彼は、昔と変わらない人懐っこい笑みを見せてこちらへとやってきた。


「うわあ、なんか……大きくなったね、スペリオス」

「それはそう、だろうが……」

 もう五年以上見かけていなかった幼馴染は、習慣のように人を、彼すらも警戒するスペリオスを気にする様子なく、屈託なく話しかけてきて陽気に笑った。

「お二人は親しくされているのですか?」

 何を話そうと一瞬悩んだスペリオスを救ったのは、この場にもっとも相応しい類の声だった。

 探られているのは、フォルデリーク家とザルアナック家が先代の時分とは異なって袂を別った、という噂の真偽だろう。スペリオスたちだけではなく、父とザルアナック伯爵もあの日を境に以前ほど親密ではなくなったからだ。

「はい、幼馴染です」

 気付いていないのか、気付いていてなおそうなのか――彼は陽気な空気のままにこやかに肯定する。

(両家が仲違いしているとなれば、面倒くさいことを考える連中が更に増えるだろう……)  

 周囲から浴びせられる視線を警戒し、スペリオスも小さく頷く。

「それにしてはこれまで……」

「あーあ、小さい頃はもっとかわいい返事をしてくれていたのに、時間って悲しいね」

 探りを続けようとする侯爵をさらっと無視して、彼はスペリオスへと悲しそうな顔を向ける。そして、「赤い飴いる?」と呟き、にっと笑った。

「……いらない」

 昔、スペリオスが泣き出したり不機嫌になったりすると、彼はよく飴をくれた。

 赤じゃなきゃ嫌だと言った覚えも、それを舐めているうちに上機嫌になっていた記憶も確かにある。

 懐かしい思い出に思わず状況を忘れて笑いを零せば、彼もそれで一緒に笑い出す。怪訝な顔をした周囲を置き去りにしたまま。

 それだけじゃなかった。どこかのんびりした気のいい空気は、周囲の邪気も抜いてしまって、いつの間にか彼の周りから腹の探り合いが止んでいく。作られていた笑いが、いつからか歯を見せて笑うものに変わって……。

 こんな場所で人から自分が注目されないことも、気を抜いてしまったのも初めての経験だった。


 目だけで示し合わせて、二人でテラスへと抜け出す――何度もそうやって家出をしたことを思い出してそう告げると、彼も「そうそう、全部気付かれてたんだけどね」と笑った。

 何年も話をしていないのが嘘のように次々に会話が繋がっていく。

「体の具合はもういいのか?」

「西方から薬が手に入るようになって、今や健康体。それが無いとまずいことに変わりはないんだけど」

「……あっさりそんな話を明かしていいのか?」

 思わず呆れてしまったというのに、彼は首を竦めるだけ。

「まあ、スペリオスだし。盗んだパン、自分は食べてないって言い張ればいいのに、わざわざ自己申告して怒られたような君が相手なら、問題ないんじゃない?」

「だから何年前の話だ……」

「ああ、あれから変わったって言いたいの? 色々大変らしいね。あんなふうに人に寄ってこられるのは面倒くさいよねえ」

 考えることが手に取るようにわかるのも、それに裏表がないのも同じ。基本的に人を疑わず、他者に対して陽気で温かい。それにほっとする。気付いたら、昔と同じ居心地のいい空気にどっぷりと浸かっていた。


 だから少しだけ躊躇した。自分の打算で彼の妹を話題に乗せることを。

 弟のアレックスがずっと恋しているのが彼の妹だ。スペリオスは自分のためにその彼女のことを知っておきたい。

 だが……、

「スペリオス? なんか企んでる顔してるよ?」

「……っ」

 こちらのそういう思考に気付いたのだろう、ラーナックはくすっと笑って、こちらを覗き込んできた。

「……考えが読めるのも考えものだな。そうだよ、今色々計算してた」

「やっぱり『自己申告』の頃から変わってないよ、そういうところ」

 そう言って彼はさらに笑った。

「聞きたいのはフィリシアのことでしょう? 代わりに僕も聞きたいことがあるんだけど」

「アレックスのことか?」

「……考えが読めるのも考えものだよねえ」

 そうして苦笑を交わして、それからまた声を立てて笑ってしまった。


「……騎士団?」

「ということは、その辺の話は弟から何も聞いていないのか……」

「ちょっと待て、ラーナック、……妹、だろう?」

「? ああ、性別のこと? フィルはそういうの、あまり気にしないんじゃないかな」

「……」

(一体どういう子に惚れてるんだ、アレックス……?)

 思わずそう思ってしまって、それから、なるほど最近あいつが帰ってこないのはそのせいか、薄情な、と思い当たる。

「拗ねてるの? 眉が寄ってるよ」

「……違う、昔親に弟は大事にしてやれと言われたんだ」

 からかうような彼の表情に思わずむっとしてそう返すと、一瞬彼は表情をなくした気がした。

「ラーナック?」

「でも……というより、だからかわいくて仕方ないんだろう?」

 すぐにそう言いながら、からからと笑ったから気のせいだったのかもしれないが。

「……とにかく。お前の妹はアレックスのことをなんと言っている?」

「前は親友だって言ってたけど……その辺の事情は僕にもよくわからないんだ。フィルの感性は独特だから。アレックスは?」

 この彼が独特と言う……なるほど、やっぱり変わっているらしい、と思い、それぐらいでなければアレックスをあれほど変えることもないか、と悟った。

「十の時からずっと惚れてると思うけど……」

「……そう、なのか」

 数十秒前の自分と同じように眉をひそめた彼に思い当たる。

「シスコンなのか、お前?」

「ああ、なるほど。そう言われればしっくりくるな」

「……それでにこりと笑うのは、それこそどうかと思うが……」

 やり返したつもりだったのにあっさり肯定されて脱力した。

「大丈夫、邪魔はしないよ。君のためにもね。ニステイス家の従妹だっけ、かわいいよね。僕の真横を通り過ぎたのに気付かないくらいなんだから」

「……いつ?」

「先々週。美術館前」


 そうして、幼馴染は長い時を隔てて再び友人となってくれた。



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